J-117 空中軍艦の方角を探る手段
やはり爆弾を沢山搭載しているのだろうか?
こちらに進んでくる飛行船は動きが遅いし、なんといっても低空で飛んでいるんだよなぁ……。
「発光信号です! 『貴船の所属と船名を教えられたし……』、繰り返してますね」
エミーさんの言葉に、ミザリーも通信席から俺の足元にやってきた。
「先ほどの確認電文の返事が来ないから、直接聞いてきたのかも」
「なら、『ファルケン』で良いにゃ。ついでに『海上に着水して飛行船から離脱せよ。30分の余裕を与える』と伝えるにゃ」
うんうんとミザリー達が笑みを浮かべて頷いているけど、それって海賊と同じじゃないのか?
一方的に飛行船を落とさずに、乗組員の命は助けるということなんだろうな。
今から30分では、空中軍艦でさえも間に合わないだろう。
「ミザリー、通信機のランプが光ってるぞ!」
「本当だ! やはり驚くよねぇ。救助信号かもしれない……」
ファイネルさんの言葉にミザリーが自分の席に戻ると、通信文を読み解いている。
メモに走り書きをしているようだから、飛行船の連中も焦って電鍵を動かしているに違いない。
「10分経ったら、『残り20分』と伝えて欲しいにゃ」
「了解です。海に降りるでしょうか?」
「降りるんじゃないかな? さすがに救援の空中軍艦は間に合わないだろう。半日程度は海に浮かんでいないといけないかもしれないぞ」
「返事が来た! ファイネルさん、この場で北に回頭して欲しいんだけど……。できるだけゆっくり動かして。ついでに10度刻みに船首の向きを教えて!」
何を始めるのだろう?
エミルさんがミザリーの後ろに移動して、一緒に眺めているのは、受信信号の強度を見るメーターだった。
「面白いことを考えたわね。ファイネル、初めて頂戴!」
「後で教えて欲しいにゃ。……動き始めたにゃ……」
ゆっくりと西を向いていた船首が北へと向きを変える……。角度としては90度近い方向転換になるんだが、10度刻みにファイネルさんが大声を上げている。
「今! 今の角度は?」
「325度というところかな? 北北西方向になるぞ」
エミルさんが急いで自分の席に向かうと、地図を広げて定規で線を書き込んだ。
地図をリトネンさんのところに持っていくと、エミーさんも話を聞きに向かった。
ミザリーは引き続き電信の傍受を継続している。
「リーディル、なんなんだ?」
「俺にもわかりませんよ。エミルさん、できれば大きな声でお願いします」
「しょうがない人達ね。ミザリーは情報局に欲しいくらいよ。空中軍艦の現在位置方向を見つけたの。この飛空艇の通信アンテナは飛空艇の軸線に沿って張ってあるのは知ってるわよね。1本のアンテナなんだけど、面白い特性があるのよ。アンテナの横向き方向に電波を強く飛ばすことができるのよ。受信も同じように有感するから、先ほどの動きでおおよその方向を知ることができたわけ……」
「それがこの直線にゃ?」
リトネンさんにはちょっと難しいのかもしれない。俺にも良くわからないな。後でゆっくりと教えて貰おう。
「それじゃあ、場所を変えて同じような通信を何度か受ければ、かなり正確に拠点の場所を特定できるってことか?」
「その理解で合ってるわ。でもかなり大きな区画になりそうね。正確に行うなら飛空艇の屋根に大きなアンテナを付けないといけなくなってしまうの」
「飛空艇では無理にゃ。でも飛行船なら、大きいにゃ」
なるほどね。その手もありそうだ。
だけど、ある程度の場所が分かれば、上空からなら発見することは容易だと思うんだけどなぁ。
案外、谷の上にある監視所に位置を見つけるためのアンテナを作るかもしれないな。
通信の傍受と共に、その発信源の方向を探れば帝国軍の駐屯地の所在が明確になるに違いない。
10分待ったけれど、飛行船はそのまま直進している。このままでは俺達の真下を通過してしまいそうだ。
「警告は送ったかにゃ?」
「無視しているみたいです。……どうします?」
「10分前に、『攻撃10分前!』と発光信号を送るにゃ。警告はしてあるから、恨まれる筋合いはないにゃ」
本来なら問答無用ってことなんだろうな。
でも、相手に助かるチャンスが与えられるなら、それはやっておくべきだろう。
10分前に、再度警告を送信する。
今度は20分の余裕が欲しいと返事が返ってきた。
「引き延ばすつもりなんだろうな。空中軍艦の到着まで交渉しようってことか?」
「噴進弾を飛行船の手前に発射するにゃ。ミザリー、発射後に『15分後に砲弾を浮体に放つ。延長は5分、すでに十分な余裕は与えている』と伝えるにゃ」
「高度を合わせて、飛行船の少し手前の海に着弾させるぞ……。1発で良いな?」
ゆっくりと飛空艇が高度を下げるとともに、飛行船を軸線上に捉えていく。
「時間にゃ!」
「噴進弾、発射!」
足元から炎を上げて噴進弾が前方に飛んでいく。
最初から下方を狙ったみたいだな。噴進弾がどんどん下に落ちていく。
やがて水面に当たって信管が作動すると、大きな水煙が上がる。
さて、飛行船はどう出るかだ……。
「ん! 飛行船の高度が落ちていきます」
「どうやら、悟ったようだな。リトネン、破壊はどうするんだ?」
「15分後にヒドラⅡ改の銃弾で破壊するにゃ。運が良ければ半数は助かるにゃ。最初の警告で行動してたなら全員が助かったかもしれないにゃ」
「まぁ、そういうことだな。リーディル、そういうことだ」
爆発性のある気体を詰め込んでいるからなぁ……。
空中で爆発するよりは、助かるチャンスがあるに違いない。
どうにか着水した飛行船から、乗組員が逃げ出している様子が見える。
それにしても、浮き輪や小さな筏のような代物まで載せていたようだ。
あれなら、救助にやってくる連中に引き上げて貰えるに違いない。
「救援信号を発信しています」
「了解にゃ。もしも発信しないときには、こっちが発信しないといけなかったにゃ」
漂流時間が長いのは問題だと考えたに違いない。
すぐに、軍港から警備艇が向かったと返信があったようだ。
まだ、飛行船から逃げ出す人がいるようだ。いったい何人乗船していたんだろう?
「どうやら、逃げ出せたようだ……。リトネン、やるか?」
「一撃して、軍港に向かうにゃ。早めに行かないと夜になってしまいそうにゃ」
噴進弾の発射後に高度1500にまで上昇していたのだが、速度を上げて急降下を始める。
的は大きいからなあ……。外す方が難しそうだ。
およそ500ユーデほどの距離から最初の銃撃を加える。
命中した個所から炎が噴き出した。
続いて、後部にもう一撃……。
これで飛行船は沈められたに違いない。
エミーさんが足元でピクトグラフを構えていたけど、ちゃんと写ったかなぁ?
「これで終わりだな。報告はハンズがしてくれるだろう。テリーザ、後を頼む。リーディル、休憩に行くぞ!」
緊張していたからなぁ。次は爆弾の投下になるのだろうが1時間以上は間があるはずだ。
銃座を下りて、リトネンさんに顔を向けて頷くと、頷き返してくれた。
コーヒーぐらい飲んできても良さそうだな。
砲塔区画では、イオニアさんがコーヒーを飲んでいた。
どうやら、ハンズさんと上部銃座での見張りを変わって貰ったらしい。
コーヒーカップを持って、イオニアさんとは反対側にあるベンチの腰を下ろすと、腕を伸ばしてタバコの箱を向けてくれた。
ありがたく1本受け取って、火を点ける。
「かなり派手な火災を起こしていだぞ。飛行船は良く燃えると改めて感心してしまった」
「脱出した乗組員は?」
「何とかなったようだな。適当な浮き具を見つけたようだから、明日には救助されるに違いない。……リトネンもだいぶ丸くなった」
ちょっと安心したけど、リトネンさんは手向かうものには容赦はないけど、結構戦闘を回避する方向で動いていると思うんだけどなぁ。
イオニアさんは、昔のリトネンさんを知っているようにも思えるけど、案外一緒に戦闘を行ったことは無いんじゃないかな。
元は砲兵隊にいたらしいからね。
そういえば、エミルさんも観測隊にいたらしいんだが、リトネンさんとの接点があったのが不思議に思える。
後で経緯を聞いてみるか。
「ミザリー達が、空中軍艦の方向を見つけたようです。どうやら南西方向らしいんですが、リトネンさんはこのまま監視を続行するつもりのようですね」
「本当か? ミザリーは賢いからなぁ。多分エミルも手伝ったんだろうが、方向が分かっただけでも大したものだ。だが、それだけで行動するのは早計だろう。私もリトネンの判断が正しく思える」
待ち伏せってことかな?
面と向かって戦えば向こうの方が火力は上だからねぇ。
やはり強襲して、一気に片付けることになりそうだな。
「会頭をしたのは、軍港に向かうためだな。今夜は空の上で寝ることになりそうだな」
「下界が見えなければ、偵察もないですからね」
「今回は、飛行船を沈めたことで十分満足できるだろう。アデレイ王国の飛行船では共倒れしてしまうだろう」
飛行船同士の空中戦は考えたくもないな。
焼夷弾1発で落ちるんだから、確かに共倒れしそうに思える……。待てよ。案外アデレイ王国の飛行船が勝つかもしれない。
帝国軍の飛行船は高度をそれほど上げることができないようだ。俺達の飛空艇も一緒だけど、アデレイ王国の飛行船はさらに高く上がることができる。
エミルさんの話では5000ユーデを超えるかもしれないということだった。
帝国軍の飛行船の上空から、爆弾を投下すれば落とせる可能性はありそうだな。
速度も、帝国軍の飛行船よりは上回っているらしい。
「案外アデレイ王国の飛行船も帝国相手なら戦えるかもしれませんよ」
「与圧室を持っているからな。おかげで銃座が3つあるらしいが全て遠隔で動かすらしい。
使うとすれば爆弾だろう。手榴弾より少し長い時限信管なら十分に落とせるだろうな」
問題は、帝国の飛行船よりも早く飛べるかどうかということらしい。
相手の真上を取らない限りは勝負にならない。
イオニアさんは、帝国の飛行船の最大速度は未知数だと教えてくれた。
確かに巡航速度は遅いんだが、最大速度は確認されていないんだよね。エミルさんも推定で毎時50ミラル程度と言ってたぐらいだ。




