サランとクルル
――ウォルカに向け、ドマルが馬車を走らせる。
馬車内ではシャオは瑞希の膝に座っており、瑞希は同乗者から質問攻めにあっていた。
「兄ちゃんのお弟子さんはどんな人なんだ?」
「着けば分かるから楽しみにしとけ」
「ミズキさんはどこで働いてたんですか?」
「故郷の飲食店だよ」
ドマルの懸念通り、クルルの他に、サランまでが付いて来たのである。
瑞希はキアラにサランの事は伝えられておらず、急な増員に頭を抱えていた。
「それにしてもサランはあの店を辞めて本当に良かったのか?」
「店主さんも許してくれましたし、それに私は給仕の仕事があんなに楽しく出来たのは初めてだったので、ミズキさんの技術は学んでみたいと思いました!」
「それなんだよな~……」
瑞希がキアラにクルルを紹介しようと思ったのはあくまでも料理人希望だったからだ。
キアラは十五歳になった時に他の街に店を出したいと言っていた。
その時にキアラのやり方を知っている従業員が居れば、店舗を任せても良いし、一緒に連れて行っても良い、しかし、キアラには料理を教えても瑞希の接客のノウハウ等は教えていない。
「ところで兄ちゃん達はウォルカからどこに行くんだ?」
瑞希が悩んでいる所に、また別の質問がクルルから投げかけられる。
「ん? ウォルカでキアラに新しい料理を教えたら、その後はマリジット地方に行くんだよ」
「マリジット地方ですか? それなら山を超える前にタープル村という所がありますよ! 田舎なんですが近くに大きな池があって川魚が食べられます!」
「へぇ~詳しいな? もしかしてその村の出身か?」
「はいっ! 私の家は兄弟が多いので、十五歳を過ぎてから家を出て街で一人暮らしをしてたんです。ただ物覚えが悪いので仕事は慣れませんでしたけど……」
サランはばつが悪そうに苦笑いしながら答える。
「その歳で一人で暮らしてるだけで大したもんだよ」
「十七歳ですから成人はしてますからねっ! 稼業みたいなのもありませんし気楽と言えば気楽ですよ。クルルちゃんは家業の武具店は良いの?」
「私は料理が作りたいから良いんだよ! 武具はつまる所命を奪う物だろ? 私はそれより命を助ける物が作りてぇんだ!」
クルルは八重歯を覗かせながら笑顔を見せる。
「やりたい事があるならそれが一番だよな。今から会うキアラって子も若いのにやりたい事をやってるすごい子だから、クルルの刺激になると思うぞ」
「楽しみだな〜! その人の料理も楽しみだし、兄ちゃんについて来て正解だったな!」
三人が会話をしながら馬車に揺られていると、可愛らしいお腹の音が瑞希の側から聞こえて来る。
「むぅ……ミズキ、そろそろミミカのさんどいっちが食べたいのじゃ」
シャオが瑞希におねだりしていると、御者をしていたドマルがそろそろ休憩にすると馬車を止め、各々は馬車を降りる。
草原に布を広げて、五人は円を描く様に座り、ミミカに渡されたサンドイッチを広げる。
「ミミカのさんどいっちも久々なのじゃ!」
「綺麗に作れる様になったよな。コッチはフルーツサンドか? ミミカらしい組み合わせだな」
「兄ちゃん早く食べようぜ! ミミカさんって人も兄ちゃんが教えた料理人なんだろ!?」
「そうだな。じゃあ頂きます」
瑞希とシャオは勿論、ドマルも手を合わせてからサンドイッチを手に取る。
卵サンド、野菜サンド、揚げ物はまだ作らせて無いので、代わりにアピーと生クリームを挟んだフルーツサンドが新たに加わっている。
瑞希は今回手は勿論、口も出していない。
以前の会話でフルーツサンドの様なサンドイッチもあるという話をしただけだが、ミミカは今自分が作れる物を詰めてくれた様だ。
「うんめぇ! 何だよこれ! ミミカさん何者だ!? このパンに挟んでるソースってなんだろ? 酸味もあるけどこってりもしてるし……」
クルルは卵サンドを口にしながら始めて食べたマヨネーズの味を分析している。
「クルルちゃん! こっちの野菜サンドも美味しいよっ! なんか変わった白いのが入ってる!」
サランは野菜サンドに入ったチーズを指差し、クルルに説明している。
そんな中シャオはフルーツサンドを手に取り大きく口を広げてかぶりつく。
「くふふ。甘いのじゃ〜! 時折くるアピーの食感と酸味が嬉しいのじゃ」
シャオはニコニコとしながらいつも通り口の周りに生クリームをつけている。
「ミミカ様も料理が上手くなったよね! これって瑞希は手伝って無いんでしょ?」
「おう。しかもフルーツサンドなんていつかの会話で少し出ただけだしな。甘い物にかける情熱は凄いよな」
瑞希は笑いながら甘い物に執着するミミカの事を思い出す。
「それにしても今朝のミミカ様は大変だったね……」
「バランさんも凹んでたしな……」
前から出発日を説明してはいたが、当日になるとミミカは三人について来ようとしていたのだ。
三人は仕事にしに行くから邪魔をしない様にと、バランが止めようとするが、嫌ですの一点張りで聞く耳を持たず、挙げ句の果てには、邪魔をするバランに嫌いと言ってしまい、バランが落ち込んでしまう。
勿論ミミカも本心では無いのだが、つい口から出てしまった言葉と、その言葉を聞いたテミルが怒り出し、ミミカまで落ち込んでしまう。
親子揃って落ち込んでいる中テミルが出発を促したので、三人は出発しようとしたその時に、アンナとジーニャが渡してくれたのが今食べているミミカが作ったサンドイッチである。
大量に作ったのは自分の他にアンナやジーニャも一緒に行く事を想定していたのだろう。
おかげでクルルとサランが一緒に食べても充分な量が用意されていた。
「帰ったら何か新しい料理でも作ってやろう……」
「そうしてあげなよ。今回は時間もかかるからミズキの料理が恋しくなると思うしさ」
二人がミミカの事を話しているとサランが会話に入って来る。
「あの、ミミカ様ってテオリス家のミミカ・テオリス様ですよね?」
「うっそだぁ! 領主の娘さんが兄ちゃんの教え子ってどんな関係だよ?」
サランの言葉を聞いた事情を知らないクルルが笑いながらサランに突っ込むが、ミズキとドマルは首を頷かせ、シャオは卵サンドを頬張っていた。
「……え? マジ? じゃあこれって本当にミミカ様の手作りなの?」
二人はまた首を頷かせる。
「兄ちゃんって一体何者なんだよ……」
「ただの料理好きな冒険者だよ。ミミカは俺が敬うと怒るからな。自然とこんな関係になっただけだよ」
「いやいやいや! どんな理由だよ! 聞いてるこっちが恐ろしいわっ!」
「もうね、ミズキと一緒にいると驚くのが日常茶飯事になって来るよ」
「ドマルの兄ちゃんもなんでそんなに落ち着いてられんだよ!? つか、これ本当に私達も食べて良かったのかよ!?」
「当たり前だろ? 料理の味を覚えるのも料理人の仕事だ。好き嫌いせず色んな物を食べていけよ?」
「あの、私は料理人志望じゃ無いのですが?」
サランはおずおずと手を挙げながら答える。
「給仕も一緒。料理を説明する時に味を知らないでどうするんだ? サランも食べる事は勉強だと思えよ?」
「「はいっ!」」
クルルとサランは大きな返事を返すと嬉しそうにサンドイッチに手を伸ばす。
二人がまだ食べてないフルーツサンドを食べ始めると、生クリームの美味さに固まるのは仕方がない事だ。
その光景を見たドマルは過去の自分を思い出したのか、ドマルの笑い声で二人が我に返る。
瑞希は再び二人から質問責めに遭いながら、遅めの昼食を楽しむのであった――。
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