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それは宣戦布告に似て



(知ってた。知ってたんだけど──……!)

自分の浅はかさに頭が痛くなる。

自室のベッドで枕に顔を埋めながら自分の行動に恥ずかしさを覚える。例え言い合いになったとして、帰る場所は一緒なのだ。それに守護者のことがあるから何日も顔を合わせないというわけにいかない。

先程四季が帰ってくる音が聞こえて現実に戻された。自分の思考力に足をばたつかせる。

ひとしきり暴れたあと、はぁと溜め息をついて仰向けになった。

せっかく高階に借りたCDを聴いて心地よい気分でいたのに自分ときたら。己の幼さに深く反省する。

確かにこれでは頼りにされない気持ちもわかる。

意地を張っていても良い事なんてひとつもないのにと眉間にしわを寄せたとき、ふと耳触りの良い音が聞こえた。

起き上がって机に手を伸ばしCDのケースを手に取る。そして再び仰向けに倒れジャケットの裏面を目で追った。先程『愛の夢』が流れていてそこから確か2曲ほど聞いたはずだ。となるとこの曲は──。

(ドビュッシーの『月の光』……かな)

ひとつひとつの音が繊細で幻想的に聞こえる。タイトル通り、月の光の儚さを表したような曲だ。

高階から借りたこのCDにはクラシックのピアノ曲が複数収録されている。帰宅してから勉強をしながら流していたが、彼の言うとおり確かに集中できたかもしれない。

連休中にたくさん聴いて、休み明けに彼にお礼を伝えようと思ったとき枕の横に置いていたスマートフォンから着信音が鳴った。

連絡を取り合っていた衣奈からかと思ってCDケースと交換するようにして画面を確認したところ、予期せぬ差出人からのメッセージだったため目を見張った。

(めし)

と1文字、なんとも単純明快な単語で送ってきたのは同居人の四季だった。

帰ってきて早々キッチンの方で物音がしていたので食事を作っているのだろうなとは思っていた。

だがいつもなら特に呼ばれもしない。基本的に個々で食事を摂っているため作り置きしてあるものを食べる。そのスタイルのはずだ。

わざわざ連絡してくるくらいなのだから何か言いたい事があるのだろう。しかし昼間のことを考えるとどうしても苦い顔をせざるを得ない。

一時考えた後、同じく短めにこう返信した。

【あとで食べる】

息を吐いて電子機器を持ったまま寝転んだ。

だいだい同じ家にいるのだから直接呼びに来ればいいのに。

渋い顔をしていると間髪入れずにまた着信音が鳴った。再び四季からだ。

再度短文で簡潔に綴られていた内容はこうだ。

【作りたてを冷ます気か】

「…………」

これにはさすがに罪悪感を感じざるを得ない。食事に罪は無い。食材も可哀想だ。

それにいつもと違う感情を使ったおかげで空腹さも増している。だからと言ってここで折れたら負けな気がする。

しばし唸るようにして無駄な抵抗をした。

食事で釣るなんてずるい。そう思いながら結局ベッドから起き上がった。

(そもそもなんにも勝負なんてしてないんだけどさ)

言うなれば意地の張り合いだ。主に自分の。

しかしこういう機会でもなければ面と向かって話し辛くなりそうだというのも理解している。

決して食事に釣られたわけじゃないと自らに言い訳し、美都は自室の扉を開いた。

灯りのついていない廊下をとぼとぼと歩くとすぐにリビングダイニングだ。開けた空間にたどり着いて少し先にあるキッチンで手を動かす四季が目に入った。

何事も無かったかのように料理を作り続ける彼をむすっと見つめる。

ようやく美都の気配に気が付いたのか、四季が顔を上げ彼女を確認すると「うわ」というような表情をしたのち息を長めに吐いた。

「悪かったよ。そんな顔すんなって」

「……どうせいつもこんな顔だもん」

鏡を見ていないので自分がどんな表情をしているのかわからないが、四季が溜め息を吐くくらいなのだろう。そのままゆっくりとダイニングテーブルの方へ歩く。

尚もキッチンで動き回る四季を見て渋々と言葉を続けた。

「……何かお手伝いすることありますか」

「いいから座ってろ。それとその変な敬語やめろ」

常盤家では働かざる者食うべからずだった。料理は主に円佳が作ってくれていたが食器類の準備は自身が行っていた。

そのため今も猫の手くらいにはなるかと思って声をかけたのだが、あえなく一蹴されてしまいすごすごといつも自分が座っている席に腰掛ける。

テーブルを良く見ると既にほとんどの用意はされていた。確かにこれでは自分の出る幕はない。

そしてその品数に目を見張る。部活から帰ってきてよくぞここまで作れるものだと変な感心をしてしまう。

そんなことを思っていると最後の料理を盛り付け終えた四季が手際よく皿を運ぶ。

2度ほどキッチンとテーブルを往復して、程よい量のご飯がよそわれた茶碗が目の前に差し出された。

驚いて目を瞬かせた。本当に自分にとってぴったりの量なのだ。数回しかともに食事をしていないのに良く見ているものだ、とエプロンを外す四季を見てまた感心した。

彼が席に着いたのを見て、目の前の食材に感謝しつつ手を合わせる。

彩りのある料理に手を付け一口含んだ。

「……美味しい」

美味(うま)いのになんでそんな顔されなきゃならないんだ」

そんな顔、というのは眉が下がっているからだろう。四季の言う事ももっともだ。しかし先程とは違いこの表情については説明が出来る。

怒っていた相手が作った料理が美味しい。空腹を前に怒りの感情は勝てないのだと悟った。だが素直に喜ぶのもなんだか癪だなとまた子ども染みたことを考えた結果の表情だ。

はあ、と一息ついて食べ進める。

「四季は良い主夫になると思うよ」

「……それは褒めてんのか?」

「褒めてる」

手に付ける料理全て、非の打ちどころがない。これだけ作れるのであれば確かに自分の料理では物足りないだろう。

そう素直な感想を述べたところ、今度は向かいに座る四季が呆れたように息を吐いた。

「────悪かった。ごめん」

「……何の『ごめん』?」

ふいに告げられる謝罪の言葉に、じっと彼を見てその意味を問いただす。自分でももはや何に対して怒っていたのか忘れかけていたが確かいろんな事象が重なっていたはずだ。

そう返されると思っていなかったのか四季は難しい顔をしてしばし考えているようだった。

「昼間のこといろいろ」

思い当たる節が多かったのかはたまた説明が面倒だったのかはわからないが、結局まとめられてしまった。

自身としてもすべての事を列挙したかったわけではない。だがこのあとの説明如何では納得は出来ないと思いつつ彼の言葉を待つ事にした。

「怪我のこと、心配しすぎだって言ったのは本当だ」

「……あんなに蒼い顔してたのに?」

「試合中は痛み止めが効いてた。言う程無茶なことはしてなかったんだ。それに自分の身体のことは自分でよく解ってる」

四季は思い返すように、昼間の経緯を話し始めた。

確かに試合中の顔色は良かったように思える。和真が指摘していたのはプレーの問題だ。ならそこに口出しは出来ない。

そのまま四季は少し渋い顔をした。

「元より悪化したら自分で言い出すつもりだった。のにタイミング悪く保健室にお前がいただろ」

「そうだけど、なんでそれでタイミングが悪いの?」

四季の言葉の意味を図りかねて質問を返すと思いきり溜め息を吐かれた。

自分の反応に彼の眉間にしわが寄る。

「お前、この怪我自分のせいだと思ってるだろ」

「? うん」

「お前が俺の立場だったら、心配されるのがわかってる奴のところにわざわざ行くか? おまけにその原因が自分だと思ってるんだぞ。責任被せにいってるようなもんだろうが」

はたと目を瞬かせた。

確かにその通りだ。もし自分が四季の立場だったら。責任を感じている者のところに痛みを訴えには行けない。行ったところで「お前のせいだ」と責任感を倍増させてしまうからだ。

四季の言う事は正しい。つまり彼は遠まわしに自分を気遣ってくれていたのだ。

だんだんと四季の言う事が腑に落ちてきた。同時に申し訳なさが押し寄せてきてふいに謝罪の言葉が口から出る。

「……ごめんなさい」

「謝ることじゃない。言ったろ、タイミングが悪かったって。それに怪我にしてもそうだ」

食べ進めながら尚も自論を述べる四季の言葉に首を傾げた。

「対象者を庇ったのは守護者として正しかったよ。だからお前が責任を感じることじゃない」

「……うん」

「瑛久さんの言うとおり、男の方が頑丈に出来てんだ。それにお前に怪我なんてさせた日には俺が凛にどやされるんだから」

四季の考えていることを改めて聞いて、自分を省みた。

彼はずっと自分のことを気にしてくれていた。それなのに自分ときたら。四季の事を考えているようで自分のことしか考えていなかった。大袈裟な心配は逆に負担になる。

そんな考えまで及ばず余計な気遣いをさせてしまった。そう思って肩を落とす。

「やっぱり……わたしは頼りないかな……」

目を伏せながら思った事を口に出す。

今の四季の話を聞いて、確かにこれでは頼りにされないかもしれないと思ってしまった。

しかし自分も守護者だ。一人で背負わせるようなことはしたくない。

美都の呟きを聞いて、四季は一呼吸考えた後おもむろに口を開いた。

「昨日キツネ面の話をしたときさ、お前回答から逃げただろ?」

「──!」

核心を衝かれてドキリとした。

昨日四季に「キツネ面と戦えるのか」と問われたとき明確な答えが出せず曖昧にしたのだ。

キツネ面の少女が宿り魔で無く人間だった場合、果たして剣を向けることが出来るのかわからなかった。

彼はその時の美都の反応に何か感じるものがあったらしい。

「口ごもるのも理解は出来る。だけど、あいつとはいずれ真正面から戦わなきゃいけなくなるはずだ。俺がいるときはいいけど、もし一人だったら? その時お前はどうしても防戦一方になる」

箸を止めて四季の考えを受け止める。彼の言っていることは正しい。

もし彼女がただの人間であった場合──そして自分に何も覚悟が出来ていなかった場合、攻撃は出来ないだろう。

「さらにだ。最悪、あのキツネ面が知り合いかもしれないという可能性を拭いきれない」

「! そんな……」

「わざわざ制服を着てるくらいだ。牽制のつもりか知らんが可能性としては充分に高い。案外身近なやつかもしれないだろ」

言いながら四季も箸を止め、険しい表情を覗かせた。可能性を語っているにすぎないのだが、彼の言うことだって大いにあり得る。自分がそこまで考えられなかっただけだ。

第一中学の生徒。もしかしたら知り合いかもしれない。そんなこと現実には考え難い。

「弥生さんたちの話を聞いたとき真っ先に思い浮かんだ。んで直後にこれだ」

「弥生ちゃん?」

「この間ご飯食べてたときの話だよ。俺たちの正体がばれてないにしろ第一中の生徒ばかりが狙われるのは異常だろ。だとしたら主犯格が近くにいてもおかしくないって話だ」

「! そんなことまで考えてたの?」

先日弥生たちと会食した際、各々の意見を話す場となっていた。

一通り議論を終えた後、四季が無言で何か考えていたのはこのことだったのだろうか。

やはり彼は頭の回転が早い。先を見通す能力に長けている。自論を述べ終えると四季は再び料理に手を付け始めた。

「だから諸々覚悟はしておいた方が楽だぞ。お前の出方次第では頼れるものも頼れなくなるだろ」

「そっか……そうだよね」

はぁ、と少し長めの息を吐いて目を瞬かせた。

よもやここまでの話になるとは思わなかったからだ。

「……うん。いろいろ考えておく」

四季に倣うように、自身もまた箸を動かし始める。

すっかり彼の考えに圧倒されてしまった。そのどの論理にも納得がいく。頼りになるとはこういうことだ。頼りにされたければ納得のいく行動を示さなければ。

美都は自分自身に言い聞かせながら静かに頷いたあと、まだ残る疑問に関して小首を傾げた。

「でも、それと愛想ないのとは関係ないよね?」

口に出した瞬間、四季がギクリと苦虫を噛み潰した顔をした。居心地の悪そうに顔を背けて目線を逸らす。

さもその話題を避けていたというような雰囲気を醸し出しながらしばらく無言になる。

しかしじっと彼の言葉を待つ美都の視線に耐えきれなくなったのか、観念したように彼は大きく息を吐いた。

「あのな。家で愛想良くしてもしょうがないだろ」

「……わたしには不要ってこと?」

「勝手にネガティブな解釈をするな。そんなこと思ってるなんて知らなかったんだ」

言い訳がましく──否、言い訳なのだろうが──四季が思っていたことを口にするとそれに噛みつくように美都が言葉を返した。

家と学校で態度が違えば気にもなるだろう。むすっとしたまま尚も彼の言い訳を聞こうと次の言葉を待つ。

その表情を見て四季は呆れ気味に呟いた。

「その顔やめろ。飯が不味くなるだろうが」

「もう食べ終わるよ」

「……俺が小動物いじめてる気分になる」

小動物、という単語を聞いて目を瞬かせた。

和真の「妹」という表現もどうかと思うが四季から見た自分は小動物に見えるのか。

まだ人間扱いされた方がマシだった。

「……どうせ蛙だもん」

「お前の想像する小動物は両生類なのかよ」

「わたしだってもうちょっと可愛い動物が良かったよ」

「はぁ?」

昼間の出来事の後、自分で例えた表現の蛙を思い出してしまった。蛙を小動物と分類すべきなのはわからないが。

美都の表現に四季は心底意味がわからないという表情を浮かべた。確かに自分で蛙だと言い出しておきながら他の動物が良かったなんて思考が読めるはずない。

話が脱線してしまったが結局四季の意図は読めていない。

彼もそれに気づいたのか何度目かの浅い息を吐いて自分の意見を主張する。

「それに、俺の事言うならお前だってそうだからな」

「何が?」

「家じゃ学校みたいに笑わないだろ」

「そ! ……う、かな……」

指摘されて否定しようと思い自分の家での過ごし方を省みた。さもありなんと思って顎に手を当てる。

その間に四季の方が先に食べ終えたようで食器を片しながら席を立った。美都の反応を見ながらそれ見たことかとつついてくる。

「な。無自覚だろ」

「……じゃあおあいこね」

「はいはい」

半ばあしらわれた感じが残るが止む無しだろう。互いに無自覚だったというところが妥協点だ。

美都はまだ皿に残る食事を口に含みながら反芻する。

なんだか今日は初めて四季とこんなに会話した気がする。今までは互いの思考が読めず手探りだった。そのためどっちともとれず、怒ることもいなすことも出来なかった。

彼が守護者のことについて考えていたことを聞けてよかった。むしろ同じ守護者である自分がもう少し考えるべきだったのか。反省すべき点が山ほどある。

「会話が足りなかったよね、今まで」

美都がおもむろに思ったことをポツリと呟いた。

キッチンに回りこんでいた四季がマグカップを携えて戻ってきたかと思えば、それを美都の前に差し出した。

中には温かいお茶が注がれている。お礼を伝えて彼を見つめると四季は踵を返しながら口を開いた。

「お互いに遠慮しすぎてたな」

美都の言葉に四季が同意する。

干渉しすぎないように、と互いに同じ事を思っていたのだろう。よく今まで過ごして来れたものだ。

話し合えば個人で見ていたものがこんなにもはっきり見えてくる。逆にしなかったらギクシャクしたままだった。

「ちゃんと会話しよう? これから。遠慮せずにさ」

振り向いてキッチンにいる四季を見る。

カップを片手に食器棚にもたれるようにして立っていた四季は、美都の提案を耳にすると小さく頷いた。

「……そうだな」

四季の同意を得られてほっと胸を撫で下ろすと再び姿勢を戻した。

よかった。子ども染みた意地を張ってしまったが、今日昼間にあったことは無駄じゃなかったのだ。

最後の一口を食べ終えてカップに手を伸ばす。

「──ねぇ」

そういえば、とまだ疑問に思っていたことがあったなと脳裏に浮かんだ。

今の流れなら聞いてもいいだろう。そう思って美都はその疑問を口に出した。

「四季って彼女いるの?」

瞬間、後方でまるで飲んでいるものが気管支にでも入ったかのような咳き込む音が聞こえた。

何事かと思って振り向くと四季が苦い顔をして片手で口を押えていた。

「え、なに、大丈夫?」

「──……なんで」

心配して声をかけたのをよそに、怪訝そうな顔をして同じく疑問形で返された。

これは「なぜそのようなことを訊くのか」という意味だろうと解釈して、考えていたことを素直に答える。

「いたら相手の子に悪いかなって」

美都の回答を聞いた四季はこれ見よがしに深く長い息を吐いた。

崩しつつあった体勢を整えて頭を抱える。

その仕種の意味がわからず美都は小首を傾げた。

「……いたら一緒に暮らしてない」

「だからそれは、わたしが来る前ならそう出来たかもしれないけど来てからじゃどうしようもないでしょ?」

「──出来たとしてもお前には言わない」

「な……!」

昼間の出来事を繰り返すかのようだったがあの時よりも冷静だ。

そう思って美都が諭したところ四季が目線を逸らしながらぶっきらぼうに返してきた。

「もう! 今会話しようって決めたばっかりじゃない!」

「お前が変なこと訊くからだろうが! 今はいない、以上だ!」

納得がいかず抗議の声を上げたところ、それにつられるようにして四季が反論する。更に被せようとしたがひとまず現状気になっていた情報を得られたので寸でのところで口を噤む。

四季もこれ以上は言う事はない、という口ぶりで話を終わらせた。だがやはり彼の返しが腑に落ちず頬を膨らましてしばらく無言の抵抗をしたのち再び背を向けた。

「……ったく、それ飲み終わったら食器下げて来い」

背を向けたままの美都に、四季が呆れ気味に声をかける。

「自分で洗うよ」

「フライパンとか他にも洗う物あるんだよ。ついでだ」

普段は自分で使用した分は各々洗う事になっているのでそう伝えたところ、四季がそれを見越していたのか説明を加えた。

だからずっとキッチンに立っていたのだろうか。なるほど、と思って残り少なくなったカップの中のお茶を飲み干す。

「ごちそうさまでした」

そう言って立ち上がると調理した本人から「お粗末様でした」と返答が来る。

毎日四季が食事当番の方が美味しい料理が食べられるなと考えたが、それだと自分の腕が上達しないからダメだなとすぐに思い直す。

「わたしも四季くらい作れるようになりたいなー」

「人には得手不得手があるんだろ」

「そうだけど……今のところ不得手が多すぎるような気がして」

使用した食器を重ねてキッチンまで運んでいると、先日弥生たちの家でした会話を覚えていたのか、四季が美都の使った言葉で諭した。

不得手が多いというよりも得手が少ないと表現すべきか。

渋い顔をしていると見かねた四季がフォローするかのように呟いた。

「飯くらいならいつでも作ってやるよ」

「ほんと?」

その言葉とともにパァと明るくなる表情の美都を見て、キッチンで立って待っていた四季は目を丸くした。

何かを思うようにすぐに視線を逸らすと浅く息を吐いた。

「単純だな」

「もう! 言い方!」

先程と打って変わってすぐにむすっとした表情を浮かべると四季は軽く笑う。

確かに我ながら単純だとは思う。否、単純では無くて素直という表現を使ってほしいものだ。結局美味しい料理には勝てないと解ってしまった。ご飯につられたと言っても間違いではない。

怒っていたはずなんだけどな、と食器を洗面台に置き手を洗っていたところすぐ横に影が出来た。

気付いて顔を横に向けると、空になったマグカップを調理台に置いたまま尚も手を離そうとしない四季が体勢をこちらに向けて隣で立っている。

邪魔だっただろうかと手を洗い終えた後、彼の方を向いた。

「……四季?」

何も言わずにただじっと目を細めて四季は美都を見つめた。

その意図が解らず、美都も小首を傾げて見つめ返す。

しばらくして彼がおもむろに口を開いて言ったことは。

「────遠慮……しないからな」

美都を真っ直ぐに見据えて四季が呟いた。その言葉に美都は思わず目を見開く。

わけもわからず、心音が一つ高く鳴った。いつになく真剣な声で話す四季に、保健室での出来事が重なる。

あの時感じた雰囲気と同じような気がして。目を逸らすことが出来なくなる。

「え、あ……う、うん……?」

なんとか情けない声で言葉を詰まらせながら返す。

確かに遠慮せずにと言ったのは自分だ。だからこう答えるしかない。

四季は美都の反応を見るとふっと柔らかく笑んだ。そしてマグカップを持ち上げると、美都を追い払うように手で合図を送る。

「ほら、風呂入って来い。ここは俺がやるから」

「あ……うん。じゃあよろしく……」

ハッとして我に還り、片づけを四季に任せる。そして自室へと足を向かわせた。

しまった。また蛙になっていた。自然界ならあのまま食べられている。

それにしても、触れられてもいないのに顔が紅潮してくるのはなぜだろう。そう思いながら美都は片手で頬を押さえた。

一方四季は彼女の背中を見送りパタパタと遠のく足音を聞きながら、一人物思いに耽る。

危なかった。触れたら歯止めがきかなくなりそうだ。

思わず口元を片手で押さえた。

(さて、どうしたもんかな……)

級友たちが言っていた通り、彼女は鈍感そうだ。気付かないならそれでもいい。今は。だから宣戦布告にも似た言葉を使ったのに彼女には全く無意味だったようだ。

ここからが茨の道か。主に己との戦いだが。

学校にいるときはまだいい。人の目があるから。保健教諭にも釘を刺されたところだ。

問題は私生活だ。

(……勘弁しろよ)

自分もまだ自覚したてで感情が追い付いていない。それなのに無自覚であの表情は反則だ。

と、ころころ変わる彼女の顔を思い浮かべる。

心臓が早く鳴っている。顔も心なしか熱を帯びている気がする。口惜しいが認めざるを得ない。

四季はシンクに向かって、はぁといつもより深く長めに息を吐くと気を取り直して目の前の洗い物に手を付け始めた。

かくして、弥生たちの預かり知らないところで彼女たちの賭けは当たっていたのだった。




よし。ようやく少女小説らしい方向に。

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