J-155 東に延びる幾筋もの白煙
出撃するたびに、眼下の広がる大地が緑に染まっていく。
さすがに大陸南西部に広がる荒地地帯は緑の大地とは言えないけど、低地に群生する低い灌木は緑の葉を着けだした。
だいぶ暖かくなってきたな。
高度1000ユーデを飛んでいるんだが、飛空艇内は上着を着ずにセーターだけで過ごせるほどだ。
「2カ月後には夏至になる。もう少しの我慢だな」
「今回やってきた意味ってあるんですかね? ミザリーの話では敵の敵からの通信があったのは2度だけだったようですし、それもどうやら飛行船からだったようです」
今回は大陸北西部の偵察任務だ。
アデレイド王国の飛行船がだいぶ爆撃をしたようで、いくつかの町に爆撃痕を見ることが出来た。
「飛行船の爆撃は2000ユーデ上空からだからなぁ。町の近くにある工廟を狙ったんだろうが、いくつかは町に落ちてしまったんだろう。帝国側が空を狙える大砲を作ったようだから、更に高度を上げて爆撃するかもしれないな」
「そうなると、正確な爆撃なんて期待できませんよ?」
「その為に、沢山爆弾を搭載することになるんだろうが……、住民には堪ったもんじゃないだろうな。さて、そろそろ戻るか」
カップに残ったコーヒーを飲みこんで、ブリッジへと向かう。
イオニアさんと場所を交代して、前方の監視を始めた。
今回の偵察目的は、前回行った爆撃後の工廟再建の程度を確認するものらしい。
工廟が見える度に、エミリさんがピクトグラフで現状を撮影している。
「対空砲を並べていると思ってたんですが、まったく何もありませんね」
「軍の工廟とは限らないにゃ。工廟らしきものを見付ける度に爆弾を落としたに違いないにゃ」
選択をしているように見えて、結局は無差別爆撃に近いってことかな?
上空からでは、工廟で何を作っているのか分からないからなぁ。
軍の自走車や兵士が周辺監視をしているなら、軍の工廟だと分かるのだろうけど。
「このまま進めば、右に村が見えて来るはずよ。線路駅とは離れてるわね」
エミリさんの言葉に、軽く手を挙げて了解したことを示す。
それにしても線路から離れているとはねぇ。線路を真っ直ぐ作りたかったのかな? となると村は線路工事の前からあったことになりそうだ。
小さな林を境にして、農園が広がる。
「右手に村を発見。だいぶ古そうな村ですね」
「ファイネル、右30度に回頭してくれない。30分ほどで次の目標が見えて来るはずよ」
「了解! 右30に回頭開始……。軸線固定終了。このまま真っ直ぐだな?」
「半地下構造の工廟だとリストには記載されてるんだけど、放棄された可能性が高そうね」
エミリさんの言う通り、爆撃された工廟を基に戻すよりは新たに作った方が効率的らしい。地理的条件が良い場所でも、爆撃された工廟をそのままにして近くに新しい工廟を建設中だったぐらいだ。
爆撃後に元に戻った工廟もあったが、工廟に出入りする車の半数が馬車だったからなぁ。それを考えると軍の工廟とはまるで関係ない代物だったのだろう。
誤爆ということになるのだろうが、住民被害はあまり出さないようにしてほしいところだ。
んっ! あれはなんだ?
「リトネンさん、ちょっと見てください。右手遠くに幾筋もの白い雲が伸びていくんですが……」
俺の話が終わらない内にリトネンさんが駆けつけて、俺の背中に体を押し付けるようにして窓の外を覗いている。
「雲じゃないにゃ……」
「新兵器? 噴進弾の吹き出す噴煙にも似てるわね」
「確かに似ているなんてものじゃないな。だが、あの高さまで噴進弾は上がるのか? それに雲の長さが異常だ!」
「帝国軍の暗号通信です。『ロゲルトが発射された。数は10発以上、我等は計画通り作戦を継続する』以上です!」
俺の背中からリトネンさんの重さが消えた。席に戻って、これからの対応を考えるのかな?
「平文の通信です。『オベルの北を東に向かって白煙が通過。白煙は1つではない』以上です」
「了解にゃ。これからも通信が入るはずにゃ。全てメモを作って欲しいにゃ。……次の爆撃跡を確認して、今回の偵察は切り上げにゃ。帝国軍の動きが活発になったと言い訳が出来そうにゃ」
「混信が酷くなりました。帝国軍が周波数を指定しています。エミルさん手伝ってください!」
ミザリーの困惑した叫びに、エミルさんがミザリーの隣の席に着く。
ヘッドホンをミザリーと一緒に耳に当て、混信した中から信号を選択しようとしているみたいだな。
「リトネン、この状況では何が出てくるか分からんぞ。一旦上空に上がって様子を見るか?」
「その方が良いみたいにゃ。でもここよりもう少し北に向かった方が良いかもしれないにゃ」
「海上に出るってことか? まぁ海の上の方が、俺達を見付ける連中は少ないだろうけどなぁ。それと、一応知らせておいた方が良いんじゃないか?」
「『噴進弾に似た帝国の新兵器が東に向かった』で良いにゃ。ミザリーに頼んでおくにゃ」
テレーザさんに操縦を任せてファイネルさんが席を立つ。俺に声を掛けてくれたから、倉庫で一息入れるとするか。
イオニアさんに後を頼んで、ファイネルさんの後に付いて行った。
それにしても、あの白い雲を出して飛行する物体は何だったんだろう。数は10発を越えるとの事だったが、誰が何を目的に発射したかということが大事だろうな。
「全く面白い帝国だと思うよ。領内で新型兵器が使われている状態で俺達と戦っているんだからなぁ」
ファイネルさんがヒョイっとタバコの箱を渡してくれた。1本受け取って口に咥えるとライターで火を点けてくれた。
軽く頭を下げて感謝を示すと、笑みを浮かべてライターをポケットに仕舞いこんでいる。
持ってきたコーヒーカップをテーブルに置いて、冷めるの待つ。
季節的には、冷やして飲みたいところだ。
「発射したのは敵の敵ですよね?」
「空中軍艦からの通信ではそうなるな。発射を止めようとしていたのかもしれないが、結果的には発射されたということになる。東に向かって飛んで行ったが、全て同じ目標ということにはならないだろう。前に大陸にやってきた時、町1つが破壊されていたのを見たよな。たぶんあれを起こした兵器なんだろうとは考えているんだが……」
ファイネルさんの言葉に、目を大きく見開いた。あの惨劇が10か所以上で起きるということになる。それは既に内乱という範疇を越えているんじゃないか?
被害は甚大なものなるだろう。俺達の爆撃では町1つを破壊することなんて出来ないからなぁ。
案外帝国は自ら瓦解していくんじゃないか。
待てよ……。
「あの兵器が俺達の大陸で使われることはないと、言いきれなくなりますね」
「気が付いたか? それが一番の問題だ。その他にも新型兵器の開発はしているに違いない。アドレイ王国が、その技術を欲しがるのも頷ける話だな」
帰ったならクラウスさんに話すことが多くなりそうだ。
だが、下手な報告を行ったなら、俺達にその技術を探るよう指示が出てこないとも限らない。
やはり、見つけたら破壊してしまった方が良さそうだ。
大陸内で動いている連中が多いから、俺達だと特定することも出来ないだろう。
「さっきの兵器だが、間違いなく帝都には落ちてるはずだ。リトネンの事だから、帰りはかなり遠回りになるんじゃないか」
「アデレイ王国も偵察用の飛行船を飛ばすんじゃないですか?」
「そうなると、アデレイ王国と帝国の空中戦が始まるかもしれんぞ。夏至前に俺達は帰れるかもしれん」
俺達が持ち帰る情報が、案外貴重な情報になりかねないな。
かなり遠くまで偵察をさせられているんだから、少し帰りが遅くなるのはアデレイ王国にしてみれば想定内という事にもなるんだろう。
「さて、そろそろ交代するか。海上だからと言って安心しないで見張ってくれよ」
ファイネルさんが席を立って俺の肩をポンと叩く。
苦笑いを浮かべながらファイネルさんに頷くと、後に続いてブリッジに向かう。
イオニアさんの隣に腰を下ろすと、遠くに海が見える。
それほど休憩時間を取った覚えは無いんだけどなぁ。
「遠くに空中軍艦が見えたわ。真っ直ぐ東に向かったから、私達に気付いていないのかもしれない」
「あの兵器が心配ということなんでしょうか? そうなると、海上も偵察飛行船が飛び交うかもしれませんね」
「そうでもないにゃ。ミザリー達が受信した通信では、飛行船や空中軍艦を帝都に集めてたにゃ。帝国内の駐屯地にも状況確認の連絡が出てるにゃ」
それって、大事なんじゃないのか?
町1つを破壊する兵器だからなぁ……、それが10発以上放たれたとなると案外帝国は継戦能力を著しく低下させたのかもしれない。
俺達が半年近く頑張っても出来ないことを、一瞬で行ってしまったとなればアデレイ王国の連中もその技術を手に入れようと忙しく動きそうだ。
だけど……。
「気が付いたかにゃ? 私達が邪魔になるにゃ」
「まさか、帰ったらその場で銃殺なんてことにはならないよな?」
操縦席のファイネルさんが、心配そうに俺の後ろにやってきたリトネンさんに問いかけている。
「さすがに大勢の前では出来ないにゃ。となると、帰りが危ないにゃ。空中軍艦と一戦して落とされたとなれば、反乱軍だって納得するにゃ」
「小細工をしてくるってことか。ドワーフ族の連中ならそんなことはしないと思うんだが、今後の整備はしっかりと立ち会わないといけないだろうな」
やはりアデレイ王国との付き合いは考えないといけないようだ。
山麓部ではなく、小さな村を占拠しているから今度は俺達を同行しないでも作戦遂行が可能だと考えているのかもしれないな。
拠点に連絡をしてはいるけど、その後の命令変更については何も知らせが来ていないようだ。
帝国軍の通信のように重複して通信障害を起こすのも問題だけど、俺達が使っている通信機の周波数は全く異なるはずだから、連絡ぐらいはしてくれても良いと思うんだけどなぁ……。




