J-113 空中軍艦の製造施設?
横幅100ユーデ、奥行きは300ユーデを超える建物は、やはり飛行船の整備あるいは組み立てを行っている建物に違いない。
エミルさんは1個小隊の蒸気機人をまとめて保管できそうだと言っていたけど、周辺にそんな武器は見当たらないんだよなぁ。
それだけきちんと保管しているのかもしれないけど、屋外に何機か置いておいても良さそうに思える。
「最後の爆弾は迫力があったわね。飛空艇まで衝撃波が伝わったんですもの」
「ちょっと驚いたな。テレーザがしっかりと操縦桿を握っていてくれて助かったよ。ハンズは体で感じたと言ってたぞ」
船尾機銃座からは、さぞかし迫力のある爆発を目撃できたに違いない。休憩時間にどんな感じだったか教えて貰うのが楽しみだ。
「最後に駐屯地をピクトグラフで写しておくにゃ。今度は、疑われないと思うにゃ」
「そうですね。テレーザさん。もう1度上空を飛んで戴けませんか?」
「了解。高度は1500で良いのかしら? 低く飛んでも良いけど、あまり低いと銃撃されてしまうわ」
笑みを浮かべて、エミーさんが頷いている。さすがに小銃弾程度で飛空艇の底に穴が開くとは思えないけど、燃料貯槽に亀裂でも入ったら大事だからね。
避けられる危険は避けるべきだろう。
前部銃座の下からガラス窓にピクトグラフを押し付けるようにして数枚を撮影したところで、今回の作戦は無事に終了となる。
後は帰るだけだけど、このまま西に向かうようだ。
駐屯地の連中には俺達が西からやってきたことになるのかな……。
「第2巡航速度で、1時間ほどこのまま西に向かうわよ。ファイネルは休憩してきたら? そのあとはしばらく操縦をお願い」
「ありがとう。そうさせて貰うよ。リーディル、休憩に行くぞ!」
ファイネルさんの誘いに、銃座から降りる。
すぐに、エミルさんが俺の銃座に座り込んだから、監視をしてくれるに違いない。
ブリッジを出る前にミザリーを見ると、通信機の点滅を見ながら、メモを取っていた。
駐屯地の無線機は無事なようだ。どこに通信を送っているんだろう?
場合によっては、空中軍艦が駆けつけることもあり得るってことかな?
俺達が砲塔区画に入ると、イオニアさんとハンズさんが先にワインを飲んでいた。
俺達にもカップが渡され、ワインが注がれる。
「とりあえずは無事に完了できたようだ。かなり被害を与えただろう」
「周辺に誰も住んでいないということで安心していたのだろう。ヒドラⅡ改の焼夷弾が簡単に屋根を貫通したぞ」
「俺は炸裂焼夷弾を使ったんですが、焼夷弾で良かったんですね。軍の施設ですから頑丈だとばかり思ってました」
「俺は、焼夷弾と炸裂弾を交互に撃ったぞ。確かに屋根は貫通していたな。触発神官のはずなんだが屋根を打ち抜いた後で炸裂していた」
同一銃弾ではなく、混ぜていたってことか……。
それも良さそうだな。地上の建物を破壊するのが目的なら、かなり付けそうに思える。
「とりあえず終わったが、帰りは明後日になりそうだ。一服を終えたらテレーザと交代して回頭を始めるつもりだ」
「長いですね。それだけ大陸は広いということになるんでしょうけど」
「西に2日程の場所にもう1つ拠点を作れれば大陸内を広く暴れられるんだが、さすがにそこまでの国力は俺達にはないからなぁ。東の王国でも無理なんじゃないか。あの拠点の維持が精一杯というところだろうな」
戦争は物資をとことん消費するからなぁ。国力が無いと戦線を維持することさえ不可能だ。
俺達反乱軍もどうにか侵攻を食い止めているというのが現状だろう。
本来ならば、こちらに向かうことなどできないのだろうが、隣国の援助条件でもあったに違いない。
向こうはどうなってるんだろうな……。
休憩が終わると、今度はリトネンさん達が休憩に入る。
ファイネルさんが操縦を交代して、俺が隣に座った。イオニアさんは前方機銃座に座って監視を行ってくれる。
「さて、回頭を始めるぞ。進路は東だから、コンパスを見て90度にすればいい」
「了解です……。回頭を始めます」
ゆっくりと操縦桿を左に傾ける。戦闘機動ではないから、ほんの少しずつの回頭だ。
視界が少しずつ左に動いていく。もう少し速くしても良さそうだな。
「良い感じだぞ。普段の回頭ならこれで十分だ。戦闘時ならもっと急激に動かしても良いんだろうが、あまりエンジンに負担を掛けるのも良くないからな」
飛行船の船尾にはラダーと呼ばれる舵が付いているのだが、飛空艇にはそれがない。
前翼の先端に取り付けたエンジン出力を変化させることで、左右に曲がることができるのだ。後翼のエンジンでもできるらしいが、操縦桿と接続されてはいないらしくスロットルレバーで行うことになるらしい。
予備ということかな?
「後翼のエンジン出力まで変えると、それこそ高機動が得られるがまだやったことはない。空中軍艦とやりあうことを想定しているんだろうが、空中軍艦の機動はあまり良くないからなぁ」
「使う場合もあるかもしれませんよ。帝国だって少しは学んでいるはずです。敵の攻撃を防御するには2つの方法がありますからね」
1つは、敵の攻撃力に耐える装甲を持つこと。
もう1つは、敵の攻撃を避けられるだけの素早さを得ること。
空中軍艦は前者であり、飛空艇は後者になるのだろう。
優れた機動力に追従できる動きを空中軍艦が持ったなら、飛空艇では立ち打つできなくなりかねない。
俺達がより高威力の爆弾を準備したぐらいだ。空中軍艦の方も何らかの改造をしていないわけはない。
「回頭終了です! 軸線は90度ぴったりです」
「どれどれ……。ぴったりだな。ご苦労さん」
俺の頭をごしごしとなでてくれた。
子供扱いのままだけど、ファイネルさんには俺は何時まで経っても少年のままだということなのかな?
案外リトネンさんもそう思っているのかもしれないな。
エミルさんは世話の掛かる弟を見る目で、俺に接しているところがあるようだ。
1時間ほど過ぎたところでリトネンさん達が帰って来た。
テレーザさんに席を返して、ブリッジ後方のベンチに移動する。
右手のエミルさんのテーブルにミザリー達が集まっているのは、傍受した通信の断片を整理しているのかな?
「…本当なんですか!」
エミーさんが驚いたように大声を上げた。
エミルさんとミザリーがリトネンさんを交えて話を始める。
どうやら、あの数字暗号を解読したらしい。
エミルさんの話では、帝国軍はいくつかの暗号を使っているらしいが、この大陸内での使われている暗号はそれほど高度なものではないらしい。
「4桁の数字で暗号を作ってるんだけど、2桁目と、3桁目の数字が暗号なの。1桁目と4桁目はダミーだから、一応二重化暗号になるんだけど……」
エミルさんの話を聞いてもチンプンカンプンだな。その結果が分かれば俺には十分だ。
今回の襲撃に際しても何度か電信が使われたらしいけど、いずれも平文での送信だったらしい。
暗号化された電文は、帝都の作戦本部からの指示とその返信に使われているとのことだ。
「今回の電文は救援要請だけだったわ。それに答える電文は、2つの駐屯地からのものよ。いずれも『1個中隊を派遣する』だったわ。被害報告の電文はまだ送られていないようね。しばらくは通信機の前で待機することになりそうだわ」
「ピクトグラフの映像と帝国軍の被害報告が得られれば成果報告には十分にゃ」
「指揮官は暗号の解読の方を喜ばれるでしょう。帝国内の状況をかなり理解することができます」
「今度は、疑われないでしょうね。まったく頑固に戦果を否定するんだから困った人達だわ」
かなり根に持っているようだ。
もっとも、戦果報告をうのみにするようでも困るけどね。
案外、その両者の思いであのピクトグラフと呼ばれる機械が出来たんじゃないかな。
目で見たものを写し取れるんであれば、一目瞭然に違いない。
駐屯地から発せられた長文の暗号電文を傍受したのは、その晩のことだった。
エミーさんが通信機の音を聞き始めると、すぐにリトネンさんに声を掛ける。
リトネンさんが急いで、寝てミザリーとエミルさんを起こしている。
眠そうな2人を引き連れて通信機の傍に行くと、すぐにミザリーがメモを作り始めた。
数位4桁が1文字らしい。かなりの長文になりそうだ。
数字のメモをエミルさんが受け取ると、手製のコード表を使って文字に置き換えている。
1時間はかかりそうだな。その間に一服でもしてこよう。
砲塔区画にはハンズさんが寝ているはずなんだけど、イオニアさんが本を読みながらコーヒーを飲んでいた。
「遅くに珍しいな。1人なのか?」
「どうやら攻撃した駐屯地からの被害報告が帝国軍に送られているようです。暗号文らしくエミルさん達の邪魔をしてもと思って一服しにやってきました」
「それなら、私も後ほどブリッジに行ってみよう。たぶん長文だろう、しばらくは掛かるぞ」
砲塔区画に来る途中で、給湯室でコーヒーを手に入れたから、イオニアさんの隣に腰を下ろして一服を始める。
ハンズさんはぐっすりと寝ているようだ。朝まで起きないかもしれないな。
「たぶん、現在送られている電文で、あの駐屯地の目的も分かるだろう。あの建物の大きさは異常だった。空中軍艦があの中で作られている可能性はかなり高いに違いない」
「俺は飛行船だと思っていました。帝国軍の使う飛行船の大きさが丁度あのぐらいでしたから」
どちらにしても帝国軍の重要な兵器に違いない。
2つの建物に被害を与えたのだから、しばらくは生産がで生きないだろう。
問題は、どちらを作っているかということになる。
それに片方だけであったとしたなら、もう1つの製造施設を探す目安にもなるだろう。あれほど目立つ建築物はないからね。
上空2000ユーデからの観察でも、十分に知ることが可能だろう。
見つけたなら、その場で爆撃すればいい。
「エミーさんが2回目の物資輸送に飛行船が来るだろうと言ってましたね」
「次は地上軍ということになるんだろうな。あまり多人数でも問題だ。車両3台程度での攻撃が始まるに違いない。私達にも、援護要請が来るだろうな……」
小型の飛行船でも十分に思えるけどねぇ……。
とはいえ飛行船の弱点は、気嚢と呼ばれるガスの袋が破られたら落ちてしまうことにある。
上空1500ユーデ付近からの爆弾投下は、命中させるのが難しいだろう。ましてや小型飛行船に搭載できる爆弾は3イルム口径の砲弾を加工したものらしい。
数発を落としたところで、あまり効果は出ないと思うんだけおなぁ。




