魔法のオムレツと仕掛けのコロッケ
アンナとジーニャが食べ終わった皿を下げ、食器を取り換え、次の料理を運ぶ。
「次の御料理は魔法のおむれつと、グムグムのころっけでございます。おむれつにはそちらの黄色いけちゃっぷというソースを、ころっけにはお好みで黒いうすたーそーすかけちゃっぷをかけてお召し上がり下さいとの事です」
アンナは料理の説明が終わると、席から離れる。
「魔法か……あの男め」
「ミズキさんは嫌味で言っているのではないでしょうから、何か秘密があるのでしょう」
「私が作れるおむれつよりすごく分厚いのね? でも材料は同じって言ってたわ!」
三人共まずはオムレツから手を付ける。
ふわっとした感触が手に伝わり、ナイフとフォークで切り分け口に運ぶ。
「ふわふわしていてまるで雲みたいな食感だわ!」
「確かにこれは卵を使った料理だがこんな食感は初めてだ! それにこの風味はなんだ?」
「これはばたーを使っていますね」
「ばたー? 聞いた事の無い物だな」
「ばたーもモーム乳から作るのよ! でもこの食感にばたーは関係ないはず……一体どうやって作るのかしら……」
三人が頭をひねるが、答えを導き出せそうにないので、調理法を知っているジーニャが答えを教える――。
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厨房に戻ってきたアンナとジーニャがスープとサラダの好印象を瑞希に説明すると、瑞希はオムレツに添えるコロッケを揚げていた。
「喜んで貰えてるようでなによりだ! じゃあ魔法のオムレツを作って行こうかな」
「魔法を使うから魔法のおむれつなのじゃ?」
「まぁ時間短縮するために魔法は使うけど、ビーターがあればだれでも作れるよ。試しにジーニャはビーターで混ぜてみてくれるか?」
「了解っす!」
瑞希は卵を卵黄と卵白に分け、卵白だけ入ったボウルをジーニャに渡し混ぜさせる。
ジーニャはシャカシャカと音を立てて混ぜるが、瑞希はジーニャの手を止めさせない。
「あの、ミズキさん……これっていつまでやれば良いっすか?」
瑞希は別のボウルに入れた卵白を魔法を使い混ぜ合わせる。
「こんな感じでふわふわになるから、こうなれば完成! ここに分けた卵黄と、モーム乳、塩、胡椒を加えて、バターを塗った鉄鍋で焼いてやると……」
ふわふわに膨らんでいる卵を二つ折りにして皿に移す。
「スフレオムレツの完成だ! 食感がふわふわになって面白いんだ。同じ材料でも一手間加えると別の料理になる良い例だな」
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「へー! 卵白だけ混ぜるとふわふわになるんだ!」
「ミズキさんが言うには卵白だけを混ぜるとめれんげって言って、お菓子作りには良く使う手法なんだそうっす!」
バランは説明を聞きながら、小さ目のコロッケにフォークを突き刺すと、一口で口に放り込んだ。
サクサクとした衣から、ほくほくのグムグムの食感に、中からトロリとチーズが溢れ出し、バランは感情を抑えきれずに笑いだしてしまう。
「はっはっは! 何だこの料理は!? 私の好きなグムグムがここまで美味に仕上がるのか!?」
いつも仏頂面で過ごしていたバランが笑う。
見た事もない父親の笑顔にミミカは驚くが、負けじと笑顔で応戦する。
「凄いでしょ! 私もさっき味見したけど、ころっけって凄いでしょっ!?」
「凄いなこれは! 中に入っているのは何だ?」
バランは先程は一口で放り込んだため確認できなかったコロッケを、ナイフで真ん中から割ってみた。
「このトロリとして伸びるのは……」
「これはちーずですね。以前食べた物より遥かにコクもあり、旨味もありますが……」
「ミズキ様が言ってた仕掛けってちーずの事なのね! お父様! そちらのうすたーそーすをかけてみて下さい!」
「この黒いソースか? ……どれどれ」
切り分けたコロッケにウスターソースをかけて再び口にすると、目をカッと開く。
「美味いっ! 何も付けずとも美味いのに、このソースは何だ! ミズキと言う男はどこまでグムグムを美味くするのだ!」
三人が食べている顔を見ながら、アンナとジーニャは口元から垂れそうになる涎を拭く。
アンナは唯でさえ美味かったコロッケに好物であるチーズが加わるとどうなるのだろうと、考えるも、早く食べたい衝動に駆られる。
「この料理はまだあるのか!?」
「え、えっと……ミズキ殿はこの後に肉料理もあるので、これでお腹を膨らますのはもったいないと仰られておりましたので……(私達の分が無くなる!)」
「そうか……いや、でも確かにこの後に肉料理があるのでは仕方ないな……我慢しよう」
ミミカは普段からは想像も出来ない父の姿にクスクスと笑う。
「むぅ。どうしたのだミミカ?」
「だってお父様ったら子供みたいなんだもん! ミズキ様にお父様はグムグムが好きって伝えて良かったわ!」
「私の好物を知っていたのか?」
「最近までは知らなかったわ。でもこの前お食事を一緒にしていた時にグムグムの料理に反応してたからもしかしたらって思ってミズキ様に伝えたの!」
「そうか……ミミカ、良くミズキに伝えてくれた! おかげで私の好物が増えたよ!」
アンナとジーニャが二人の会話をしている姿に、そして会話の内容に嬉しくなる。
お互いが自分の思った事を相手に伝えているのだ。
この晩餐までに重ねていた重い空気が信じられない程なのだ。
「ミズキさんの料理は凄いですね。御二方がこうやって同じ料理を食べながら、意見を言い合う姿なんて想像も出来ませんでしたわ……」
「本当よ! お父様ったら昔っから仏頂面で美味しいなんて言葉聞いた事なかったもの!」
「私も最初は娘の手前我慢をしていたのだが……はっはっは! 確かにこの料理は凄い!」
「笑ったお父様の方が素敵だわっ!」
「私も初めて見たかもしれませんわ」
三人の笑顔は伝播する。
人は美味しい物を食べると自然と笑顔になるのだろう。
今この場所の三人は家族が食事をする様な当たり前の光景なのだが、ミミカが物心ついてから見た事のない光景で、ミミカが心から望んでいた暖かな光景なのだろう。
笑いすぎて出てしまったのか、はたまた望んでいた光景を目の当たりにして緩んでしまったのか、ミミカの頬には一筋の涙が流れるのであった――。