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電車の行き先を

作者: 天鳥そら

今年も始まりましたね。なろう企画、夏のホラー2020。

迷いましたが、あるあるネタで落ち着きました。

ホラーというにはお粗末ですが(汗)

最近、妙な夢をよくみる。大学に入ったばかりの俺は、バイトも始めたばかりでてんてこまいだった。夜も遅くまでカラオケ店で働き、合間を縫って大学のレポートを仕上げる生活だ。専攻科目より教養科目を多く取り、受ける講義が少なくなったころから就活と卒論に取りかかることになる。公務員を目指しているヤツは今から勉強していた。


のんびり大学生活は俺にとって遠い場所だ。眠い目をこすって飛び起きると、学生に安く貸してくれる古いアパートを飛び出して駅へ向かう。急いで電車に乗ろうとして毎回逃してしまう夢。


ああ、今日も乗れなかった。


重いため息をついてうなだれたところで目が覚める。ここ最近のお決まりの夢で毎日のように見るのが不可解だった。


「講義、受け過ぎたんじゃね?それかバイトのシフト、減らせよ」


大学に入ってできた友人がお気楽に笑う。お金に困っているわけではないが、あって困るものでもない。就活や仕事で必要となってくるであろう資格を取るため、勉強代も稼いでおきたかった。


「おまえ、すげーがんばるけどさ、サークルも入ってないんだろ?どうせなら、今度の夏にハワイでも行こうぜ」


やっすいツアーがあるんだよと旅行代理店からもらってきたチラシをピラピラと振る。俺は今年はいいかなと笑ってチラシを遠ざけた。友人はつまんなそうにしていたけど、一応、計画立てておくから行きたくなったら言えよと俺の肩を叩いた。


夏休み前の試験の時期は多忙を極めた。試験前なんだからバイトはやめておけよという友人の声も無視してバイトに精を出した。ない時間をひねり出すため、削るのは睡眠時間と食事の時間だった。家にいればそれなりに食事ができただろうけど、今の俺を見れば母親が良い顔しないだろう。それに実家から通うとなると、3時間は電車に揺られることになる。往復の通学時間が6時間とはあまりにもったいなかった。



1限目から試験がある朝、机の上に突っ伏して寝ていた俺は慌てて飛び起きた。時計を確かめれば、あと30分ほどで電車が出てしまう時刻だった。その時刻に乗らなければ1限目の試験には間に合わない。遅刻者は扉の前で回れ右することになると先生から脅されていた。必要なものだけ乱暴に鞄に入れて自転車をこいだ。もどかしい思いで駐輪場に自転車を置き、階段を一段飛び越しながら走る。


電車がちょうど入ってきたところで、俺は走るスピードを上げた。ギリギリ間に合うことにホッとしつつもペースは落とさずできるだけ急ぐ。人にぶつかるのを謝りながら車内に滑り込もうとした。


「ちょっと待てよ」


電車に乗ろうとすると右腕を乱暴に掴まれた。イライラしながら振り向くと、友人が怒ったような顔をしている。どうしたんだと問いかけると、ぷしゅうっという音をたてて目の前で電車の扉がしまった。扉の向こうには乗客がいる。朝の通勤時間には珍しい、おばあさんや子供が多かった。3歳ぐらいの小さな子どももいるのに親が見当たらない。どうして小さな子供が一人で乗っているんだろう。他の乗客に隠れて見えないだけだろうか。サラリーマンやOL、学生もいるにはいるがどうも乗車している乗客の面子がおかしい。


電車が行ってしまい、試験が受けられなかったことに気がついて、友人の襟首に掴みかかった。どうしてくれるんだよ!俺の試験が台無しじゃないか!友人はほっとしように笑った。


「お前が乗る電車はそれじゃねえんだよ」


はあ?と大きな声で叫ぶ俺に、友人が親指をたてて後ろを指し示す。そこには立派な列車が止まっていた。


「ハワイ行き直通急行列車」


車体にでかでかと書いてある電車に思わずツッコんだ。


そんな電車はない。



ふとまばたきすると見慣れぬ白い天井が見えた。左腕の不快感に気づいて、ゆっくり視線を向けると大きな銀色の針が刺さっていることに気がつく。針には管がついてる。ゆっくりたどっていけば、黄色の液体が入ったビニール袋が吊るされていた。


「もしかして、点滴?」


自分がどうなったのかはっきり思い出せなかった。ただ頭がズキズキ痛んで、右足も重たかった。とうとう自分は病院で寝ているということがはっきりとわかり、頭の痛みを訴えるため、どうしてこんなことになっているのか事情を知るためにナースコールを押した。


            



「お前、危なかったなー。もう少しで電車の下敷きになるところだったじゃねえか」


「ここ病院、もう少し静かに話せよ」


「わりーわりー。でも個室だから良いじゃん」


「お前の声、でかいから廊下まで響くんだよ」


看護師や通りすがりの入院患者、見舞い客に笑われたことがあった。


「でも、ありがと。試験のこととか色々、骨折ってくれたんだろ?」


「ダメな先生はダメだったけど、レポート出す先生は融通利かせてくれたな。ゆっくり治せってさ。まあ、夏休みの間に仕上がるだろ」


にひひと笑う友人は最後の試験の帰りに見舞いに立ち寄ってくれた。三分の二は終わっていた俺の試験日程、残りの三分の一がパーになった。それもこれも電車に乗ろうと焦って走ってきた俺が、人とぶつかりふらついて線路に落っこちたからだ。


俺は記憶がないからわからないけれど、まわりの客は悲鳴をあげて騒ぎ、駅員が慌てて電車を止めようと走った。勇敢なサラリーマン二人が飛び降りて俺を担ぎ上げて助けてくれたらしい。落ちた時に頭を打ち足も骨折。まるまる二日間目を覚まさなかった。


「精密検査を受けても何もなかったんだろ?良かったじゃねえか」


「まあな」


「ただ、栄養失調だっけ?それが治るまではバイトするんじゃんねぞ」


「骨折してるから、どうせ無理だよ」


「それもそうか」


焦っていた俺は人に押されてふらついて線路に落っこちた。ただ、いつもならもうちょっと足でふんばれるはずだった。忙しすぎた俺はろくに食事もとらず、睡眠もとらず栄養失調の状態にあったらしい。免疫力とやらが低下していて、医者と看護師にまで毎日、食え、たっぷり食えと言われる始末だ。


しばらく他愛のない会話が続き、ハワイに行く話をしてから友人は去って行った。


静かになった病室で線路に転げ落ちた時のことを考える。線路に落ちた時の前後は覚えていなかったが、夢だけは鮮明に覚えていた。


「ハワイ行き直通急行列車」


ハワイに行くには飛行機に乗る必要があるから、直通で行けるわけないんだ。それでも妙にあの夢が印象的で、俺は時間を見つけてハワイの大学について調べてみた。自分の通っている大学と提携していて、短期留学や長期留学を希望する学生を受け入れてくれるらしい。


「ハワイか。英語、勉強し直すかな」


友人が一緒に乗ろうと誘ってくれた。もしかしたら食いつくかもしれない。一緒に留学できたら楽しいだろうな。笑みを浮かべて布団をかぶった。



それ以来、電車に乗り遅れる夢は見なくなった。ただの一度も。




読んでいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 拝読しました。 電車に乗り遅れる夢、という不吉な始まりに不安を感じながら読み進めていたのですが、ラストが良い方向で良かったです。何気に友情ストーリーにもほこほこしました。良い読後感でした。あ…
[良い点]  童話の天鳥さんがホラー?  そう思いながら読み進めました。  失礼ですが……あまり怖くありませんでした。すみません。  むしろ最後はほほえましくもありました。  作品には作風というか、お…
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