J-112 新型兵器の試験場?
食堂となっている大きなテントで昼食を戴いて帰ってくると、飛空艇の前翼の下には左右に2発ずつ合計4発の爆弾が取り付けられていた。
ファイネルさんが取り付け状態に異常がないことをハンズさんと一緒に確認している。
俺は一足先に飛空艇に入り、前部銃座に座ることにした。
ミザリーは無線機で帝国軍の電信を傍受するようだし、リトネンさん達はエミリさんの航法机の上に広げた地図を眺めて密談の最中だ。
ブリッジの扉が開いてファイネルさんとハンズさんが入ってくる。
これで全員だな。
「早速出掛けるにゃ。高度2000を維持して西南西に進むにゃ!」
「了解! テレーザ、準備を頼む。この拠点がそもそも高度2000だからなぁ。30分ほどは高度2500を維持するぞ」
発進手順を確認するようにテレーザさんが声を上げて機器の操作を始める。
一通り終わったところで、エンジンの油温計を眺めているようだ。暖機が終わらぬうちにエンジンの回転を上げるとエンジンの寿命が短くなるらしい。
「温度安定……。飛空艇、発進します!」
テレーザさんの言葉を聞くと、ミザリーが小窓に身を乗り出すようにして光通信機をカチカチと動かしている。
発進を指揮所に伝えたんだろう。
指揮所からも同じような信号が返ってきた。
「指揮所より、『成功を祈る』と返信がありました」
「指揮所も期待してるに違いないにゃ。今度は攻撃前と攻撃後の画像が記録できるにゃ」
最初は信用されなかったらしいからなぁ。
ところで誰があの機械を操作するんだろう?
「日中の飛行は眺めが良いですね。帝国がこれほど農業や牧畜が盛んだとは思いませんでした」
「あの農場が誰の持ち物かが、問題なんだろうな。帝国の貴族は2千家を超えているそうだ。その半分が領地を持っているとなれば、下の農場はほとんどが貴族の所有地ということになるんだろうな。
エンデリア王国も貴族が大勢いたんだが、土地の所有は王族、貴族、庶民がそれぞれ三分の一となっていたぞ。
帝国に降伏したことで、エンデリア王国の土地はすべて没収された。農民も自分の土地を耕すのではなく、帝国から借りた土地を耕すことになったから税金が2倍以上になったと嘆いていたよ」
それもひどい話だな。
それで反乱軍ができたに違いない。税を減らしてくれと、願い出ただけで斬首されるんだからなぁ。
「だが仮にも帝国本国だ。占領地よりは緩い税制を敷いているんだろうな」
「でしょうね……。それより、町や村はすべて周囲を柵や塀で囲んでますね。害獣対策にしてはやり過ぎでしょう」
「あれは人間の害獣対策にゃ。町や村の出入り口を固定して、出入りする人間と荷を確認してるにゃ。それに,薪取り用の林や森がかなり離れているにゃ。盗賊が接近してくるのを早く知るためにゃ」
確かに森から離れているなぁ。2ミラルどころじゃなさそうだ。
個人が薪取りに行くんではなくて、薪取りを専業化しているんだろうな。
「それにしても、だれも空を見上げないんですねぇ……。やはり高い場所を飛んでいるからでしょうか?」
「それもあるが、うまい具合に雲があるだろう? さすがに黒では目立つに違いないが、灰色に塗装したろう? それで雲に溶け込んでしまうんじゃないかな」
そういうことか……。
確かに以前は船底を黒く塗っていた。
夜には良いんだけど、作戦は夜だけではないからなぁ……。
「エミル、現在位置は把握できてるかにゃ?」
「問題なし。このまま進めば、川を越えて直ぐに駐屯地に繋がる街道に出るわよ」
すでに3時間近く飛んでいるんだよなぁ。
夕暮れが迫っているけど、街道を見つけられたら、その街道を辿っていけるだろう。
「毎時30ミラルだからなぁ……。やはり到着は薄明より少し前になりそうだ。
テレーザ、変わってくれるか? 少し休憩してくるよ」
ファイネルさんに誘われて、俺も一緒に砲塔区画に向かう。30時間ほど掛かるんだから、休めるときには休んでおこう。
コーヒーとタバコだから、だいぶタバコの本数が増えてきた感じだ。
何とか1日数本で済ませないと……。
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帝国軍の駐屯地に到着したのは2日目の日付が変わって直ぐだった。
駐屯地から数ミラルほど離れた上空に滞空して攻撃時間を待つ。
3時間ほど過ぎると、少しずつ星が消えていく。
どうやら薄明が始まったらしい。まだまだ地上の施設がはっきりとは見えないから、もうしばらく掛かりそうだ。
ファイネルさん達と一緒に砲塔区画で恋コーヒーを飲んで眠気を覚ます。
「まったく、攻撃されるとは思ってもいないようだ。あれだけ明かりを付けてるんだからなぁ」
ファイネルさんが、呆れた口調で呟いた。
「夜間も何らかの訓練をしていたのかもしれませんよ。あの大きな建物なら小隊全員で一度に射撃訓練ができそうです」
「あれは飛行船を収容しているんじゃないかな? 2棟あるからここで飛行船の操縦訓練を行っているのかもしれないぞ」
「それ以外にも大きな建物がたくさんあるのよね……。蒸気機人や蒸気戦車の操縦訓練も行っているのかもしれないわよ。それも実弾を使ってね」
「あれを見て!」とエミルさんが指さした場所を眺めてみると、ぼんやりとだがあちこちに穴が開いている。
「結構大きな穴に見えますが?」
「4イルム榴弾の炸裂孔よ。蒸気戦車や蒸気機人の武装は3イルム砲だから、新型かもしれないわね」
「ここから見て、砲弾が分かるのか?」
「近くに蒸気自動車の残骸があるの。標準的な貨物車だから比較すれば分かるわ」
ファイネルさんの言葉に、ちょっとムッとした口調でエミルさんが答えている。
なるほど、確かに自動車の残骸があるな。炸裂孔の横幅は、ほとんど自動車の全長ほどだ。
「量産化されると戦線がまた動き出すかもしれない。輸送船を叩くのは重要になるだろう」
「そうですね。戻りましたら、指揮所に報告しましょう。すでに開発が終わっている可能性もあります」
イオニアさんの言葉に、エミーさんが答えている。
まだまだ開発途上なら、早急に対処しなくても良さそうだけどね。
だけどエミーさんが言う通り運びだすだけ、なんてことになっていたら大問題だ。
5日前に軍港を攻撃したけど、案外あの輸送船に積み込まれていたかもしれないな。
ブリッジに戻ると、今度はリトネンさん達が休憩に入る。
ブリッジを出るとき、思い出したようにリトネンさんがエミーさんに顔を向ける。
「だいぶ明るくなってきたにゃ。駐屯地の全体像を何枚か撮っておくにゃ」
「了解です! 3枚も撮っておけば良いでしょう。暗い時には、これを動かして……」
エミーさんが前部のガラス窓に身を乗り出して、ピクトグラフを操作している。結構面倒な機械のようだ。
とはいえ、目で見たものが映し撮れるというんだから、すごいとしか言いようがない代物だ。
「3枚写したから1枚ぐらいは、きれいに撮れてるんじゃないかしら?」
自信がなさそうな声だな。まだまだ、問題がある機械ということなのかな?
リトネンさん達は、30分もしないうちに帰ってきた。
コーヒーを飲んだだけなのかな?
艇長席に腰を下ろす前に、俺達に指示を出す。
「それじゃぁ、始めるにゃ。あの大きな2つの建物を狙うにゃ。4発同時に落として、残った1つは最後に大型爆弾を落とせばいいにゃ。それ以外の建物は大物を噴進弾で攻撃すれば良いにゃ」
「手前を爆撃して、その向こうには砲撃ってことだな!了解だ」
「リーディル達は周辺の建物を攻撃するにゃ!」
「了解です! ハンズ、行くぞ」
イオニアさんがハンズさんの肩をポンと叩くと、2人でブリッジを出ていく。
イオニアさんが砲塔区画の舷側から、ハンズさんが後方の銃座から攻撃するんだろう。
すでに5発ずつ炸裂焼夷弾をヒドラⅡ改のマガジンに装填してある。薬室内にも銃弾が入っているから、後はトリガーを引くだけで良い。
「攻撃開始にゃ!」
「了解! 地上500ユーデに降下します。速度は第2巡航速度……。ファイネル、外さないでね」
飛空艇が一気に降下を始める。
30度ほどの角度で降りていくんだから、座席のベルトが結構お腹に食い込むんだよなぁ。
狙いは、爆撃地点の右に並んだ建物だ。30ユーデ四方の建物だから、倉庫なんだろう。4棟単位できれいに並んでいる。
降下している最中に、最初の炸裂焼夷弾を放った。
轟音がブリッジ内に響く中、装填レバーを足で蹴る。
次弾を次の区画に放っていると、「投下!」というファイネルさんの怒鳴り声が聞こえてくる。
3弾目を放とうとしていると足元から炎が前方に飛び出していく。
慌てて3弾目を放つと、飛空艇が急速上昇を始めた。
「高度1500に上昇、このまま西に向かい噴進弾装填後に回頭するにゃ!」
「了解! エミル、結果はどう?」
「かなり派手に燃えてるわ。左右の建物にも火の手が見えているのは、リーディル達の成果ってことね」
回頭が済んで駐屯地に飛空艇が向くと、攻撃の成果を目にすることができた。
さすがに爆弾や噴進弾の着弾で発生した火災のようにはいかないけれど、側面から炎が上がり始めたのが分かる。
弾頭が手榴弾並みだからなぁ……。それでも、建物に火災を起こせるんだから十分だろう。
初期なら消火できそうだけど、3人で発射する銃弾の数は10発近い。同時に複数個所からの火災では、消火する兵士も命がけに違いない。
「今度は、あの大きな建物にゃ。爆弾は無いけど、噴進弾を放てば同じように燃え上がるにゃ!」
「最後は隣に大型爆弾を落とすぞ! それkじゃぁ、テレーザ!」
「行くわよ! しっかり掴まってね」
先ほどよりも降下の角度が急じゃないか?
思わずヒドラⅡ改の銃把を握りしめる。
落ちるような感覚にちょっと怖くなるが、大きな建物に隣接した小屋に狙いを付けて、トリガーを引く。
屋根を貫通して中で爆発したようだ。ちらりと炸裂炎が見えたけど、結果は後でいくらでも確認できる。
水平飛行に移る瞬間は、体は座席に押し付けられるような気がする。
自分の体重に負けないように、足で装填レバーを蹴飛ばした。薬きょうが2個ガラス窓に音を立てて落ちる。
これで薬室には新たな弾丸が装填された。
すぐに左手の建物に狙いを付けて、トリガーを引く。
数ミラル離れたところで再び回頭を始める。
かなり火災の規模が大きくなった気がするなぁ。俺達の放った炸裂焼夷弾でも建物の火災は引き起こせるのが良くわかる。
「イオニア、空中軍艦の姿は見えるか?」
伝声管でファイネルさんが問いかけている。
元々は空中軍艦を沈めようとして作った爆弾らしいからなぁ。
一応再確認しておこうということなんだろう。
「いないのか……。残念だな。それじゃぁテレーザ、あの大きな建物だ!」
「了解! 高度は500で良いのね?」
「十分だ。爆発まで10秒ほどの時間差がある。炸裂に巻き込まれることはないはずだ」
さて、俺はどの建物を狙おうかな……。
このまま進むとなれば、あの石造りの建物の傍を通りそうだ。
窓が見えるから、うまく当たれば建物の中を火の海にできそうだ。




