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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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J-001 猟師暮らし

 クロノ歴1895年夏。グラウド大陸のマキネウム帝国は周辺諸国に対し突然の侵攻を開始した。

 平和を享受していた周辺諸国はたちまち蹂躙され帝国に平伏したが、帝国の野望は留まることを知らずさらに軍を進めて行った。

 グラウド大陸から千ミラル(1600km)ダレツ海を隔てた東の大陸イグリアンにもその牙が向けられたのはクロノ歴1910年の春の事だった。

 会戦2カ月で、イグリアン大陸西岸に位置するエンデリア王国は降伏し、長い王国史を閉じることになった。

 余りにも唐突な降伏により、王国軍は大混乱。

 一部は要害の地に留まり、反乱軍としていまだに帝国軍と交戦を続けている。

 1905年。エンデリアン国の北部に干ばつの気配が見えてきた。

 物語は、ここからは始まる……。



「電気ネズミが5匹ね。1匹5メルだから……、はい! 報酬の25メルよ。無駄遣いしないで、お母さんに渡すのよ」


 ギルドのお姉さんが、10メル銅貨を2枚と一回り小さな1メル銅貨を5枚カウンターに並べてくれた。

 25メルあるなら、母さんと妹の3人暮らしの俺の家なら2日は食べていける。

 お姉さんに頭を下げると、ギルドを出て家に戻る。

 途中の店で、パンとウサギの肉を買い込んだら10メルが無くなったけど、今夜は久しぶりでウサギのシチューが食べられそうだ。


 町外れの小さな1軒家。それが俺の家だ。小さいころに父さんが亡くなったから、俺達3人の暮らしは慎ましいものだ。

 近所の食堂に母さんが働きに出ることでどうにか暮らしてきたのだが、無理を重ねたせいか、この頃寝込む日々が多くなってきた。


「ただいま!」


 扉を開けながら声を出すと、妹のミザリーが「お帰り!」と元気な声で答えてくれた。


「お土産だよ。今日の狩りは上手く行ったからね。母さんは寝てるのかな?」


「昼過ぎまで起きてたんだけど……、また寝ちゃった。夕食に起きてくれるかな?」


 最後は独り言のように声が小さかった。

 ミザリーは今年で12歳だ。俺より3つ年下だけど、家で出来る仕事を見付けて頑張ってくれている。

 薬草の匂いがミザリーから匂ってくるから、今日も乳鉢で乾燥させた薬草を磨り潰していたのだろう。

 1日頑張っても、5メル程度の代金を受け取るだけだ。それも母さんの薬代に消えてしまうんだよなぁ。


「今日はね。カムルさんが傷薬の作り方を教えてくれたの。ちゃんと出来るなら、買い取ってあげると言ってくれたんだ」


 台所兼リビングにはテーブルが1つ。小さな炎を上げている暖炉に鍋が掛かっているのは今日の夕食なんだろう。

 暖炉脇のポットから、ミザリーが木製のカップにお茶を注いで俺に渡してくれた。


「そりゃあ、凄いな! ミザリーの歳で薬剤師になれるなんて、凄いことなんじゃないか」


「少しずつ教えてあげると言われたから、兄さんも無理をしないで済むかもしれないよ」


 互いに顔を見合わせて笑みを浮かべてしまった。

 お互い無理はしてるんだよなぁ。やはり分かっているんだろう。


 電気ネズミは、村から2時間程北東に行った岩場近くにいる獲物だ。

 ネズミと言っても大きさはネコぐらいあるし、臆病な獣だから人影を見ると直ぐに隠れてしまう。

 あちこちを巡ってどうにか数匹を猟銃で仕留めることができるのだが、問題はその岩場が歯車狐の縄張りでもあることだ。

 たまに姿を見付けると、俺の方が慌てて隠れることになる。

 歯車狐の歯はまるで鉄のように岩さえかみ砕くし、足の爪はナイフのような切れ味を持っている。


 その点、電気ネズミは生きている時に素手で触らなければ問題はない。

 生きている電気ネズミは体に強力な電気を帯びているから、素手で掴んだら感電してしまうらしい。

 荒れ地で感電して気を失うことにでもなったら、命がいくつあっても足りないだろう。動けない獲物を食べる死肉アサリの種類は片手では足りないくらいだ。

 猟銃で倒した電気ネズミは食べるわけではない。その骨を素材に蓄電池の部品ができるらしく、素材屋がいつでも猟師ギルドに注文を出してくれるから、ありがたい話だ。

 

 もっとも、俺の持つ猟銃では野犬でさえ1発で倒せない代物だ。

 小型犬をどうにか倒せるぐらいの小口径のボルトアクションの単発銃だ。

 護身用に銃身が2つある拳銃も持ってはいるが、これでさえ至近距離でないと野犬は倒せないだろう。

 野犬は数匹以上の群れを作ると、猟師ギルドの大人達に何度も聞かされているから、姿を見たなら逃げることが一番だ。

 今までもそうしていたし、もっと大きな弾丸を使える猟銃を手に入れるまではそうなるだろう。


「もっと大きな猟銃があれば良いのにね」


 ミザリーがテーブル越しに腰を下ろすと、持って来たカップのお茶を飲み始めた。


「結構高いからなぁ。父さんの猟銃は大きすぎて俺には使えなかったから、母さんがこれを買ってくれたんだ。結構当たるし、良い猟銃だと思うよ。でも連発に憧れるよね」

 

 とはいえ憧れているだけで、今すぐ欲しいわけではない。

 電気ネズミは、最初の1発を撃ったなら銃声で群れが散ってしまう。連発であっても2匹目を倒すことは無理だろう。

 俺の技量にあった銃がこれになるんだよなぁ。


 銃弾ポーチの弾丸を数えると、残り数発しかない。明日は買い込んでおかねばならないな。

 1発1メルだから、結構高い気がするんだよねぇ。


「今日の稼ぎで、明日は弾を買うから渡せないけど、だいじょうぶかな?」


「貯金もあるんだから心配しないで。それより無理はしないでね」


 今は秋の初めだ。朝晩はだいぶ寒くなってきたけど、シャツをもう1枚羽織れば問題ない。

 何としても冬越しの食料を得るだけの稼ぎは、初雪が降る前には整えておきたいところだ。

 税金だって年末には払わないといけないし、色々と入用だからなぁ。


「分かってるさ。ミザリーもたまには友達と遊ぶんだぞ。ずっと家にいると、体を悪くしてしまうからな」


「それなりに遊んでるからだいじょうぶ。兄さんこそ、友達がいなくなってしまったんじゃない?」


「遊んでた連中が、家族と一緒に町から出て行ってしまったからなぁ。もっと東の町に行くと言っていたけど、元気だと良いんだけどね」


 父さんの若いころに、海を挟んだ大陸から軍隊が攻め込んできたらしい。

 平和ボケしていたこの王国は、直ぐに無条件降伏をしたと教えてくれた。

 

『おかげで今の王国は名前だけがあるようなものだ。帝国の貴族が乗り込んできて、王宮を支配しているからな。

 軍の再編もその時に行われたから、父さんはそのどさくさに紛れて軍を止めたのさ。残った軍は隣国との戦に駆り出されたようだ。かなりの犠牲者が出たと聞いている……』


 幼いミザリーを膝に乗せて、父さんがそう言ったのを今でも覚えている。

 軍を抜けた父さんは、王都から離れたこの町までやって来たところで、母さんと知り合って結婚したらしい。

 その父さんもミザリーが物心着くころに、亡くなってしまった。


 父さんの猟師仲間の話では鋼クマに襲われたということなんだが、詳しい話はしたがらなかった。

 何かあったんだろうな。そんな負い目のような思いが、猟師達にもあったんだろう。

 俺が猟師ギルドの扉を叩いて名を告げて以来、皆が色々と猟のコツや獲物の住む場所を教えてくれた。


「その銃は私にも撃てるかしら?」


 唐突にミザリーが銃を磨いていた俺に問い掛けてきた。

 俺が14歳の時から使っていた銃だ。反動があまり無いのは、30口径の小型拳銃用の弾丸だからだろう。

 30口径とは弾丸の外形が100分の30ということだ。基本となる単位はイルム(2.5cm)だから小指の先ほどの弾丸になる。

 しかも薬莢の装薬量が多いライフル銃用ではなく、女性の護身用拳銃の弾丸らしいから威力がないのはしょうがない。

 猟銃は銃身の短い騎兵用のライフル銃に似せて、町の武器屋が作ってくれた代物だ。


「たぶん使えると思うけど……。俺と一種に狩はできないよ。ミザリーは家で母さんと一緒にいて欲しいんだ」


「分かってる。でもお母さんが元気になったら、兄さんと一緒に狩がしたいな」


「その時は、これを譲ってあげるよ。そうなると、明日もがんばらないといけないなぁ」


 一緒に遊ぶ友達も少なくなったということなんだろう。

 母さんが病弱でなければ連れて行っても良いんだけど、この頃は余り起きている時間も短くなっているようだ。

 町の医者から薬は貰っているんだけど、一向に良くなる気配がない。


 夕食時になっても、母さんは起きてこなかった。

 ミザリーがトレイにスープとパンを乗せて母さんの部屋に運んでいく。

 2人だけの食事は、寂しいけれど我慢するしかなさそうだ。


 俺達の食事が終わると、ミザリーが母さんの部屋から食器を持ち帰ってきたが、あまり食も無いようだ。

 ウサギのスープは母さんの好物だったんだけどなぁ……。


 俺に顏を向けて、寂しそうにミザリーが首を振る。

 何時もの事だけど、俺が小さく頷くと食器を洗い始めた。


 ランプの明かりの下で、ミザリーは古くなった毛布を床に敷き、乳鉢で薬草を挽きはじめた。部屋の中に薬草の匂いがプーンと漂い始める。

 俺はのんびりと銃の手入れをする。真鍮の部品は磨くと綺麗に光るし、銃床には軽く油を塗って布で良く拭き取っておく。

 手入れをすれば長く使えると、ギルドの連中が教えてくれた。

 次の銃が買えるのは何時になるか分からないからなぁ。大事に使うに越したことは無い。


 ミザリーが薬草の束を1つ磨り潰したところで、俺達の夜の仕事が終わる。

 ランプの油も大切にしないといけないし、俺達の朝は早い。

 暖炉の火を中央に集めて、周りをホウキで掃除をしておく。

 火事になったら大変だ。火の始末はきちんとしておかねばならない。


「「お休み!」」


 互いに声を出して部屋に向かう。

 ミザリーは母さんと一緒の部屋だ。俺は子供のころから使っている部屋なんだけど、体が大きくなったからなんだろう。ベッドが少し小さいんだよなぁ……。


 翌日。リビングに顔を出すと、驚いたことに母さんの姿があった。

 嬉しそうなミザリーが母さんと朝食を作っている。


「おはよう! 母さん、寝てなくても大丈夫なの?」


「今日は、体が軽く感じてね。いつまでも寝てたら父さんに叱られてしまうでしょう。お前にも苦労を掛け通しだけど、このまま良くなったらまた働きに出掛けるからね」


「あまり無理はしないでも大丈夫さ。俺だって今年16歳だからね。猟の腕も上がってきたとギルドの皆からも褒められてるんだ」


 そう言って、裏の井戸に行き顔を洗う。

 今日も良く晴れているから、猟に出るには都合が良い。


 昨夜のスープの残りに野菜を追加したスープに小さなパンが1切れ。俺達の朝食は慎ましいものだ。

 しっかりと焼いたパンをミザリーがハンカチに包んでいる。俺の昼食なんだが、ミザリーは昼食を食べているんだろうか?

 

 前に聞いた時にはビスケットを2枚食べていると言ってたけど、それだけではねぇ……。

 今日の獲物で何か買ってきてあげよう。母さんもベッドを離れることができたんだから、少しは栄養のあるものを食べさせないとなぁ。


 朝食を終えると、革製の背負い袋に昼食と水筒を詰めて猟銃を担いだ。


「出掛けて来るよ。今日も、北東の岩場だ」


「気を付けてね」


「分かってるさ! ミザリー、母さんを頼んだよ」


 俺の言葉に、ミザリーが元気に頷いてくれた。

 玄関先に置いてある杖を手に、ゆっくりと町の門に向かって歩きだす。


 雲1つない碧空を見上げる。

 良い天気が続いているのは俺にとってはありがたいのだが、しばらく雨が降っていないことに気が付いた。

 降ったら狩りには行けないんだけど、農家の人達は困ってるかもしれないな……。


※補足 ※


 この世界の単位は、元々王国が勝手に決めていたらしいけど、王国間の貿易が容易になるようにと、各国の教団が協議して決めたらしい。

 その元になったのは、総本山の大聖堂にある大理石のクロノ神像だと教会の神官様が教えてくれた。


 イルムは神像の親指の先端から第一関節までの長さ。【2.5cm】

 フィールは神像の履いているサンダルの長さで、12イルムに相当する。【30cm】」

 ユーデは左足の先端から右足の先端までで、3フィールに相当する。【90cm】

 テーブルの上に乗せられるものなら、イルムで単位を現し、家の中の物なら、フィールが使われる。町の中ならユーデなんだけど、もう1つミラルという単位もあるんだよね。

 1ミラルは教団が作った単位ではなく、軍隊が作ったものらしい。

 兵隊が隊列を組んで歩く歩幅の2千倍をミラル【1.6km】としている。1777ユーデになるんだけど、出発して休憩するまでに歩く距離を元にしているらしい。

 街道には2ミラルごとに石柱が建てられ、王都の門からのミラル数が書かれている。

 もっとも俺達は、歩いて半日とか、歩いて3日という感じで距離を伝えることが多いから、ミラルという単位は余り使ったことがない。


 お金の単位はメルだ。

 全て硬貨なんだけど、金、銀、銅、それに真鍮の4種類がある。

 硬貨は大きさで次のように区分けされ、表面に金額が浮き彫りにされている。裏は大聖堂が刻印されている。

 真鍮貨は4分の1メルで【クオレ】という場合もある。

 銅貨は、1メル、と10メル。

 銀貨は100メルと千メル。

 金貨は1万メル。

 庶民の暮らしでは、大銀貨を見ることは少ないようだ。俺だって1度も見たことがない。


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