J-107 帝国に敵対するもの
谷の上に作った監視所への荷役を翌日も行った。
2日目の荷揚げは少し変わった資材を運んだんだけど、組み立てるとクレーンになるらしい。
200スパンほどの荷を上げられるとのことだから、俺達の荷役作業は2日で終了になってしまった。
次はいよいよ攻撃が始まるのだろう。
到着して3日目。朝食を終えたリトネンさんはエミルさんとエミーさんを連れて、作戦指揮所のある大きなテントに向かった。
「やはり最初は、軍需工房の爆破というところだろうな。それで帝国内の空中軍艦が出撃してきたら俺達の出番になりそうだ」
食堂の大きなテントの中で、残った俺達はお代わりしたコーヒーを飲んでいる。
ファイネルさんの言葉にハンズさんが頷いているけど、イオニアさんは首を振ってるんだよなぁ。
その2人の対比が面白いのか、ミザリーがコーヒーカップで笑みを隠している。
「要撃ですか? 俺達にも別の任務が支持されるように思えますが?」
「私も、そう思う。2手に分かれて攻撃すれば、帝国軍も私たちの動きが分からなくなるだろう。爆撃後にまっすぐに帰らなければ、この拠点の存在も気付かれる心配はないだろう」
「あまり積極的な攻撃を行うと燃料不足に陥るぞ。飛空艇も案外燃料を食うようだからな」
イオニアさんの言葉に、ハンズさんが反論を始めた。
それも確かだろう。だけど、簡易なジュピテル機関を搭載した飛行船だから、かなりの荷を運んできたに違いない。
イオニアさんの方に1票を入れたいところだな。
コーヒーが切れたところで、飛空艇に戻る。
ファイネルさん達は砲塔区画でエミルさんとの対戦に備えて腕を磨くようだ。俺はヒドラⅡ改の整備をしておくか……。出動が近そうだからねぇ。
ミザリーは通信機を使って帝国軍の動向を調べようと言っていたけど、暗号化されているとわからないと思うんだけどなぁ。
1イルム半の後継を持つ2連装の銃は、狙撃中というよりも大砲に近いように思える。
大砲と銃の区別を、俺の傍にきて様子を見ていたイオニアさんに聞いてみた。
「明確な違いはないように思える。強いて言えば1人で操作できないのが大砲なんじゃないか? 爆発する砲弾を打ち出すのが大砲だと言っていた者もいるが、蒸気戦車や蒸気機人を相手にする砲弾は、重量を重くするために、砲弾に炸薬を入れていないんだ。
そうなると、それを打ち出す大砲が大砲でなくなってしまうように思える。
案外、適当に決めているのかもしれないな」
爆発する砲弾を打つのが大砲だとするなら、ヒドラⅡ改は大砲ってことになりそうだな。
これが、大砲ねぇ……。
思わず、注油を終えたヒドラⅡ買いを眺めてしまった。
「兄さん! 帝国軍の通信を傍受できたよ。いくつか周波数帯を決めてあるみたい。暗号文もあるけど、平文もあるからいくつかメモを作っとくね」
「リトネンさんが喜ぶんじゃないか! それで内容は?」
「人探しをしているみたい。帝都を騒がせている犯人のような気がするんだけど……」
首を捻りながらミザリーが教えてくれた。
その言葉に、思わずイオニアさんと顔を見合わせる。
「すでにアデレイ王国が、工作員を送り込んだということか?」
「さすがにそれはないでしょう。補給の目途が立たないでしょうから、送るとなれば死地に送るようなものです」
「となると……、帝国内部からの反乱ということか?」
イオニアさんの呟きに、頷くことしかできなかった。
可能性としては高い気がする。
いくら戦って負けなしの帝国軍であっても、戦場で戦っている者達やその家族がいるんだからね。
少なくとも、親の代から戦を続けている帝国軍だからなぁ。不満のある者は案外多いんじゃないかな。
「発信源はわかるのかい?」
「さすがに飛空艇では無理よ。発信源を特定しようとしたら、結構大きなアンテナが必要なのよ」
大きいだけでなく、ある程度回転させる必要があるらしい。
とはいっても、直角に2つのアンテナを張れば、大まかな方向は確認できるらしいから、次の改造には何とかできるかもしれないな。
「イグリアン大陸の電波は拾えないわ。この谷間の方向に飛行してきたときに小さく聞こえたんだけど、やはり谷底では無理みたい」
拠点への通信は、2つの大陸を行き来する輸送飛行船に託すしかなさそうだ。
それも重要な情報に違いない。
「暗号は文字?」
「数字の羅列なの。一応聞き取ってメモを作ったけど、2度同じ数字列を繰り返しているから、全文で間違いないと思う。返信も書き取ってあるよ。これを読み解くのが楽しみね」
数字の暗号なんて解けるんだろうか?
俺の疑問に、笑みを浮かべたのはイオニアさんだった。
「文字列よりは簡単よ。さすがに帝国内ということで簡単な暗号にしているんでしょうね。まずは数字の区切りを見つけること。次はその数字の出現頻度という具合に紐解いていくの。
エミルが得意だから、ミザリーも襲えて貰ったら?」
「なら、たくさん情報を集めないと!」
ミザリーが再び通信の傍受を始めた。
それにしても、ちゃんと解読できるんだろうか?
敵の内情を探るには、電信の傍受は不可欠なんだろうが、帝国軍だってそれは重々知っているだろう。
かなり凝った暗号化もしれないぞ。
リトネンさん達が戻ってきたのは昼過ぎだった。
エミルさんがサンドイッチが入った手籠を下げてきたから、食堂に寄ってきたのだろう。
皆がブリッジに集まり、サンドイッチを食べながらリトネンさんの話を聞くことにした。
やはり、攻撃計画を指揮所で調整していたみたいだな。
「今夜に出発するにゃ。帝都を爆撃する飛行船に付き合って、万が一にも空中軍艦が出てきたなら、私等が飛行船を逃がす手助けをするにゃ。
空中軍艦が来ないときには、帝都から北東に向かって軍港を攻撃するにゃ」
「北東の軍港は……、この港よ。『レベニル』という名前なの」
エミルさんが地図を広げて教えてくれた。
王都まで500ミラル(800km)、王都から軍港までは150ミラル(240km)というところだろう。
増槽を使わずに往復ができるな。
「増槽は拠点に保管して貰おう。大型爆弾は落とさずに済めば良いんだが?」
「3発運んできたそうにゃ。落としてもだいじょうぶにゃ」
重砲の砲弾もどきが4発に、大型重砲の砲弾が1発か……。噴進弾も使えるだろうから、軍港に大きな打撃を与えられそうだ。
「王都と言えば、どうやら反乱があったようですよ。ミザリーが帝国軍の電文を傍受していたんですが……」
「平文と数字暗号の2種類を傍受しました。平文がこちらで、数字はこっちなんです」
ミザリーが数枚のメモをリトネンさんに手渡している。
「優秀ですね……。どんな内容ですか?」
「平文の方は、各地の治安部隊に向けたものにゃ。……なるほどにゃあ。王都で騒ぎがあったに違いないにゃ。城門の監視と身元確認、それに荷改めを厳重ぬするようにとの文面にゃ」
「破壊活動が行われたと?」
ハンズさんが首を傾げている。
皇帝を頂点とする階級社会は、万全だと思っていたのだろうか?
「かなり信憑性が高いにゃ。これだけ帝国内に指示を出しているとなれば、かなり派手に動いたのかもしれないにゃ」
「手を握ることも出来るのでしょうか?」
「辞めといた方が良いにゃ。単なる愉快犯とも違うみたいにゃ。帝国の沙汰に不満があるとなれば、その不満が無くなれば私たちに敵対するに違いないにゃ」
「とはいえ……、彼らの動向には注意する必要がありますね。出発は夕食後でしたね。指揮所にも知らせたいと思います。出来たら、平文のメモを戴けませんか?」
「お願いするにゃ。できれば専門に情報を仕入れて欲しいにゃ」
アデレイ王国軍の飛行船にも通信兵は乗っているはずだ。複数人が搭乗しているなら、指揮所近くに通信室を作っても良いんじゃないかな?
エミーさんが、ブリッジから出ていくと、今度は数字の羅列をエミリさんが笑みを浮かべて眺めている。
あんな数字で文字を表すんだから、解読はかなり面倒だと思うんだけどなぁ……。
「さて、どうやって調べようかしら? 私達が使う文字は24文字だけど、それに数字が加われば10文字追加になるわ。併せて34文字だから、2桁に括りでこの数字を切ってみましょうか……」
面倒な作業をミザリーと一緒に始めたぞ。
思わずファイネルさんと顔を見合わせてしまったけど、01から99までの数字がどの文字に当てはまるかが分からなければ意味がないと思うんだけどなぁ……。
「私達の文字は2つの記号を使って1つの文字ができてるでしょう? それを利用するの。一番文字記号が使われているのは、『N』になるのよ。しかも『ン』を表すときには『NN』と書くでしょう?
同じ数字が並んでいるから分かり易いはずなんだけど……」
「エミリの両親はかつて諜報局にいたそうだ。暗号は子供時代から教えられたときいたことがある」
イオニアさんの呟きに、俺達は頷くばかりだ。
あまり邪魔をしても悪いから、砲塔区画に移動して一服することにした。
ファイネルさん達はすぐにチェス盤を取り出して、駒を動かしながら先ほどの話を再び始めたようだ。
とりあえず、タバコを咥えながら話を聞くことにしよう。
イオニアさんがお茶のカップを俺達に運んでくれた。
そのまま俺の隣に腰を下ろすとタバコを咥えて火を点ける。俺が加えていたタバコにも火を点けてくれたけど、咥えているだけにしておこうと思ってたんだよなぁ。
とりあえず礼を言っておこう。
「やはり、こっちで続きをしていたな。私が気になるのは、その活動を支える者はだれかということなんだが……」
「ああ、俺達もそれが気になるとこなんだ。少なくとも資金がなければ話の外だろう? それに、要人の狙撃であれば帝都の封鎖で済む話だ。無線を使ってまで指示をするとなれば広範囲に活動しているか、はたまた帝都の封鎖を食い破ったということになる。
どう考えても単純な犯行には思えないんだよなぁ」
「帝国内にも圧制を敷いているんでしょうか? それなら民衆の反乱にも思えるんですが?」
俺の話に、ファイネルさん達は首を振った。
違うということなんだろうな。だが、そうなると犯人を隠してくれる民衆もいないということになる。
単純な爆弾をどこかに仕掛けて、帝都に騒乱を起こすようなことをしたのなら、少なくとも脱出手段を考えての犯行になるはずだ。
俺達も似たことを王都でやってきたからなぁ。
俺達にはリトネンさんという王都をよく知る存在がいたからできたようなものだ。
案外、帝都の裏組織が関わっているのかもしれないな。




