J-119 落としたが、まだ浮いている
10ミラルほど先で回頭を行い、再度空中軍艦に対峙する。
盛んに上部から煙が上がっているから、大型爆弾はそれなりの威力があったということになるのだろう。
「上階の窓からも煙が上がってるわね。爆風が窓を破ったことで爆弾の炸裂をうまく逃がしたのかもしれないわ」
「壊れやすく作ってあったということか?」
「多分偶然なんでしょうけど、居住区を上階に集めたのが相手にとって幸いだったのかもしれないわ。やはり3階層とみるべきね。それだけの大きさがあるんだから、重要区画はかなり分厚い装甲で覆われているんじゃないかしら」
「再攻撃はするんだろう?」
「もちろんにゃ。あの煙を利用して近づくにゃ」
ファイネルさんの問いにリトネンさんが即答している。
「準備は良いですよ。いつでも行けます!」
振り返ってファイネルさん達に声をかけると、笑みを浮かべて頷いてくれた。
炸裂焼夷弾を、どんどん打ち込んでいけば良いだろう。
「噴進弾の目標は、爆裂で開いた開口部にゃ。重要な場所が分厚くても、周辺から壊していけばいつかは沈むにゃ!」
「だよなぁ……。5回は攻撃できるんだから、たっぷりと叩き込んでやるぞ」
反復攻撃にどこまで耐えられるか見ものだな。
エミーさんが煙りを上げている空中軍艦の撮影を終えたところで、再び飛空艇の高度が上がっていった。
飛空艇の高度に変化はないが、進行方向が変わったようだ。東に進んでいたが、爆撃を受けた後に南西方向に回頭をしている。
再び船尾からの攻撃になりそうだ。船尾方向には大砲はないんだが、双眼鏡で覗くと、甲板に銃を構えている連中の姿が見える。
「銃を構えてますよ。飛空艇を飛行船だと思っているのかもしれませんね」
「人が構えられる銃なら、防弾ガラスを打ち抜かれることはないだろう。三脚に付けた銃はないんだろう?」
「ありませんね。ゴブリンのような小銃です」
「なら問題ない。テレーザ、操縦を任せたぞ。軸線に合わせてくれよ!」
ファイネルさんは噴進弾の発射のタイミングを合わせることに専念するつもりのようだ。
リトネンさんと、エミルさんはそれぞれの席に着いた監視用の潜望鏡のようなもので近づく空中軍艦を見ているようだな。
「空中軍艦からの無線を傍受しました。『我、不明飛行船により攻撃を受ける。計画を断念し、帰投する』以上です」
「かなりダメージを受けたみたいにゃ。もうちょっとかもしれないにゃ」
ミザリーに顔を向けて笑みを浮かべながら頷いている。
再び通信機が音と光を発し始めた。ミザリーも忙しくなりそうだな。
「降下します! 上空500ユーデで水平飛行、噴進弾発射後に急上昇」
テレ-ザさんの言葉が終わると同時に半分以上空が見えていた全面窓が全て海に変わった。
かなりの角度で降下を始めたらしい。
しっかりと銃床を肩に押しつけ、銃把を左手で握る。右側のバレルカバーを右手で握り、どんどん大きくなってくる空中軍艦に照準を合わせた。
狙いは、前と同じでブリッジの背中に付ける。
焼夷弾でさえ貫通したんだから、炸裂焼夷弾ならさらに深く貫通してくれるに違いない。
初段を放って、装填レバーを蹴飛ばすと強い力で座席に押しつけられた。
すぐ下を3本の炎が前方に伸びていく。
上昇を始める前に、トリガーを引いた。
狙いは適当だったけど、空中軍艦のブリッジが目の前だったからどこかに当たったことは間違いない。
前方の視界から空中軍艦が下に消え去った。
今度は急角度で上昇が始まった。
数分後の水平飛行に変わる。空中軍艦との距離が離れたということだな。
「ハンズ、どうだった? ……そうか。次は2弾打ち込みたいな」
伝声管で後部銃座のハンズさんと状況確認を行っているようだ。
次は2弾ということは、爆弾の開けた穴に飛び込んだ噴進弾は1発だったに違いない。それでも命中精度の良くない噴進弾を炸裂孔に撃ち込んだんだんだから、ファイネルさんの腕もいいということなんだろうな。
「3発は甲板に穴を開けただけらしいが、1発は空中軍艦の中に飛び込んで炸裂したようだ。前よりも煙の勢いが増したと言ってたよ」
「次も行くにゃ。噴進弾の装填終了後に回頭するにゃ!」
俺も手伝いたいけど、噴進弾の重量は結構な重さだ。砲塔内で落としかねないから、ここは2人に任せておこう。
「重要区画が無事でも、乗組員はそうもいかないでしょうね」
「救援要請を出してます。もう1隻やった来るかもしれません……」
「返電に注意するにゃ。上手くいけば、発信源の方角が特定できそうにゃ」
しばらくして返電が来たけれど、予想していた空中軍艦からではなく、軍港からだった。
結構離れているからなぁ。空中軍艦はそれまで持つのだろうか……。
3回目の攻撃を終えた時だった。
ブリッジにブザーが鳴ったので、ファイネルさんが急いで伝声管に飛びついた。
「どうした! ……なんだと? それでゆっくりなのか、それとも急激なのか? ……」
長い話をしている。やがて話が終わると、笑みを浮かべてファイネルさんがリトネンさんに顔を向けた。
「空中軍艦の高度がゆっくりと落ちているようです。回頭してみますか? 見た方が早いでしょう。テレーザ、空中軍艦の方角に回頭だ」
すぐに飛空艇が回頭を始めた。
数ミラル先に空中軍艦が見えるけど、もうすぐ着水するほど高度を下げている。
俺の直ぐ下に潜り込んでエミーさんがピクトグラフで撮影しているけど、まだ何枚か写せるんだろうか?
今回はかなりいろいろと写しているようなんだけど……。
「沈むんでしょうか?」
「軍艦にゃ……。上部はかなり酷いことになってるかもしれないけど、船体下部は無傷にゃ」
浮く可能性が高いということなんだろうな。飛行船の場合は、大きな浮体のおかげで浮いているようなものだから、浮体が焼けたことでみるみる沈んでいった。
案外空中軍艦は打たれ強いかもしれない。
上部が破損しても、重要区画に無傷なら修理ができるんじゃないか?
「徹底的に攻撃したいが、残弾は2回の攻撃分だけだ。さすがにヒドラⅡ改では空中軍艦の破壊はできないぞ」
ファイネルさんの言葉に、う~ん……リトネンさんが考え込んでしまった。
ヒドラは元々対戦車狙撃銃として作られたらしい。
帝国軍の蒸気戦車の装甲が厚くなったことで、1イルム半まで口径が大きくなったと聞いたことがある。
なら、比較的薄い装甲ならな貫通することも可能だろう。現に、ブリッジ後方の装甲は打ち抜いているぐらいだ。
だけど、決定打にはならないようだ。
ブリッジ正面ならともかく、裏側に大切なものがあるとも思えないからなぁ。
「着水したわよ! なるほど軍艦なわけね。沈まないみたい」
沈まないと言っても双眼鏡で見る限り、かろうじて浮いている感じにも見える。
あれだと、船体の三分の一ほどが海面に出ている感じだな。
丸窓は乗組員の居住区に違いない。かろうじて海面から出ている。
「リトネンさん、あの丸窓の列は居住区画ですよね。窓は足元に作らないでしょうから、窓の下を狙えば居住区に海水が流れ込むんじゃないですか?」
リトネンさんが双眼鏡片手に俺のところに飛んできた。
じっと空中軍艦を眺めているけど、だんだん顔がほころんでくる。
「面白そうにゃ。ファイネル、ちょっとこっちに来るにゃ。ハンズとイオニアも呼んでくるにゃ」
銃手3人が揃ったところで、リトネンさんの説明が始まる。
噴進弾の攻撃をさらに2回加えても空中軍艦が沈まない時には、側面の窓を攻撃することになる。
空中軍艦の軸線上を通過したのでは、側面の居住区を銃撃できないから、空中軍艦から200ユーデほど距離を置いて、上空を戦闘機動で通過するということだった。
「側面砲塔が海面の上にゃ。あまり近づくと直撃を受ける可能性があるにゃ」
「上空300ユーデなら、側面砲の仰角が採れないかもしれないな。こっちのヒドラⅡ改なら問題ないが……」
「どうにか、2射ですね。3射は難しいかと」
それでも10発を撃ち込める。
的が大きいから当たることは間違いないだろう。上手く破孔ができてくれれば良いんだが。
「少し様子を見てから、始めるにゃ。コーヒーでも飲んでくるにゃ」
リトネンさんの言葉に、俺達は思わず顔を見合わせてしまった。
まだ戦闘中なんだよなぁ。
とりあえずありがたく、コーヒーブレークを取ることには賛成なんだけどね。
ファイネルさんを交えて、4人でコーヒーを楽しむ。ついでにタバコに火を点けた。
「ところで、弾種は炸裂弾を使うことで良いんだな?」
「そのつもりだ。沈ませる艦に焼夷弾を撃つような真似はしないぞ」
「イオニアは、側面の銃座に着くんだろう? なら俺は上部銃座を使わせてもらうよ。これで2、3発は多く穴が開けられる」
貫通したなら直径1イルム半の穴が開くだけだが、装甲表面で炸裂したならもう少し大きな穴が開きそうだ。
バケツでかき出すようなことでは間に合わないだろう。
変化がなければ再び同じ側面を攻撃すれば良い。
部ブリッジに戻る時に、予備の弾薬を運んでおこう。通常の炸裂弾は無かったはずだ。
「さてそろそろかな? 一旦戻って、リトネンに断ってこないとな」
俺とファイネルさんだけがブリッジに戻る。
リトネンさん達は、前部銃座付近に集まって着水した空中軍艦を眺めている。
まだ煙を出している。消火ができないのかな?
「まだ沈まないのか?」
「排水をしてるにゃ。多分何か所かに亀裂ができたかもしれないにゃ」
双眼鏡で眺めると、甲板に設置された2本のホースから水が出ている。
あんな装備も持ってたんだな。
着水は想定内ということになるのだろう。
「ヒドラⅡ改での攻撃は、俺も上部銃座で狙撃するぞ。数は多い方が良いだろう」
「任せるにゃ。でも3つで十分かもしれないにゃ」
ん? 思わずファイネルさんと顔を見合わせる。
「電文を傍受したの。現在の浸水対策で手一杯ということだったわ」
「案外、噴進弾の攻撃だけで沈没するかもしれないってことか?」
「それで良いじゃない。噴進弾が効果的だと判断してくれるわよ」
良かったような、残念なような……。
「それじゃあ、そろそろ始めるにゃ。まずは噴進弾にゃ。上手く破孔にぶち込むにゃ!」
全員が座席に付いたことを確認して、ファイネルさんが伝声管で砲塔区画に再攻撃を伝える。
さて、どれだけ持ちこたえるのかな……。




