J-017 帝国の裏をかく
数日経っても、兵員の補充が無い。
第1小隊は32人がいたのだが、今では20人になってしまった。一か月も過ぎれば比較的軽症だった4人が復帰できるらしいけど、残りの6人は復帰どころか命の危険さえあるらしい。
「分隊の再編成をしたみたいにゃ。8人ずつの2分隊と私達狙撃分隊にゃ」
「俺達だけの出撃はできるんでしょうか?」
「やれと言われたらやるしかないにゃ。でも、人員補充より先に新兵器が届いたにゃ。……これにゃ!」
テーブルの上にゴブリンより少し小型の小銃が置かれた。
何か華奢に見えるけど、威力はあるんだろうか?
「ボルトが付いてませんよ。レバーに変わってますけど、材料不足で小銃を小さくしたんですか?」
ファイネルさんの問いに、リトネンさんがブンブンと顔を振っている。
俺達には小銃の軽量化としか映らないんだよなぁ。
「まさか! ……半自動小銃なんですか?」
イオニアさんの言葉に、俺とファイネルさんが顔を見合わせて首を傾げる。
「そうにゃ。ボルトを操作しなくてもトリガーを引けば弾が出るにゃ!」
「画期的ですね。照準器も付けられるんですか?」
「まだ無理にゃ。それに使うのはこの弾にゃ」
テーブルの上に、ポン! と乗せられた弾丸はゴブリンの銃弾の半分ほどの大きさだ。ちょっと太いようにも思えるけどね。
「大型リボルバーの強装弾ですか! 有効射程は100を超えると聞いてますが……。ん、リム形状が小銃弾と一緒ですね」
「150でも十分だと言ってたにゃ。このマガジンに詰めておけば、16発を続けて撃てるにゃ!」
各分隊に2丁ずつ配布されたらしい。俺達葉4人だから1丁と言うことになるんだろう。
リトネンさんがイオニアさんに半自動小銃を渡すと、腰のバッグから大型のリボルバーも手渡している。
信頼性が落ちるということかな? それとも見た目が華奢だからごついリボルバーを渡すことで安心させようというのかな?
「古いのは、前のテーブルに出しておけば良いにゃ。これが取り扱い説明書にゃ。早速撃ってみるにゃ」
まだ戸惑てるイオニアさんの服を引っ張ってリトネン達が部屋を出て行った。
呆気に取られてファイネルさんと見送ったけど、やがて互いに顔を見合わせて溜息を漏らす。
「まあ、半自動小銃なら、敵が突っ込んできても手前で倒せるだろう。出来ればもう2人欲しいところだな。
俺もリトネンさんのような観測員が欲しいよ。それにイオニア1人では後方監視が大変だと思うな」
半自動小銃を持った2人が後方にいてくれるなら、確かに安全だろう。それに倒すべき相手と距離を告げてくれるリトネンさんの存在はありがたく思える。
狙撃しろと言われても、結構迷ってしまうんだよなぁ。照準器の視界は狭いから、状況を確認するのは困難だ。
「補充は今後に期待でしょうね。イオニアさんを引っこ抜かれないだけマシと思わないと」
「だよなぁ……」
ファイネルさんが力なくテーブルに突っ伏した。
1時間程で戻ってきた2人が笑みを浮かべているところを見ると、それなりの性能だったということになるんだろう。
「留守番していた2人にお土産を持って来たにゃ。こっちがファイネルでこっちがリーディルが使うにゃ」
「新しいリボルバーですか。これは……、強装弾用じゃないですか!」
手に取ったファイネルさんが嬉しそうにリボルバーを手に取って眺めている。俺のはこっちだな。
ホルスターを見た瞬間、ファイネルさんのリボルバーとの違いに気が付いた。銃身が長いのだ。
「1イルム(2.5cm)ほど銃身が長いにゃ。これが弾丸にゃ。こっちはファイネルでこっちがリーディルにゃ。リーディルには、強装弾は早いにゃ」
箱入りの弾丸を受け取って、テーブルに1個ずつ立ててみた。なるほど薬莢の長さがフェイネルさんの方が長い。
「撃たせてやるから、そんなに恨めしそうに見ないで欲しいな」
「リーディのリボルバーでも強装弾は撃てるにゃ。でも握力が無いと跳ねあがるにゃ」
「両手でないと無理だと?」
「しっかり握れば、踊ることは無いにゃ」
イオニアさんの問いにリトネンさんが怖いことを言ってるけど、要するに反動が凄いってことなんだろう。
両手でしっかり握れば何とかなるのかな?
1発だけ試してみるか……。
今まで持っていたリボルバーをホルスターに入れて前のテーブルに持って行くと、ファイネルさんの後に付いて屋内射撃場に向かった。俺達の後をイオニアさんが付いてくるのは、ファイネルさんのリボルバーを撃ちたいのかな?
先ずは前と一緒に50ユーデ(45m)の距離で射撃をしてみた。
結果は見事全弾が胴に描かれた丸の中に集束している。さすがに10点は無かったけど、これなら十分に使えそうだ。
次の5発は片手射ちをしてみる。丸から2発出てしまったが、的を張った紙には命中しているから、物陰から牽制射撃はできそうだな。
最後に100ユーデ(90m)で試射したら、丸には1発しか命中しなかった。板に張った紙に2発、残りの2発は大外れだ。
「50なら2発当てられるな。そっちは?」
「50は必中距離ですね。銃身の精度がかなり良いですよ。100では1発だけでした」
「それじゃあ、交換してみるか。かなり反動がある。両手でしっかり握って撃つんだぞ」
的までの距離は30ユーデ。リボルバーを握った左手を更に右手で握る。
ゆっくりとトリガーを引く、バアン! と言う轟音と共にリボルバーが跳ね上がった。
銃弾は? と的を引き寄せたら、腹を狙ったはずが頭の上に銃痕があった。
これではなぁ……。
「私にも撃たせてくれないか? ファイネルの許可は取ってある」
「それならどうぞ。俺には確かに早そうです」
イオニアさんがリボルバーを受け取ると、的を50mにして続けて2発撃ちこんだ。 さらには片手射ちまで試している。
「やはりトラ族は凄いなぁ。あれを片手で撃てるんだからねぇ。これも良い銃だぞ。俺も通常弾をしばらく使うことにするよ」
俺達は非力だと実感してしまった。
力のあるイリアスさん半自動小銃を使うのは、ちょっと引っ掛かるところもあるんだけどね。
小隊の部屋に戻ってお茶を3人で頂く。イオニアさんは「ちょっと出掛けてくる」と言っていたけど、まだ戻らないようだ。
やがて戻ってきたイオニアさんが手にしていた物は、俺達のリボルバーを越える代物だった。
「トラ族専用のリボルバーにゃ! 良く見つけてきたにゃ」
「ドワーフ族の職人に頼んでおいたのです。元が砲兵部隊にいましたから、やはりこれが一番です」
ファイネルさんの強装弾と弾丸を比べて見ると、太いし長い。半自動小銃の弾丸と代わり映えがしないんだよなぁ。
「新型は故障が多いと聞きましたから、これがあれば安心できます」
アイリスさんより、俺達が安心できそうだ。
しばらくは、リボルバーの練習が続きそうだな。
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蒸機人と遭遇してから20日程過ぎると、軽傷だった2人が小隊に復帰してきた。
まだ包帯を巻いてはいるらしいから、出撃時は対応をクラウスさんが悩みそうだな。
それでも仲間が帰ってきたと皆で、ワインで乾杯をする。
ワインのカップを持ったまま、クラウスさんが俺達の座るテーブルにやって来た。片手にボトルを持っているから、あちこちのテーブルで注いであげてるんだろう。俺にはカップ半分のワインでも多いくらいだけど……。
「リトネン……、少し面倒な指示が来てるんだが」
「何時も面倒にゃ。今までよりも度合いが高いのかにゃ?」
「実は……」
空いていた椅子に座り込んでワインを飲みながら話してくれたのは、いわゆる偉い人の抹殺だった。
秋の中頃に切通しを爆破して蒸気機関車を脱線させたことがあったが、復旧は当に済んで物資や兵員輸送が何度か行われたらしい。
穀倉地帯への侵攻は時間の問題になっているようだ。
「さすがに冬季は行わんだろう。雪が融ける春を待つことになるんだろうが、後任の指揮官が派遣されたようだな。同じ鉄道を使えば良さそうなものを、尾根を迂回した道路を使うということだ」
「切通の向こうは私達の作戦範囲外にゃ!」
「まだ話は終わっていないぞ。……大きく迂回するという話だが、どうも怪しいと思わんか?
上の連中は、迂回は偽の情報だと考えたようだ。
偽の車列が進むだろうが、中身は兵隊だらけだろう。『襲撃者を一網打尽にしている間に、本物は鉄道を使ってあの切通を進むに違いない』と言うことだ」
早い話が、裏をかくということなんだろう。上手く運べば、反乱軍の勢力を削ぐこともできるということだな。
「前回より2個分隊少ないにゃ……」
「話は最後まで聞け! ……襲撃はしない。狙撃だけだ。蒸気機関車は脱線させるが切通しを崩すようなことは無い。仕掛け砲台を使う」
ドワーフの若者達が数人同行してくれるらしい。
大砲を発射したら、一目散に拠点に逃げ帰るとのことだから、作戦終了後は、再びビスケットだけの食事になりそうだ。
「指揮官は姿を出すかにゃ?」
「出すとも、脱線させるのはこの辺りだからな」
地図を取り出して、クラウスさんが指さした場所は、切通に掛かる唯一の鉄橋の手前だった。
鉄橋には帝国軍の部隊が駐屯しているということだから、当然助けを呼ぶか、そこまで歩くことになる。
「ドワーフが仕掛ける砲台はここだ。1門でも十分だが2門あれば確実に脱線転覆する。リトネンはこの切通の上で待ち構えてくれ。
帰りは尾根を上がってから北に向かうんだぞ。そうでないと追手と正面切って戦う羽目になる。それと俺の名を言って、リトネンも半自動小銃を受け取るんだ。ゴブリンだけでは火力不足も良いところだからな」
「出発は何時なのかにゃ?」
「蒸気自動車の車列は8日後に港を出るらしい。時間を合わせて蒸気機関車も出るだろうから8日後の午後遅く、たぶん深夜近くに切通を通るはずだ」
「3日後に出発するにゃ。襲撃までの食料と水はドワーフ族に頼んでほしいにゃ」
「了解だ。銃弾は多めに貰っておくんだぞ。そして、絶対に戻って来い。良いな」
リトネンさんの頭をポンポンと叩いて、クラウスさんは別のテーブルに向かった。
襲撃予定日の5日前ということだから、前回よりもさらに東に向かうということになるんだろう。
だいぶ寒くなってきたから、雪が降るかもしれない。寒さも俺達の敵になるに違いない。




