J-012 追撃部隊を迎撃する
2個目のクリップを消費して3個目の弾丸を装填していると、リトネンさんが俺の肩を叩く。
リトネンさんに顔を向けると、「終わったにゃ」と教えてくれた。
藪から後ろに下がった俺達に気が付いて、ファイネルさんも窪みから体を起こした。体に付いた砂塵をポンポンと叩き落としている。
「こっちには誰も来なかったよ。俺も見たかったな」
「今ならあの藪から顔を出せるにゃ。東で動いてるのはドワーフ族の若者だから撃っちゃダメにゃ」
ファイネルさんの後に続いて俺も藪に向かった。ずっと照準器越しに見ていたから良く分からなかったんだよなぁ。
藪から顔を出した途端、その状況に身震いが走る。
累々と兵士達の亡骸が続いていた。東だけでなく西にも動いている者達がいるのはクラウスさん達の部隊なんだろう。
「すげぇな。今までの襲撃ではこんなに帝国軍を倒したことは無かったぞ」
「これで状況が好転すれば良いんですが……」
「たぶん逆だな。町や村で俺達の情報を調べようとするだろう。酷いことをしなければ良いんだが……」
あまり見てると、夢に出てきそうだ。
2人で犠牲者に頭を下げるとリトネンさんのところに向かった。
リトネンさんが小さな焚き火を作ってポットを乗せている。とりあえずお茶でも飲んで高ぶった気を静めようということなんだろう。
カップに三分の一ほどのお茶だけど、飲むと落ち着くんだよなぁ。何かの薬草を混ぜているのかもしれない。
「ところで、何時までここにいるのでしょう?」
「第3分隊が戻るまでにゃ。ドワーフ族の連中が荷を背負ってくるからそれまで待つにゃ」
第3分隊がドワーフ族の若者達の護衛を務めているのだろう。ドワーフ族は小柄だけれど力があるからなぁ。自分の体重ぐらいの荷物なら軽々と担げるらしい。
狙いは食糧かな? クラウスさん達は銃と弾薬ってことになりそうだ。
不思議なことに、帝国軍の小銃と俺達の使うゴブリンは銃弾に互換性がある。
かつて帝国から小銃を購入している時代があったらしいから、その名残なんだろうな。
銃を奪い銃弾を手に入れれば、俺達の戦力も高まるということに違いない。
出発時にはファイネルさんと食料を吊り下げてきたが、帰りは銃の束を持って帰ることになりそうだ。
1時間程待っていると、東からこちらに近付いてくる1団が見えた。
背嚢を背負い、銃を肩に掛ける。やって来た1団と同行してクラウスさん達と合流することになった。
帰りは俺の思った通り、ファネルさんと荷を運ぶことになってしまった。
10丁の小銃の束は結構重いな。かなり散乱していたらしいけど、全部持ち帰るわけにもいかないだろう。他の連中も小銃や銃弾を、俺達と同じように棒で吊り下げている。かなり調達したようだ。
夕暮れ前に野営場所を見付けて焚き火を作る。相変わらず周囲を黒い幕で囲んでいるのは、そろそろ帝国軍の救援部隊が来るということらしい。
俺達を前にクラウスさんが話してくれたところでは、およそ三分の一が逃げ出したらしい。
脱線事故で半分ほどの死傷者が出来たと想定すると、あまり敵を倒せなかったようにも思える。
とはいえ、大隊の指揮官と士官を倒せたことは確かだ。部隊の再編成にはかなりの時間が掛かるだろうと話してくれた。
久しぶりに温かいスープと平たい焼き立てのパンを頂く。
襲撃が成功したことでワインがカップに半分ほど支給されることになったけど、ファイネルさんのカップに配給されたワインの半分を注いであげた。
「悪いなぁ」
「まだ15ですからね。今から覚えたら、大酒のみになってしまいます」
そんな話をしていると、他の兵士達から笑い声が上がった。
どうやら酒好きが多いらしい。互いになぜ飲むようになったかを話して、皆の笑いを誘っている。
「上手く行ったようだな」
「一人前の狙撃手にゃ。昔いた部隊の狙撃手を越えてるにゃ」
トリティさんの言葉にクラウスさんが、俺に顔を向けて小さく頷いている。
使えると思ってくれたのかな?
家族で世話になっているからなぁ。できる限り協力してあげたいし、父さんの知り合いらしいから尚更だ。
「おい! 帝国の奴らがやって来たぞ」
「何だと!」
数人が殿で監視をしていたらしい。
クラウスさんに報告したところで、俺達の傍に座り込んでお茶を飲み始めた。
「さすがに山には来ないだろうが、明日は分からんな」
「適当に引き上げるんじゃねぇか? 俺達がどこに潜んでいるかも分からないだろうし、そもそも部隊の数が分からないんじゃ、反撃される恐れだってありそうだ」
「帝国だからなぁ……。リーディルが士官達を殺ったらしいから、線路近くをしばらくは探索するんだろうなぁ」
「ちゃんと捜索しました、って奴か? 貴族様だからなぁ」
再び笑い声が起こる。帝国の身分制度は旧王国を遥かに超えるものらしい。
『貴族でなければ人にあらず』という言葉もあるそうだ。
そんな貴族は5千万を超える人口の内、1万人にも満たないらしい。
もっとも貴族が1万人と言うのも凄いと思うんだが、貴族という括りではそうなるらしく、帝都の宮殿に入れる資格のある貴族は2千にまで減るそうだ。
その違いをリトネンさんに聞いたら、永代貴族と1代限りの貴族の違いらしい。
帝国に対して大きな貢献を行った平民に対して1代限りの貴族である準爵と言う称号が贈られるそうだ。
「帝国に降伏したことで、旧王国の王族と上級貴族が永代貴族になったにゃ。中級貴族は1代貴族、低級貴族は何も無かったにゃ。
持てるだけの財産を持って、辺境に追いやられたから既に没落したかもしれないにゃ」
「そうなると、俺は帝国にとってお尋ね者と言うことに?」
俺の言葉に周囲の連中もリトネンさんと一緒になって笑い声を上げる。
「反乱軍に入ってるだけでお尋ね者にゃ。掴まっても、投降しても縛り首にゃ」
「そういうこった。だから敵を倒すのも罪悪感を感じる必要なねぇぞ」
俺を心配して言ってくれるんだろうけど、罪の意識は持っていよう。そうでないとただの殺人者になってしまう。
尾根の上まで様子を見に出掛けた連中が帰ってきた。
ライトの明かりが襲撃した辺りでたくさん見られたらしいが山には入ってこないと言っていた。
「登れそうな場所に地雷を仕掛けてある。地雷があると知れば、直ぐには登ってこれまいが明日は早めに動いた方が良さそうだ。
明かりを消して、早めに寝てくれ。第一分隊で見張りを頼むぞ!」
クラウスさんの指示が皆に伝わったところで、焚き火を消してブランケットに包まる。
興奮が続いているのか中々眠れないが、体は疲れているんだろう。
いつの間にか寝てしまったようだ。
襲撃の翌朝は、空が白んでくると同時に行軍を始めることになった。
朝食は携帯食料のビスケットの残りと、昨夜配布して貰った水筒のお茶になる。
何時も通りに1時間程歩くと10分ほどの休憩を取る。
3回目の休憩時間は少し長いとのことだったので背嚢を下ろして体を伸ばす。
ドワーフゾクの若者が運んできた容器から、カップ半分の水を貰って喉を潤す。
明日の昼には水場を通過するらしいから、それまでの我慢だな。
背嚢の中に水筒にも、少し水が残っているのも少し心強いところだ。
「さすがにここまではやってこないんじゃないか?」
「分からんぞ。足跡をたどるという手はあるからな」
俺達の後ろを歩く兵士達の声が聞こえてきた。
確定ではないが、可能性は高いということになるのだろう。
2日目の野営地には水場があった。
雨が全く降らないんだが、ここは水が地中からコンコンと湧き出している。
順番に水筒に水を入れると、ドワーフ族が水の運搬容器にたっぷりと水を汲みいれている。
ここでクラウスさんが第3分隊に偵察の指示を出した。俺達が歩いてきた方向を逆に辿り、追手がいないことを確認するためらしい。
「もしも追手がいたなら、間違いなく大隊指揮官は死んでるはずだ。取り巻きも貴族の子弟達だろうから、それなりに誠意を見せないと救援部隊の顔が立たんだろうな」
「俺達を倒したら褒美が出るのか?」
「褒美どころか。1代貴族の称号さえ手に入るんじゃねぇか? 当主や子弟を倒された貴族からも礼金が入るだろうからなぁ。俺達以上に気合が入ってるに違ぇねぇぞ」
確実に頭に当たったはずだ。即死したに違いない。
そうなると俺の責任ってことになるんじゃないか?
心配そうな顔をリトネンさんに向けた俺を見て大声で笑いだした。
「アハハハ……。来たら返り討ちにゃ。こっちには水があるけど向こうには無いにゃ。やって来たとしても1個小隊にはならないにゃ。待ち構えて皆殺しにゃ」
そう簡単に行くんだろうか?
俺達よりも人数が多いと思うんだけど……。
日暮れ近くになって、偵察に向かった連中が戻ってきた。
やはり追ってきているらしい。
「ここに来るのは明日になるでしょう。追ってくるように、少し跡を残してきました」
「聞いたか! 迎撃するぞ。弾丸が心許ない奴は、今の内に貰っておくんだぞ。場所は、この上が良いな。見通しが良いし、こっちは低地だから隠れることができる。この谷間に沿って第1、第2、第3の順で上から並ぶ。
ドワーフ部隊には申し訳ないが、あの高台を越えてくるようなら拳銃で応戦して貰いたい。なるべくそんなことにはならないようにするつもりだ」
クラウスさんの指示に、ドワーフ族の連中が小さく頷いている。彼等が取り出した拳銃はごつい品だった。かなり威力があるんじゃないか?
「私達は一番上手にゃ。リーディルは隠れて撃つにゃ。私とファイネルは少しぐらい顔を出してもだいじょうぶにゃ。でも当たるのはダメにゃ」
「当たらないようにたまに姿を見せるんですね。難しそうですがやってみます」
俺を隠すということなんだろう。なら、1人ずつ確実に仕留めることに専念できそうだ。
翌日は早めに朝食を取って、配置に着く。
本当に来るんだろうかと半信半疑で藪に隠れていると、俺の肩をポンポンとファイネルさんが叩いた。
「本当に来るとは思ってなかったけど、やって来たぞ。人数は1個小隊と言うところだ」
「拳銃を持っている偉そうなのを最初に狙うにゃ。その次は帽子に線が入ってる奴にゃ。後は当たるのを狙えば良いにゃ。距離は150で始めるはずにゃ」
「拳銃を持っている……、ああ、分かりました。やたらと振り回してますね」
恨みでもあるんだろうか? それともあの指揮官の特徴なのかな。たぶん大声で指示を出しているのだろう。
帽子に線の入ったというのは、あいつ等達か……。分隊長と言うことになるんだろう。10人程を率いているように見える。
とはいえ、まだだいぶ先だな。
150ユーデ(135m)と言っていたから、準備だけはしておこう。
照準器の目盛りを150に合わせておく。
距離が近いから、距離補正は余り気にしないで良いのかもしれない。上下のブレは2イルム(5cm)にも満たないだろう。
小銃にバヨネットを装着して周囲を警戒しながら近付いてくる。
まだ皆は隠れたままだ。
追手の話し声が聞こえてきた時だった。クラウスさんの「撃て!」の声で一斉に銃弾が放たれる。慌てて身を屈める敵兵の中で、指揮官だけがワンテンポ遅れたのを見逃すことは無い。
既に祈りを終ええているから、そのチャンスを逃さずにトリガーを引いた。
仰け反るように指揮官が倒れると、その体に何人かが集まってくる。
直ぐに銃弾に倒れたが、見捨てておくことは出来ないんだろうか?
そんな思いを心の片隅に置くと、次の祈りをささげる。
やがて,銃声が突然止んだ。
あまりにも唐突だけど、どちらからも銃声は聞こえてこない。
のろのろと敵兵が立ち上がったが、追い射ちを掛けることは無かった。既に戦意を失っている者に止めを刺すことも無いということなんだろう。
続いて何人かがよろよろと立ち上がる。負傷しているようだが誰も手当てをしてくれる者はいないだろう。かなり山奥に来ている。
無事に帰れるかは運次第ということになるんだろうな。
「7人だけでしたね。後は放置で良いんでしょうか?」
「それで十分にゃ。勇気があるなら、あの指揮官から拳銃を貰ってきて欲しいにゃ」
戦利品と言うことかな?
思わず自分を指差していたファイネルさんだけど、恐る恐る敵に向かっていくと指揮官から拳銃とホルスターを外してきた。
「貰ってきましたよ。変わった拳銃ですね」
「自動拳銃にゃ。工房に渡せば喜ばれるにゃ」
すっきりしたデザインの拳銃だけど、銃弾はどこに入っているんだろう? どこにもシリンダーが見当たらないんだけど……。