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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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★ 19 帝国の闇 【 見える敵と見えない敵 】


 帝都の北東にある漁師町が攻撃を受けたらしい。

 帝国本土には7つの漁師町があるが、南にある4つの漁師町は大陸中央の貴族領地に広く干物に加工した魚を供給している。

 北に面した3つの漁師町が、帝国軍と帝都、それに大陸北部の貴族領内へ魚を供給している。そのほとんどが鮮魚になるは、輸送時間が比較的短いということに他ならない。

 帝国の東西南北を結ぶ鉄道網は、時間通りの運行だからなぁ。鮮魚については専用列車で運んでいるようだ。途中で止まらずに帝都と港町を往復しているから、客車まで曳いていると聞いている。


 先週西部の港町が襲われ、本日中央の港町が襲われた。

 さすがに軍港に近い東の漁師町は襲う側にとっても危険ということなんだろうが、一気に魚の値段が上がってしまった。

 人は野菜だけでは満足できないだろうし、かといって肉類は高価になる。魚は領民にとって手頃な食べ物であったのだが……。

 さすがに住民に不安が広がっているようだ。

 復旧作業を急がせてはいるが、3か月は魚の供給不足が続くに違いない。


「閣下、クリンゲン卿がおいでになりました」


「おお、そうか! すぐにお通ししてくれ。ワインを頼むよ」


 執務室に一歩踏み込んでメリンダ嬢が報告してくれた。私の言葉を聞いて軽く頭を下げると部屋を後にする。

 すぐに、クリンゲン卿が副官と共に執務室に入ってくると、私に軽く手を上げて挨拶をしてくる。

 卿の立場もあるのだが、幼少からの付き合いだからなぁ。私以外にはそんなことはしないはずだ。


 旧友のしぐさに苦笑いを浮かべながら、ソファーに2人を案内する。

小さなテーブルを挟んで私が腰を下ろすと、直ぐにクリンゲン卿が口を開いた。


「まったく困ったことになった。海軍の警備艇を東の漁師町に派遣したから、そう簡単に攻撃は受けんだろう。軍艦2隻も同行している」


「やはり海賊なのか? 取り締まりを厳しくした腹いせにしてはやり過ぎだぞ」


「海賊であることに間違いはない。だが、連中の使っている船が問題だ。海中軍艦モドキを作ったようだな。軍の海中軍艦よりは小さいようだが、例の長距離兵器を搭載しているようだ。さすがに軍の持つ物より飛行距離は短いようだが、例の研究がどうも漏れているように思えてならない」


 2つの漁師町が攻撃を受けてかなり被害が出ているらしいとの報告を受けたのだが、卿は詳しい報告を受けているということか……。

 裏の仕事をしていても表向きは文官の地位を持つだけでは、軍の統制下の町の様子を詳しく調べることができなかったのかもしれないな。

 明日には第2報が上がってくるかもしれんが、それまでは卿の説明で満足するしかなさそうだ。

 それにしても……。


「当時の生き残り、それに少しでも彼の研究に参加した者の追跡調査は今でも続いているんだろう?」

「もちろんだ。あの研究の一部は現在でも軍の工廟で作られている。万が一にも敵側に渡るようなことがあれば、現在の状況が逆転しないとも限らない。素行の悪い者達には口を閉ざしてもらったよ」


 殺したか……。そこまでして、彼の研究の一部が我等以外の手に渡ったということは、彼が生前に何らかの手を打ったとも考えられそうだ。

『私に万が一のことがあれば……』よく聞く言葉ではあるが、そうだとすれば厄介な話になる。


「彼はかなり変わった男だった。自分の研究が一番であることを常に周囲に言いふらしていたそうだ。そんな彼を好きになったケニーも自分の仕事に誇りを持っていたはずだから似合いではあったのだが……。彼らの交友関係を調査した方が良さそうだな。研究所に出入りしなくとも研究成果を他者に渡すことは可能かもしれん。

 私の方で調査を進めよう」


「そうしてくれるか! 私の方は新王国の状況を調査している。彼の研究を形にするとなれば、それなりのバックが必要だろう」


「資金の流れというなら、私の方も調査できそうだ。10日後に再度打ち合わせないか? それぐらいの期間があれば少しは分かってくるだろう」


 私の話に、卿が笑みを浮かべてワインを飲んでいる。

 それにしても、新たな課題が出てきたな。それをやった相手が分かるなら対処の使用もあるが、相手が不明だとなると全て事後措置になってしまう。

 それは、私もクリンゲン卿も一番嫌うことだ。


「ところで、話は変わるが……。卿は、電信に新たなコード表を使っているのか?」


「ん? 何の話か分からんが、私の部署は全て平文だ。見掛け上ではあるが、平文ならば誰もが私の部署の通信だとは分かるまい。見掛けは、穀物取引の形態だぞ」


 途端に2人が首を傾げる。

 何かあったのかな?


「実は、軍の暗号によく似たコードを使った通信を、たまに傍受しているのだ。数字暗号だからコード表が無ければ解読できぬ。最初は反乱軍のものかと思っていたのだが、彼らの暗号はまだ確認されていない。

 案外、平文で卿と同じように取引を装っているのかもしれんな」


「電波が異なるのかもしれんぞ。我等が使う電波と周波数とやらが異なれば、通信を傍受出来ぬと聞いたことがある」

「そうかもしれん……。となると彼らが使う周波数を突き止めるのは厄介だな。先ほどの暗号は軍の使う周波数と同じなんだ。最初は私に内緒で作られたコード化と思ったのだが、どの通信部局に問い合わせても、そんな通信を送っていないことは確認した」


 イグリアン大陸の連中ではないとなれば、やはり新王国あたりが怪しいことになる。

 だが、少し早すぎないか?

 ある程度の反乱は予想されてはいるが、少なくとも内政が充実してからになると思っていた。

 少なくとも、あの大粛清を逃れた連中だ。

 少しは頭を使ってからになると思っていたのだがなぁ。


「気になるのは、渡った技術が分からないということだ。さすがに数千ミラルを飛ぶ兵器技術まで供与したとは思えないが、少なくとも数百ミラルは射程がある。

 開発段階の技術ということになるんだろうな。そうなると空中軍艦が姿を現すのも遠からず、ということになる」


「我等の持つ空中軍艦ほどではなくとも、数隻も作られるとなれば問題だぞ!」


「数隻には届くまい。あれは金食い虫そのものだ。作ったとしても、最大2隻というところだろう。それを我等に見せる時には、その後ろに10隻ほどの飛行船がいるだろうな」


 無差別爆撃が始まりそうだ。

 幼帝を帝都から遠ざけたのは、幸いだった。

 さすがに帝都の爆撃が始まれば、真っ先に狙われるのは王宮だろうからな。


「迎撃態勢はどうなってるのだ?」


「無策ではないよ。帝都の8方向、100ミラルと300ミラルの円を描くような監視網を作らせている最中だ。右の羽の地下に作られた作戦室に情報が入るようになっているから、私の部下が終日そこで待機している。

 発見の知らせを受けたところで、迎撃用の空中軍艦を発進させる。

 装甲と武装を削って小型化したものだ。空中軍艦の半分の大きさだが、飛行船相手なら問題ないし、口径3イルム連装砲塔を2基搭載している。毎時60ミラル以上の速度で飛べる代物だ」


 十分に空中軍艦とも戦えるということだろう。

 数は3隻作ると言っていたが、すでに1隻は宮殿の北の林に隠蔽しているとのことだ。

 少なくとも、帝都は守れそうだな。

 3隻が揃えば、周辺の貴族領地さえ防衛できそうだな。


「電信は村にもあるのだろう? 町や村にも監視を任せられないか? 穴はあるだろうが、1000ミラルを目途に監視網を拡大すべきだと思うのだが?」

「それは、卿の仕事だと思っているのだが? 予算だけ出して欲しい。情報は一括して私の部署で管理するつもりだ」


 今度は、私が頷く番だった。

 さて、どれぐらいの数の役場が我等に協力してくれるだろう?

 50ほどを想定してみるか。10人を雇い、1人に銀貨3枚の報酬を払えば、1か月金貨2枚にも満たない額だ。


「人件費を出すことで良いかな? 機材はさすがに用意できんぞ」


「十分だ。軍が町や村に指示を出すのははばかれるからな。卿の方が動いてくれるなら、通信機とそれを使うための要員の派遣は我等でも問題ないだろう」


 軍が表立って動くとなれば、いろいろと勘繰る連中が出てこないとも限らない。

 それは民生局を動かせる我等の方が都合が良いことは確かだ。


「それにしても、面倒な事態だな……」


「まったくだ。現場が懐かしいよ。敵の出方だけを考えれば良かったんだからな。それに相手が見えるということが何よりだ」


 卿の来訪の目的は達せられたんだろう。

 卿の雑談が始まった。

 雑談とは言え、私に軍の動きを教えようと苦心しているのが分かる。副官の目もあるからだろうな。

 苦笑いで、卿の話を聞いている時だった。

 扉が乱暴に叩かれ、私の入室許可も得ずに軍服の男が飛び込んできた。


「司令官、至急お戻りください。空中軍艦が1隻軍港の北の海域に沈みました!」


「なんだと!」


 ことの大きさに、クリンゲン卿がソファーから立ち上がって、やってきた部下を凄い形相で睨んでいる。


「分かった。すぐに行こう。済まんが卿の方だ先ほどの手続きをよろしくお願いしたい」


「ああ、任せておけ。それにしても、卿の仕事は大事ばかりだな」


「仕方のないことだ。これも帝国の貴族の宿命に違いない。それでは、10日後に会おう!」


 あわただしく3人が執務室を後にする。

 残ったワインを飲みながら、メリンダを呼び寄せる。

 先ずはタオのまれた仕事をしないといけない。10日は長いようでかなり短くもある。

 指示を与え終えると、パイプに火を点けて先ほどの話を反芻してみる。


 問題は2つだな。1つは、イグリアン大陸からやってくる大型飛行船での爆撃だ。彼らの破壊目標は自分達への圧力をいかに低下させるかということだろう。

 爆撃目標は、軍の施設に貴族屋敷ばかりだからなぁ。

 2つ目は、謎の敵対勢力だ。

 新王国が絡んでいるようだが、からんでいないとなればかなり面倒になる。

 さすがに海賊では組織だった活動はできないだろうが、旧来の海賊ではない新たな海賊達が組織されたということになるのだろうか?

 さすがに帝国に喧嘩を売るなら、それなりの資金は必要になってくるだろう。


 待てよ……。その資金を稼ぐ方法があるじゃないか!

 あの麻薬の儲けはどこに還元されているのだ?

 密売人は捉えたが、その上納金の行先までは不明確なままだったはず。

 次の密売人を捉えたなら、その辺りをじっくり吐いて貰おう。

 数人も捉えれば、金の流れも追えるだろう。新王国に流れたのか、それとも別な組織か……。

 軍への攻撃で、麻薬組織の解明が頓挫しているが、早めに再開した方が良いかもしれないな。


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