J-013 冬は荷物が多そうだ
拠点に帰り着いたのは、6日目の昼前だった。
小隊の部屋で装備を下ろし、とりあえずシャワーを浴びることにした。
10日以上も体を洗っていなかったからなぁ。熱いお湯が体に心地よく感じる。
部屋に戻って、着替えをすると食堂に向かう。
久しぶりにこってりしたスープと暖かな丸パンは何よりの御馳走だ。
振舞われたワインをカップに三分の一ほど頂いて、参加した者達と談笑しながらワインを頂く。
「明日は休日にするぞ。のんびり体を休めてくれ。第2小隊の連中は西に出掛けているらしい。あちらこちらで農民達が徒党を組もうと動いているようだ。
案外、次の出番が近いかもしれん。そのつもりで体を休めて欲しい。以上だ!」
ワインを飲み終えたところで、部屋に戻る。
まだ昼過ぎだから、ミザリーも帰ってこないようだ。
俺達には休暇があるようだけど、ミザリーや母さん達にもあるんだろうか?
母さんは頑張り屋だからなぁ。また体を壊さないと良いのだけれど……。
ふと目が覚める。どうやらテーブルに体を預けて眠ってしまっていたようだ。
体に毛布が掛けられているし、少し離れた場所に食器とパンが乗せられていた。
「あら。起きたみたいね。ぐっすり寝ていたから、夕食を頂いてきたんだけど、今温めてあげるわね」
スープは金属製の深皿に入っているようだ。ポットをずらしてスープの皿をその上に乗せている。
ポットでお茶を作ると、ミザリーも一緒になってテーブルに着いた。
「クラウスが私のところまでやって来て、状況を教えてくれたわ。かなり頑張ったみたいだけど、お祈りはしたのかしら?」
「1発ごとに行ったよ。心に罪悪感は残ったけど、しこりになるようなことは無さそうだ」
「それがあるなら、リーディルに神様は天国の門を開いてくれるわ。もし、教会を見掛けた時、前を通るときは祈りを捧げるのよ」
「ああ、そうするよ。葬った相手の為にもね」
俺の言葉に頷くと、母さんはスープ皿を俺の前に運んでくれた。
スープに浸して、冷たくなったパンを食べる。
「ミザリーは電信を覚えられたのかい?」
「まだまだよ。たまに間違えちゃうから、もう少しだって、母さんが言ってた。でも、10日もしたら、母さんと一緒に働けるみたい」
少しは安心できるな。でも医務局も人手不足だったんじゃないか?
その辺りは、この拠点を管理している人達が悩んでくれるに違いない。
「出掛けた人達は全員無事だったの?」
「怪我をした人もいたようだけど、全員が元気に歩いて帰ったよ。ドワーフ族の人達が一緒だったけど、彼等が荷物を持ってくれたからだいぶ戦利品を運んでこれたんじゃないかな」
総重量は300ブロス(600kg)を越えているんじゃないかな。
武器と食料では食料の比率が高いんだろうけど、この拠点で暮らす人たち全員の食料に換算したら、それほどの日数にならないだろうけどね。
食事を終えると早めにベッドで横になる。
ずっと野営を続けていたから、直ぐに眠れそうだ。
翌日は、村の中を散歩しながら時間を潰す。
同じように歩いているのは、第1小隊の仲間に違いない。
そういえば、リトネンさんが革製のポシェットを持っていたことを思い出し、食堂にあるという売店に行ってみることにした。
売店の奥に村の雑貨屋にあるような棚が並んでおり、いろんな品が並べてある。
スキットルや酒の瓶まで置いたるようだ。
色々と眺めていると、同じ革製のポシェットが置いてあるのに気が付いた。
手に取って眺めていると、店員のお姉さんが近寄ってくる。
「それって女性用なのよ? 誰かい上げるのかしら」
「そうなんですか! 知りませんでした。俺の上官が持ってたんで便利そうだと思ってたんですが……」
「男性ならこっちを選ぶみたい。同じ革製なんだけど大きさが倍あるのよ」
なるほど、結構大きいな。でもこれを使うなら装備ベルトのお尻に付けているバッグで十分な気もするんだよなぁ。
それよりも気になるのは……。
「ところでおいくらなんですか?」
「最初に見てたのが15メル。こっちも同じ何だけどね」
ちょっと手が出ないな。手元には銅貨数枚があるだけだ。
「まだまだ足りませんね。給与を頂くまでに考えてみます」
「まだ貰ってなかったのね。列車を襲ったんでしょう? 結構貰えるから驚くわよ。兵隊さんに人気なのは……」
お姉さんも暇なのかな?
お茶まで出してくれて、店の品の人気商品を見せてくれた。
一番人気は圧縮熱で点火させる着火装置だった。
野営する時の焚き火はこれで点けたに違いない。パイプやタバコを楽しむ兵士には確かに必需品だろう。
小さな望遠鏡も人気があるらしい。偵察に使うらしいがリトネンさんが双眼鏡を持ってるからなぁ。それに照準器も望遠鏡代わりに使えるんだよね。
折りたためるコップや、細工用の小さなナイフもそれなりに人気があるようだ。
野営の時間に木を削っている人がいたんだが、何を作っていたんだろうな。確かに刃先が3cmほどの小さなナイフを器用に使っていた。
「色々あるんですね。給与を頂いたら真っ先に来ます」
「お酒と、タバコは直ぐに品切れになるけど、貴方はまだのようね。貰って直ぐじゃなくて、3日程過ぎてからいらっしゃい」
お姉さんにお茶のお礼を言って、売店を後にする。
色々と拠点の話を聞かせて貰ったけど、一番の驚きは給与が出るってことだった。
衣食住が保証されているなら十分と思っていたんだが、個人の好みは色々とあるに違いない。それを各人が購入できるよう給与が出るのだろう。
お姉さんの話では毎月末だと言ってたから、明後日になるんじゃないか?
ミザリーも服が欲しいだろうし、何と言っても寒くなるからなぁ。
少しは着替えを持って来たらしいが、冬着まで持ってこれたとも思えない。先ずは2人の冬着を何とかしてあげたいな。
部屋で、リボルバーの手入れをしながら時間を潰していると、終業を知らせる鐘の音が通路を走っていった。
ファイネルさんの話では少年達が順番に行っているらしい。子供達向けの学校もあるらしいけど、当番になる時は勉強を免除してもらえると教えてくれた。
やはり勉強よりは走り回っていた方が嬉しいのかな。
母さん達が帰ってくると一緒に食堂に向かう。
今日はこれで終わりになるのだが、部屋に戻ってくるとミザリーの電信の練習が始まった。
1時間程、ピーピーと心地良い音がテーブルの上に乗せた機械から聞こえてくる。
その音に意味があるというんだから驚くよなぁ。
「今日は、ここまでにしましょう。だいぶうまくなってきたわよ」
「これで私も通信士ね」
母さんに褒められて嬉しいのか、ミザリーが笑みを浮かべてお茶の準備をしている。
「母さん、今日初めて知ったけど、俺達に給与が出るらしいよ」
「明後日になるわね。衣食住だけでもありがたいんだけど……」
母さんも俺と同じように考えをしていたらしい。
どれぐらい貰えるのかは分からないけど、ちょっとした楽しみが出来た感じだな。
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月末にクラウスさんから頂いた小袋には、銀貨が入っていた。
ちょっと驚いていたんだけど、リトネンさんの話では大隊長を倒した報酬らしい。
「俺は指示に従っただけですから、俺だけこんなに頂くわけには……」
「私達の給与も増えてるから問題ないにゃ。第1小隊全員が普段より多く貰ってるにゃ」
「さすがに今回は普段よりも多いですよ。ですが次も上手くいくとは限りません」
場合によっては、敗走して来ることもあるということなんだろう。
「でも、これだけあるなら冬の衣服も整えられそうです。結構夜は冷えましたからね。次は厚手の下着が必要でしょう」
「それは支給されるにゃ。今寸法を測ってあげるにゃ。ファイネルが揃えてくれるにゃ」
「ついでに俺の手袋も貰ってきて良いですか? 穴が開いちゃったんです」
しかたないなぁと言う表情でリトネンさんが頷いている。
部屋の片隅にある戸棚からメジャーを持って来ると、俺の身長、腕の長さ、足の長さを測ってメモしてるんだけど、足の大きさまで測ってるんだよなぁ。靴も冬は違うということになるんだろうか。
「これで良いにゃ。ところで、これを貰ったにゃ。片方ずつ使うと良いにゃ」
リトネンさんが、双眼鏡を取り出すとナイフを使って2つに分離してしまった。ナイフの背を使ってネジを回せば簡単に分離できるようだ。
「はいにゃ!」と言って俺達の手に乗せてくれたけど、これなら遠くが良く見えるに違いない。
「口径1イルム(2.5cm)で倍率は6倍ですね。これなら偵察も楽になりますよ」
「双眼鏡は、欲しい人がたくさんいるにゃ。クラウスは分隊長全員に渡せたと喜んでたにゃ。これは余りにゃ」
余りだとしても、貰えるとなると嬉しくなってしまう。照準器よりも倍率は高いし、視野も広いからね。
ファイネルさんが、部屋を出て行ったけど俺も付いて行った方が良かったかな。
やがて戻ってきたファイネルさんを見て、やはり付いていくべきだったと反省してしまった。
背嚢のように大きな荷物を担いでいる。
「これが冬の装備だ。自分の部屋に持って帰るんだぞ」
「こんなに着込むんですか? 戦闘に支障が出そうですけど?」
「後で教えてあげるにゃ。これを全部と言うことにはならないにゃ」
ファイネルさんによると、厚手のシャツの上にセーターを着て、コートを着るらしい。コートはラシャ製らしいから風は通さないようだ。
「冬は水筒に水さえ凍ってしまうが、コートの内側なら凍らないぞ。手袋はこの薄手の上にこれを付ける。帽子も冬用になるし、雪眼鏡は必需品だから常にもう1つを背嚢に入れておくことになる。マフラーは灰色だから雪の中でも目立たない。この白い服は外套の上に纏うんだ」
雪原での戦闘を考慮してるんだろう。シーツのような布の真ん中が丸く空いているだけなんだけど、一応服という扱いになるらしい。
「冬に戦闘する際に、再度教えてください。なんだか直ぐに忘れてしまいそうです」
「だろうなぁ。俺ってそうだったからね。まだ雪が降るのは先になる。とりあえず外套を着て、セーターを背嚢に入れておけば十分だろう」
直ぐに次の出撃があるんだろうか?
小銃の手入れをしたり、射撃の訓練をしたりしながら数日が過ぎて行った。




