閑話 ドマルの糸 上
ウォルカから帰って来たミズキ達との会話を終えると信じられない物が手に入ってしまった。
ウォルカの街で香辛料を扱うコール商会の紹介状だ。
コール商会は昔から香辛料を扱っており、地元の人は昔から側にあるため気付きにくい様だが、品質も一級品の物を揃えているのだ。
そして香辛料は商品として優れている。
嵩張らない、売れ残らない、一級品の物は高値もつきやすい。
中には粗悪品の物が平気で出回る扱い辛い商品でもあるのだが、コール商会を知る別地方の商会に纏めて売る事も出来る。
行商人としてはモノクーン地方に来たら真っ先に扱いたい商品なのだが、コール商会の香辛料はまず売って貰えない。
・
・
・
・
・
・
・
僕はまたミズキ達と別れ、ウォルカの街を目指している。
ミズキに渡されたコールさんへの土産と、ポムソースをかけたオムレツサンドを手にボルボと共に街道を走らせる。
「少し休もうかボルボ?」
「キュイ!」
馬車を端に寄せて、ボルボに水を飲ませながら草むらに腰を下ろし、オムレツサンドを取り出す。
ミズキに出会い、初めて食べた時から大好物になったポムソースは今日も変わらず美味しそうな香りを立ち昇らせる。
心の中で作ってくれたミズキに感謝をしながら口にする。
「はぁぁ、今日も変わらずポムソースは美味しいなぁ」
「キュイィ」
「こぉら! ボルボは食べれないよ!」
首を伸ばして来たボルボと戯れあっていると、街道から馬車の音が聞こえてきたかと思えば、僕の馬車に横付けし、止まる。
「こんな所で止まっているから心配して止まってみれば、これはこれは懐かしい顔じゃないか?」
げっ……嫌な奴と鉢合わせてしまった。
心配してとか絶対嘘だろ……僕の馬車って知ってるだろ。
「おやおや貧乏商人は嫌だねぇ? 食べる物まで貧相で」
男はそう言いながら声高らかに笑うのだが、男と一緒にいるウェリーは申し訳なさそうにボルボに向かい溜息をついている。
ボルボもまた言い返さない僕に向かって溜息をついてくる。
「この道走ってるって事はまさか君もウォルカに行くのかい? 君みたいな一行商人がウォルカで香辛料を買えるのかい? あ、買えるわけないかぁ! 僕みたいに地元で名高い商会の息子でも無いものねぇドマル君は?」
この男はボアグリカ地方では一応名の知れた商会の一人息子で、性格に難はあるが商人としての腕は確からしいのだ。
本当かどうか知らないけど。
「や、やぁ久しぶり、相変わらず元気そうだね?」
「もちろん元気さ! ドマル君はどうだい? 同郷のよしみでまたお金を肩代わりしてあげようか?」
そうなのだ。
僕がまだ駆け出しの頃に商談で失敗して、負債を抱えていた時に彼にお金を借りたため、とっくに返し終わっているにも関わらず未だにこうやって絡んでくるのだ。
「おかげさまで良縁にも恵まれて上手く行ってるよ」
「その割には君は冒険者を雇って無いんだねぇ? 僕は鋼鉄級以上の冒険者が側にいないと怖くて旅が出来ないよ」
男がそう言うので、冒険者の顔を拝見しようと思ったのだが、こそこそと馬車の中に隠れてしまう。
よく見えなかったが若そうに見える冒険者だった。
本当に鋼鉄級なのだろうか?
「キーリスの冒険者ギルドで斡旋してもらったのかい?」
「いやいや、僕ぐらいになると旅をしているだけで自然に出会ってしまうものなんだよ。ドマル君にもそんな出会いがあると良いねぇ?」
「それなら僕にも……「おっといけない、今日中にウォルカに着きたいからお先に失礼するよ!」」
男は言いたいことが無くなったのか、さっさとウェリーに鞭を入れ走らせて行った。
相変わらず人の話を聞かない人だ。
休憩のつもりで、腰を下ろしたのにどっと疲れてしまった。
「キュイッ!」
ボルボが何でさっさと言い返さないんだ! と言わんばかりに僕の髪の毛を噛んでくる。
「イタタタッ! 次っ! 次に会ったらちゃんと言い返すからっ!」
ボルボは僕の言葉を理解したのか、髪の毛を離してくれた。
どうかウォルカでは会いません様に……。
◇◇◇
無事にウォルカに着いた僕は宿で一泊し、翌日にコール商会に訪れたのだが、行商人による長蛇の列が成されていた。
「あちゃ~、こりゃ並んでからキアラちゃんにくっきーを届けに行ってたら夜になるかも……ボルボ、先にキアラちゃんの店に行こうか?」
「キュイ」
僕達は進路を変え、ミズキに聞いた店の場所へと馬車を走らせる。
やはり香辛料の街と言われるだけあって、辺りには香辛料の香りが広がっており、鼻をくすぐってくる。
教えて貰った店の前を掃除している少女を見つけた。
ミズキ曰く口調が特徴的な可愛らしい女の子らしいのだが、彼女はどうだろうか?
僕は店の前で馬車を止め、彼女に話しかけた。
「えっと、キアラちゃんで良かったかな? 僕はミズキの友人のドマル・ウェンナーって言う者なんだけど……」
「ミズキの友達なんな!?」
あ、間違いない。
この子がキアラちゃんだ。
「そうだよ。ミズキに商人の友達がいるって聞いて無いかな? 早速香辛料を仕入れさせて貰おうとウォルカに来たんだ」
「ミズキとシャオは来てないんな?」
「二人はキーリスで仕事があるからね、今日は僕だけなんだ。でも二人からキアラちゃんにお土産を預かって来たんだよ」
「二人からのお土産なんな!?」
キアラちゃんは二人が来てない事に落ち込んだかと思ったら、すぐに可愛らしい笑顔で喜んでくれた。
「店前で話すのもなんだから、店に入るんな! ミズキとシャオの事を聞かせて欲しいんな!」
僕はくっきーの入った瓶を持ち、下りようと思った時に嫌な声が耳に入ってきた。
「おやおやぁ? ドマル君じゃないか? こんな所で油を売ってて良いのかい?」
うわ……また会ってしまった……。
「女の子を口説く暇があったら、さっさと行列に参加すれば良いのに。おや? なんだいその手に持ってる物は? 子供向けにそんなくだらない菓子で商売しているのかい? そんな物を作る奴ぐらいにしか出会えないんだね君は?」
カチンと来た。
昨日の朝からミズキとシャオちゃんが一生懸命作ったくっきーをくだらない物だって?
「それはちょっと失れ……「なんなお前は!?」」
言い返そうとした言葉にキアラちゃんの怒声が被る。
「本当の事だろう? そんな子供騙しな物で、文字通り子供を騙そうとしてるんだから。良かったね僕が声をかけて。御礼を言って貰いたいぐらいだよ」
「ドマルは私を騙そうとしてないんな!」
「騙されてる奴は皆そう言うんだよ。僕みたいに賢い人間は騙されないもんなのさ。じゃあね」
男はわざとらしく髪をかき上げ馬車を走らせ離れて行った。
「腹立つんなっ! あれもドマルの友達なんな!? 友達は選んだ方が良いんな!」
「友達じゃ無いけど、同郷だね。それより、ボルボをここに繋いどいても良いかな?」
「良いんな! あんな奴が同郷なんて、ドマルは運がないんな?」
「あはは、良く言われるよ」
僕はキアラちゃんの店に入ってお茶を出して貰う。
持って来たくっきーの瓶を手渡すと、ようやくキアラちゃんの機嫌が直って来た。
「これはなんて言う料理なんな?」
「くっきーって言って、ミズキに教えて貰ってシャオちゃんが作ったんだって!」
「シャオの手作りなんな!? 早速頂くんな!」
キアラちゃんは瓶からくっきーを一枚取り出すと、口に放り込んでサクサクと小気味の良い音を立てる。
「やっぱりミズキのレシピは美味しいんなぁ! シャオの手作りって聞いたらもっと美味しく感じるんな!」
「本当、ミズキの料理って美味しいよね! 昨日食べたぴざもめちゃくちゃ美味しかったよ!」
「なんなその料理は!? どんなのなんな!?」
「ぴざって言うのはね……」
僕は昨日食べたピザを説明しながらキアラちゃんとの会話を楽しんだ。
――キアラちゃんから聞くかれーやぷりんの話を聞くとお腹が空いて来て、ぐぅとお腹の音が鳴ってしまう。
「お腹空いてるんな? 試作中のかれーで良ければ食べるんな?」
「良いの!? 食べてみたい! ミズキもキアラちゃんは美味しいかれーを作るって褒めてたんだよ!」
「ミズキが褒めてくれてたんな!? ふふふ、嬉しいんなぁ! ならちょっとかれーを温めるんな!」
キアラちゃんが席を離れ、厨房で火を着けたのだろう。
先程まで漂っていた香りが強くなり、猛烈にお腹を刺激して来た。
「お待たせなんな! 今日のは具沢山のオーク肉のかれーにしてみたんな!」
「すごく良い香りだね! じゃあ早速……」
匙をかれーに入れようとした時にキアラちゃんから声がかかる。
「ドマルは頂きますをしないんな?」
「頂きます? ……あぁ、ミズキとシャオちゃんがやってる奴? あれって祈りの一種だと思ってたけど違うの?」
「あれは栄養になってくれる食材や、作ってくれた人への感謝らしいんな」
「成る程……全然気にして無かったな……勉強になったよキアラちゃん! なら僕も、頂きます!」
「どうぞなんな!」
ふぅふぅと匙に乗せたかれーを纏ったオーク肉に息を吹きかけてから口に入れる。
熱々のため、口に空気を入れながら咀嚼すると、香辛料の香りが口から鼻に抜け、そのまま飲み込むと口の中にジンジンとした辛味が残る。
確かに辛いのだが、恐ろしく後を引く味に僕は二口目……三口目……と次々に匙を進めた。
「どうなんな? 美味しいんな?」
「すっごく美味しいよ! 初めて食べたけど、こんなに美味しい物だなんて想像してなかったよ!」
「別の地方の人にも美味しいって言って貰えて良かったんな! 辛すぎないんな?」
「確かに辛いけど、我慢出来ない程じゃないし、こういう料理だと思えば大丈夫じゃないかな? 子供には食べれないかもしれないけど」
僕はそう言いながらも綺麗にかれーを完食した。
「ミズキみたいに辛くないかれーも必要なんなぁ……ついつい自分が食べれるからって辛くしちゃうんな」
「そうだね。でも香辛料自体も凄く良い香りだよね? 流石コール商会の香辛料は一味違うよね」
「ドマルにもわかるんな!? 親父の香辛料は香りが良いんな!」
「何回か粗悪品を掴まされた事もあるからね。今回はミズキの紹介とはいえ、コール商会の香辛料が買えるなんて夢の様だよ!」
「そうなんな! なら一緒に親父の所に行くんな! ミズキの友達は私の友達なんな!」
「そんな! キアラちゃんにはお店もあるのに悪いよ!」
「今日一日試作をして、明日から店を開けるつもりだったから大丈夫なんな!」
「じゃあお言葉に甘えようかな……」
こうして僕はキアラちゃんと一緒に初めてコール商会を訪れるのだった――。