クルルの真相
女給が困惑しながら落としてしまった料理を片付けているのに、片付けを手伝いもせずイライラしている男に、席を立った瑞希が男の肩を叩き発言する。
「さっきから食事中にうるさいですよ? 従業員の教育かもしれませんが、俺達客の前でやられると食事が不味くなるんですよ」
「あぁ!? 俺の店だ! 俺のやり方の何が悪い!」
小さ目の声で話しかけた瑞希に反して、男は大声で怒鳴り返す。
二人に挟まれた女給は料理を片付けながらもおろおろと二人の顔を見る。
「この子が注文の提供を間違えるなら、わかりやすい様な仕組みを作れば良いでしょう? あっちだ、そっちだって、この子は貴方じゃないんだからわかる訳ないでしょう?」
「あぁ!? 今までこのやり方でやって来てるんだ! うちの料理が食べたい客だって来てくれてる!」
「そのお客さんの料理が不味くなるって言ってるんですよ。今までこのやり方で繁盛してるなら、こんな殺伐とした空気じゃなかったらもっと繁盛しますよ?」
瑞希は男を怒らせる気は無かったが、一方的に従業員を責め立てるやり方は許せなかったし、繁盛すると言う気持ちは本心だった。
しかし、男は自分のやり方にケチをつけられた訳だから当然怒り出す。
「だったらてめぇみたいな小僧にうちの店が回せるのか!? 出来もしねぇ事をとやかく口にするんじゃねぇ!」
「出来ますよ? 何なら今日の夜にでも手伝いましょうか?」
「はっ! 夜は昼とは違って酒の注文も増えるし、客も増える! やれるって言うならやって貰おうじゃねぇか!」
「ならこの子の力も借りますよ? 出来たら少しは反省してくださいね?」
「へぇぇぇ!?」
急に会話に混ぜられた女給は驚き戸惑う。
「こんな役立たずで良いなら何人でも使え! 俺が居なくてこの店が回る訳がねぇからな! その代わり回せなかったら夜の売上はお前が保証しろよ?」
「や、役立たず……」
店主である男の言葉に女給はしょぼんと肩を落とす。
「そうですね……じゃあ僕が夜の営業を回せたらこの子に謝って下さいね? 彼女は役立たずじゃありませんよ?」
「はっ! 仕事も出来ねぇ奴が役立たずでなくてなんなんだよ!」
「まぁそれは夜の営業で証明しますよ。それより料理が貯まってますが良いんですか?」
「ちっ! てめぇのせいで仕事が止まっちまったじゃねぇか! 小僧逃げんじゃねぇぞ!」
「逃げるつもりはありませんが、少し時間を貰います。すぐに戻りますので安心してください」
男は厨房に料理を取りにその場を離れると、瑞希はしゃがみ込み割れた皿を集め始める。
「口を挟むつもりは無かったんだけど、あまりにも煩かったからつい……巻き込んでごめんね?」
「い、いえっ! とろくさい私が悪いんです……」
「そんな事ないよ……これで全部かな。後は雑巾か何かで拭いて、細かな破片を集めてね。それじゃあ今夜は宜しくお願いします」
「は、はいぃ!」
瑞希はそう言うと席に戻り、出された料理をすぐに平らげ会計を済ませて店を後にする。
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「あの店主と言う男はミズキを馬鹿にしたのじゃから魔法の一発ぐらい食らわせてやるのじゃ!」
「大丈夫大丈夫。あれぐらいの店なら二人で回せるよ。それにさっき話してたシチュエーションの話に繋がる事だけど、あの店にまた行きたいか?」
「料理はさておき絶対に行かんのじゃ! あんな怒号が飛び交う中で飯を食っても不味いのじゃ!」
「な? シチュエーションって大事だろ?」
シャオは瑞希にそう言われ、納得が行ったのか顎に手をやり考え込む。
「ならミズキはあの店を美味しそうに出来るのじゃ?」
「店舗では良い接客から始まって、良い料理に繋げる物なんだよ。今回は料理の問題じゃなくてシチュエーションの問題だからな。女給さんがニコニコしてたら自然に料理が美味しく感じるもんさ」
「わしはどうすれば良いのじゃ?」
「シャオは……お留守番かな? さすがに手伝って貰う訳にもいかないし、武具店で待っててくれよ」
「何じゃと!? わしも手伝うのじゃ!」
「ダメ。約束だとあの女給さんしか借りれないみたいだし、シャオまで手伝わせたらルール違反って言われるかもしれないだろ?」
「うぬぬぬぬ……」
瑞希とシャオは再び武具店に到着すると、男に出迎えられ事情を説明した。
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「――という訳で、その間シャオを預けさせて貰いたいのですが……」
「それは構わんが、兄さんも血の気が多いな?」
「実際に目の当たりにすると、あの店主には気の強い子なら言い返してもしょうがないですよ。俺があの店を手伝うのは完全に成り行きでしたけど」
シャオは二人の話を聞きながら、ミズキに置いてかれるという事にぶぅ垂れている。
「――じゃあシャオちゃんは兄さんの働く姿を見に行くのはどうだ?」
「どういう事じゃ?」
「俺の仕事が終わったら食事がてら、一緒にその店に行けば良いじゃないか。兄さんも客として来るなら文句はねぇんだろ?」
「それはまぁそうですが……」
「行くのじゃ! ミズキの働いてる姿も見たいのじゃ!」
「人を働いてないみたいに言うなよ……じゃあシャオはおとなしくしておけよ? すみませんがシャオを宜しくお願いします」
「おう! 安心して働いてきな!」
「くふふ……いってらっしゃいなのじゃ!」
瑞希はシャオを武具店に預け、再び飲食店へと戻って行った。
そんな瑞希とすれ違いに一人の女性が武具店に入って行く――。
◇◇◇
すっかり辺りは暗く染まり、瑞希は開店前の飲食店の中で自己紹介をしていた。
「改めまして、私はミズキ・キリハラと申します。昼間はお騒がせして大変失礼致しました! 本日だけですが、精一杯働きますので宜しくお願いします!」
瑞希は料理人の三人の女性達と、女給に深々と頭を下げる。
「わ、私はサラン・モーラと言います! よ、宜しくお願いします!」
昼間に怒鳴られ続けていた女給であるサランは、長い茶髪を緩く二つ括りにしているので、瑞希に釣られて勢いよく頭を下げた時に遅れて髪の毛がパサリと落ちた。
瑞希はサランを始め、料理人の女性達と握手を交わし、再び挨拶をした。
一通り挨拶を交わし終えたのを見計らって店主の男が声を出す。
「小僧、約束は今夜の店を繁盛させるだったよな?」
「繁盛するかはわかりませんが、つつがなく営業はさせて頂きます」
「なら俺も商売人だ、会計は全て俺がやるが手伝いはしねぇ。会計の不正をしない事もここに誓おう」
「承知致しました」
「お前等もいつも通りに料理は作ってやれ! あくまでもこいつは客あしらいをしていた俺にケチをつけただけだ! 小僧の妨害等はするな!」
瑞希は意外にも店主にフェア精神がある事に驚いていた。
しかしそうなるとサランの出来が課題になって来るため、サランが一人緊張をしていた。
「はわわわわ……わ、私はどうしたら良いんでしょうか?」
「サランさんはいつも通りでお願いします。その都度指示は出しますので落ち着いてお願いします」
瑞希はにっこりと笑いサランを落ち着かせる。
「約束通りに店が回らなかったら今日の売上の全額を小僧から貰うぞ?」
「わかりました」
「それとサラン!」
「は、はいっ!」
「お前の今までの仕事ぶりで首にしようか迷っていたが、今日が最後だ! 小僧が失敗したらお前も首だ!」
「そ、そんな!?」
「では私が勝った場合はサランさんへの謝罪と、今後の待遇の向上をお願いします」
「はっ! サランの待遇の向上? もしお前が勝ったら従業員全員に今日の売上を全部やるよ!」
瑞希は再び驚く。
この男は従業員や客に対する言動は悪いが、さっきから勝負内容はしっかりとしているのだ。
「それじゃあ私はこの店のメニューの把握をしたいので、サランさん手伝って貰っても宜しいでしょうか?」
「うぇ!? は、はい!」
開店時間までのわずかな時間で瑞希はメニューや店内の把握をしていく。
サランは緊張しながらも覚えの早い瑞希に感心するのであった――。
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