美味いとは?
いざ店に入店すると、慌ただしく女給が走り回っていた。
「だからこの料理はあっちの顎髭のお客さんで、その料理はこっちの女性の料理だ!」
「はいぃぃぃ! 顎髭……顎鬚……あ、いらっしゃいませ! お好きなお席にどうぞ!」
「大丈夫? ならこっちの席に座ろうか」
瑞希とシャオは二人掛けの卓に腰を下ろすとメニューを開く。
「モーム肉……ホロホロ鶏……オークに……メイチ……これは魚か。シャオは何を食べたい?」
「はんばーぐが良いのじゃ!」
「あほ。昨日の夜にチーズ入りのでかいのを二個も食べただろ? それにこの店にあるわけないだろ?」
「ぬうぅ~……なら肉が良いのじゃ!」
「じゃあホロホロ鶏の香草焼きにしようか? 俺はこっちの魚の料理にするか……すみませぇん!」
怒鳴っていた中年の給仕がのしのしと瑞希達の座るテーブルに注文を取りに来る。
「何にする?」
「このホロホロ鶏の香草焼きと、魚の料理をお願いします」
「あいよ。酒は飲むか?」
「お酒は良いので、パンを付けといてください」
「あいよ」
男はぶっきらぼうに注文を取るが、瑞希とて異世界である事は承知しているので気には留めなかったが、店内の状況は少々気がかりではあった。
「きょろきょろしてどうしたのじゃ?」
「いや、人で賑わっているのは良いんだけど、ホールの状況が気になってな」
「ほーる?」
「料理を注文したら給仕が席に料理を届けるだろ? だけど……」
瑞希がシャオに説明をしていると再び男の怒鳴り声が聞こえる。
「だからその料理はあっちのでかい客だって言ってるだろ! 一回の説明で覚えろ!」
「はぃぃぃ!」
瑞希はその声に対してわずかに苛立つが、人の店のやり方に口を挟むのは失礼だと思い口を塞ぐ。
「とまぁ、提供間違いも起きてるわけだ」
「これだけの客が注文をしているのじゃから、記憶力の無い人間じゃときついじゃろうな」
「やり方次第だけどな。まぁ別にとやかく言いに来たわけじゃないから食事をしたら武具店に戻ろうか」
瑞希はそう言いながらも店の中を見回し、厨房との連携を確認していた。
この店では注文が厨房に伝わると調理にかかり、出来た物から順に卓に届けられる様だ。
「お待たせしましたぁ! モーム肉のトッポ焼です!」
真っ赤に染まるモーム肉の皿をシャオの目の前に置かれ、シャオは苦手なトッポで染まるモーム肉に苛立ちを露わにする。
「頼んでないのじゃ! わしは鶏肉を頼んだのじゃ!」
「えぇ!? じゃあこれは……」
「トッポ焼は後ろにいる眼鏡の客のだっ!」
「は、はいぃぃ!」
女給は慌てて皿を下げると、後ろの卓に料理を運ぶ。
「わしがトッポ嫌いなのを知って嫌がらせをしてるのじゃ!?」
「たまたまだから落ち着け。それにしても効率悪いよな~あの男の人も自分が注文を聞いたんだから自分で運べば良いのに……」
そんな感想を溢しながら、シャオの目の前にはホロホロ鶏の香草焼きが運ばれて来るが、瑞希の魚料理はまだ来ない。
「その内来るだろうからシャオは熱い内に食べな」
「うぬぅ。一緒に頂きますをしたかったのじゃ。頂きますなのじゃ」
シャオは一人で手を合わせ、ホロホロ鶏を口に運ぶ。
「どうだ?」
「むぅ……香草を使ってるのは良いのじゃが香りがきついのじゃ。これならわしはミズキの作ったポムソースをかけた鶏肉の方が好きなのじゃ」
「香草は香辛料と一緒で好みが分かれやすいからな。一口くれよ」
瑞希が口を大きく開けながら待っていると、シャオは照れ臭そうにフォークに刺した鶏肉を瑞希の口に入れる。
「ど、どうじゃ?」
「ん~……同感かな。でもまぁありと言えばありな味だ。俺も香草はそこまで料理に使わないからシャオも慣れてないんだろうな。ミミカ達なら美味いと言うんじゃないか?」
「味覚にも慣れは関係あるのじゃ?」」
「大いにあるぞ? 慣れ親しんだ味は美味く感じるし、慣れてない物は不味いと感じる。子供はモロンが苦手って言ってただろ? 子供の時は不味く感じても、大人になると美味しく感じる事もある。それぐらい味覚は変わって行くもんだよ。シャオだってポムソースのかかった鶏肉料理を食べてなかったら比較対象も無かっただろ? 色んな料理や食材を食べるのも味覚の成長には必要なんだ」
「じゃあ美味いというのは何なのじゃ?」
「それは人それぞれだけど……」
「お待たせしました! メイチ揚げです!」
瑞希の前にはメイチと呼ばれる魚の料理が置かれる。
身を巻いて油で揚げているのか、コロコロとした見た目をした料理だ。
「おっ! こっちに来て初めての魚料理は揚げ物か! じゃあ頂きます!」
瑞希は目の前に置かれた料理にフォークを突き刺し、一口で口の中に入れた。
魚の身は白身魚でホロホロとした食感なのだが、中には香草が包まれており、口から鼻に香草の香りが抜けるのだが……。
「どうなのじゃ?」
「ん~……魚の身は美味いけど、これはシャオは苦手かな。そっちの料理より香草の香りが鼻に抜けて行く感じ。食べてみるか?」
「食べてみるのじゃ」
シャオはあ~んと口を開き、ミズキの差し出すフォークを口に咥え、咀嚼し飲み込む。
「……わしはホロホロ鶏で良かったのじゃ」
シャオは気を使ったのか、遠回りな感想を言うが、口に合わなかったのだろう。
それよりも先程瑞希が言いかけた言葉が気になるようだ。
「それよりさっきの質問の続きじゃが、美味いとはなんなのじゃ?」
瑞希は咀嚼している料理を飲み込むと自身が思う美味いという理由を応える。
「美味いってのは料理そのものも大事なんだけど、同じぐらい大事なのは状況や状態、シチュエーションも大事なんだよ」
「しちゅえーしょん?」
「例えば、シャオが腹ペコの時に俺が料理を作って目の前にハンバーグを置かれたら美味そうじゃないか?」
「美味いに決まってるのじゃ! 食べなくてもわかるのじゃ!」
「そこで実際にそのハンバーグを口にすると……」
シャオは想像しただけで昨日のハンバーグの味が蘇って来たのか涎を垂らす。
「美味いのじゃ!」
「これはシャオの記憶にハンバーグがあるから味の想像がついているし、腹ペコっていうシチュエーションがさらに美味しそうに感じる訳だ。逆にお腹がいっぱいの時にタバスさんがシャオの目の前にハンバーグを置いたらどうだ?」
「食べたくないのじゃ」
「大好きなハンバーグだぞ? 美味いかもしれないじゃないか?」
「タバスの料理は不味そうなのじゃ。それに腹がいっぱいの時に食べても美味しく感じなさそうなのじゃ」
「それはシャオが一度タバスさんの不味い料理を食べたから不味さの想像をしてるだろ? こうやって俺達は実際に料理を食べる前に色々なシチュエーションの中で食べるんだよ。だから美味いってのは料理も大事だけど、同じぐらいシチュエーションも大事だ」
「じゃあ不味く感じるのはどういう時じゃ?」
「それはな……「だからその料理は向こうの髪が長い女性だって言ってるだろうが!」」
この店に来て何度目かの怒号が飛び交う。
その怒号で女給も驚き料理を落としてしまった。
さすがに瑞希も腹が立ったのか、席を立ち男の元に足を運ぶのであった――。
面白いと思っていただけましたらブックマークをお願いします。
評価や、特に感想を頂けますと、作者のモチベーションがグッと上がりますので、宜しければ下記にある星マークや、ランキングリンクをぽちっとお願いします。