J-118 空中軍艦がやってきた
軍港に北の海側から近づく。
上部銃座でイオニアさんが、後部銃座でハンズさんが周辺監視をしている。俺も良く見ておかないと……。
「そんなに、真剣に監視をしなくても大丈夫よ。空中軍艦が見えてから速度を上げても十分間に合うわ。
戦闘距離は1ミラル以下になるんじゃないかしら? 3ミラル程度に接近されたら、さすがに分かるでしょう?」
確かにその通りなんだけどねぇ……。俺の肩越しに前を見ているエミルさんに苦笑いを浮かべて頷いた。
「ここは任せて、砲塔区画でタバコでも吸ってきなさい。爆撃はファイネルが行うから、私がここで見ていてあげるわ」
要するに、邪魔だから退けということらしい。
ため息をつきながら銃座を下りると、直ぐにエミルさんが銃座に着いた。
うらやましそうな表情でミザリーの隣からエミーさんが見てるんだよなぁ。飛空艇で一番眺めが良いからね。
上部銃座も眺めが良いけど、あそこは風が強いからなぁ。
ミザリーに手を振って、ブリッジを出た。
砲塔区画には、だれもいない。
上部銃座に着いたイオニアさんの足が見えるぐらいだ。
換気用の小窓を開けて、一服を始めるとイオニアさんが降りてきた。
タバコの煙が流れたのかな?
とりあえずシガーケースを差し出すと、笑みを浮かべて1本抜き出した。
「前部銃座で監視をしていたんじゃないのか?」
「エミルさんに変わって貰いました。軍港は爆撃だけだそうですから、ここで休んでいろと……」
「確かに役目はなさそうだな。上部銃座で監視をしているが、軍港に空中軍艦が来ているとも思えん。とはいえ、いまだに空中軍艦の拠点が分からんからなぁ」
「ミザリーとエミルさんの話では、空中軍艦の位置は西南西もしくは東北東ということになります。さすがに海上にはなさそうですから、東の尾根のどこか……という線は無くなったということになるんでしょうね」
俺の話を聞いて、イオニアさんが小さく頷く。
「まぁ、そうだとしても役目はこなさなくてはならないだろうな。面白い施設も見つけたから、お目の東野も案外ありそうに思えるぞ」
作戦放棄をすることは許されないということか……。でも、面白い施設を探すというのは興味があるな。
明日は頑張って、そんな隠匿施設を探してみるか。
砲塔区画のブザーが鳴った。
伝声管を取って、イオニアさんがブリッジと話を始める。
「そうか……。私達は必要ないな。リーディルにも伝えておくよ……」
反対側のベンチに再び腰を下ろすと、イオニアさんが話の内容を教えてくれた。
高度1000ユーデから、港近くの倉庫群に爆弾を投下するらしい。
「爆弾を投下したところで再び北上して、今夜は海上で上空待機を行うらしい。帰りは明日になるとのことだ」
「あの町や飛行船のおかげで帰投するのが伸びてしまいましたね。拠点への連絡はしなくとも良いのでしょうか?」
「攻撃を終えたところで、行うんじゃないか? 攻撃後であれば場所の特定を機にすることもない。最も返事は期待できないだろうけどな」
そういうことか。小さな拠点だし、防衛手段がないんだから、帝国に知られないように気を付けないといけないな。
飛空艇がもう何隻かあれば良いんだろうけど、飛空艇は飛行船のように多目的には使えないからなぁ。
そんなことを考えている時だった。ガクンと軽いショックが伝わってきた。
多分爆弾を投下した衝撃なんだろう。爆弾を保持していた金具が動いたに違いない。
すぐにゆっくりと右に回頭が始まる。
さて、そろそろブリッジに戻ってみるか。
イオニアさんに片手を振ると、ブリッジに向かう。
開こうとした扉が急に開いたのは、ファイネルさんがブリッジから出るところだったようだ。
「後は任せたからな。ハンズとのんびりしているよ」
「何もないでしょうけど、何かあれば知らせます!」
ブリッジに入ると、前部銃座にはエミルさんとエミーさんが陣取っていた。
とりあえずテレーザさんの隣に座り、エミルさん越しに前を見る。
「派手に燃えてますね……。何を集積してたんでしょう?」
「弾薬なら炎でさらに炸裂が広がるんだけど、そうでもないの。燃料なら、地下タンクに入れてあるはずだから、……確かに悩みところね」
「冬季用の軍服や糧食かもしれないにゃ。冬なら調理用の油もあるはずにゃ」
リトネンさんもいろいろと考えていたようだ。
とりあえず、運ぼうとした品を燃やしたことに満足しておこう。
「軍港の北100ユーデで空中停止で良いですね!」
「それぐらいで良いにゃ。あまり近いと、救助船に見つけられてしまうにゃ。艇内の照明を落としておけば、早々気付かれる心配はなさそうにゃ」
リトネンさんは、可能であれば空中軍艦と一戦するつもりのようだ。
ミザリー達が空中軍艦の方角を確認したようだけど、再度通信を傍受できたならもう少し様子が分かるんじゃないかな。
飛空艇を空に停めたところで、ブリッジの明かりが消された。
まずは一眠りだな。ハンモックを使わずに銃座を倒して目を閉じる。
真夜中にイオニアさんに起こされた。
給湯室でコーヒーをカップに注ぎ、ビスケットを齧りながら前部銃座から周囲を見張る。
落とした飛行船の乗組員はまだ海上に漂っているのだろうか?
だいぶ時間が経っているから、軍港から出撃した船に救助されているかもしれないな。
だが、やってくるのは救助船だけとは限らない。
アデレイ王国が俺達を大陸への反撃に加えたのは、空中軍艦対策のためだろう。
その空中軍艦がやってくる可能性があるなら、今夜一晩の足止めぐらいは仕方のなきとかもしれない。
周囲に町明かりが無いから、星空がきれいだ。
上限の月だったからすでに月は落ちている。このまま薄明時まで星を眺めていることになるんだが、眠くなってきたことも確かだ。
もう一杯、コーヒーを入れて来よう……。
コーヒーを少しずつ飲みながら、口に含んだ飴玉を転がす。
砂糖なしでも、飴玉を転がしながらだとそれほど苦く感じないな。
新しいコーヒーの飲み方を発見したことに喜んでいた時だった。
ふと、左手の星が動いているように見えた。
ゆっくりとだが、確かに動いているぞ……。
「全員、起床! 空中軍艦がやってきたぞ!」
操縦席のファイネルさんが飛び起きて、俺の腕先を見ながら上部銃座で監視しているハンズさんに連絡を入れているようだ。
「やった来たのかにゃ? せっかく良い気分で寝てたのに……」
「あれです。最初は星だと思っていたんですが……」
「確かに空中軍艦ね。距離はかなりあるわね。双眼鏡で見ると、窓の明かりも見えてるわよ。およそ30ミラルほどかしら?」
「こっちは明かりを消している。まだ見つかってないんじゃないか? 強襲できそうだな」
「高度差は、向こうが下にゃ。最初に爆弾を使ってみるにゃ。……高度2500に上昇するにゃ!」
「了解!」とファイネルさんの嬉しそうな声が聞こえてきた。
テレ-ザさんが、後ろにいる2人に伝声管で知らせている。
さて、俺も銃弾を変更しておこう。
先端部が厚い炸裂焼夷弾だ。装薬量は2割ほど減ったらしいけど、装甲を打ち抜けないと話の外だからねぇ。
「2500ユーデに上昇。現在第1巡航速度を維持」
「測距儀では20ミラル以上あるな。推測で25ミラルというところだろう。このまま接近するぞ」
「空中軍艦の高度は、推測で500ユーデにゃ。距離3ミラルで降下して1000ユーデで水平爆撃を行うにゃ。爆弾は1発だけにゃ。もっと近い方が良いかにゃ?」
「軸線上なら500ユーデあれば十分だ。だが互いに向かい合って進んでいるとなると、見掛けの速度が2倍になる。できれば後方から爆撃したいところだな」
ちょっと考え込んでいたリトネンさんが、直ぐにテレーザさんに速度を上げるように指示を出した。
一度空中軍艦の頭上を通過して、後方で回頭するのだろう。
大巡航速度を超えた速度で飛空艇が西へと進む。
途中で空中軍艦を下に見ることができたけど、自分たちに敵対するものがいないと思っているのだろうか?
煌々と明かりを灯しているから、空中軍艦の姿が闇夜の中に浮かんで見える。
「上手く撮れていれば良いんですけど……」
心配そうな呟きが足元から聞こえてきた。
エミーさんがピクトグラフを使ったのかな?
夜だからなぁ……。でも目に映るものなら、写し取れるということだから何とかなるかもしれないな。
「回頭するぞ!」
ファイネルさんの声で、テレーザさんが飛空艇を回頭させる。
さて、いよいよ爆撃だ。
砲塔区画のイオニアさんに伝声管越しにファイネルさんが指示を出している。爆弾を保持している金具を取り外し、信管の誤作動を防ぐピンを抜いているらしい。
それが済めば、操縦席に設けられた潜望鏡のような窓に付けられた照準線に目標を捉えるばかりだ。
ファイネルさんが操縦席にある、投下スイッチのレバーを引けば爆弾を吊るしている金具が切り離されて落ちていく。
500ユーデの落下時間は10秒には達しないらしい。
その間に相手が左右に移動しなければ、間違いなく命中するはずだ。
「攻撃にゃ! リーディル、銃撃は爆弾炸裂まで待つにゃ」
「了解です!」
事前に発見されないようにとのことだろう。銃撃は再攻撃で行えば良い。
爆弾1発で沈むとは思えないから、何度も反復攻撃を行うことになりそうだな。
「降下開始!」
テレーザさんの声と同時に、飛空艇が45度ほどの角度で急降下を始めた。
ヒドラⅡ改の銃把を握って、ガラス窓に落ちないようにしっかりと体を保持する。
座席のベルトを締めているから、落ちることはないんだがやはり恐怖感が半端じゃないからなぁ。
「軸線ぴったりだ! このまま行ってくれ」
ファイネルさんの大きな声がブリッジ内に聞こえてくる。
突然落下がやむと水平飛行に移る。
急に体重が戻った感じだ。
眼下に空中軍艦が見える。深夜だからさすがに甲板に人影は見えない。
真下に空中軍艦の船尾が見えた時、ガクンと小さな振動が足元から伝わってきた。
同時に飛空艇が速度を上げて上昇に転じる。
爆弾を投下したのか?
ファイネルさんが押し殺したような声でカウントを始めた。
10秒にも満たないと言っていたが、その間になるべく離れないといけない。
テレーザさんは4つのエンジンをほとんど最大にしているんじゃないかな。
前部銃座の窓が急に明るくなった。
遅れて後方から轟音が聞こえてくる。まだ近い位置にあったのかもしれない。飛空艇が一瞬揺れたぐらいだからね。
「ハンズ、どんな感じだ?」
ファイネルさんが後部銃座のハンズさんに確認を取っている。
飛空艇はこのまま東に向かって少し進むに違いない。
まずは爆撃の成果を見てからということになるんだろうな。




