J-144 飛空艇の修理が早すぎる
拠点の砦に帰った翌日。
俺達は北の尾根に上って、ハンズさんの小さな遺体を葬った。
谷に埋めるよりは山の方が良いだろうとの同族であるイオニアさんの言葉を尊重しての行動だ。
尾根の上には監視所があるから、彼らの目の届かぬよう尾根伝いに南西に向かった場所に俺とファイネルさんで穴を掘る。
1mほど掘った穴に、イオニアさんが抱いていたハンズさんの遺体を葬り、穴を埋め戻して小さな墓標を立てる。
墓標はファイネルさんが担いできたものだ。破壊された後部銃座のガラスを小手していた枠材を切り出して貰ったらしい。そこに刻まれたハンズさんの名はファイネルさんが彫ったのだろう。どうにか読めるほどの不細工な文字だが、それを掘った戦友の思いは通じているに違いない。
最後にミザリーが砦周辺で摘んできた花束を供えた。
短い祈りをリトネンさんが唱える間、俺達は頭を下げる。
とはいえ、短すぎないか? 聖印を胸に刻むしぐさをしたんで俺達は慌てて胸に聖印を刻むことになった。
「リトネン! ちょっと短すぎない?」
墓を後にしようと体を返したリトネンさんに、エミリさんが苦情を言っている。
俺だけではないようだ。テレーザさんは呆れているし、ファイネルさんは苦笑いを浮かべている。
「ちゃんと祈ったにゃ。今頃は真珠の門で家族の出迎えを受けてるはずにゃ」
「長い祈りより、心の籠った祈りの方がハンズも嬉しいに違いない。神官の祈りは長いばかりで退屈だからなぁ」
長い祈りをありがたがる民衆もいるからだろう。
確かに町の教会の神官様の祈りは長かったんだよなぁ。途中であくびをして何度母さんに叱られたことか……。
そんな話をしながら砦に戻る。
ハンズさんの家族はいないということで、遺品類は全て反乱軍に寄付として納められるとのことだ。
とはいえ形見分けは認められているとのことで、イオニアさんはハンズさんが所持していたリボルバーを、ファイネルさんはシガレットケースを頂いたようだ。
残りの私物を丈夫な布袋に入れて、イオニアさんが担ぎ上げると、ハンズさんの使っていた装備品や武器は俺とファイネルさんが持ってイオニアさんと一砦の総務部局へと運んだ。
俺達の部屋に戻ると、ハンズさんが座っていた椅子だけが残っている。
皆黙って、テレーザさんが淹れてくれたお茶を飲んでいるんだけど、まだ弔いが続いている感じだな。
「それで、工房長はなんて言ってたにゃ?」
「飛空艇の事か? さすがに砦での修理は無理らしい。東の拠点に持っていくそうだ。修理に半年は掛かるんじゃないかな」
半年も動かないんだったら、飛空艇での作戦は中断になってしまいそうだ。俺達も地上で戦うことになりそうだぞ。
「場合によっては地上戦への参加になりそうにゃ。ずっと歩いてなかったから、1日、2時間は歩く訓練からにゃ」
そうなるよなぁ……。思わずファイネルさんと顔を見合わせてため息を吐く。
とりあえず大きな成果を出したのは間違いないんだから、数日は体を休められるだろう。
体もそうだが、心の整理が必要だろうな。
戦友を失うというのは、かなり応えるものだ……。
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通常の分隊は10人編成らしいが、リトネンさんが中尉相当の位置にいるんだから本来は中隊編成でも良いのだろう。
クラウスさんの直轄部隊ということで、特殊な戦隊と位置付けられているので、文体編成を取っているとファイネルさんが教えてくれた。
とは言ってもハンズさんが欠けたから、現状の人員は7人でしかない。
砦に帰って10日過ぎたのだが、新たな兵士の補充はないようだ。
「前線では兵士がいくらいても足りないだろうからなぁ。俺達のところにやってくる補充兵がいないのは仕方がないってことだろう」
「帝国の攻勢が衰えた今がチャンスということは理解できるが、我等の戦力は限られているのも確かだ」
「アデレイ王国もかなり爆撃を受けたらしいわよ。反攻作戦を開始したくてもできないのが現状みたいね。飛行機や飛行船で帝国軍を叩いているらしいけど、その爆弾を作っているのが王都を焼け出された住民らしいわ」
「工廟はドワーフ族が働いていると思っていましたが、他の種族も武器の製造にかかわってきたということですか……」
いよいよ総力戦になってきた感じだな。
アデレイ王国としては、帝国の侵攻に反撃を加えて国境地帯から追い出そうとしたんだろう。
だが相手がかなり強力だったということになる。
現状では、国境線から王国内に20ミラルほど入った穀倉地帯が戦場になっているらしい。
穀倉地帯は他にもあるらしいから王国民が飢えることはないだろうけど、農地が戦場になったことで多くの住民が王都に向かったに違いない。
難民対策にアデレイ王国は苦労しているかもしれないな。
ミザリーは母さんの所属する通信部局を手伝っている。休憩時間に俺達の部屋にやってきて、戦の状況を教えてくれるんだがさすがに機密情報は口を閉ざしているようだ。
「今日も30発以上の爆弾を投下したみたいよ。それでも砲弾を撃ってくるらしいの。ちゃんと当たらなかったのかしら?」
「たぶん、大砲を戦車のように装甲したんだろうな。1イルムほどの装甲版を取り付けるだけで被害はかなり軽減できるだろう。爆弾が直撃でもしない限り破壊できそうにないぞ」
「それならかなりの重量になるはずだ。動きが遅い砲列は歩兵の餌食になりそうだが?」
「帝国塀の持つ小銃は、いつの間にか半自動になっているからなぁ。俺達はフェンリルをどうにか作ったが、向こうはゴブリン並みの銃弾が使える半自動小銃だ。突撃は死地に行くようなものかもしれんな」
それだけ歩兵の損耗が激しいということなんだろうか?
作戦を考える連中にとっては単なる数字の変化になるんだろうが、戦場で戦っている兵士にとってはたまらない話だ。士気も落ちてしまうだろうから、どんどん作戦の成功率が下がってしまいかねない。
「今日の作戦は飛行船と新型飛行機の共同作戦みたいだった。作戦成功の打電を傍受したけど、内容はまるで分からなかったよ」
「大砲を積んだ飛行機でしょうか?」
俺の言葉にファイネルさんが頷いた。
「爆弾を落とした直後なら、地上からの反撃は受けないだろうな。その後に大砲を黙らせるのに飛行機で装甲を施した大砲を撃ったに違いない。3イルムの徹甲炸裂弾なら1発で大砲を破壊できるだろう」
「となると、次は……」
「歩兵の一斉攻撃ってことになる。支援砲列をどれだけ並べられたかで被害の程度が変わるんだが……」
タバコの火を点けて南西の方向に目を向ける。
さぞや凄惨な戦が行われているに違いない。
再び装甲車に乗って戦場を巡ることになるんだろうか。
毎日走ってばかりだからなぁ。そろそろ退屈してきたことも確かだ。
何事もない平和な日々が過ぎていく。
砦が爆撃されてから、再度の爆撃はないようだが今でも尾根にはいくつもの監視所が作られているらしい。
敵の飛行船を見付けたなら、山の拠点の北に作った飛行場から飛行機を緊急発進させるのだろう。
そんな生活が続いたある日のこと。
俺達が日課のランニングと射撃訓練を終えて、開け放たれた窓辺のベンチに腰を下ろしコーヒーとタバコを楽しんでいる時だった。
パタパタと廊下を走る音がしたと思ったら、勢いよく扉が開かれた。
ハァハァ……と息を整えたリトネンさんが、ファイネルさんに腕を伸ばして大声を上げた。
「直ぐに東の拠点に向かうにゃ! テレーザと一緒に向かい、飛空艇を受け取ってくるにゃ!」
「半年は掛かると言ってたが?」
「引き取りに来いとクラウスのところに連絡が入ったにゃ。いつまでもここにいたら、ぐうたらになりそうにゃ!」
テレーザさんと顔を見合わせたファイネルさん達が頷いているのは、直ぐに準備をするってことなんだろう。
自分のロッカーを開いて背嚢を取り出した2人が、リトネンさんのところに向った。
「だが、機関車は1日2往復だぞ? 俺達でトロッコを漕いでいくのか」
「内燃エンジンを搭載したトロッコをドワーフ族が動かしてくれるにゃ。しっかり掴まっていくにゃ!」
「なら、急がないとな!」
ファイネルさん達が部屋を飛び出していく。
それにしても、飛空艇の四分の一が無くなっていたと言っても良いくらいの損傷だったからなぁ。簡単な補修で終わりにしたってことに思えるぞ。砲塔区画から後方は立ち入り禁止になりそうだ。
「今から出掛ければ、今夜遅くには帰ってこられるにゃ。修理後の試運転も兼ねて、南に向かえそうにゃ」
「最初から空中軍艦狩りはしない方が良いわよ。先ずは楽劇を何度か請け負った方が良いかもしれないわ」
エミルさんの忠告をちゃんと聞いているのかな?
テーブルに地図を広げて、にやにやしているのがちょっと不気味に思えてくる。
「確かに修理が早すぎる。予備の部材があったというよりは、飛空艇の船尾を根本的に変えようとしていたのかもしれないな」
「急場凌ぎの修理じゃないと良いんですけどね……」
ハンズさんが戦死してから1か月も経っていない。あの軽快な機動が取れなくなっているかもしれないと思うと、次の作戦が心配になってくる。
帝国軍も滞空防御に力を入れ始めたようだから、今度は反復攻撃ができるかどうか分からなくなってきた。
一撃離脱を狙った攻撃に特化しそうにも思えてくる。
そうなると、ますます空中軍艦を落とすのが難しくなりそうだ。
翌朝早く、北の広場に向かった。
リトネンさんの話では、夜間に帰ってくるとのことだったが、尾根を掘って作られたブンカーの中にも飛空艇の姿がない。
ブンカーの扉を開いているということは、帰投するのを待っているのかもしれないな。さすがに大規模修理直後の飛空艇を夜間飛ばすのは、少し無謀だと上層部も考えたに違いない。
食堂に向かうと、母さんとミザリーが食事をしている。急いでトレイに朝食を盛り付けて貰い、ミザリー達と朝食を取る。
「無かったの?」
「夜間飛行を止められたんだろうね。となると、午前中には戻ってくるんじゃないかな」
「そうなると、また出掛けることになるわね。ミザリーを頼んだわよ」
母さんの言いつけに素直に頷く。言われなくともそれは兄貴としての務めだろう。
万が一飛空艇が落ちるようなことがあるなら、背負ってでも砦まで連れ帰るつもりだからね。




