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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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J-121 リトネンさんは報告するのが苦手らしい


『ジュピテル』機関のおかげで海上に滞空できるんだからありがたい。しかも上空1500ユーデともなれば、脅威はほとんどない。

 さすがに軍艦から砲撃されたら問題だけど、常に周辺監視を複数で行っている。それに艇内の照明はほとんど消しているからなぁ。

 まず発見されることはないだろう。

 

 現在位置は、軍港から東に200ミラルほどの海上だ。

 だいぶ星が消えてきたから、そろそろ薄明が始まるのだろう。それまでは前部銃座で周囲の警戒を続けなければならない。


「そろそろ交代の時間じゃないか? ミザリーを起こして、女性達を起こしてもらってくれ」


「そうですね。ミザリーは……、自分の持ち場にハンモックを吊ってたのか!」

 

 机のすぐ上にハンモックを吊っているようだ。銃座を下りてミザリーを揺すると、眠そうな目を開いてくれた。

 しばらく瞼をパチパチとやっていたが、俺の顔に気が付いて体をゆっくりと起こした。


「おはよう、兄さん! 何も無かったんでしょう?」


「ああ、何も無かったさ。皆を起こしてくれないかな?」


「そうね。兄さんでも構わないと思うんだけど……」


 案外危険なんだぞ。イオニアさんには殴られかけたことがあるし、リトネンさんには抱きしめられたんだよなぁ。寝ぼけてやってる行為だから文句は言えないんだが、リトネンさんは案外力があるんだよね。


 ミザリーに起こされた女性達が、ブリッジを出て行ったのは朝食を準備するためなんだろう。それでもテレーザさんがファイネルさんと操縦を替わってくれたから、2人で砲塔区画に向かった。

 ハンズさんがいるということは、上部銃座に誰か上ったのかな?


「当直終了だな。食事をしたら横にならせて貰おう」


「その前に、一服だ。今日は東を眺めながらの帰投だから、戦闘はないはずだ。それに山脈の東は急斜面ばかりだからなぁ。開拓村もないだろうよ」


「何もないことを確認するということですか?」


「ああ、それも立派な状況報告になる。敵の配置を知るのは作戦立案の最初の仕事なんだ。本当は爆撃よりも先にすべきことだと思うんだがなぁ」


「まずは戦果が欲しかったんじゃないか? 王族内での地位をそれなりに確保するというのも、指揮官殿には大切なことだからなぁ」


 俺にはそんな心配はないと言った表情で、ハンズさんがタバコを燻らせている。

 確かに俺達には関係ないことだけど、待遇的にはいろいろと便宜を図ってもらえそうだ。

 戦火に見合った補給は、アデレイ王国としても考えてくれるに違いない。

 

 朝食は、野戦食と同じだった。

 夕食は食堂で食べられそうだから、少しは良くなるかな?

 塀の楽しみは食事と寝ることだけだと誰かが言っていたけど、それならもう少し食事に変化を付けて欲しいところだな。

 

 食後はブリッジ後方のベンチで横になる。

 前部銃座にはエミーさんが座っているようだ。

 ゆっくりと飛空艇が動き出した。何事も無ければ数時間は眠ることができそうだな。

               ・

               ・

               ・

 目が覚めて最初に感じたのは低いエンジンの振動だった。

 まだ拠点に付いたわけではなさそうだ。

 毛布を畳んでベンチの端に置くと、まずは給湯室に向かった。

 うまい具合にコーヒーのポットが温められている。

 カップに砂糖を1つ入れて、コーヒーを注ぎ蓋をする。蓋をしておけば落としても全て流れ出ることはない。

 生活の知恵みたいな蓋だけど、これを被せておけばコーヒーがなかなか冷めないのは経験済みだ。


 カップを手にブリッジに戻り、前部銃座に行くと俺に気が付いたエミルさんが席を譲ってくれた。

 

「今のところは何もなさそうね。このまま3時間ほど飛行したら西に向かう予定よ」


「山脈の東は斜度がありますね……。これでは農業も無理でしょう」


「それに、漁村もないみたい。入り江がいくつかあったけど、波が奥まで届いているから、あれでは漁船は停泊できないわ」


 大洋の波はそれなりに大きいってことなんだろうな。

 でも景色としてはかなり良い感じだ。

 大自然を感じられるんだよね。絵に描いたならさぞかし注目を得られるんじゃないかな。


「確かに何もないな……。とはいえ、これが本来の役目なんだから、よく見といてくれよ」


「大丈夫ですよ。苦いコーヒーも用意してありますからね」


 まぁ、眠くなることはないだろう。

 空から見る大自然は、それなりの迫力があるからなぁ。

 だけど、まったく監視体制を取っていないのも不思議に思える。

 2000ユーデを超える山並みが天然の東の守りとして帝国の人達には思われているのかもしれないな。

 飛行船ができるまでは、それなりに訓練した人達だけだったからなんだろう。

 帝国内には、山岳猟兵のような兵種があると思うんだがなぁ。ファイネルさんの話では旧王国の山岳猟兵は1か月以上山に分け入って訓練をしていたそうだし、拠点となる屯所も山の中だったそうだ。

 前に住んでいた山野の中の拠点も、かつては山岳猟兵の拠点だったらしい。


 だとすれば、巧妙に偽装された監視所があっても良いように思える。

 ちょっと不自然に見えるか所を双眼鏡で確かめることはしばしばだったが、まったくと言ってそれらしい痕跡がないんだよなぁ。


「本当にあるんでしょうか?」


「多分無いんじゃないか? エミル達が調べた空中軍艦の最初の通信があった方向は、軍港の北から西南西の方向だった。征服した西の王国に新たな王国を作ったようだからなぁ。案外その監視を兼ねているんじゃないかと思ってる」


 征服した王国に新たな王国を作るってことが良くわからないんだが、帝国にとってはそれなりに考えての事だろう。

 案外、名ばかりの王国かもしれないな。帝国から離れた領地経営を王国という名で辺境伯に任せたのかもしれない。

 貴族であるならいくら反旗を翻そうとしても、帝国の強力な軍隊を使えば鎮圧は直ぐにできるだろう。

 示威行為として、空中軍艦の拠点を近くに置くのも納得できる話だ。


「指揮所には、確認担当個所には、空中軍艦の拠点は無かったと報告するだけになるんでしょうね」


「本来ならそれで終わりだが、軍港爆撃、飛行船の撃沈、それに空中軍艦の撃沈があるからなぁ。15分の報告が、少なくとも2時間を超えるんじゃないか? リトネンがさぞかし嫌がるだろうな」


 思わず2人で笑い声をあげる。

 報告はエミルさんとエミーさんがするんだろう。

 リトネンさんの報告では、結果だけだろうからね。


 休憩からリトネンさん達が戻ってきたのは2時間ほど過ぎてからだった。

 銃座を今度はエミーさんに明け渡して、ファイネルさんと砲塔区画で休憩を取る。


 昼を過ぎたところで西に進路を変える。

 山脈を超えるから、皆が防寒服を着込むと飛空艇は3千ユーデ近くまで上昇を始めた。

 尾根を越えると直ぐに2500まで高度が下がる。

 数字的にはかなり高い場所なんだが、すぐ下に荒地の斜面があるんだよなぁ。

 飛空艇が南に回頭を始めたのは、U字型の谷を見付けるためなんだろう。


「前方に赤色光の点滅を確認!」


「谷の上に見張り所だな。ミザリー、合図を頼む!」


 トコトコと俺の隣にやってきたミザリーが発光信号機を使って同じような間隔で光の点滅信号を送ると、少し長い点灯の後に光が途絶えた。


「味方識別信号の送信を終了しました!」


「ご苦労にゃ! これで後1時間というところかにゃ」


「戻ったら、直ぐに指揮所に行くんでしょう? 報告書は纏め終えたし、ミリーの確認も終えてるわよ」


「私も行かないとダメかにゃ?」


「当然でしょう? リトネンが艇長なのよ」


「エミルでも良かったにゃ……」


 最後は小声でぼやいてるな。

 格式ばった場所が嫌いなんだろうけど、我慢してもらおう。

 さすがに代理では問題だと俺でも思うからね。


 見慣れた岩を通り過ぎると、U字型の大きな谷があった。新たに運んできたんだろう。テントや小屋の上に偽装シートが掛けられている。緑が何種類か混ざった感じだな。子供が塗料をいたずらした感じにも見える。


 飛空艇を確認したんだろう。着地予定地に立った人物がライトを振っていた。

 今回はテレーザさんが着地を担当するみたいだな。

 結構丁寧に動かしてくれるから、問題なく着地はできるだろう。

 軽いショックが伝わり飛空艇のエンジンが静かになった。

 ファイネルさんが飛空艇の停止手順をテレーザさんの動きを見ながら確認している。


「エンジン停止……。『ジュピテル』機関の停止を確認……。飛空艇の着地を終了。ドワーフ族に点検を頼んでくるが、追加することはあるかな?」


「特にないにゃ。銃座の外側ガラスのいくつかにヒビがあるけど、まだ使えそうにゃ」


 ファイネルさんがブリッジを出ると、エミルさん達に拉致されるようにしてリトネンさんもブリッジを出て行った。

 俺も外に出て、体を伸ばしてくるか。ずっと飛空艇の中だったからなぁ。


「ミザリー、散歩に行くけど、一緒に来るか?」


「行く行く!」


 たまには妹と散歩するのも良いかもしれない。生憎と殺風景な場所だし、まだ寒いんだよね。

 

 防寒服と、防寒帽子をかぶって飛空艇の外に出る。

 まだ雪が谷の奥にあるぐらいだから、結構冷え冷えとしているが、やはり外は良いな。思いきり体を伸ばして先ずは深呼吸だ。


「まだ夕食には早いけど、食堂に行ってみましょう!」


「散歩じゃないのか?」


「三歩以上歩くから大丈夫!」


 確かにその通りだけど、それって散歩とは言わないぞ。

 とりあえず、ミザリーの後を追いかけて食堂に向かった。

 夕食には間があるようだが、作業の合間に食堂に立ち寄る連中もいるんだろう。午後はいつでもコーヒーやお茶が飲めるようだ。

 

 奥のテーブルで手を振っているのは、イオニアさんとテレーザさんだった。

 飛空艇の中にいるよりも、こっちの方が開放的だからなぁ。

 

 一緒の席に座ると、テレーザさんが少し離れたテーブルをチョンチョンと指さした。その先にいたのはワインを飲んでいるハンズさんだ。アデレイ王国の同族の兵士達と話し込んでいる。


「エミル達にはご苦労だが、リトネンがあれだからなぁ……。だが、今頃は、鼻高々に戦果報告をしているに違いない」


「何もありませんでした。だけではないですからね。ファイネルさんが褒美を貰えるんじゃないかと言ってましたよ」


「可能性は高いだろうな。この遠征軍の総指揮官はアデレイ王国の王子だ。彼は何もしていないが、私達を北に向かわせたことは確かだ。

 その結果が大きければ、彼の功績として王国が評価してくれるだろう。王位継承権は少し下になるが、次期国王も、彼を閑職に追いやることはできないだろうな。軍の重責を担うことになるはずだ」


 ワイン数本ということではなさそうだ。

 勲章でももらえるのかな? リトネンさん達の帰りを楽しみに待つことにしよう。


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