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シャリアピンステーキとわらび餅

 瑞希は厨房で最後のデザートに出すつもりの料理を作っていた。

 先程作った片栗粉に砂糖と水を加えて鍋で加熱する。


「さっきの粉が溶けたのじゃ」


「ここからが面白いんだよ……」


 鍋の中はネトネトし始めると、半透明の色になり、さらに練り続け固まって来たところで四角い皿に移す。


「後はこの皿を氷水で冷やしておいて、ウォルカで買って来た黒砂糖で黒蜜を作ったらほぼ完成だ」


「なんかむにむにした変なお菓子なのじゃ……あんまり美味そうじゃないのじゃ」


「簡単にできる和菓子だからな。食感は面白いし、食後の甘さには丁度良いんだよ」


「和菓子? くれーぷとかとは違うのじゃ?」


「クレープとかクッキーは洋菓子だな。俺の世界でも地方によって様々な料理があって、俺の故郷が発祥の物は和菓子って言うんだよ。まぁ、今じゃどこでも洋菓子が食べれたけどな」


「他にはどんな和菓子があるのじゃ?」


「餡子を使った物が多いな……そういやまだ豆の食材って見てないな? そのうち手に入ったらまた作ってやるさ」


 瑞希とシャオが和やかにデザートを作っていると、アンナとジーニャが慌てて厨房に戻って来る。


「凄いっす! 凄いっす! バラン様が笑ってるっす!」


「ミズキ殿の料理を食べてからミミカ様とバラン様が笑顔で話してるんです!」


「それは良かった! ならメインの肉料理を作って行こうかな」


◇◇◇


 皿を片付けられ、新たな食器を置かれた間にステーキと思わしき肉料理が置かれる。

 見た所肉の上には刻んだパルマンを使ったソースが乗っており、香しい香りが辺りに広がる。


「この料理は?」


「モーム肉のしゃりあぴんステーキだそうです」


「モーム肉かぁ……」


 ミミカはモーム肉という事であからさまにがっかりするが、瑞希がただ固い肉をそのまま焼いて出す訳がないとがっかりした顔を戻す。


「モーム肉をそのまま焼いただけでは固いだろう?」


「ミズキさんの料理ですからね……なにか魔法がかかっているのでしょう」


「考えても答えなんか出ないんだから、まずは食べてみれば良いわ!」


 ミミカが肉にナイフを入れると、想像していたモーム肉の感触ではなく、スッとナイフで切れてしまう。

 いつもなら苦労して切り分けた肉はピンと背筋を伸ばした様な形のまま維持されるはずが、ミズキのステーキはふにゃりとしている。

 刻んだパルマンを使ったソースを肉に乗せ、口に運ぶと、モーム肉からは想像も出来ない柔らかさに加え、コクのあるソースが一緒になり、咀嚼している内に口の中から肉が消える。


「何で!? モーム肉が何でこんなに柔らかいの!?」


「これは魔法と言われてもおかしくない!」


「それにこのソースもお肉の脂肪分の無さを補っているわ!」


 固い固いと何度も言われていたモーム肉が瑞希の手にかかれば柔らかくなる。

 アンナとジーニャもただ肉を焼いている瑞希の姿しか見ていなかったので、柔らかくなる理由が分からなかった。


「二人ともミズキ様から聞いてないの!?」


「これと言った料理説明はされていませんが、モーム肉と聞いてがっかりしてたら、絶対に驚くと仰られていました」


「確かにその通りだっ! 食べるまではコロッケをいっぱい食べたいと思ったのだが……これもまた美味い! モーム肉と言われても未だに信じられん!」


「後でミズキさんに直接聞きたいですわね」


 三人は食事を続けながらも、美味い美味いと連呼する。

 綺麗に食べ終えた三人は人心地着くと、感嘆のため息を漏らす。


「お食事は以上ですが、この後は食後の甘味が用意されています。もうお持ちしても宜しいでしょうか?」


「甘い物もあるの!? ……でもさすがにもうお腹がいっぱいで甘すぎるのはちょっと食べれないかも」


「丁度良い。ミズキ君に甘味を運んで貰ってくれないか? このステーキの説明をして欲しい」


「かしこまりました。ではお皿を下げさせて頂いて、ミズキ殿を呼んで参ります」


 アンナとジーニャが皿を下げ、瑞希の居る厨房へと踵を返す。


「無我夢中で食べてしまったな……」


 バランはルク酒を口にして余韻に浸る。


「ミズキさんの料理に驚くのは初めてではありませんが、本日の料理はどれも驚きました」


「今日のテーマは乳製品と魔法って言ってたけど、全ての料理に乳製品が使われていたのかしら?」


「魔法か……確かに信じられない出来事を目の当たりにしたな……」


「しかし、ミズキ様の料理は魔法以上に不思議な料理ですわ」


「それにミズキ様の料理は誰でも作れるのよ! これを作れる人は誰でも魔法使いだわ!」


「誰でも魔法使いか……ミミカの作ったサラダも確かに美味かったな」


「だってミズキ様が教えてくれたんだもの! 不味い訳がないわ!」


 三人が会話を続ける食卓の場に、食後のデザートを持った瑞希達が現れる。


「食事を楽しんで頂けた様で何よりです。最後の甘味ですが、こちらはわらび餅という料理です」


 瑞希が置いた皿の上にはふるふると震える透明な物体に、黒い蜜がかかって艶めかしく光を反射していた。


「これはまた見た事もない甘味だな……これを食する前に先程のステーキを聞きたいのだが、あれは何故あんなにも柔らかかったのだ?」


「あれは切り分けたモーム肉を刻んだパルマンに漬けて置いたのですよ。パルマンの成分が肉を分解し柔らかくするのです」


 バランが話を聞いても理解が及ばないのか、納得できずにいると、テミルが口を挟む。


「じゃあパルマンが上に乗ってたのはそのためですか?」


「漬けたパルマンを捨てるのは勿体ないので、そのままソースに使うんですよ。肉を焼いた後の鉄鍋にバターを加え、刻んだパルマンやマル酒等でステーキのソースにするんです。元々モーム肉は脂肪分が少ないので、そこはバターで補うんですよ」


 テミルはソースのコクの理由が納得行ったのか頷いている。


「ミズキ様、こちらのわらび餅とは何の食材を使ってるんですか?」


「どうせならバラン様の好物と言う食材で作ろうかと思ったので……これはグムグムで作りました」


「何だとっ!? この様な物がグムグムから作れるのか!?」


「まぁ工程は色々ありますが、間違いなくグムグムから出来た物です。宜しかったらまずはお召し上がりください」


 瑞希にそう言われ三人はわらび餅を口にする。

 ふるふると震える感触は、口に入れると官能的な口当たりに加え、優しい甘味が膨れた筈の腹に次々と収まっていく。


「なんという食感だ……」


「なにこれぇ……」


「これはまた不思議なお菓子ですね……」


 あっという間に食べ終えた三人はほっと一息つくと、再び瑞希に視線を戻す。


「喜ばれたようでなによりです。これで本日の晩餐は以上になります」


「いや素晴らしかった! ミミカが褒め称えるのもわかる内容だ! ところで……グムグムを使った料理はまだ色々あるのか?」


「グムグムは乳製品と相性が良いですからね、グラタン、シチューも美味しいですし、コロッケの様に揚げるならおやつにもなります。甘味が強いであろうマグムという食材なら甘味も作れますよ?」


「なんと……ころっけですらまだ一端に過ぎないのか……君は一体何者なのだ?」


 瑞希はポリポリと頭を掻きながらシャオを見る。

 シャオはお腹が空いたのか、瑞希の挙げた料理を想像しながらお腹を押さえている。


「まぁここまで来て隠す事でもないですし、今ここに居る方は見知った方々ですので、一から説明させて頂きますが、なるべく内密にして頂けると助かります――」


 瑞希が自身とシャオの話を説明し終えると、バランは信じられないのか頭を抱える。


「【竜の息吹】に当てられた……という訳では無い様だが……言葉だけでは信じられない話だな……」


「証拠と言えるかわかりませんが……シャオ、猫の姿になってくれるか?」


 シャオは瑞希に頼まれると、ぼふんと猫の姿になる。


「にゃ~ん」


「やっぱりこっちのシャオちゃんもかわいい~!」


 ミミカは既に見た事のある姿なので、シャオの見た目を喜んでいた。


「むぅ……。確かに君の言う通りだな……シャオ君が魔法を使えるというのも事実なのか?」


 瑞希はシャオを抱き上げると腕の中で頭を撫でる。


「シャオ、小さ目の明かりを出してくれるか?」


 シャオは鳴きもせず、瑞希の前に光球を出し、辺りを照らす。


「ミズキ君の素性もわからぬが、シャオ君も不思議な存在だな……魔法か……」


 バランの言葉を最後に、一瞬の沈黙が訪れるが、その沈黙を打ち破ったのはミミカだ。


「ミズキ様の素性も、シャオちゃんの存在も気にする必要なんてないわ! ミズキ様は優しくて料理上手な人で、シャオちゃんは可愛くてミズキ様想いの子だもの!」


 興奮しているミミカを、テミルが宥める。


「バラン様。ミミカ様の言う通りではないでしょうか? 知らない、分からないという事を恐れるのも分かりますが、ミズキさんとシャオさんを恐れる事はないはずです」


「そうっすよ! こんなに可愛いシャオちゃんが怖いなんてどうかしてるっす!」


「ミズキ殿は怖くなどございません!」


「待て待て待て! 落ち着けお前等! 別にバラン様は怖がってないだろう!?」


「はっはっは! いやいやすまんなミズキ君。ミミカ達は魔法の事でテミルを追放した時の事を知っているからしょうがないんだ。実際今でも魔法は苦手だがな」


 シャオはぼふんと姿を変えると、瑞希に抱っこをされている状態になる。


「魔法が怖いなど当たり前じゃ。これは人の命を簡単に奪える物じゃ。じゃが魔法を使える事と、悪しき事に使うのは別問題じゃろう? 今日の食事とてミズキが毒でも盛れば全員死んでおるのじゃからな」


「その通りだ。私はひどい魔法使いばかりを見て、魔法自体を憎むようになった。だが魔法も料理も扱う者次第ではないか……」


「お父様!」


「テミルよ……もう一度この城に戻って来ては貰えないだろうか? ミミカの魔法使いの良き師として……何よりミミカの母親として、ミミカを育てて欲しい」


「――バラン様。私がバラン様との御約束を違えてしまったのが全ての元凶です。しかし……しかし、ミミカとの別れはこの身が引き裂かれるような思いでございました……」


 テミルは顔を両手で隠しながら、大粒の涙を流す。


「本当にすまなかった……ミズキ君に叱られるまで私はどうかしていた様だ……魔法を遠ざけ……ミミカを遠ざけ……仕事にかまけてミミカの気持ちを知ろうともしなかった。領主としてではない。ミミカの父親としてお前に頼みたい……もう一度戻っては貰えないだろうか?」


 バランがテミルに頭を下げる。

 一貴族が民に頭を下げる事などありえないのだが、バランは父親としての責務を果たす為、深く、長く、頭を下げ続ける。


「テミル戻ってきて!」


 ミミカもバランに並び頭を下げる。


「頭をあげて下さい。……私からも一つお願いをしても宜しいでしょうか?」


 バランとミミカは頭を上げ、テミルに向き直る。


「願いとはなんだ?」


「ミズキさん達の身を保証して頂きたいのです。彼の知識はバラン様のお仕事に必ず役立ちます」


 瑞希はテミルの言葉を聞き、口を挟む。


「ちょ、ちょっと待っ……「そんな事当たり前じゃ無い!」」


 瑞希の発言にミミカが被せる。


「そんな事がお前の願いで良いのか?」


「ミズキ様がもたらす料理の知識は勿論ですが、私は彼に返しきれない恩があります。それを返す事は私では叶いませんので、バラン様にお願いしたいのです」


「わかった約束しよう! ミズキ君達の身柄は私が保証しよう!」


「ちょっと待って下さいって! 保証されても僕はまた旅に出ますよ!?」


「でも帰る家がある分には困らないですよね?」


 ミミカは悪戯っぽく瑞希に笑顔を見せる。


「そりゃまぁそうだけど……」


「それにここの厨房なら様々な食材も扱えますよ?」


「うっ……」


「シャオちゃんもミズキ様と一緒に美味しい物作って食べたいよね〜?」


「くふふ。小娘のくせに悪いやつなのじゃ」


 シャオは嬉しそうに笑う。


「ミズキ君。悪い様にはしないからテミルの願いを叶えさせてはもらえないだろうか?」


 瑞希は大きくため息を吐く。


「わかりました……そのかわり自由にはさせて貰いますよ?」


「もちろんだ! ではテミルよ……これからも宜しく頼む」


「「「やった〜!」」」


 ミミカ、アンナ、ジーニャはテミルに駆け寄り抱き付く。


「貴方達……私が帰って来たら厳しくしますからね?」


「「「そんな〜!」」」


 それでも三人は嬉しいのか、泣きながらテミルから離れない。

 テミルもまた三人を抱きしめながら涙を流すのだが、「きゅ〜……」という腹の音がシャオを抱き抱えている瑞希の方から聞こえて来る。

 それが可笑しかったのか二人以外は笑いながらテオリス家の晩餐を終えるのであった――。

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