J-014 今度は車列を襲うらしい
第1小隊を前にして、クラウスさんが黒板を使い始めた。
次の襲撃はどこなんだろう? あちこちで小声で話し合う声が聞こえてきた。
「よ~し、これで良いだろう。皆、聞いてくれ!
次の襲撃だが、ちょっと面倒なことになった。第2小隊は、俺達が脱線させた機関車の復旧現場を襲うらしいが、俺達は帝国軍の補給部隊を襲うことになった。
南東の方が距離があるからドワーフ部隊はそっちに同行する。俺達は距離が短いから自分の食料は自分で運ぶことになるぞ」
周囲からブーイングが聞こえてきた。
暖かな食事は望めないからかな。
「それだけじゃないぞ。補給部隊と言いながら、実際には北の町からの略奪部隊と言うことだ。蒸気自動車10台以上の車列を襲うことになるし、次の帝国軍が町に向かえぬよう、襲撃カ所から3km先の橋を爆破する」
「先遣隊は通過させるってことか?」
「先遣隊が通る前だ。直ぐに車列が停まるだろう。先遣隊が様子を伝えるまでは動かんはずだ」
「停まった車列を襲うのは分かるんだが、どこに停まるかわからねぇぞ」
「俺にも分からん。だがこの辺りは山裾の湿地帯を大きく迂回している場所なのは知っているな?
車列が通った後で道路の傍の木を倒せば後ろに下がることもできないだろう。
後は何時も通り、道路の両側から倒していくだけだ。
橋の爆破は第1分隊、第三分隊は後方で道路を封鎖、爆薬で一気に倒してくれよ。
第2分隊は、中間地点で待機だ。後方の遮断は爆発で分かるだろう。斜面の上に隠れて襲撃だ。手榴弾が届かない場所に陣取れよ。どこで車列が停まるかわからんから、何カ所かに陣をあらかじめ作っておくんだぞ」
「私はどこに居れば良いかにゃ?」
「リトネン達はこの辺りだ。橋は爆破するから前には行けない。後方から第3分隊が攻撃を始めれば、敵はリトネン達に気付くことは無い。第3分隊の動きに合わせて橋の方向に移動してくれ。最終合流地点は、この橋だ。
出発は明後日。3日で到着するはずだが、敵の通過は翌日になる。時間が分からないのが問題ではあるんだが、少なくとも昼前後ではないかと思っている。
質問は! ……無いようだな。以上だ。解散!」
俺達が何時ものテーブルに向かうと、リトネンさんが戻ってこない。少し遅れてやってくると、俺に待っているように言いつけて、ファイネルさんと出て行った。
やがて戻ってきたファイネルさんが嬉しそうな顔をして新しい銃を俺に見せてくれた。
「リーディルと同じ狙撃銃だ。俺も狙撃を担当できるぞ!」
「新人にゃ。トラ族のイアネスにゃ。これで4人にゃ!」
リトネンさんは、部下が増えたのが嬉しいみたいだ。トラ族の女性は俺よりも大柄だ。当然年上になるんだけど、ファイネルさんよりも上なのかな?
「イアネスです。旧王国では幼年学校にいました」
「姉さんになるね。俺はファイネル、こっちはリーディルだ。リーディルは元猟師だったから腕の良い狙撃手だぞ」
「リトネンさんから後方確認を担当するよう指示を受けています。後方は任せてください」
「ファイネルは、当たると思った敵を倒して行けば良いにゃ。指揮官狙いはりーディルに任せるにゃ」
「その方がありがたいですね。近い者から倒していきます」
俺の存在を隠そうということかな?
ファイネルさんが派手に狙撃をすると、敵の目が向いてしまうだろう。そのすきを狙えということに違いない。
「準備は明日行うにゃ。ファイネルもその銃の照準を合わせておくにゃ」
「俺よりリーディルの方が間違いなさそうだ。付いてきてくれ!」
2人で訓練所に向かうことになった。
3発撃って、照準のずれを確認して修正する。何度か繰り返してファイネルさんに渡すと、150ユーデ(135m)程度なら十分にヘッドショットを行うことができるようだ。
「実戦では腹を狙うよ。頭よりも的が大きいからね」
「即死させることはできませんよ?」
「ああ、だけど重症にはできるだろう? 死人より重症の方が敵にとっては面倒な筈なんだ」
死んだらそのままだけど、重傷者は手当てをしなければならないし、後方に移動して長らく入院をすることになるということだ。その上、再度戦に出られない可能性だってあるとなれば、確かに重傷を負わせた方が良いのかもしれないな。
「だが、指揮官達は別だ。部下を人間とも思っていないような作戦を何度も見たことがあるからな。後方でふんぞり返っているような奴は、早めに刈り取った方が世の中の為になるだろうよ」
まだそんな戦に遭遇したことは無いんだが、ファイネルさんは何度か経験したことがあるらしい。リトネンさんやクラウスさんの言動も似たところがあるから、敵の指揮官と言う奴は、味方からも嫌われているのかもしれない。
でも人間であることに変わりはないから、祈りぐらいは捧げてあげよう。
翌日は第1小隊室で背嚢に色々と詰め込んでいく。
何と言っても作戦行動7日間の食料が多いんだよなぁ。個人で5日分を持ち、俺とファイネルさんで4人分、5日間の食料を丈夫な布に包み、棒を通して運ぶことにした。
イアネスさんが20パイン(10ℓ)程入る大型水筒を1本持ってくれるらしいから、途中の水場までは何とかなるだろう。
出発当日の朝。母さんとミザリーに出掛けることを告げて、小隊の集まる部屋へと向かう。
出発前に銃弾を受け取り、弾帯に収納する。40発入るんだが、ゴブリンにも5発入っているから十分だろう。
小銃弾が尽きても、拳銃があるからね。
今回は全員がラシャの外套を着こんでいた。さすがに寒くなってきたからだろう。
一応セーターも背嚢に入ってはいるが、まだ着るのは早いんじゃないかな。
前回のように、階段を下りて谷間の洞窟から出ると思っていたんだが、村に出る十字路を右に曲がって歩いて行く。
この道は初めて進む道だ。数十m進むと、小さな監視所が作られていた。
監視所の前には藪が茂っているから、藪の奥に道があるとは思えないだろうな。
監視所の窓も岩の割れ目のように巧妙に隠されている。
「拠点の北口だ。常時5人が待機している。不審者が近づいたら入り口を閉じてしまうらしい」
「かなり厳重そうですね。でも、それだけ安心できます」
かなり山奥だから、帝国軍も近づかないと聞いている。だが、全くやってこないわけでは無いらしい。
近付くためには大部隊を用意することになるから、あまりやらないだけだと教えてくれた。
最初の昼食はお弁当だ。パンに野菜と焼き肉が挟んであった。夕食も同じような食事らしいが、スープぐらいは作るのだろう。
夕暮れ前に小さな谷間に出た。
どうやらここで野営をするらしい。
薪を集めて、暗くなってから焚き火を作ってスープの具が入った飯盒を乗せる。
何時もリトネンさんが背嚢に入れてあるポットを焚き火の近くに置けば、食事が終わる頃にはお茶を飲めるはずだ。
小さな焚き火で手を温めながら、スープが出来上がるのを待つ。
「この辺りなら焚き火を作っても麓からは見えないにゃ」
リトネンさんがそんなことを言ってるのは、俺達を覆うように木々が枝を伸ばしているからだろう。
小さな明かりなら、枝葉が隠してくれるに違いない。
「それにしても雨が降らないよなぁ」
「来年分まで食料は確保してあると総務の連中が言ってたにゃ。でも、村や町の人達は困ってるに違いないにゃ」
住民の困る最大の原因は税金だろう。旧王国時代の2倍を超えるそうだ。農作物を売って税金を納めることが出来ないとなれば、夜逃げしかない手段が無くなってしまう。
だけどそんな住人がある程度の数を越えると、暴動が起きる可能性があるらしい。
村に駐在している帝国の役人を殺して、倉庫を開放するぐらいのことは起こるだろうとリトネンさんが話してくれた。
「その後が問題にゃ。主導者がはっきりしないのが暴動にゃ。住民を並べて、適当な順番で処刑するにゃ」
暴動に参加した全員を処刑することは無いそうだ。翌年の税収に影響が出るからだろう。
とは言っても、選ばれて処刑されるのもなぁ……。
そんなことにならないように、税金を免除するぐらいのことをしないんだろうか?
「町や村に派遣される役人が貴族ではないからですよ。さすがに大きな町や港、鉱山ともなれば下級貴族がやってくるでしょうけどね。
帝国内でも、貴族でなければ人ではないと言われるぐらいですから」
かなり腐っているように思えるけど、帝国の軍事力は強大だ。
俺達の小さな抵抗も帝国にしてみれば、獲るに足らないことなのかもしれない。
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2日目からは、ビスケットが俺達の主食になる。
小さな焚き火で干し肉を焼き、一緒に食べるのだがなんか物足りないんだよなぁ。
ビスケットではお腹が膨れないからに違いない。
2日我慢して、俺達は襲撃の目標地点に到着した。
日が傾く中、急いで道を塞ぐ大木や、攻撃陣地を構築し夜を迎える。
窪地でファイネンさんが持っている組み立て式のコンロを使って野草と保身区のスープをビスケットと共に味わった。
「温かいスープが一番にゃ。でもちょっと苦いにゃ」
野草を適当に摘んだからだろうな。毒ではないんだが確かに苦い。
食事の後のお茶が甘く感じるほどだからね。
「俺は少し離れて狙うよ。リーディルはリトネンさんの指示で相手を倒すんだぞ」
「この間と同じですね。だいじょうぶです。ファイネルさんこそ、あまり頭を出さないでくださいよ」
敵の注目をファイネルさんに集めることになるから、狙わずに銃だけ出して撃っても良さそうだ。30m程離れた位置で俺が射撃をしてもファイネルさんの反撃だと勘違いしてくれるに違いない。
少し太めの木を切り倒して幹を横に置く。長さが1ユーデほどだから藪の奥においても目立たないだろう。
ファイネルさんは2本を横に並べている。
2本を貫通する銃弾は無いだろうと言ってたけど、過信するのは良くないと思うな。
月明かりの下での作業が終わったところでブランケットに包まる。
今回は外套を着ているから前よりはマシだが、それでもかなり寒さが気になるところだ。父さんのツエルトを明日はブランケットの上に被せて寝てみよう。
翌日は、夜明け前に起きて軽い食事を取る。
尾根の裾を巡るように作られた道の向こう側は湿地と言うことだが、ここしばらく雨が降らないから草原が広がっている。
あれぐらいなら蒸気自動車が走れるんじゃないかな?
「どうした? 湿地なんか見たりして?」
「あれなら、湿地を通って逃げられそうだと考えたんですが……」
「それは何だろうな。湿地にはあちこち大きな穴が開いてるらしい。それに道の近くは乾いていても、奥はどうなってるか分からない。火炎ヘビだって住んでるんだ。この道を歩く連中は未知の真ん中を歩くらしいよ」
火炎ヘビとは物騒な名前だけど、噛まれると毒で傷跡が火傷のように爛れるらしい。
王国の古い時代の死刑には、火炎ヘビを入れた穴に罪人を突き落としたらしい。
さすがに残酷だということで廃れたらしいが、帝国の植民地になったことで復活の動きがあるということだ。
そんなことを推奨している人物に対して、刑を執行すべきじゃないのかな。




