J-146 南西の戦線へ
食堂で夕食を母さんと一緒に頂く。
砦にいる時はなるべくそうするように互いに時間を調整しているんだけど、母さんの通信部局も結構忙しいみたいだ。
今日は珍しく、一緒に食べることができたから、ミザリーがはしゃいでいる。
「新しい飛空艇で出掛けるのね?」
「そうなの。今度のは少し小さいのよ。でも大砲を積んでるんですって! 発電機も大きくなって長距離通信ができると言ってたよ」
ミザリーがスプーンを振り回しながら母さんに飛空艇の話をしているけど、母さんはすでに知っているんじゃないかな。
笑みを浮かべてうんうんとミザリーの力説を聞いているだけだ。
砦の食堂に少し時間をずらしてきたから、20個近くあるテーブルは半分ほどが空いている。
俺はとっくに食事を終えているんだけど、ミザリーの食器にはまだ半分ほど残っているんだよね。話は部屋に帰ってからも出来るんだから、そんなに一生懸命になって話すことはないと思うんだけどなぁ。
「向こうで、一服してるよ。帰る時には声を掛けて欲しいな」
「ええ、良いわよ。コーヒーカップだけ持っていきなさい」
食器は母さんが片付けてくれるみたいだな。
少し離れた喫煙コーナーにコーヒーカップを置いて、売店でタバコを1箱買い込んだ。
シガレットケースにまだ残っているけど、準備は必要だろう。
前はエミルさんがいたんだが、今は別のお姉さんが店番をしている。
喫煙コーナーに戻って一服をしていると、ミザリーが迎えに来る。
ようやく食事を終えたようだ。
明日は出発だから今夜は早めに寝ようかな。
翌朝。朝食を終えた俺達は部隊の部屋でリトネンさんがやってくるのを待つことになった。
相変わらず早起きは苦手なようだな。その間に、装備品の点検をして忘れ物がないことを確認する。
「お弁当も2食分貰ったし、イオニアは手榴弾を持ってきたんでしょう?」
「10個貰ってきた。王都の貴族街にばら撒くつもりだ」
迷惑な話だな。たぶん焼夷手榴弾だろう。爆発力は大して無いんだけど、広範囲に長く燃える火の粉をまき散らすからなぁ。何か所か火災が起きるに違いない。
パタパタと廊下を走る音が聞こえてきたかと思ったら、扉がバタン! と乱暴に開かれた。
息を整えながら立っているのはリトネンさんだ。髪があちこち撥ねているんだよね。
「皆揃ってるかにゃ?」
「リトネンが最後よ。準備も全て完了! リトネンの荷物は背嚢だけで良いんでしょう?」
エミルさんの問いに、うんうんと頷いている。
苦笑いを浮かべながら席を立った俺達は、荷物を背負って飛空艇の待機する広場へと向かった。
飛空艇に乗り込むと、だいぶ狭くなった気がする。
砲塔区画は6ユーデほどの奥行きがあったんだが、今は半分ほどでしかない。搭乗口の近くには張り出し式のウインチが付いていた。
小ぶりなベンチが地位さんテーブルを挟んで付けられているから、ちょっとしたコーヒータイムをここで過ごせそうだ。
ブリッジに向かう通路には前と同じように給湯室とトイレがある。突き当りの扉を開くとブリッジに出た。
後方のベンチの上に並んだロッカーに背嚢を押し込んで、バックスキンのジャンパーと双眼鏡を持って前部銃座に着く。
逆三角形の窓は、ちょっと違和感があるな。下方の見通しが少し悪くなった感じだ。ヒドラⅡの型式は同じものだし、予備弾も座席のすぐ横の弾丸ケースに入っていた。弾種は3種類、炸裂弾と炸裂焼夷弾、それに徹甲弾だ。
「全員席に着いたかな? イオニアは戦闘時以外はブリッジにいてくれ。後部銃座は狭いからな」
「了解だ。窓があるから退屈にはならんだろう」
「さて、どこに向かうんだ?」
「先ずは南西にゃ。帝国の野砲部隊を攻撃するにゃ。3イルム砲で1門ずつ潰して行くにゃ」
「了解! テレーザ、『ジュピテル』機関始動、シンクロした後に高度500に上げて南西に向かう」
「了解……。『ジュピテル』機関始動を確認続いて2番を始動……。出力安定、シンクロを確認……。補助エンジン始動……油圧、油温共に上昇……」
テレーザさんの歌い上げるような声がブリッジ内に聞こえると、飛空艇が振動を始めた。
「上昇!」
フェイネルさんの声と共に、飛空艇が広場から浮き上がる。
この辺りは前の飛空艇と同じだな。
高度500に達したところで、飛空艇は北に向かって進み始めた。ゆっくりと飛空艇が半時計方向に回頭を始める。
南西に軸線が合うと、巡航速度を維持しながら少しずつ高度を上げて行った。
「第2巡航速度で進めば、8時間近く掛かるぞ。メインエンジンを使ってみるか?」
「試験運用を兼ねているから、いろいろやってみるにゃ。メインエンジンを使った巡航速度は設定されているのかにゃ?」
「第3巡航速度として毎時80ミラルがあるんだが、これで飛ぶなら30時間程度だぞ」
「十分にゃ。先ずは砲兵部隊を潰して王都に向かうにゃ。王都は夜が良いにゃ」
あまり長くは飛べないということなんだろう。
とはいえ2日程度の作戦なんだから少しぐらい速度を上げても問題は無いみたいだな。
「3イルム砲の砲弾は何発かにゃ?」
「8発と聞いている。爆弾ではなく大砲を使うのか?」
「爆弾は王都の倉庫に落とすにゃ。それに、砲兵部隊に何度も爆弾を落としているとクラウスが言ってたにゃ」
爆弾ではあまり効果が無いようだ。大砲の周囲を装甲版で覆ったからなんだろう。直激もしくは至近距離に落とさない限り無理なんだろうけど、それでも爆撃をすればいくつかの野砲を潰せるということで継続しているに違いない。
「効率が悪いですねぇ……」
「とはいえ、数十門も並べられたら、こちらも被害が大きくなる。帝国軍の補充よりも多くの野砲を潰そうとしてるんだろう」
「輸送船を襲ってはいるが、やはり帝国の物量は侮れんということか」
「産業の規模は100倍だそうだ。その上向こうには優秀な学者や職人がいるんだろうからなぁ。俺達では機人を作るのは無理だろう。どうにか装甲車に飛行船、それと飛空艇だ」
新兵器を色々と出しては来るけど、量産化は難しいのだろう。機人もこの頃は少なくなって、その代わりに蒸気戦車が増えているということだ。
その蒸気戦車も近頃は内燃機関のエンジンを使うようになって機動性能が上がっているらしい。
かつては2イルム速射砲で対応できたらしいが、現在は長砲身の3イルム砲でしか前面装甲を抜けないらしい。
前面装甲が3イルムもあるらしいからなぁ。2イルム砲弾では弾かれてしまうようだ。
この飛空艇に搭載された3イルム砲も対戦車砲を転用したものらしい。空中軍艦の装甲は、厚い部分でも2イルムは無いはずだ。これなら空中軍艦を容易に落とせそうだな。
「メインエンジン始動……。1番に続き2番の機動を確認……。油圧、油温に異常なし」
「第3巡航速度はこっちのスロットルレバーのこの位置だ。ゆっくりスロットルを引いていけば引っかかるからそれで確認できる。それ以上上げる時はスロットルのロックボタンを解除すればいい。リトネン、速度を上げると同時に高度も上げるぞ。1500で南西に向かう」
「了解にゃ。エミル、どれぐらいで到着できるかにゃ?」
「そうねぇ……。今ここだから……、およそ2時間というところかしら」
現在時刻が1020時だから、昼を少し過ぎたあたりだな。
それまでは周囲の偵察をしていよう。いつ空中軍艦が現れるか分からないからね。
30分ほど過ぎたころ、フェイネルさんが休憩に誘ってくれた。
一緒にブリッジを出て、多目的休憩室に向かう。
ベンチに腰を下ろして蓋つきのカップに入ったコーヒーを飲みながら一服していると、前には無かった機材が色々と付いているのに気が付いた。
「だいぶ変わりましたね?」
「前の砲塔区画ではよくハンズがベンチで寝ていたっけなぁ。今度は寝ることは出来ないぞ。……こうやると畳んで壁に片付けられるんだ。小さな部屋だが、個々から船尾の銃座に延びる細い通路もあるし、そこにあるのはウインチのブームだ。半回転して外に出せるから空中に停止して乗員の収容も楽にできる。下りる時には、そのハーネスを付けるんだ。腹のところに短いワイヤーが付いたカラビナがある。それをワイヤーに留めれば、足を滑らせても落ちることは無い」
これを今夜試すことになりそうだ。
前回は教会の屋根だったけど、今度は貴族館の屋根らしい。屋根の勾配がきついと落ちそうなんだよね。ロープの束がいくつかあるから、それを持っていこうかな。煙突に一回りさせてカラビナを通しておけば、安心して両手を使えそうだ。
「ハンズが亡くなったのは痛いが、代わりの兵士は直ぐにやってこないだろう。リトネンの部隊の男は俺とリーディルだけだからなぁ。お前まで失うわけにはいかないから、用心して作戦を遂行するんだぞ」
「俺1人じゃないですからね。それより、収容の方をよろしくお願いします」
「心配するな。下部を見ることができるような仕掛けもあるからな。前の飛行艇よりは思い通りにワイヤーを伸ばせるだろう」
それにしても、ロープからワイヤーに変わているんだよなぁ。どうやら2人同時に収容できるように強度を上たということらしい。
「収容時には低空で停止することになる。いくら小銃弾を弾く装甲が飛空艇にはあっても、あまり何発も受けたくないからな」
ファイネルさんから、新型飛空艇の自慢話をしばらく聞くことになってしまった。
俺も興味があるからいろいろと質問するんだが、その都度笑みを浮かべて説明してくれる。
兄貴が俺にはいないけど、こんな兄貴なら弟から頼りにされるんじゃないかな。




