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キーリスとウォルカ

 テオリス家の晩餐から数日後の昼下がり。

 瑞希とシャオはテオリス家の厨房で鼻歌を歌いながら生地を伸ばしていた。


「ちゃんと天然酵母で発酵して良かったな? ただ捏ねるのしんどかったけど……」


「くふふふ。何じゃろうな~? 何が出来るんじゃろうな~?」


 シャオは瑞希からこの生地が出来る前に、以前渡された金具を使用すると言われ、作り始める前から出来上がりを楽しみにしていた。

 ミミカはと言うと、昨日戻ってきたテミルに捕まり、本日は料理を手伝う事が出来ずに自室で勉学へと追いやられている。

 アンナとジーニャも各々の仕事中だ。


「生地を伸ばして……じゃあシャオ、その金型を使って生地を抜き取ってくれるか?」


「いよいよこれの出番なのじゃ!」


 シャオは広げられた生地に金型を押し当て、生地を取り出す。


「輪っかになったのじゃ! どんどんやって良いのじゃ?」


「おう! どんどんこの輪っかを作ってくれ!」


 シャオがポンポンと輪っかを生み出し、瑞希に手渡す。


「もう取れる所がないのじゃ……」


「じゃあ余った生地をまた捏ねて広げる……ほい、シャオの仕事だ」


「任せるのじゃ!」


 さすがに生地が小さくなり、金型では取れなくなったので、瑞希は残った生地を捏ね、適当な形で小さな団子を作る。


「じゃあ次はこの生地を油で揚げて行くぞ!」


 竃に鉄鍋を置き、植物油を入れ、瑞希に言われるまでもなくシャオが魔法で火を熾す。

 熱くなった油に瑞希は数枚ずつ油に輪っかの生地を入れて、菜箸を使いひっくり返しながら両面を揚げて行く。


「膨らんできたのじゃ! 不思議なのじゃ!」


 瑞希は次々に生地を揚げて行くと、油を切るために置いた紙の上に揚がった生地を置いて行く。


「ふかふかなのじゃ……」


「全部揚げ終わったから、半分は粉砂糖をまぶして、もう半分はアイシングをしていこうか」


 瑞希はボウルに卵白と粉砂糖を入れ、シャオと手を繋ぎ、魔法でボウルの中身を混ぜて行く。


「じゃあシャオはそっちの皿に広げた分に粉砂糖をまぶしてくれるか?」


「そのボウルのはどうするのじゃ?」


「これはこうやって……表面に着けていくんだよ」


 瑞希とシャオは各々の分を仕上げていく。


「これで完成だ! じゃあ味見……「するのじゃ!」」


「あはは、じゃあまずはこの小さいので味見しようか? 完成品はミミカの所に持って行って皆でお茶にしよう」


 そう言うと瑞希はお湯を沸かそうとしたため、シャオは魔法を使いながらも、味見用の小さいのを口にする。

 表面はサクッとしているのに、もちもちとしており、それでいて甘く香ばしい。

 シャオも瑞希の料理を色々と食べて来たが、ここまで好みに合った料理はハンバーグ以来で、体中に電流が流れたかと錯覚を起こす。

 瑞希が湯を沸かしていたヤカンを持ち上げても、竃の中の火の魔法が消えず、おかしいと思った瑞希がシャオを見ると固まっていた。


「おぉいシャオ? もう火球を消しても良いぞ? シャオ~?」


 瑞希の言葉に我に返ると、シャオは瑞希に詰め寄り質問をする。


「なんじゃこの料理は!? 美味いのじゃっ! 好きなのじゃっ!」


「いつかお前に作るって指切りしただろ? これがドーナツだよ」


 瑞希はシャオの頭を撫でながら料理の名前を教えてあげた。


「これがどーなつなのじゃ!? この小さいのと、あっちの輪っかのとではどう違うのじゃ!?」


「味は一緒だよ。でも火の通り方は違うから輪っかのが美味いと思うぞ?」


「これよりもなのじゃ!? 早く食べたいのじゃ! 全部欲しいのじゃっ!」


「あほ。全部食って太ったらもう抱っことか肩車しないぞ?」


「……それは駄目なのじゃ。でも早く食べたいのじゃっ!」


「なら早くお茶を入れて、ミミカ達に差し入れに行こうな」


 瑞希は紅茶に似た茶葉が入ったポットに湯を注ぎ蓋をする。盆に器とポットを乗せると、籠にドーナツを入れていく。


「わしがどーなつを持つのじゃ!」


「構わないけど落とすなよ?」


「落とすわけないのじゃっ! わしのどーなつじゃぞ!?」


「いや、皆のだよ……」


「むむっ! そっちの籠はどうするのじゃ!?」


「こっちは使用人の方と、バランさんの分だよ。執事の方に渡して休憩時にでも出して貰おうかと思ってな」


「わしの分が減るのじゃ!」


 いつも以上に聞かん坊になってしまっているシャオに瑞希はため息を溢す。


「はぁ……シャオ? シャオは俺と一緒に旅に出るだろ?」


「当たり前なのじゃ! ミズキと一緒に居るのじゃ!」


「じゃあまた作れるし、食べれるってのはわかるよな?」


「むぅ……わかるのじゃ……」


「じゃあ今日はわがまま言わずに、皆にもシャオが味わった感動を分けてあげれないか? シャオが美味しいと思った物を、皆にも美味しいって思って貰いたいだろ?」


「思って貰いたいのじゃ……本当にまた作ってくれるのじゃ?」


「俺が嘘ついた事あるか?」


「無いのじゃ! ミズキは約束を守ってくれるのじゃ!」


「じゃあ俺を信用してくれるな?」


「わかったのじゃ! じゃあ早くミミカの所に持って行って一緒に食べるのじゃっ!」


「はいはい……」


 瑞希はミミカ達の居る部屋へおやつを運ぶのであった。



◇◇◇



「ありがとうなんな~! また来て欲しいんな!」


 ウォルカにあるキアラが営む飲食店はカレーの噂を聞きつけた冒険者を始め、ウォルカの住人がこぞって来店するお店に変わっていた。


「これは美味いよキアラちゃん!」


「当たり前なんな! 師匠に習って私が作り上げたかれーなんな!」


「おぉーい! こっちは大盛りで頼む!」


 キアラは見知った顔と判断すると、カレーを入れる器を手に持つ。


「今器に入れるからカイン達はこっちに取りに来て欲しいんな!」


「しゃあねぇな! 肉もたっぷり入れてくれよ?」


「あんたね~こんな小さな子に無理ばっか言うんじゃないわよ!」


「小っちゃくないんな! ヒアリーみたいにおっきくなるんな!」


「あら? それは身長かしら? それとも……」


「どっちもなんなっ! 早くかれーを持って行くんな!」


「怒らなくたって良いじゃない」


 ヒアリーとカインは笑いながらキアラからカレーを受け取り、キアラに近い席に着き食べ始める。


「かぁー! やっぱかれーは美味ぇなぁ!」


「昨日のとはちょっと風味が違うわね? それに今日のはグムグムが入って無いのね」


「今日のはホロホロ鶏を先に香辛料で炒めてみたんな!」


「うふふ。これならミズキも喜んでくれるんじゃない?」


「早く食べさせたいんな~。シャオにも会いたいんな」


 キアラは厨房の前のカウンターに置いた空の瓶を眺めながらカレーを混ぜる。


「おぉい!こっちにもかれーを頼む!」


「はぁいなんな!」


 ウォルカの街には今まで食べた事の無い香辛料を使った料理が食べられる店がある。

 噂では店主の女性にその料理を教えた男がいるという話だ。

 その男は可愛らしい妹を連れた男で、ウォルカの街がオーガの群れに襲われそうなところを、わずかな人数の冒険者と共にオーガを討伐したらしい。

 その男と妹は今どこで何をしているのか店主も知らないという話だ。

 だが、ウォルカの街には今日も香辛料の香りが漂っているので、その兄妹は香りに釣られてこの街に再び足を運んでくるのかも知れない。


「絶対ミズキを驚かせてやるんな!」


 女店主のキアラは今日も気合を入れてカレーを作るのであった――。


◇◇◇


「「「美味しい~っ!」」」


 シャオは言わずもがな、ドーナツを食べた三人の女性は美味いと言いながら、パクパクとドーナツを食べて行く。

 テミルは静かに紅茶を啜り、カップを置くと、ドーナツに手を伸ばす。

 主従が一緒におやつを食べるなどありえない話なのだが、死線を一緒にくぐった三人だからこそミミカも、そしてテミルも気にしない。

 主人であるミミカがそうする様に怒るからだ。


「ミミカ? 口元に付いてるわよ?」


「シャオも口回りべっとべとじゃねぇか……」


 テミルと瑞希は呆れながらも口元を拭う。

 ミミカとシャオは口元を拭われ、お互いの目が合うと笑いだす。

 そんな穏やかな部屋に、勢い良くバランが飛び込んでくる。


「ミズキ君! これは何だ!? どうやって作ってるんだ!?」


 バランの手には食べかけのドーナツを持っている。

 バランが焦るのも無理はない。

 晩餐を終えた後に、瑞希に聞いた乳製品はバランからすると食文化の革命だった。

 テミルが言っていた様に乳製品を生み出せば財源が潤う様だが、瑞希にとっては美味い乳製品が出回り、買える様になれば便利だと思うぐらいだ。

 このドーナツもまた、バランの中で革命が起きたらしい。


「乳製品が出回れば誰でも作れますから、教えた乳製品の作り方を早く広めて下さい」


「こんな美味い物が誰でも作れるのか!? 本当に君の料理は魔法の様だな!」


「誰でも作れますし、食べた人を幸せに出来るのが料理なんですよ」


「もうー! お父様っ! 女子会なんですから勝手に入って来ないで下さいっ!」


「いや、ミズキ君だっているではないかっ!」


「ミズキ様は良いんですっ! お仕事の話はまた後でして下さいっ!」


 ミミカはバランの背中を部屋の外まで押していく。

 あの晩餐以降二人の距離はみるみる縮まり、今ではどこにでもいる父と娘の関係になっている。

 最初は二人の雰囲気が違う事に使用人達も何があったのかと騒いでいたが、テミルが戻って来る事や、アンナとジーニャの話を聞き、今ではギスギスした雰囲気もなく、賑やかな城へと変貌している。


「あ~っ! シャオちゃんそれは私が食べようと思ってたどーなつっ!」


「席を離れたのが悪いのじゃ~」


「うぬぬぬ……アンナ、ジーニャ! どーなつを分けなさい!」


「この場では主従関係はいらないって言ったのはお嬢っすからお断りっす」


「あの……その……私もこのどーなつは分けれません……」


「そんな~……じゃあお母様は分けてくれるわよね?」


「残念。もう食べちゃったわ」


 やれやれと瑞希は自分が食べようと思っていたドーナツをミミカに渡す。


「良いんですかっ!?」


「元はと言えばシャオが最後の一個を取ったのが原因だしな。それに俺はいつでも作れるからミミカが食べてくれ」


「ミズキ様……本当に良いんですか?」


「お嬢が食べないならうちが欲しいっす!」


「食べるわよっ!」


 ミミカはガブっとドーナツに齧り付き、美味しいと言いながら頬っぺたに手を当てる。

 瑞希の料理がもたらした笑顔は人から人に繋がり伝播する。

 ミミカはもちろん、アンナも、ジーニャも、そしてテミルも瑞希に出会うまでこの日この場所で笑い合えるとは思っていなかった。


 ミミカは少しだけ人への甘え方を知った……。


 アンナは少しだけ自分の恋心を知った……。


 ジーニャは少しだけ嫉妬心というものを知った……。


 テミルは少しだけ自分のわがままさを知った……。


 そしてバランもまた少しだけ親としての自覚を持てた……。


 それは全て瑞希の作る料理が起こした魔法なのかもしれない――。

これにて第二章は完結です。


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