J-015 蒸気で動く機人
朝靄がなくなり、俺達は森に潜んで南西に広がる湿地を眺める。
道路は俺達から100ユーデ(90m)程慣れた場所を南北に走っている。道路から10ユーデほどの高さがあるから、蒸気自動車から降りた兵士達が直ぐに俺達に攻め込むのは不可能だろう。
それに、ここは道路から少し高くなっている。手榴弾を投げれば楽に30ユーデ(27m)以上投げられるだろうが、相手は20ユーデ(18m)以内に近寄らねば無理だろう。そのわずかな違いは戦闘を大いに左右する差になるはずだ。
ここまでは俺達に利があることは間違いあるまい。現在存在するリスクは、相手の戦力が分からないことだ。蒸気自動車が10台ということだが、全てに兵士が乗っているなら100人になってしまう。
クラウスさんは2個分隊だろうと言っていたが、根拠は無いんだよなぁ。
前後に兵士を乗せるとしたら、その間の8台は何を乗せるのだろう?
町から冬越しの食料を奪うのだろうか?蒸気自動車8台分ぐらいなら、ひもじくても餓死することは無いだろうが……。
「リーディル、砂塵が見えたぞ。たぶん先遣隊だな」
「あれにゃ! かなり速度を上げてるにゃ。森は帝国軍にとって鬼門にゃ」
双眼鏡で確認したリトネンさんが北東に向かって信号を送っている。しばらくすると小さな赤い光が瞬いたのが見えた。
これでクラウスさん達も少しほっとしてるんじゃないかな。
待ち伏せは待つのが長いからなぁ。
やがて俺達が見守る中を、1台の蒸気自動車が大きな砂塵を上げて通り過ぎる。
初めて蒸気自動車を見たけど、あまり煙は出さないようだ。ピストン駆動の車輪がちらりと見えたから、道路を走る機関車と言うことになるんだろう。馬よりも断然早そうに思える。
「荷台に7人乗ってるから、分隊規模の蒸気自動車だな。次が来てるぞ」
先ほどの蒸気自動車よりも砂塵が小さく見える。あまり速度を上げていないようだが、砂塵の広がりは大きいようだ。隊列を組んで走っているのだろう。
「そろそろ準備するにゃ。ファルネル、当たっちゃダメにゃ!」
「了解です。撃つ位置を適当に変えますからだいじょうぶですよ!」
ファイネルさんは俺達から30ユーデ(27m)程離れた場所に向かい、イアネスさんが俺達の後方に下がって背を向ける。
リトネンさんと繁みに隠れて、貰った単眼鏡で砂塵を見ると操縦席のすぐ後ろから煙を吐きながらこちらにやってくる蒸気自動車の姿が見えた。
「準備するにゃ」
リトネンさんの指示に従って小銃を藪から出すと、ボルトを引いて初弾を薬室に装填する。セーフティを倒してリトネンさんに準備完了を伝えた。
「撃つのは、第三分隊が射撃を始めてからにゃ。上手く右手に追いやってくれれば良いにゃ」
短眼鏡を食堂の売店で購入したポシェットに入れると、ゴブリンを握る。
既に作戦は始まっているのだ。
蒸気自動車の車列が俺達の前を通る。
もう少し速度を落として欲しいものだ。舞い上がる土埃がここまでくる。最後尾の蒸気自動車の荷台の幌が空いていたから、何かに載っている兵士の姿が見えた。
予想通り、随行する兵士の数は2個分隊と言うことなんだろう。
ドォン! と炸裂音が聞こえ、西に土砂が舞い上がる。
土埃が晴れた後には大きな大木が横たわっていた。遮断成功ってことだな。
東から銃声が聞こえてくると蒸気自走車から兵士達が次々と尾飛び降りて応戦を始めた。
「まだにゃ。第3分隊がこっちに来てからにゃ」
車体を盾にして兵士達が銃を撃っている。小銃は俺と同じゴブリンのようだが、大陸から持って来たんだろうな。
銃弾さえ共通だというから、どっちが優勢なのか皆目見当がつかないし、見ている範囲では倒れた敵兵姿も無い。
トラックに影から銃を突き出して撃っていた兵士が突然倒れた。第三分隊が森に隠れて近付いてて来たのだろう。
「後ろから2番目のトラックの後ろに、身なりの良い兵士がいるにゃ。指示を出しているから指揮官の1人にゃ。距離180にゃ」
照準器の距離を180にすると、レティクルの中心に周りの兵士と異なった帽子を被った兵士に狙いを付けた。
「1人だけ違った帽子をかぶった人物ですね?」
「そうにゃ。狙えるかにゃ?」
「結構動いてますが、それ程位置を変えませんから……」
【……かの者に、天国の門が開かれんことを……】
トリガーを引くと、敵兵がその場にうずくまるように倒れた。
上手い具合にトラックの外に倒れてくれたから、東西から飛んでくる銃弾に当たったと思ったに違いない。
近くの兵士が慌ててトラックの影に運び入れたが、頭部を貫通したからには即死で間違いはないだろう。
「次は左から走ってきた奴にゃ。たぶん分隊の指揮をしているに違いないにゃ」
「了解です。様子を見に来たんでしょうね」
ボルトを引いて薬莢を排出し、ボルトを戻すことで次弾を薬室に送り込む。
狙いを定めながら祈りを捧げ、トリガーを引いた。
照準上の端で、兵士が倒れるのが見えた。ファネルさんも頑張っているみたいだな。
次の狙撃対象をリトネンさんが探っていると、数台前の蒸気自動車の幌が吹き飛んで、魔物が姿を現した。
思わず、その姿に目を奪われる。
身長は6ユーデ(5.4m)程ありそうだ。全身が鋼鉄製であるかのように銀色に光っている。
2本の腕を持ち、大きな銃を持っていた。荷台からずり落ちるようにして道路に立つと西に向かって大きな銃を構える。
ドコォォン!
まるで大砲を撃ったような音が周囲にこだまする。
3本の金属製の足がしっかりと反動を押さえたようだ。両手が動き、次の獲物に照準を変えようとしている。
「戻るにゃ! あれは蒸気機人にゃ。小銃では相手にならないにゃ!」
「了解です。ですが、第3分隊と第2分隊が道路近くまで動いてますよ。何とかしないと全滅しかねません」
2発目を撃ち終えた蒸気機人が器用に銃の銃身を上方に持ち上げて薬莢を排出し、新たな弾丸を装填している。
人の動きそのものだな。機械で出来ているように見えるけど、動きは生物に近い。
「感心して見てないで、早く下がるにゃ!」
リトネンさんにベルトを引っ張られるようにして繁みから抜け出した。小銃の先端で幹に乗せていたツエルトを引き寄せてベルトに挟んでおく。
リトネンさんを3人で囲み、これからの行動を確認することにした。
あの蒸気機人と正面で戦うのはゴブリンの銃弾では無理だろう。
「信号弾が上がりましたよ!」
「撤退の合図にゃ。私達が殿にゃ」
リトネンさんが吐き出すように呟いた。
時間稼ぎを俺達が行うということなんだろう。狙撃で追撃を凌ぐということになるんだろうか。
「もう少し森の奥に入って陣を作るにゃ。あまり時間がないにゃ」
「なら、その間に試させてくれませんか?」
「何をするにゃ?」
「蒸気機人に沢山のホースが付いてましよね。あれに穴が開いたらどうなるんだろうかと……」
「時間がないから1発だけにゃ!」
リトネンさんに頷くと、先ほどの繁みに入って狙いを定める。
背中にあるタンクのような部分から胴体に1本の太いホースが延びてるんだよなぁ。あれを撃ちぬいたら、蒸気が漏れだして停まるかもしれない。
慎重に狙いを定め、レティクルの『T』字にホースを捉えた。
ターン! という軽い音が周囲に響くと蒸機人の動きが途端に鈍くなる。ホースから勢いよく蒸気が漏れだして、蒸機人の周囲で兵士達が右往左往しているのが見えた。
「出発するにゃ。もう直ぐ追手がやってくるにゃ」
リトネンさんの声に、急いで藪を這い出すと、4人で森の奥を目指して走り始めた。
しばらく走ると、大きな木の根元で足を止める。南をジッと睨んでいたリトネンさんが双眼鏡を取り出した。
「追って来てるにゃ。5人1組みたいだけど、近くに他の連中がいるに違いないにゃ」
「ここで応戦しますか?」
イアネスさんの問い掛けに、ちょっと考えていたリトネンさんが力強く頷いた。
「狙撃兵が2人いるにゃ。向こうは私達がどこに潜んでいるか分からないから、こっちが有利にゃ。ファイネルは、あそこの窪みで、リーディルはその向こうの岩の影にゃ。ファイネルの射撃で、私達がここから応戦するにゃ」
最初に2人を倒して、リトネンさん達を囲もうとして動くところを更に狙撃するということかな。
「当たらないでくださいよ!」
リトネンさんにそう言って、ファイネルさんと急いで指定の場所へ向かって行った。
位置に付いた事をファイネルさんに親指を立てて知らせると、結んだ手を俺に見せてくれた。
了解したということなんだろう。
さて、最初に誰を撃つんだろう? 端を狙うことは無さそうだから右手から倒していくか……。
祈りの言葉をつぶやくと照準器で敵兵を捉える。
距離は300ユーデを越えていそうだ。
ファイネルさんの必中距離は最大で150ユーデだから、まだ時間はありそうだな。
周囲を油断なく見渡しながらゆっくりと近付いてくる。
照準器で敵兵顔の表情まで見えてきた。新兵なのかな? ちょっとおどおどした表情で周囲に視線を向けている。
200を切ったようだ。まだまだファイネルさんは銃弾を放たない。
この距離なら確実に、頭を撃ち抜けるのだが……。
ターン! と森に銃声がこだまする。
照準器の中で敵兵が顔を横に向けた。その時を逃さずトリガーを引く。
2人が倒れたから、残った3人がその場に伏せる。
リトネンさん達が援護射撃を始めてくれたから、敵兵の中位がそちらに向いたのが分かる。
ボルトを引いて、次弾を薬室に送り再び照準器で彼等を見据えた。
ほとんど頭を伏せて、上目遣いに射点を探しているようだ。
どうにか確認し終えたのだろう。2人が左右に分かれようと匍匐前進で位置を変え始める。
やはり敵よりも高い場所に位置取りしただけ有利だ。
これなら当たる。
再び祈りを呟くと照準器の中に匍匐前進中の兵士の頭を捉えた。
その場で動かなくなった兵士の帽子が吹き飛んでいる。頭部貫通だ。痛みすら感じることは無かったろう。
続いて銃声が上がった。左に進んだ兵士も何とか出来たようだな。
残った兵士は1人だけだ。
照準器に映った敵兵の顔には焦りが見える。
その場からゆっくりと後ろに後ずさりを始めたのが分かる。
リトネンさん達がたまに銃を撃っているから、立ち上がって逃げることも出来ないのだろう。
逃がしたら、俺達が逃げ出した方向が分かってしまう。ゆっくりと狙いを付けていると、銃声と共に兵士がひっくり返った。
最後はフェイネルさんが締めくくってくれたようだ。
周囲に敵兵がいるかどうか、急いで確認したところで、身を低くしながらリトネンさんのところに下りていく。
直ぐにフェイネルさんも下りてきた。
「上手くいったにゃ。でも銃声を聞かれたから次がやってくるかもしれないにゃ」
再び俺達の逃走が始まった。
他の分隊は上手く逃げているんだろうか?
どう考えても、敵兵を半減することはできなかった。あんな兵器を持って来てることを考えると、更に後続の部隊がいたかもしれない。
どんどん悪い方向に考えが行ってしまう。
何度となく転びかけて1時間程逃げたところで、クラウスさん達の第一分隊に合流することができた。
これで少しは安心できる。30分ほどの休憩を取り、更に森の奥に向かって進んでいく。今夜はどうなるんだろう?
厳戒態勢で夜を明かすことになりそうだ。
 




