閑話 ドマルの糸 中
コール家に向かう道中、ボルボはふてくされた様子でカポカポと馬車を走らせていた。
「このウェリーは何でふてくされてるんな?」
「多分ボルボは呆れてるんだよ。さっきあいつに絡まれた時に言い返そうとしたけど、言い切れなかったからね」
「キュイッ!」
「へぇー! ボルボは賢いんなぁ!」
「僕の相棒には勿体無いぐらいだよ」
僕は苦笑しながら手綱を握る。
「それにしても何でドマルは紹介状を持ってるのに並ぼうと思ってたんな? 紹介状を持ってるなら横から入って来たら良かったんな?」
「そうだったの? 僕なんかがコール商会と取引出来るなんて思ってもなかったから知らなかったよ!」
僕がそう言うとキアラちゃんが難しい顔をした。
「さっきからドマルは自分を卑下しすぎなんな! もっと自信を持てば良いんな!」
「あははは……鋭いなぁキアラちゃんは」
「ドマルが嫌な奴ならミズキは絶対友達にならないんな! シャオなら絶対痛い目を見せるんな!」
「キュイィッ!」
ボルボがキアラちゃんに便乗して僕を煽り立てるかの様に鳴きだす。
「ほら、ボルボも言ってるんな! ボルボの相棒ならしっかりするんな!」
「すみません本当に……」
「違うんな! そこはありがとうなんな!」
「ありがとうキアラちゃん。ボルボも」
「キュイ」
少女なはずなのに、その言葉は鋭く、的確に僕の心に突き刺さる。
僕が人に流されるがままで、自信が持てなくなったのはいつ頃からだろう?
商人を始めた頃は儲けて自分の商会を持とうと思っていたのに、商人を続けていると、商談で押し切られ続け、自信を失い、流されていたのだろうか……今では何故商人を続けているのか不思議なぐらいだ。
「ドマルは何で行商人をしてるんな?」
「何で……」
最初はどうだっただろうか……
そうだ。自分が仕入れた商品を喜んで買って貰えるのが嬉しかったんだ。
人に喜んで貰えるのにお金も貰える。
こんな素晴らしい商売は無いって思ったんだっけ……。
「単純に嬉しかったんだよね。自分が持ってる商品を喜ぶ人が居るのが。じゃあもっと良い商品は無いのかって探すのも楽しかったんだよ」
「そうなんな! 好きな事はもっともっとって上を探すんな! そうやって得た知識が自信になるんな!」
「キアラちゃんって本当に子供なの?」
「今年で十三歳なんな!」
「しっかりし過ぎてて怖いよ」
僕はキアラちゃんに笑いかける。
「自分の店を持つからには自分の商品に自信を持たなきゃいかんのな! 私はミズキにかれーを教えてもらって、親父が扱う香辛料にも自信を持ってるんな! まだまだかれーも美味しくなるって思ったら最近楽しくて仕方ないんな!」
「僕もミズキに出会ってから楽しい事ばかりだなぁ。新しい発見も多いし、仕事も上手く行ってるんだよ! この間もさ――」
「ふふふ。ドマル今良い顔してるんな! その顔で親父に会えば絶対悪い結果にはならんのな!」
そうだ。
楽しもう。
好きで始めた筈の仕事じゃないか。
コール商会の香辛料を喜ぶ人に届けよう。
その顔が見たいんだから。
・
・
・
・
・
・
行列をすり抜けて行く時に他の商人達から注目を集める。
紹介状を持つ者が優先されるというのがこの店でも当たり前の様なのだが、いつもはあちら側に立たされているため慣れない視線に戸惑いながら横をすり抜ける。
「着いたんな! 馬車は奥に止めてこっちから入るんな! ボルボはちょっと待っとくんな?」
「キュイキュイ」
僕はボルボの手綱をウェリー小屋の近くの柱に結び付けると、見知った馬車とウェリーが目に入る。
嫌な予感がしつつもキアラちゃんに付いて店の中に入って行く。
「ただいまなんな! 親父のお客さんを連れて来たんな!」
「お帰りなさいませ。旦那様は今別の商人様と商談中でございます」
「じゃあその部屋で待たせて貰うんな! 親父が喜ぶ物もあるんな! ねぇドマル?」
「あ、はい。ミズキから皆様へお土産を渡されました」
使用人の方がミズキという名と、お土産という言葉にぴくりと耳を傾ける。
ミズキ……一体この店で何をしたんだよ……。
「じゃあドマル、早く行くんな!」
「え、あ、はい!」
今更ながら緊張してきた。
いくら紹介状を持っているとはいえ、他の商人達をすっ飛ばして良いのだろうか?
そんな事を思いながら、商談中と思われる部屋の前でキアラちゃんと一緒に立ち止まる。
「本当に大丈夫なのキアラちゃん?」
「ドマルは特別なんな! それに親父に次の商談相手を紹介するだけなんな! 親父も邪険にはしないはずなんな!」
キアラちゃんはそう言いながら扉をノックする。
「親父、商談中すまないんな! 友人を紹介したいんな!」
緊張が最高潮に高まってきた。
いくら娘とはいえ商談中は怒るんじゃないだろうか?
「――キアラか? 商談中に……全くしょうがない奴だ。入ってきなさい」
「お邪魔するんな」
キアラちゃんに連れられ部屋に入ると、ソファーに腰掛ける男達の姿が目に入る。
一人は恰幅の良いキアラちゃんの父親と思わしき男性と、もう一人は……。
「おやおや? ドマル君じゃないか? 商談中に飛び込んでくるなんて……」
嫌な奴が僕の隣に目線を落とし、言葉を失う。
「親父、こいつは駄目なんな。物を見る目がないんな!」
キアラちゃんが指を指しながら父親に対して物申す。
「きゅ、急に何を言うかと思えば僕に見る目がないだって? それより商談中に一介の行商人が入ってくるなんて失礼じゃないか!」
「ドマル、あれを見せるんな!」
キアラちゃんの言うあれとは紹介状の事だろう。
僕は懐から取り出し、父親に渡す。
「おぉっ! 君! 彼に何か渡されていないかね?」
「えっと、皆さんでどうぞとこれを……」
くっきーがたっぷり入った大きめな瓶を手渡すとキアラちゃんの父親がヨダレを垂らす。
え? なにこれ、ミズキ本当に何したの?
「ちょっと待って下さい! 僕も紹介状を持ってるんですよ!? 同じ紹介状なら順番があるでしょう!? そんなくだらない菓子なんて放っておいて商談を続けましょうよ!」
「ほらなんな。見る目がない奴なんな」
キアラちゃんの父親であり、コール商会代表である男がぷるぷると怒りを抑えながら口を開く。
「ふぅ……君には二つ間違いがある。一つ目は紹介状だ」
「紹介状になんの違いがあるって言うんです!?」
「君のは君の素性を紹介しても良いというどこかの商会が書いた物だろう? 彼のは私が認めた者に渡した、私が書いた紹介状だ。言わばうちの紹介状としては最優先に取引したい相手なんだよ」
「な、な、な……」
「そして二つ目は……この菓子だ……貴様この菓子がくだらないだと? ――これは王に献上されてもおかしく無い代物なのだぞ!?」
「そ、そんな! たかが菓子でしょう!?」
「そのたかが菓子を食べただけで私が思わず紹介状を書いたぐらいだぞ? もちろんそれだけではないがな」
「だとしても! そこの男にコール商会の香辛料を扱える商才があると思うのですか!? そんな奴に売ってもしょうがないですよ!」
「それを決めるのは君ではないだろ? 少なくとももう君には売るつもりはないよ」
「そんな! 正気ですか!?」
「君はうちの商品を大切に扱わないだろう。この菓子は見た目は質素かもしれないが、君は人が物を渡している時にケチをつける様な人間なんだろう? 君がそんな風にうちの商品にケチをつけるかもと思うとちょっとなぁ……」
嫌な奴が僕を睨みつけ歯軋りをしている。
いやいやいや僕のせいじゃないだろ……。
「か、彼は僕の友達ですから、冗談を言っただけですよ……そうだよなぁドマル君!?」
「そうなのかい?」
この人……実は商才なんて無いんじゃないだろうか?
今更取り繕っても意味が無いし、素直に謝れば今日は無理でも次の機会に生きたかもしれないのに……。
WIN-WINの関係……彼とはどうしてもそんな関係は思い描けない。
「そうですね……昔僕が困ってた時に彼にお金を一度借りました」
「そうだ! それに昔から見知った仲じゃないか!? ドマル君からももっと言ってくれ!」
「彼の商人としてのやり方は知りませんが、性格は見た通り人を馬鹿にするのが好きな人です。お金を返し終わった後も何かと難癖をつけられてましたので、少なくとも僕は彼を友達だとは思ってませんね」
「ドマル! お前ぇぇ!」
「あのね? 僕の方が怒りたいんだよ? 僕だけを馬鹿にするならまだ良い。でもミズキとシャオちゃんが作った物がくだらない? 僕の友達が作った物のどこがくだらないって言うんだよ!? 僕が友達にこのお菓子を渡された時、相手の人がどう喜んでくれるか想像しただけで嬉しかったんだぞ! 僕の友達を馬鹿にするな!」
「良く言ったんな!」
「……だ、そうだが?」
男は拳を握りしめ、声にならぬ声を出しながら歯を食いしばっている。
溜まりに溜まった僕の怒りがすっと抜け落ちた感覚だ。
「くそっ! 覚えとけよっ!」
男はそう言うと上着を掴み部屋を後にしていった――。