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そこにあった風景



玄関の扉を開けるなり、名前を呼ばれて思い切り抱きしめられた。華やかな香水の匂いがする可愛らしい女性に。

この感じも懐かしいなと思いながら大人しく抱きしめられていると不意に力が緩んだ。

「いらっしゃい! 待ってたのよ!」

「多加江さん、こんにちは。お邪魔します」

喜びを全身で表現する多加江は相変わらず少女のようだなと思う。緩く巻かれた髪はしっかりケアされており肌も瑞々しくおおよそ年頃の男子の母親には見えない。

美都は連休を利用して元々居住していた常盤の家に顔を出すついでに、同級生である和真の家に寄っていた。そもそも多加江が会いたがっていると言われていたため、どちらかといえばこちらの方が主目的に近い。

中原家は男兄弟のため、一家の女性は多加江のみだ。菓子作りを趣味にする彼女は少女思考が強い。なので彼女は頻繁に常盤家に出入りしていた。常盤家には少なくとも円佳と美都がいたからだ。男所帯の中過ごすよりも幾分か快適だったのだろう。

「美都ちゃんが引っ越しちゃってから寂しくて寂しくて……」

多加江の趣味である菓子作りはプロも顔負けな程で、店で売っていても不思議ではないレベルのものだ。常盤家にいた頃は試食と称して随分と甘いものが届けられた。度々感想を求められたものだが彼女が作るものはどこにも欠点などないのでいつも一辺倒の返答になってしまいがちだった。それでもお礼を伝えると多加江は嬉しそうに微笑んでいた。

「はい、どーぞ」

「わあ……!」

「和真にも食べさせたんだけど全っ然感想言ってくれないのよ!」

リビングに通され大人しく座っていた美都の前に色とりどりの焼き菓子が差し出される。その光景に感嘆とすると、一緒に紅茶が運ばれてきていつも通り多加江の話が始まった。

彼女が作った菓子を食べながら彼女の話を聞く。この構図も懐かしい。

「そういえば! 今年も和真のことよろしくねぇ。美都ちゃんと一緒なら安心だわ!」

「いえ、こちらこそなんだかんだ助けてもらってばっかりで」

あらそう?と言う多加江は少し嬉しそうだった。常盤家にいた時からそうであったが和真はあまり学校生活のことを話さないらしい。以前一度その理由をそれとなく訊いてみたことがあったのだが彼曰く「別に逐一報告することじゃねぇ」となんとも素っ気ない返事が来た。それに関しては個人の自由なので特に言及しなかったが年頃の少年はああいうものなのだろうか。多加江に伝えても良かったのだが藪蛇になりそうだったので自分の中に留めておいたのだ。

「新しいお家はどう? 少しは慣れた?」

「はい、まあぼちぼち」

「円佳ちゃんから聞いたときはびっくりしたわぁ。いきなりだったんだもの」

つい一月前のことだ。守護者のことは他言無用のため詳しくは語っていないのだが、どうやら何らかの事情を知っている円佳が多加江に「親戚の家に引っ越す」と説明したようだった。

「司くんも相当気落ちしてたわよ。数日元気なかったんだから」

「みたいですね……。後で謝ります……」

あははと力無く笑いながら視線を逸らした。司に関しても多加江と同様だった。しかし今まで同じ家で暮らしていただけあってあまりに突然のことすぎて美都が居を移して数日は肩を落としていたらしい。その様が思い浮かぶ。

「あ、お菓子包んでおくから持っていってね。円佳ちゃん、顔には出さなかったけどあれでちょっと落ち込んでたのよ」

多加江の言葉に思わず苦笑いを浮かべる。そうだろうなとは思った。彼女は昔からそうだ。司と多加江に先にそういう反応をされては円佳は冷静にならざるを得なかったはずだ。事情を知っている彼女は特に。

実はここ一ヶ月、ろくに連絡をしていなかった。今まで頼りすぎていただけに良い機会だと思ったのだ。本当は今回も帰るのを迷っていた。しかし中原家の後押しもあり、それならばと思って渋々顔を出すことにしたのだ。なので心なしか少し緊張している。

多加江の手作り菓子を頬張りながら紅茶を口にしていると、玄関から耳馴染みのある声が聞こえた。姿を確認せずとも誰が帰ってきたかはわかる。するとその人物はすぐ美都たちがいるリビングに顔を出した。

「おかえり和真」

「おーっす」

案の定、中原家の次男である和真が部活から帰ってきた声だった。彼は美都を見ると学校と変わらない様子で返事をする。

「今日練習半日だっけ」

「よく知ってるじゃん。俺言ったっけ?」

「い……言ってた言ってた」

思わず笑顔が引き攣る。しまった。この情報は今朝ホワイトボードで得た情報だったか。

同居人である四季とのルールで、普段の学校生活以外の予定は毎日冷蔵庫に掛けられているホワイトボードに記入することになっていた。これは守護者の使命として、宿り魔が出た際にお互い何処にいるかがわかるようにするためだ。一人が手隙でない場合、もう一人が退魔に向かう。今まで学校外で宿り魔が出現したことはほとんどないが念には念を入れる必要があるのだ。それこそ先日キツネ面の少女が出た例もある。用心するに越したことはない。

つまり四季もそろそろ家に戻っている頃だろう。今日は外出すると予め言ってあったのでなんら問題はないと思うが。

和真が洗面所から戻ると多加江が二人を見て思い出したように手を叩いた。

「来月修学旅行じゃない! 美都ちゃん、和真のことちゃんと見ててね!」

はたと思い目を瞬かせた。そういえばそうだった。すっかり中間考査のことで頭がいっぱいだったがそれが過ぎればすぐに修学旅行が待っているのだ。中学3年間の総括というには時期が早い気もするが3年生は受験が控えているため止むを得ない。それに旅行という割にはあまりにも。

「たかだか鎌倉じゃはしゃがねーよ」

「そんなに遠くないしね……」

公立ということもあってか第一中学は例年、東京からほど近い鎌倉が旅先になっていた。旅行というより遠足だという抗議の声があがったことはあったがその分自由行動の時間が多く割り振られているため学生たちは渋々了承していると聞いたことがある。

「いいじゃない鎌倉。あ、お土産ピックアップしておかなきゃ。和くんちゃんと買ってきてね」

「へいへい」

「んもう。美都ちゃんに迷惑かけちゃダメよ!」

母親の言葉にげんなりとしながら答える姿を見て、美都自身苦笑せざるをえない。なぜなら多加江はまるで同じ班であることが前提で話を進めているからだ。幼馴染で腐れ縁であるとは言えまさかとは思っているがそれは班決めになるまでは分からない。しかし予感のようなものがあるのも確かだ。まあ見知らぬ相手よりも気の知れた幼馴染の方が行動しやすくはあるが。

しばしそんな思考に耽っていたが和真が帰ってきて思い出した。ふいに時計を確認する。

「わたしそろそろ行きますね」

「あらもう? あっという間だったわねぇ。和くん送ってあげて」

「どうせすぐそこだろ」

「文句言う子にはご飯あげません!」

部活から帰ってきた和真はさぞ腹を空かせているはずだ。それを見越して言うのだから一家の食の権利を握っている者は強い。

止む無しと言った表情で和真は渋々と多加江の指示に従うことにしたようだ。その会話がなんだか懐かしくて彼には悪いがつい顔が綻んでしまう。

美都は多加江からお菓子の包みを受け取りお礼と感想を伝えると、会釈をしてリビングを後にした。「またいつでも来てね」と言う多加江の声を耳にしながら、その後ろを和真がすごすごと付いてくる。

送る、と言っても本当に大したことはない。何せ中原家と常盤家は隣なのだから。それでも和真は律儀にも玄関を開けて門先まで付いてきてくれた。

「わざわざごめんね」

「来てくれてマジで助かった。これでまたしばらくは保つわ。サンキュ」

今回の訪問は元々和真からの依頼だった。しかし美都にとっても久々に多加江に会えて嬉しくもあった。お礼を言われることではないのだ。

さてこのまま常盤家に移動しようと門に手を掛けたところ、和真が思い出したように訊ねる。

「お前さぁ、最近愛理に連絡してる?」

「愛理? そういえばしてなかったなぁ。なんで?」

久々に聞く名前に思わず振り返る。愛理とは共通の幼馴染だ。家族の都合で海外を転々としており、新年に会ったきりになっていたことを思い出した。なぜ唐突に彼女の名前が出てきたのか不思議に思ったため聞き返したところ、苦い顔を浮かべながら和真が口籠もった。

「いや、なんでも……。まぁ気が向いたら連絡してやれ」

「? うん、わかった」

確かにここ一ヶ月あまりにもバタバタしすぎていたため連絡が疎かになっていた。報告することも溜まっている。彼の言葉に素直に頷いた。和真の反応が気にはなるところだがひとまず留めておくのもしのびないので「じゃあまた学校で」と言い残し美都は中原家を後にしたのだった。





常盤の家の前に立ったのはあの日以来か。守護者になった日の夜。あの日はただ外から眺めるだけだった。

実に一ヶ月ぶりの帰省なだけあって少し緊張する。鍵を取り出し深呼吸した。

何時頃行くと伝えてあるので恐らく家にはいるはずだ。インターフォンを鳴らせばよかったのだが自分で鍵を持っているためわざわざ呼び出す必要もないだろう。

美都は鍵を解錠して玄関を開けた。開けた瞬間、懐かしい香りが鼻に届く。

「……ただいまー」

控えめに声を発した。9年間この家で暮らしていたはずなのになんだかくすぐったい。その声を聞きつけたのかリビングに続く扉が思いきり開いた。

「美都!!」

今にも泣き出しそうな声で自分の名を呼んだのは、背の高い男性だ。美都を見るなり先程の多加江と同じ要領で彼女の元へ駆け、強く抱きしめた。

「おかえり!」

「ただいま司さん」

既視感のようなものを覚える。つくづく司と多加江は表現方法が似ているなと感じる。

司とは血が繋がっていないものの9年もの間ともに暮らしていただけに、気兼ねなく触れ合える仲だ。信頼関係はしっかり出来ている。なので大人しく抱き締められていたところ、司の背後から歩いてきた円佳がスパンっと彼の頭を叩いた。

「暑っ苦しい! いつまでそこにいるの」

「痛いよ……だって久々の美都なんだよ」

「中でやりなさい中で」

司は涙目になりながら控えめに円佳に抗議する。この夫婦の力関係は変わりないらしい。

ふっと息を吐いて微笑む。司越しに円佳を見上げた。

「……ただいま、円佳さん」

「おかえり。早くあがんなさい」

美都と目線を交わし、微笑んで円佳がそう言った。その表情にホッと胸をなで下ろす。

靴を脱いで勝手知ったる廊下を円佳と司の後に続いて歩いた。

先程司が開いた扉からリビングに入ると懐かしい光景が広がって思わず息を吐いた。たった一ヶ月なはずなのに随分長いこと帰っていなかったように感じる。キッチンを見回すと作りかけの食材が目に入った。

「もうちょっとで出来るから待ってて」

「うん。あ、多加江さんからお菓子もらったよ」

「えーまたぁ? 昨日も持ってきたのよあの子」

「いいじゃん、おやつにしようよ」

どうやら多加江は随分気合いを入れていたようだ。今日食べたものは作りたてだったので昨日とは別物だろう。さすがだなと感心する。円佳は一見迷惑そうにしているが彼女にとっては慣れたもののはずだ。昔からこの光景を目にしてきた。なんだかんだ言って多加江が作ったものは美味しいので食後のデザートとしてよく食卓に上がったものだ。

「ちょっと部屋行ってるね」

荷物をリビングに置いて颯爽と扉を出て階段を駆け上る。2階の一番奥の部屋。そこが元々自分の部屋だった。ドアノブを回してそっと中に入る。

あの時のままだ。あの日のまま。弥生に会いに行った日。それ以来ここには帰っていなかった。それでも綺麗に保たれているので円佳が掃除してくれていたのだろう。変わったことと言えば勉強机にあった教科書類がごっそりなくなっていたことだ。

(ほんと……どういう原理なんだろう)

なくなっている教科書は全てあのマンションにある。まるで瞬間移動でもしたのかのようだ。こういうところにファンタジーを感じる。否、守護者のことの方がよっぽどファンタジーなのだが。

思わずベッドに仰向けに寝転ぶ。やはり自室が一番落ち着くものだ。この一ヶ月は目まぐるしく変化する日常に慣れるのに必死で息つく暇もなかった。ようやく本来のペースを取り戻せつつある。

懐かしさに安心してしまう。何も変わらない円佳と司の会話。自分がここで生活していたことを思い出してふっと息を吐く。

(……やっぱり、ダメだな)

この安心感は。落ち着きすぎてしまうのは良くない。名残惜しくなってしまうから。ご飯を食べたら早く帰ろう。ひとまずマンションに持って帰らなければいけないものをピックアップしなければ。

「──っ!」

宿り魔の気配だ。美都はハッと上半身を起こした。しかしこんな昼間にも出るものなのかと一瞬不審に思う。またあの妙な気配なだけかもしれないと思ってしばし気配を追った。

(また……キツネ面の子だけとか……?)

気配は一向に消えない。ならばこの考えが一番近いだろう。そうだとしたらなぜ?また話をするために誘導しているのだろうか。

今日は一応四季に任せてある。だから問題は無い。しかし今自分がいる位置の方が圧倒的に気配に近い。

「……っ!」

美都は自室の扉を開け飛び出した。一目散に階段を駆け下りる。ひとまずは円佳に言わなければ。帰ってきて早々どう説明したものか。リビングの扉を開けキッチンにいる彼女へ向かう。

「円佳さんっ!えぇっと……!」

「いってらっしゃい。冷めないうちに帰って来るのよ」

「え? あ、うん……! ちょっと行ってきます!」

説明するより先に何か把握したように送り出す円佳の言葉を受け、美都はリビングを後にした。一瞬見えた司の顔は少し呆気にとられていたようだったが彼への説明は帰ってからだ。

常盤家から出て気配のする方に足を向かわせる。そう遠くはない。やはり自分が走って正解だ。あの家からだとたとえ四季と言えど少し時間を要するだろう。

「──……っ!」

そんなことを考えながら走っていた時だった。急に気配が変わった。今度は本当に宿り魔だ。先程の気配はブラフなのだろうか。

とりあえずはいち早く向かうしかない。宿り魔が出現した以上そこには対象者がいるはずだ。その子を守らなければ。

気配が近くなり巴として衣を纏う。辿り着いた場所に目を見張った。

ここは守護者の力が覚醒する前、初めて宿り魔と対峙した公園だ。何か因果でもあるのだろうか。スポットの境目を確認しそこから一気に切り込んだ。

反転された世界に入る。同時に少女の慄くような悲鳴が聞こえた。

(──……衣奈ちゃん!)

その少女の顔を確認し、声が出そうになるのを思わず堪える。まだ意識がある。だが彼女の目の前には宿り魔が差し迫っていた。剣を呼び出し一直線に宿り魔へ向かう。

「はっ──!」

巴は手にしている西洋風の剣を振りかざした。対象者にしか目がなかった宿り魔は、隙を突かれ巴の攻撃を諸に食らい雄叫びを上げる。

間に合った。巴は宿り魔の前に立ちはだかると背後の衣奈に指示を出す。

「下がって……! 大丈夫だから!」

「な、なに……?」

起こっていることを把握しきれず衣奈はただ動揺して声を震わせた。その反応も頷ける。何せ目の前には見たこともない怪物がいるのだ。

『オノレ……オノレェ……!』

痛みに悶えながら巴に恨めしそうな声をぶつける。再び手を出される前に退魔しなければ。そう思った瞬間、宿り魔が手を伸ばし攻撃を仕掛けてきた。三角定規が一斉に向かって来る。

「……っごめん!」

避けきれないと判断した巴は咄嗟に後ろを向いて衣奈を抱えるとその身体ごと地面に押し倒した。衣奈から小さく悲鳴が上がる。荒いやり方なのはわかっているがあのままでは共倒れだった。

なんとか自分を下にして衣奈を庇う。無事かどうか確認するため彼女を見るとどうやら気を失ってしまったようだった。

『邪魔をするならお前も容赦はしない!』

「っ──!」

衣奈の身体を離し自身の上体を起こす。彼女に心の中で謝りながら再び宿り魔と対峙した。好都合だ。自分に関心が集まる方が衣奈から宿り魔を遠ざけやすい。対象者を抱えながら戦うのはさすがに難しいものがある。

それでも彼女を無防備にはさせないよう注意を払わなければ。そう考えながら剣を構え、宿り魔に向かった。

「やあっ!」

自分に向けられる攻撃を避けながら、剣を振りかざす。切っ先が触れる感覚があった。しかし宿り魔も怯むことなく再び攻撃を再開する。その繰り返しだ。次第に巴の息が切れ始めた。

(──……強い……っ!)

まだ目的を果たしていない執念からかいつも以上に手強い。しかし引くわけにもいかず巴は荒い呼吸を繰り返した。

「巴っ!」

「!? 静……!」

背後からする声に反応する。相方である静が加勢しに駆け付けてくれたようだ。巴は彼の姿を確認すると安心して胸を撫で下ろした。対象者を目で追う静に状況を説明する。

「大丈夫。まだ取られてない」

「──そうか、よくやった。お前は彼女の介抱を頼む」

「わかった」

静は瞬時に冷静な指示を出した。巴の状態を見て退魔を引き受けてくれたようだ。対して宿り魔は対象者に近付けない悔しさと邪魔者が増えた事実に苛立っているようだ。静はその手に銃を呼び出すとすぐに宿り魔に向けて発砲した。

銃弾が身体を掠め、宿り魔は咆哮する。相変わらずこの声は慣れない。そう思いながら衣奈の元へ走り彼女を抱えた。

「天浄清礼!」

視界の端で静が退魔する声が聞こえる。やはり彼が来ると早い。

宿り魔は仰々しい断末魔を上げその場から消滅した。事が起きる前に退魔出来て安堵の息を漏らす。憑代は筆箱のようだ。その横には割れた胚が排出されている。

「怪我は?」

「平気。ちょっと疲れただけ」

「なら良かった」

そう言って静は巴を気遣ったあと、対象者を抱える役割を交代した。初めて会ったときと動きが重なる。あの時はまだ守護者がなんなのかわからなかった。力が覚醒してようやくこうして戦えるようになった。

そんな感慨に浸っていると、静が衣奈をベンチに座らせた。彼が踵を返すと巴もハッと我に還る。間も無く空間が戻るのだ。二人は衣奈を背にしてガラスが割れる音と共に身を投じた。





(大したものね)

この間よりも動きが鋭敏になっている。自分が付けた傷はもう治っているようだ。

キツネ面の少女は二人が去るのを確認してその場に姿を現した。先程の戦闘を思い出しながら物思いに耽る。

やはり二人揃うと厄介だ。単体ならば動きを抑えることは出来そうだが少年の方は小慣れている。加えて彼の武器は飛び道具だ。

ならばやはり弱点は少女の方だろう。立ち回りは良くなってきたがまだ少年より付け入る隙がありそうだ。それに前回揺さぶりを掛けた時に確信した。彼女にはまだ迷いがある。宿り魔には躊躇いはないが対人間だと剣を向けることに抵抗があるのだろう。

キツネ面の少女は顎に手をあてると不敵に微笑んだ。

今はまだ遊ばせておいても問題ないだろう。それに少女の方はあてにできる。彼女は無意識に人を寄せ付ける力に長けているのだから。案外所有者は早く見つかるかもしれない。

「──頼りにしてるわよ、月代さん」

少女は一人、美都の名を呼ぶ。彼女の預かり知らないところで不穏な影が蠢いていた。




あとちょっと続きます。

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