キアラとナン
夕暮れを過ぎた頃、瑞希達はキアラの店を訪ね、片付けをしていたキアラが瑞希の元に飛び込んで来た。
その後シャオにも抱きつくと、新しいカレーを振る舞うから家で待ってて欲しいと伝え、瑞希達は一足先にキアラの実家であるコール商会にやって来ていた。
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「キアラからミズキさんとドマルさんが一緒に来るとは聞いていたが、今日はどういった用件なんだ?」
「キアラの店で働く人材を紹介したいのと、キアラに新しい料理を教えようかと思いまして……」
「……それだけ? 約束のぷりんは……?」
コール商会の代表でもあり、厳つ目の男性がしょんぼりしていても可愛くは無いのだが、悲壮感は漂っている。
「そうそう。今日はプリンはありませんが、お土産代わりにドマルと一緒に新しい甘味を作りますよ。なっドマル?」
「それは本当かいドマルさん!?」
「うぇっ!? は、はいっ!」
「いやぁ! それは楽しみだっ! 今日は泊まって行くだろう!? 材料も好きなだけ使って良いからな!? 私の分はたっぷりと作ってくれよ!」
キアラの親父が大喜びしている事と、たっぷりと作らなければならなくなって困っているドマルが面白いのか、瑞希はクスクスと笑っている。
そうこうしている内に応接間の扉が勢い良く開き、キアラが飛び込んできた。
「ただいまなんなっ! ミズキ、今日は何を教えてくれるんな!?」
「カレーに合う料理だよ。前に言ってた食材が出回る様になるからキアラにも教えておこうかと思ってな」
「じゃあすぐ作るんな!」
「その前に手紙に書いていた人を紹介したいんだが……」
「料理しながら紹介されるんなっ! 早く一緒に料理を作るんなっ!」
キアラは瑞希とシャオの腕を引っ張りソファーから立たせると、ぐいぐいと背中を押して行く。
取り残されそうになった面々はその光景をただ目で追っているが……。
「なにしてるんな? 皆も一緒に来るんな? あ、親父は邪魔するからいらんのな!」
娘の言葉にキアラの親父が凹んでいる中、一行は厨房へと足を運ぶのであった。
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厨房で調理にかかる前に、キアラ、クルル、サランの三人が自己紹介を始める。
「キアラ・コール十三歳なんな! ミズキに教えてもらったかれーを日々極めようとしてるんな!」
「クルル・カーテル十五歳……です。料理人志望……です」
「サラン・モーラと申します。年は十七歳で、ミズキさんには給仕を教えて貰うために付いて来ました」
「クルルとサランなんな? 宜しく頼むんな!」
クルルは差し出された手を握ると、自分の手より小さな手なのに力強い握手に戸惑っていた。
「キアラ……さんは、まだ成人もしていないのに自分のお店を持ってるの……ですか?」
「変な喋り方しなくても気楽にするんな? 親父に借りてるだけだから自分の店とは言えないけど、自分の料理は出してるんな!」
「じゃあお言葉に甘えて……俺より年下なのに店主ってすっげぇよっ! 兄ちゃん、何だよこの子!?」
「すごいだろ? キアラは頑張り屋だからな、料理を教えるのも楽しいんだよ。じゃあ自己紹介も終えた所で、早速ナンを作って行こうか!」
「なんなんな?」
「お前の口調に合わさるとややこしいな……とりあえずはカパ粉焼を進化させた物だと思ってくれ、シャオはドマルと一緒にアイスを作ってくれるか?」
「任せるのじゃっ! ドマル、あっちであいすくりーむを作るのじゃ!」
ドマルはシャオに引きずられる様に場所を移動する。
「シャオだけでも作れるんな? こないだのくっきーも美味しかったんな!」
キアラは大きな声でシャオに伝えると、シャオは嬉しそうに微笑み返す。
「シャオとは何回も一緒に作ってるから大丈夫だ! なら俺達がまず用意するのはカパ粉と酵母。それにヨーグルトとモーム乳と卵、調味料は塩、砂糖、後は植物油とバターだ」
瑞希が調理台に食材を置いて行くと、見慣れない食材に三人が注目していた。
「よーぐるとって前言ってたらっしーに使う物なんな?」
「そうだ! これはモーム乳が発酵してできた物なんだけど、とろみがあって酸味があるんだ。もうすぐキアラも買える様になるからな!」
「ミズキさん、こっちの酵母というのは?」
「こっちも果物を発酵させて作った物だ。これをカパ粉に入れて発酵させるとふっくらと膨らむんだよ。育て方は後で教えるから、キアラにはこの天然酵母を分けてやろうと思ってな」
「本当なんな!? 嬉しいんな!」
「そんじゃまぁ早速ナン作りに取りかかろうか! まずはボウルに卵、植物油、塩、砂糖、そしてヨーグルトを入れて混ぜておく」
キアラは目を輝かせながら一生懸命メモを取る。
「ボウルの中身が混ざったらカパ粉を入れて、溶かしたバターとモーム乳、酵母を入れて練り混ぜていく……」
瑞希はボウルの中身を混ぜ終えると、カパ粉で打ち粉をして丸めてボウルの真ん中に置く。
「兄ちゃん、これで完成か?」
「ここからは少し発酵させるんだよ。おーいシャオ、こっちのでかい鍋にお湯を入れてくれ」
シャオは瑞希の言葉通りにお湯を作り出し鍋に入れる。
シャオが魔法を使えるとは知らなかったクルルとサランが驚いているが、キアラからしたらいつもの事なので瑞希に質問をする。
「この生地を茹でるんな?」
「不正解だ。これはこの生地を入れたボウルを間接的に温めたかったんだよ。あったかい時期ならこんな事しなくても良いけど、今は寒いだろ? 寒かったら生地が膨らまないんだよ。だから暖炉の前とか、熱い濡れタオルでボウルを包んでも良い。人肌よりあったかいぐらいの環境でボウルに蓋をして2、30分ぐらい待つんだ。その時の温度で膨らみ加減は変わるからここら辺は慣れだな」
キアラはふんふんと頷きながらメモを取り続ける。
「さて、それでは待ってる間にキアラはこいつらにかれーを教えてやってくれるか?」
「今日は最近考えたすぐ出来るかれーにするんな! クルルとサランも手伝うんな! ミズキは見ちゃ駄目なんな!」
「はいはい。なら俺はシャオの方を手伝ってくるよ」
瑞希はそう言うと、シャオの方に歩いて行く。
残されたキアラは野菜を調理台に置くと、クルルとサランに指示をする。
「クルルは包丁を使えるんな?」
「皮剥きとか、野菜を切るのは得意だ!」
「ならこの野菜達を微塵切りにするんな。サランは……」
「家庭料理ぐらいなら出来ますけど……」
「ならサランにはこっちの肉を……」
瑞希がキアラに人の使い方なんかは教えた事はないため、あの光景は親の側で見て覚えたのだろう。
瑞希は遠目から見るキアラの姿に先輩らしさを感じ、嬉しくなる。
「ミズキぃ! これ一人でやるのは無理だよ! 手伝ってよ!」
ドマルは氷の中に手を入れアイスが入った筒を回していた。
「はっはっは! じゃあ俺もやるとするか!」
瑞希は笑いながらもドマルを手伝い、アイスを量産していく。
完成したアイスは後で食べるため、筒のまま氷に突っ込んでおく。
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発酵の時間が来た所で、瑞希は離れた場所からキアラに声をかけ、全員が集合した状態でナンの焼成に入っていく。
「さっきより膨らんでるんな! これが発酵なんな!?」
「生地に天然酵母を混ぜたろ? あれがあったかい場所に置いとく事で増えたんだよ。後はこれを千切って鉄鍋に張り付けて焼いていくんだ」
瑞希が生地を広げ終わると、シャオが竃に火を入れる。
シャオは合図も出されていないのに魔法を使うタイミングがわかってる様で、側からみれば正に阿吽の呼吸である。
「これで両面焼けば完成。後はちゃんとしたラッシーも作ろうか? と言っても砂糖を混ぜたヨーグルトを水とモーム乳で薄めるだけだけどな。今日はヨーグルトの酸味があるからシャクルは無しで作るけど、好みで入れても良いぞ」
「よーぐるとってすごいんな〜?」
「カレーとヨーグルトは合うからな、レシピによってはカレーにヨーグルトを混ぜる人もいるぞ?」
「そうなんな!? 覚えとくんなっ!」
瑞希はボウルにヨーグルト等を入れビーターで混ぜる。
「あ、そうそう忘れてた……シャオ、鞄の中にアレが入ってるからキアラに渡してやってくれ」
「くふふ。わかったのじゃ!」
キアラは首を傾げながら、シャオを待つ。
すると近づいて来たシャオから真新しいビーターを数本手渡される。
「こうやってラッシーを作る時とか、食材を混ぜるのに便利だろ? キアラは店でも使うだろうからサイズ違いのを何本か渡しておくよ」
瑞希は混ぜ終わったのかボウルからビーターを離す。
キアラは手渡された自身のビーターと瑞希のビーターを交互に見やり、ビーターを抱きしめながらポロポロと泣き出した。
「えぇ!? なんだよその反応!?」
「くふふふ。キアラの事じゃから嬉しくてしょうがないのじゃ。わしもさっきあいすくりーむを作る時に使ったが、中々便利……「嬉しいんなー!」」
キアラはビーターを抱えながらシャオに抱きつくと、シャオはやれやれといった感じで抱きしめる。
「先輩が後輩の前で泣いてはいかんのじゃ。料理も出来たのじゃからさっさと皆で食事にするのじゃ」
瑞希は二人の頭を撫でながら落ち着かせ、料理を皿に盛り付けていく。
クルルとサランは歳下にも関わらず、さっきまで気丈に指示を出していたキアラが、年相応の表情を見せた事で親近感が高まったのであった――。
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