閑話 ドマルの挑戦
ウォルカに依頼を受けに行ったミズキと別れ、夕刻頃に衣料品の仕入れを行うため、キーリスにある商会を訪ねるべくボルボと共に馬車を走らせていた。
ミズキから聞いたWIN-WINの関係になる様に、馬車を揺らしながら頭の中で相手の商人の想定をする。
商会に着き、ボルボを馬小屋に止めさせて貰うと息を整え、商会の扉をノックする。
「ごめん下さい」
「いらっしゃいませ、面会の約束はございますでしょうか?」
「はい。私はドマル・ウェンナーと申します」
「ウェンナー様ですね……はい、ではお二階の突き当たりの部屋で旦那様がお待ちです」
受付の女性に言われた部屋を目指し歩く。
WIN-WINの関係……双方にとって良い結果になる様に……呪文の様に繰り返し呟きながら、部屋の前に着きノックをする。
「どうぞ」
「失礼します」
扉の外から聞こえて来た野太い声に似合う風貌をした強面の男が椅子に腰掛けていた。
「ウェンナーさんだな? 遠い所を良く来てくれた」
男は見た目とは裏腹ににこやかに手を伸ばして来たので、握手を交わす。
「初めまして。よろしくお願いします」
「キーリスには何を仕入れに来たんだ?」
「キーリスの衣料品は別の地方で人気がありますので、こちらでは衣料品を買わせて頂こうかと思いまして」
「キーリスは良い布ができるからな。初めてのウェンナーさんに卸せる物と言えば……こういうのはどうだ?」
男はあきらかに売れ残りの様な商品を目の前に置いていく。
自分の目から見ても粗悪品にしか見えない物だ。
「これはちょっと……」
「うちの商品は買うに値しないってのか!?」
「そ、そういう訳では無いのですが……」
いつもだ。
いつも僕はこうやって商談相手に押し切られてしまう……。
ただ何故だろうか? 以前の様に声や表情で脅されても怖いという感情が出てこない。
「これがこの商会の売筋商品なのでしょうか?」
「あぁっ!? 俺を信用しねぇってのかい!?」
「そうですね……衣料品が名産であるキーリスにおいて、これが名産になるとは思えないんです……」
「じゃあ何かい? 俺がウェンナーさんを騙そうとでも思ってるってのかい!?」
男は身を乗り出し、僕の目の前で圧をかけて来る。
そうか……以前に相対しただけで冷や汗が流れ出し、死を予感させる様な圧を感じた事があるからか……それに比べて目の前の男はどうだ? 本当に怖いか? あの可愛らしい子を怒らせた時以上か? そう思うと、僕は思った事を口にしていた。
「そうではありませんが、私はこの商品を貴方から買った商品だと言いたくないんです」
「あぁ!? 俺がやましい事でもしてるってのか!?」
「いえ、私は行商人ですから、この商品を渡したお客様には胸を張ってどこで買ったという事を伝えたいんです」
「むうぅ……」
「ここの商品を買おうと思ったのは受付の方の着ている物が素晴らしかったからです。しかし、目の前に置かれたこの商品はどうでしょう? 手触りも悪く、ほつれも目に取れます。中にはこのような商品を格安で買いたいという方もおられますが、はたして私は色々な街で、声を大にしてこの商品をここで買ったと言って良いのでしょうか?」
「それは……」
いつもなら押し付けられ、泣きそうになりながらも、思っているだけに止まる事がつらつらと言葉に出来る。
「私はここの商会の衣料品の品質を知っています。これは本当にこの商会から買える商品でしょうか?」
男は椅子に座り直すと唐突に笑いだした。
「はっはっは! いやぁ悪い悪い! うちの商品をちゃんと理解してくれてるんだな!」
あぁ……どうやら僕は試されていた様だ。
「ウェンナーさんの言う通り、こんな商品はうちの商品じゃない。粗悪品も良い所だ。これを俺が出したからって買う奴なら追い返すし、買わないって言ったら睨みを聞かせて恫喝するんだが……あんたも相当修羅場をくぐって来てるんだな?」
「修羅場ですか……」
以前の僕なら何も言い返せずに言われるがままだっただろう。
優しそうな店主の時は良い物を買える自信はあるが、怖そうな店主からは良い物を買えたためしがない。
「正直に言いますと今日初めて商談において強気でいれた気がします」
「俺にびびらない奴が何言ってんだ? ならウェンナーさんはいつも商談では逃げ腰だったのか?」
「その通りです。でも友人に言われたんですよ。双方とも利益があるような商談をしろと」
「じゃあウェンナーさんの言う俺の利益ってのは何だと思ってるんだ?」
「この商会が卸す商品の品質の宣伝です。僕は行商人ですからね、行商人同士で情報の交換ももちろんしますし、お客様にももちろん説明します。僕は自分が買った商品を納得して買って貰いたいですしね」
「言ってくれるじゃねぇか! だがそう言う奴じゃねえと俺も信用できねぇ! 試させて貰って悪かったな!」
男はそう言うと席を立ち、部屋を出て行ってしまった。
数分程待っていると、両手に衣料品を抱えて戻って来て、僕の目の前の机に衣料品を広げる。
「待たせたな! こっちが本当の商品だ」
先程の粗悪品とは違い、手触りは良く、デザインも良い商品が並べられている。
「良い商品ですね! これを私に買わせて頂いても良いんですか!?」
「おうよっ! しっかり宣伝してくれんだろ!? 価格は……これぐらいでどうだ?」
男が提示した金額は高すぎるという事は無いのだが、移動にかかる経費を考えるともう少し安くしてもらいたい。
「もう少しだけ安くなりませんか?」
「そうだな……じゃあこういうのはどうだ? ウェンナーさんはさっき情報交換を商人同士でするって言ったよな? 俺が安くしたくなるような情報ってのがあったら安くするぜ?」
情報か……他の地方の情報を教えてもしょうがないだろうから、キーリスの情報……。
「……美味しい物はお好きですか?」
「美味い物の情報か? 俺もそれなりに美味い物を食べてきたんだぞ? ましてや料理名等聞いてもそれが美味いかどうか証明できないだろ?」
「キーリスで食べられる料理ならどうですか?」
「キーリスの料理店なら殆ど行ってるぜ?」
「昨日は何を食べられましたか?」
「昨日は家で妻の手料理を食べたが、それがどうかしたのか?」
じゃあ昨日アンナさん達から聞いたお店の事は知らない訳だ……。
「今日やっているかわかりませんが、今までキーリスにはなかった料理が食べれるお店を紹介できますよ?」
「ほほぅ! ならその店が美味かったらウェンナーさんに商品を安く売ろうじゃないか!」
「なら丁度夕食時ですから今からそのお店を紹介しましょうか? 運がよければ食べれる筈です」
「丁度この後の予定も無いからすぐに行こう!」
店を出た僕達はアンナさんに聞いたお店を目指し歩く。
確か屋台街の先だったはず……。
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屋台街を抜けると良い香りが漂ってくる。
ジーニャさんが嗅いだ香りはこの香りに違いない。
「何だこの香りは!?」
「良い香りですね! 今日は運が良かったみたいですね、あのお店がお教えしたかったお店です」
「こ、この店は……」
「知ってるんですか?」
「ここは女将さんが亡くなってから料理が不味くなった店だぞ!? 本当にこの店で合ってるのか!?」
「今日は大丈夫なはずですよ。それに良い香りがしてるじゃないですか?」
「ぬぅぅ……」
唸る男の背中を押し店に入ると、外に漂っていた香りが強まり、猛烈にお腹が空いてきた。
「すみません。モーム肉のルク酒煮込みは今日食べれるでしょうか?」
「丁度今できたんですよぅ! こちらの席へどうぞぉ!」
僕達が席に着くとトロリとした煮込み料理が目の前に出され、匙を入れる。
ホロリと崩れるモーム肉を口にするとポムの実の風味が感じられ、思わず笑みが溢れる。
チラリと横に座る男を見ると目を見開き次々と口に運びお代わりを要求していた。
「僕の情報はどうでしたでしょうか?」
「この店でこんな美味い物が出てくるとは……嬉しい情報だ!」
「御納得頂けた様で良かったです」
「約束通り商品は……この価格でどうだ?」
男が提示した金額は今までの商談で一番成功したと言える金額だ。
「こんなに安くしてもらって良いんですか!?」
「良い良い! 俺はこんな美味い店を教えて貰えたんだ! なぁお嬢ちゃん!」
「ありがとうございますぅ!」
「じゃあ御礼ついでに……ウォルカの街で一週間もしたら新しい名物料理が生まれてると思いますよ」
「なんだそりゃ? 予言か?」
「いえいえ、確信です」
「まぁいいや、それより一杯どうだ?」
「お酒ならルク酒をどうぞぉ! この料理にぴったりなんですよぅ!」
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男に注がれたルク酒を手に持ち、ミズキの無事を祈りながらルク酒に口をつける。
ミズキの仕事を疑う事はないが、無事であってほしい。
ウォルカに向かった二人を思い返すと、二人に出会えてから僕はどこか変わったのだろうか?
ただそれについて悪い気は全くしない。
次はどこに向かおうか……。
どうせならミズキ達が喜ぶ様な食材がある所が良いな――。