J-150 寒さ対策が色々してある
冬至の日の出がアデレイド王国の飛行船との会合時刻になる。
場所は前と同じく、巨人の右足の先端だが、高度は500ユーデとなるらしい。
結構距離が離れているからなぁ。飛空艇の巡航速度を上げたとはいえ、毎時50ミラルが最大巡航速度だ。大陸を渡る際には自足40ミラルほどの速度になるに違いない。
「真夜中の出発ね」
「前と同じにゃ。簡単な食事を取って、お弁当を持ち込むにゃ。たくさん作って貰えたなら明日の昼食も兼用できるにゃ」
相変わらずの性格だ。ファイネルさんと思わず顔を見合わせてしまった。
既に荷物は搬入されているから、出発するだけなんだよなぁ。
先は長いから、とりあえずのんびり過ごさせて貰おう。
「翼の爆弾投下装置を少し改良して、落下式増槽を左右に1個ずつ搭載してある。主機を少し大きくしたが、その分プロペラが大きくなったから回転数は落ちてるんだ。おかげで尾翼に収容できなくなったよ。おかげで尾翼がすっきりした感じだな」
「増槽が無くて帰ってこられるんですか?」
「その点は問題ない。だが速度を出せないのが問題だな。増槽は飛行船で運んでくれるらしいから、大丈夫だろう」
兵站は全てアデレイド王国にお任せだからなぁ。
まあ、いまさら文句も言えないだろうから、後は運を天に任せることになるのだろう。
22時に軽くサンドイッチを摘まみ、コーヒーを頂く。
イオニアさんが残ったコーヒーをポット毎頂いてきたから、飛空艇内で楽しめそうだ。
手籠に溢れるほどのサンドイッチをミザリーが小母さんから渡されている。あれなら確かに明日の昼食も兼用できそうだな。
最後の一服を楽しんでいると、クラウスさんが食堂にやってきた。
出発に激励にやってきたんだろうけど、ファイネルさんは渡されたワインのボトルを見て笑みを浮かべている。
良いワインということなんだろう。
「連絡は密にしてくれよ。飛空艇のアンテナ特性も上がったはずだし出力も大きくなっているはずだ。この砦も先月通信機の出力を上げたからな」
「場合によっては暗号で送るにゃ。その時は『HE』 で発信するにゃ」
「『HE』だな。了解だ。コード表は現役時代の物を使うのか?」
「今では誰も使わないにゃ。クラウスは覚えているのかにゃ?」
笑みを浮かべて頷いているところを見ると、覚えているのだろう。それとも、そんな時代のコード表を今でも持っているのかもしれない。
だけど、ミザリー達が混乱しないのかな?
平文の通信は問題なさそうだけど、アデレイド王国間の暗号コード、帝国の暗号コードに祈祷文を使ったコードまであるんだからなぁ。
出発10分前に飛空艇に搭乗した。
前と異なるのは、飛行船で使われている防寒服がシートの後ろに掛けてあることと、シートのヘッドレストの横に、マスクが付いていることだ。
2時間ほど使用できるということだが、高度2500ユーデを越える場合に使うらしい。
「ジュピテル機関作動……。主機のエンジンを始動……」
「ジュピテル機関A、Bのシンクロを確認。主機の油温上昇、艇内の暖気を開始……」
ファイネルさんとテリーザさんが詩を朗読するような感じで、飛空艇の発進手順を確認している。
最初はチャックリストを捲りながらやっていたんだが、今では暗唱してるんだから凄いと何時でも感心してしまう。
「……終了だな。リトネン、いつでも飛び立てるぞ!」
「なら出発にゃ!」
リトネンさんの声と同時に、ゆっくりと飛空艇が上昇を始める。上昇しながら景色が右に流れていく。
砦の一角からチカチカと発光信号が送られてくると、ミザリーが窓に信号機を近付けてライトを点滅させている。
あれで挨拶が出来るんだからなぁ。俺には一生無理だろう。
「高度500。速度は2つの巡航速度の中間、毎時40ミラルになる」
「前回と同じだから、日の出を少し過ぎた辺りでアデレイド王国の飛行船と会合出来るんじゃないかしら?」
「少しぐらい遅れても大丈夫にゃ。目的地は前と同じ場所にゃ」
なら、現地集合でも良かった気がするんだけど、上の連中はそんな風に考えてはいないようだ。
その辺りは、いろいろとあるに違いない。世の中は合理性だけではうまく進められないと、ファイネルさんも言ってたぐらいだからなぁ。
「まだ寒いが、もうしばらくすれば暖かくなるはずだ。リーディル、一服して来ようぜ!」
ファイネルさんの申し出に、ありがたく頷いて銃手席を下りる。
2連装のヒドラⅡの銃身とガラス窓の空隙は大きな革で出来た筒が取り付けられている。おかげで冷たい風が入ってくることはないんだけど、この席も暖かくなるんだろうか? ちょっと信じられないな。
ミザリーの肩をポンと叩いてブリッジを出る。狭い通路の先が多目的区画だ。折りたたまれた椅子を壁から倒して腰を下ろすと、同じようにしてテーブルを作った。
タバコを取り出して火を点けたけど、ここは相変わらず寒いままということになるんだろうか。
俺が襟元を直すのを見て、ファイネルさんが笑みを浮かべる。
「ここも暖房が入るぞ。とは言っても、周囲は鉄板だからなぁ。しばらくはこのままだろう」
「ところで、ヒドラⅡの架台がだいぶ変わってるんですけど?」
「あれは、ヒドラⅡを艇内に引き込めるようにしてあるんだ。戻ったら説明するけど、射撃用シートと一緒に後方に移動できる。長時間高度を上げて飛んでいると銃身に氷が付く可能性があるらしい。銃口が氷で塞がれたら銃身が壊れてしまいかねない。ただ壊れるなら良いんだが、炸裂して破片が飛び散ったなら怪我では済まない可能性だってあるからな」
そんな事例があったらしい。
それを防止するために飛行船に搭載したヒドラⅡは、全て引き込み式とのことだった。
「短時間なら問題は無いんだが、一応念の為だ。高度千以下なら今のままで十分だろう」
「高度を上げられて便利になった気がしますが、課題も色々とあるんですね」
「改善できれば問題はないさ。今度は大砲だからなぁ。空中軍艦を落とすのはそれほど苦労がないんじゃないか」
ファイネルさんもリトネンさんに感化されてるのかもしれないな。考え方が前向きだ。
でも今度の大砲は、蒸気戦車の前面装甲を貫ける3イルムの砲弾を放つことが出来る。炸裂弾であっても、1イルム半の装甲を貫けるらしいからファイネルさんも期待しているに違いない。
ブリッジに戻ると、早速銃座を確認してみた。なるほどレールが付いているな。銃座のストッパーを外すと、軽く後ろに下げられる。ヒドラⅡの銃口まで艇内に入るから、銃口が氷結する心配は無さそうだ。
「あにゃ? 銃座がスライドするにゃ!」
「ファイネルさんに教えて貰ったんです。銃口の氷結対策だそうです」
「攻撃時に引き出せば良いにゃ。でも、前方監視が狭まってしまうにゃ」
「監視は銃座の下で行いますよ。降下用のベルトを結んでおけば、安全ですからね」
もう1度ブリッジを出ると、降下用のベルトを1つ運んできた。
俺がいない時には、エミルさん達もここで周囲を見ているから、1つ置いておけば皆で使えるだろう。
暗闇の中をコンパス頼りで、飛空艇は南西に向かって飛んでいる。
リトネンさんなら少しは下界の様子が分かるんだろうけど、俺にはさっぱりだ。
それでも、前線近くを通過した時には砲炎を見ることが出来た。砲煙の方向から考えると、俺達と同じ反乱軍のようだな。
反乱軍が盛んに大砲を撃っているけど、帝国軍の方は散発的な砲撃だ。
前回行った倉庫の爆撃が影響しているのかな?
そう考えると俺達のやったことは、帝国軍との戦いに大きな影響を与えたということになるんだろうな。
「帝国軍の攻撃がだいぶおとなしい。あれでは近々押し戻されるかもしれん」
「輸送が間に合わないのかもしれないにゃ。でも帝国の国力なら輸送船を使い捨てに出来そうにゃ」
「となると、人材不足ってことか? 民間人を徴募しても、直ぐに船は動かせないからなぁ。かといって、海軍の軍人に輸送船を動かせということも出来ないだろう」
その割には、飛空艇の操縦は難しそうでも無いんだよなぁ。俺も訓練すればファイネルさん並みに動かせそうだ。
今のところは、巡航状態でしか操縦席に座らせて貰えないけどね。
女性が多いから、ブリッジ内は賑やかだ。
まったく会話が無いなら、この時間帯だから居眠りしそうなんだけど今のところは眠気も襲ってこない。
周囲が少しずつ明るくなってくると、俺にも下界の状況が見えてきた。
遠くの海が光って見える。その海に向かって伸びている尾根が巨人の右足ということになるんだろう。
「会合地点まであと80ミラルほどよ。そろそろ通信を送った方が良いんじゃない?」
「まだ見えないけど、電波は届きそうにゃ。ミザリー、『R1は巨人の足上空を飛行中』と連絡するにゃ」
会合時間まで2時間ほどだ。さて、向こうが先に到着してるかな、それとも遥か後方なんだろうか。
「返信です。『飛行船4隻で航行中。会合地点まで2時間半』以上です」
「少し待つことになりそうにゃ。ファイネル、燃料はまだあるのかにゃ?」
「片方の増槽が半分だな。もう1つは満タンだ。飛行船と一緒に飛ぶなら速度が落ちるから燃料消費が少なくなるぞ。渡航に何も問題ない」
少なくとも片道は飛べるんだが、向こうで何かあったら燃料調達の方法を考えないといけない。
作戦実施中に、燃料補給が可能な場所を幾つか探しておいた方が良さそうだな。
「会合地点で30分は待たないと思うわ。朝日が眩しそうだけど、回頭して待つことになりそうね」
「ジュピテル機関だけで浮いていられるからなぁ。主機はアイドリングにして風上に回頭するぞ」
北西の風だから、アデレイド王国の飛行船が飛んでくる方向になる。
朝日の中から現れる飛行船はさぞかし勇壮に見えるだろうけど、サングラスで朝日を押えられるかな?
あまりにも眩しい時には、サングラスの上にゴーグルを付けてみよう
 




