J-127 お茶会?
ドワーフの職人さん達が飛空艇の点検をしてくれているから邪魔をしないように、食堂のテントの中でコーヒーを飲みながら時間をつぶす。
ハンズさんが食事を終えたところでファイネルさんと立ち合いを替わるために出掛けたんだが、ファイネルさんは食事を終えると直ぐに立ち合いをするために飛空艇に向かっていった。
手を触れて欲しくない装置があると言っていたから、その確認をするんだろう。さすがにハンズさんにはその装置がどれだか間では分からないだろうからなぁ。
戻ってきたハンズさんはイオニアさんを相手にチェスを行い、俺達はテレーザさんが持っていたボードゲームを楽しむ。
ちょっと変わったスゴロクのようなゲームだけど、進行状況で持ち点が変わるから、最初にゴールしたとしても、得点が良いとは限らないのが面白いところだ。途中経過での得点状況を点数板に書き込んで、それを見ながらサイコロを振ることになる。
「さすがはリトネンね。遅れていても持ち点が1番なんだから」
「手堅く進めるのが勝つための条件にゃ。一番進んでいるリーディルは私の半分も無いにゃ」
イベントのマスにうまく駒を進められないんだよなぁ。単純なスゴロクなら俺が1番なんだけどね……。
「兄さんは雑なところがあるからよ。それともサイコロが上手く振れないのかな?」
「たぶん後者だと思いたいですね。銃の腕は一流なんですから」
ミザリーのきつい言葉を、エミーさんがやんわりと包んでくれた。
ちょっとショックだったけど、少しは元に戻ったかな。
このままでは、全員にジュースをおごる羽目になりそうだと、半ば覚悟を決めていた時だった。
エミーさんのところに、アデレイ王国の士官がやってきて、耳打ちをしている。
エミーさんが慌てて士官の顔を見ると、「本当なの?」と念を押して確認している。
「本当です。是非とも1度お会いしたいと言っているのですが……」
その言葉にエミーさんが深い溜息をつく。
幸せが逃げ出しそうだな。案外エミーさんは苦労人なのかもしれない。
「済みません。王子殿下が是非とも1度、エンドリアの鷹の目の後継に会ってみたいとのことです。お茶の席にご招待ということなのですが……」
思わずリトネンさんに顔を向けると、他人事のように笑みを浮かべている。
「こんな場所でもないと会えない人物にゃ。野戦でのお茶会なら宮廷の礼儀も必要ないにゃ。1度見てくると良いにゃ」
「相手は王子様ですよ! 俺は一般人ですから、そもそも一緒にお茶を飲むなど身分違いも甚だしいです」
「それはあまり気になさらなくても良いでしょう。リトネン殿が言ったように、野戦でのお茶会なら、功労者への労いの意味で初年兵ですら招くことがあります。ですが……」
「他国の兵士を招いたことは無い……。そういうことだな?」
いつの間にかチェスを止めたイオニアさんが、確認するようにエミーさんの話を確認してくれた。
困ったように頷いているエミーさんを見ると、その通りだということが良くわかる。
「気にすることは無いにゃ。今は同盟関係に近い立場にゃ。それならお茶会に招いても問題ないと判断したに違いないにゃ。
それに、それを気にするのはアデレイ王国側であって、私達じゃないにゃ」
確かにリトネンさんの言う通りに違いない。
それなら、話の種に会ってみても良さそうだ。老いて孫たちに囲まれた時の昔話に丁度良さそうだな。『お爺ちゃんは、若い頃、隣国の王子様と一緒にお茶を飲んだことがあるんだぞ!』さぞかし、孫達が尊敬の目で俺を見てくれるんじゃないか?
「そういうことにゃ。行ってくると良いにゃ。ミザリーも一緒に行っても問題なさそうにゃ」
「ありがとうございます。引率は私がしますから、後々の問題が無いように気を付けます」
隣に立っていた士官に小さな声で指示を与えたところを見ると、エミーさんはそれなりの士官ということになるんだろうな。
真面目に俺達に協力してくれているんだから、将来有望視されているに違いない。
「準備もあるでしょうから、10分後に行きましょう」
それなら、今の内に一服しておこう。
タバコに火を点けた俺に、簡単な挨拶を教えてくれた。
座っている王子様の前に立って、軽く頭を下げて名を告げるだけで良いらしい。
「宮廷なら、いろいろと面倒な作法があるんですが、戦場でそのようなことを覚える必要はありませんから、最低限の敬意を表すれば問題はないんです。中には部屋に入るなり大声で名を名乗る者さえいるんですよ」
かなり緊張したんだろうな。俺もそうなりそうで怖くなってきた。
「そうそう、武装は拳銃をホルスターに入れた状態なら問題はありません。でも抜かないでくださいね。護衛の兵士にその場で射殺されかねません」
「そんな状況にはならないんでしょう? 少なくとも俺には王子様を暗殺しようなんて気はありませんから大丈夫です」
アデレイ王国のVIPだからなぁ。常に護衛が傍にいるってことなんだろう。
だんだん不安になってきたけど、リトネンさんの表情は笑みを浮かべたままだからね。
10分ほど過ぎたところで、エミーさんに連れられて指揮所に向かうことになった。
さすがに指揮所だけのことはある。他のログハウスより立派だし、かなり大きいな。
入口を守る2人の兵士にエミーさんが要件を告げると、銃を引いて俺達を通してくれた。
入口が少し右に寄っていたのは、入り口から奥へと続く通路の左手に指揮所が作られているからだそうだ。
右手には、小さな会議室と王子様の私室があるとエミーさんが話してくれた。
右手の最初の扉を素通りして、2つ目の扉の前には兵士が2人立っていた。
「参謀本部所属エミリア中尉です。王子殿下のご招待の命によりエンデリア解放軍の兵士2人をお連れしました」
「お役目ご苦労様です。王子陛下が先ほどからお待ちしておりました。どうぞお入りください」
兵士の1人がエミーさんに敬礼をすると、扉を開けてくれた。
「エミリア中尉が御到着しました。お通しいたします!」
部屋の中に向かって告げたところで、再度俺達に敬礼をしてくれる。
敬礼なんて教えて貰わなかったからなぁ。軽く頭を下げてエミーさんの後ろについて部屋に入ることにした。
部屋の中には木製のテーブルセットがあった。さすがは王子様が使うだけあって、かなり高級そうなテーブルだ。お茶を零したら後でエミーさんに叱られそうだ。
「エンデリア解放軍のリーディルと妹のミザリーです。お招きを受けてやってきました」
王子様に向かって軽く頭を下げることができたし、大声を上げることも無い。
ここまではエミーさんに教えられた通りにできたぞ。
「ようこそおいでくださいました。王子と言っても継承権は下がっていますから、それほど気にすることはないですよ。どうぞお座りください」
再度頭を下げて、王子様のテーブル越しの席に着く。左手にミザリー、右手はエミーさんだ。
王子様の隣にいる女性は副官なんだろうか。左手に俺より若い娘さんが据わっているし、右手には少し離れてエミーさんの年代に思えるキリっとした表情の女性が座っていた。
四角いテーブルの右手に初老の男性が据わっているが、たくさんの勲章を制服に付けている。
エンデリアの将軍に違いない。王子様の後見人としてこの指揮所にいるということかな。
「初めてお会いする。娘のシグルーンが是非とも1度会っておきたいということでね。今では伝説になっている鷹の目の後継人ともなれば、私も会って見たかったのでお招きした次第だ」
「ご招待、ありがたく思います。俺と妹ミザリー共に田舎暮らしの日々を送っておりましたから、敬語がまるでなっておりません。ご不快とは思いますが、それは御容赦戴きますようお願いします」
「ハハハ……。最初にそれを言える人間がどれだけいるかな? ここは前線も良いところだ。身分の上下に拘るような連中はいないと思う。作戦の指示はさすがに軍の階級を重視して欲しいが、作戦を離れた休養時にまでそれを強要するようでは、王国の先行きが心配だ。それで良いだろうバレンツ」
「問題ありません。リトネン殿も似たところがありますからな。作戦時にも上下関係をあまり持ち込まないのが解放軍の良いところでもありますが、さすがに我が軍に取り入れるのは難しいでしょうな」
立派な髭を蓄えた小太りの将軍だけど、状況に応じた対応ができる御仁らしい。地位を鼻に掛ける人物でないのが、王子様の後見人として重視されたのかもしれないな。
コンコンと扉が叩かれ、2人の女性兵士が部屋にお茶を運んできた。
敬礼をせずに流れるようなしぐさで、俺達にお茶の入ったカップを配ってくれる。
お菓子も出してくれたんだけど、これってケーキだよな! 隣のミザリーを見ると目が輝いている。
女性兵士が部屋を出ずに、そのまま部屋の端ある小さなテーブルにお茶のセットを置いて立っている。
ひょっとして兵士の姿をしているけど、王子様の侍女ってことなんだろうか?
宮廷での姿でここにいるというのも問題だろうから、兵士の制服を着用していると考えると頷けるところがある。
「どうぞ、お飲みください。お茶会に誘ったんですからね。お茶を飲みながら。リーディル殿の参加した作戦を教えて頂けると、私もシグも満足できると思います」
要するに暇つぶしってことかな?
なら、話ことは色々とありそうだ。
「そうですね……。今は飛空艇で銃手をしていますが、反乱軍に加わった当時はリトネンさんの指示の下、破壊工作をいろいろとやってきました。最初に行った作戦時の役目は……」
確かにいろいろとやってきた感じがする。
30分ほど話したところでケーキを戴こうと皿を見ると、確かにあったはずの皿が無い。
どこに行ったんだと探したら、ミザリーのところに皿が2つ置いてあった。
やられた! ……がっかりしていると、シグさんが顔を伏せながら両手で口を押え小刻みに体を震わせている。
笑い声を必死でこらえている感じだな。
「シグ、行儀が悪いよ。グラネス、まだあるんだろう? リーディル殿達に用意してくれ。私も欲しいな。やはり戦場は甘いものが欲しくなるね」
「確かに、私も1つお願いしたいぞ。……ところで、先ほどの話ではリーディル殿が要人相手の狙撃を行っていたということですか」
「指示をだしている者、帽子が異なる者、軍服が立派な者、それにホルスターを付けている者……。そんな人物を優先して倒せということでした」
「士官以上ということか……。バレンツ、私より先に狙われるんじゃないか?」
「偉そうな人物と一言で片付けることは簡単ですが、具体的な特徴となればそうなるんでしょうな。
双眼鏡で眺めた時に、私と王子殿下が同じ場所に立ったなら、小太りで勲章をたくさんつけた私が狙われるのは間違いなさそうですな」
そういうと、さも楽しそうに大声で笑い出した。
王子様より偉く見えるというのが面白かったのかもしれない。
「帝国軍の士官が兵士と同じ制服を着ていたのは、そのせいかもしれないな。初めて帝国軍を望遠鏡で見た時には少し奇異に思えたのだが、士官を優先的に狙撃したとなれば頷ける話だ」
「200ユーデの狙撃を行うとなれば、帝国軍が塹壕からあまり顔を出さんのも頷けますぞ。偵察を内燃機関の自走車で行っているのも、狙撃対策というところでしょうな」
「少人数での狙撃と破壊工作に特化した部隊ということか……」
「エンドラムにはありませんの?」
どうにか笑いを堪えきったシグさんが王子様に問いかける。
「残念ながら無いんだよ。よほどの腕を持たないと、反撃されたらひとたまりもない。そして、シグも聞いていたろう? 最初に狙撃するのは士官ということだから、敵の指揮系統を壊してしまえるんだ。そんな部隊は退却するしかないんだろうな」
「初撃で指揮を混乱させるための士官狙撃……。まさしく鷹の目の再来ですな。滅んだ王国の伝説とばかり思っていたのですが、やはり確認しないと分からぬことはあるものですな」
その後は、帝国の暗号解読の話に話題が移ってきたから、ミザリーが話に加わってくれた。
王子様よりもシグさんとの話が多いように思えるんだが、その流れはある程度王子様から聞いていたに違いない。
たまに将軍と顔を見合わせて頷いているぐらいだ。
王子様がタバコを咥えたところを見ると、ここでの喫煙は問題ないらしい。
シガレットケースを取り出して、エミリーさんに確認すると小さく頷いてくれたから安心して一服できる。
お茶よりはと、コーヒーを出してくれたのもありがたいところだ。
お茶会とは言ってたけれど、俺達の内情を知るのが目的だったのかもしれないな。
だけど、ミザリーの暗号解読にはかなり興味を持ったようだ。
シグさんが教えて欲しいと言ってたけど、ひらめきみたいなところもあるからなぁ。
「ところで、リーディル君とミザリー嬢は今年いくつになるのかな?」
「俺が20でミザリーが17になります。若輩ですから、いまだにリトネンさんのご指導を受けています」
「その若さで、十分な成果を出しているよ。休んでいるところを呼び出してしまって済まないね」
「こちらこそ、ご厚意に甘えてしまい申し訳ありません。それでは、そろそろ失礼いたします」
立ち上がった俺に、ミザリーが慌てて席を立った。
王子様に改めて頭を下げると、エミーさんと一緒に指揮所を出る。
やはり暇つぶしとみるべきなんだろうか?
戻ったらイオニアさん達に報告だな。




