J-016 追手との闘い
「とんだことになったなぁ。帝国の偽情報をつかまされたのかもしれん」
「今はそれどころじゃないにゃ。何とかして無事に帰らないといけないにゃ」
「たぶん、後続の部隊もあったはずだ。蒸気機関車の襲撃もあるから、帝国としても、何らかの成果を欲しいのだろう。だが、追ってくるのは明日までだろうよ。あまり深く追撃すると、向こうもタダでは済まんと思っているはずだ」
「今夜来るのかにゃ?」
「たぶんな。逃走方向は確保してあるし、ここはちょっとした尾根の裏手だ。俺達が潜んでいることは敵からは見えない。リーディル。残弾はいくつだ?」
「22発です!」
「良し、なら銃の先にこれをねじ込め。銃声と発炎が見えなくなるぞ。威力は少し落ちるが200以内ならそれほど気にする必要はない」
クラウスさんが背嚢から10イルム(25cm)ほどの筒を渡してくれた。筒の側面にたくさんのスリットが付いている。
これで銃声が本当に消えるのか?
「敵が近づいたら、あの木の根元で待機してくれ。なるべくこの場所に近付く者を片っ端から倒してくれよ。発砲はリーディルに任せる。
ファイネルも照準器付きだったな。生憎とサプレッサーは1つだけだ。他の兵士に混じって射撃してくれ」
ファイネルさんが残念そうな顔をして頷いている。
とはいえ、人数が多くなっただけで安心できるのは不思議なものだ。
これで追手が来なければ、もっと良いんだけど……。
温いお茶でビスケットを食べる。昨夜とは大違いだ。
これは敗走している兵士の姿なんだろうな。食べるものがあるだけ良いってことだろう。
3方向に見張りを出しているが明かりを点けることも出来ない。もう直ぐ月が顔を出すだろうから、そうしたら少しは周囲を見ることもできるだろう。
俺達のところにクラウスさんがやって来て腰を下ろす。
タバコに火を点けているが、見つからないのだろうか? ちょっと心配になってくる。
「リトネンから聞いたが、蒸機人のホースに穴を開けたら、動きが鈍くなったそうだな?」
「背中のタンクから体に延びる太いホースを狙撃しました。貫通したらしく凄い蒸気を噴出してましたよ。その後に動きが鈍くなったんです」
クラウスさんが笑みを浮かべて俺の肩をポン! と叩いた。
「今回の最大の成果だぞ。蒸機人の弱点が分かったんだからな」
「あの位置だと、リーディルぐらいしか当たらないにゃ!」
「小銃ではそうだろうが、手榴弾やグレネード弾を放つことでも可能だろう。動きは人間以上に素早いと言われているるが、おもしろいところに弱点があったものだ。吸着爆弾も使えそうだぞ……。これは早いところ他の部隊にも知らせてやらねばならんな」
1人で笑みを浮かべている。それほど嬉しいのかな?
リトネンさんの話では、旧王国の降伏の原因の1つだったらしい。なすすべもなく大隊規模の歩兵が蹂躙されたらしい。
あんなのが集団で向ってきたら恐怖以外に無いからね。高い場所でしかも目立たに場所だったから狙撃してみたけど、正面に居たら直ぐに逃げ出したに違いない。
追手が中々現れない。
諦めて戻ったんじゃないかな?
ブランケットを背嚢から外そうとしていた時だった。ネコ族の女性兵士が陣の中を動きながら敵が現れたと小声で触れて回る。
急いでゴブリンを手に持ち、指示された木の根元に向かった。
皆から15m程左手で5m程高い位置になる。
照準器で周囲を探ると、暗闇の奥で何かが動いているのが分かる。
月明かりだけだからなぁ。照準器の視野の中にどうにかレティクルが視認できる状況だ。
これだと、100ユーデ(90m)程度に近寄らない限り相手に照準できないんじゃないか?
照準メモリを100にして、再度敵兵の動きを見る。
何人かは、ランプで足元を照らしているようだ。もう少し上で使ってくれたなら助かるんだが……。
「見えてるかにゃ?」
「動いてるのは分かるんですが、照準はできません」
「250ほど先にゃ。150ぐらいになったら形が分かるにゃ。撃つなら100で良いにゃ」
「照準距離は100にしました。やはり数は多いんですか?」
「見えてる限りでは2個分隊にゃ。ここで見張ってあげるにゃ」
リトネンさんの言葉に小さく頷いた。
大木の根元の藪の中だから昼なら気付かれることも無いだろうけど、夜だからねぇ。
クラウスさんに貰ったサプレッサーを銃身の先にねじ込んだんだが、どれほどの効果があるかは未知数だ。
今回は銃弾が飛んでくるかもしれないな……。
「距離150……」
どうにか人の姿を捉えることができるが、もう少し待った方が良さそうだ。
「距離120……」
リトネンさんの呟く様な小さな声だけが耳に入る。周囲にいるのは俺達2人だけに思えてきた。
「距離100!」
【かの者に天国の門が開かれんことを……】
トリガーを引くと、プシュッ! という音が聞こえてくる。照準器の中で戦闘を歩いていた兵士が崩れ落ちた。
続いてトリガーを引く。
またしても兵士が崩れ落ちたが、周囲の兵士は気が付かないようだ。前だけ見てるのかな?
「気付いていないにゃ。次を倒すにゃ!」
ボルトを操作して次弾を薬室に送る。
レティクルに敵の顔を合わせ、静かにトリガーを引いた。
今度はさすがに気が付いたようだ。大声で「狙撃兵だ!」と叫び出した。
ターン!という銃声と共に大声を出している兵士がその場に倒れる。ファイネルさんに違いない。良い腕だな。
敵兵がその場に伏せると、周囲に向かってやたらと発砲し始めた。
流れ弾に当たらないように、慎重に次の兵士を捉える。
祈りを終えてトリガーを引くと、その場で動かなくなった。これで4人……。
クラウスさん達も発砲を始めると、伏せていた兵士が山裾に向かって一目散に駆け出していくのが見えた。
もう、銃声は聞こえない。これで終わったのかもしれないな。
しばらくその場で待機していたが、何の変化も無いことを確認して皆が待つ窪みに身を屈めて進んでいった。
「リトネン達も戻ったか。死者は誰もいないようだ。銃声を聞いてやってくる追手がいないとも限らない。今の内に先を急ぐぞ」
背嚢を背負って、山に向かって歩き出す。
明け方まで歩いて2時間程の休養を取り、集合地点に向かって急ぐことになった。
水場のある集合地点に到着したのは俺達が最後だったらしい。
クラウスさんが分隊ごとに点呼を取り負傷者の具合を確認している。
ようやく、温かいスープが飲める。
カップ1杯だが、体を中から温めてくれるのが実感できた。
「第2分隊と第3分隊がだいぶやられているにゃ。良くここまで先にこれたか不思議に思えるにゃ」
「今回は失敗だったと?」
「失敗の方が多いにゃ。でも収穫もあったにゃ」
蒸機人の弱点を見付けたし、敵の小隊長を倒したのは評価できるとのことだった。
「それに帝国に新兵が多くなっているのが分かったにゃ。昔なら互いに銃弾が尽きるまで打ち合って白兵戦になってたにゃ」
「尻尾を巻いて逃げるようなことは無かったと?」
「そうにゃ。おかげで犠牲者も多かったにゃ」
ここまで来れば一安心とのことだ。俺達は敵を引きつかるように山に向かって進んでいたから、東に向かって山を探るようなことはしないだろうと言ってくれたけど、捜索しても見つからなければ少ずつ捜索範囲を東に移すんじゃないかな?
周囲に見張りを立てながら、ゆっくりと体を休め、負傷者の手当てを行う。
後2日歩けば、拠点に帰れるのだ。
・
・
・
水場から2日歩いて拠点に戻る。負傷者を医務局に送り傷の手当てをして貰い。装備を下ろした俺達はシャワーを浴びて食堂で遅い夕食を取ることになった。
やはり拠点の食事は美味い。スープをおかわりして、今夜はワインをカップに半分ほど頂いた。
亡くなったり負傷したりで、小隊の数は三分の一ほど減ってしまったが、補充はあるんだろうか?
次の出撃までに補充できればいいのだが。
部屋に戻ると、母さん達が吃驚していた。寄る遅くの帰還だったからだろう。
戦闘の様子を話すと、亡くなった仲間に祈りを捧げている。
出撃前に、一緒になって騒いでいた中の一人だったかもしれないな。
「でも無事に帰ってきてくれた。これからも辛いことがあるでしょうけど、どんなことがあっても諦めてはダメよ。ここに自分の足で戻ってきなさい」
「分かってるよ。だけど疲れたなぁ。今夜は早く眠るからね」
ベッドに入った途端、眠気が襲ってきた。
明日は休みだと言っていたから、一日中寝ていよう……。
休日を部屋でダラダラ過ごし、帰還して2日目に第一小隊の部屋に向かった。
外套の塵を叩いて綺麗にしてロッカーに納め、リトネンさんの指導の下、ゴブリンを分解して清掃する。ボルトの摺動部は油を引いて良く拭き取った。
「気温が下がると、油が固まってボルトが動かなくなってしまうにゃ。良く拭き取っておかないとダメにゃ。サプレッサーはバケツの水に入れて中を良く洗っておくにゃ。結構煤が溜まるにゃ」
ゴブリンを元に戻すとロッカーに保存しておく、次の出撃前までは出番は無さそうだ。
何時もなら賑やかな部屋なんだが、戻って来てからは静かになってしまった。
たまに聞こえる声も、押し殺したように囁くから、何を話しているのかと考えてしまう。
ファネルさんは、俺と似たサプレッサーを手に入れて、屋外射撃場にイオニアさんと出掛けてしまった。
手持ち無沙汰にリボルバーの手入れを始める。
そういえばこのリボルバーは2度ほど室内射撃場で練習しただけだった。
たまには、練習しないといざという時に使えないんじゃないかと、リボルバーを手に室内射撃場に向かうことにした。
練習場には誰もいない。前回の練習の時より距離を取って50m付近に的を移動させて、シリンダー内の5発を放ってみた。
リボルバーのせいなのか、それとも自分の腕が拙いのか、5発放って胴体の的に命中したのは1発だけだった。2発が板に張った紙に当り、の頃の2発は紙の的にも当たらなかったということになる。
さすがにこれではねぇ……。
用心のためだということだが、せめて紙の上には全弾当たって欲しかった。
やはり誰かに教えてもらうしかないのかな?
小隊の部屋に戻って、銃身内の掃除をすることにした。




