ポタージュスープとシーザーサラダ
――辺りはすっかり夜になった。
夕刻を過ぎる頃にテミルが城に訪れ、ミミカとバランが揃って出迎えた。
ミミカはテミルに抱き着くが、テミルはミミカを窘め、バランに深く一礼をする。
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晩餐の時刻になり、三人は席に腰を下ろし、瑞希の料理を待っている。
「バラン様。本日は御招き頂きありがとうございます」
「先程も話しただろう。礼を尽くすのは私の方だ。あの時はすまない事をした……」
「いえ……バラン様の事を知っているのに私が勝手をしたせいですので」
「もう良いわよ! 今日はミズキ様の料理を楽しむ日よ! お父様もミズキ様の料理をしっかりと味わってよね!」
「そうか……。ミミカがこれ程に言うのであればさぞ美味いのだろう」
「バラン様はミミカ様から食材の話を聞いておりますでしょうか?」
「いや、聞きそびれていたな。あの男……ミズキとやらが城を出て行ってからは、ミミカも私も慣れぬ食卓の場に緊張していたようだ」
テミルがチラリとミミカを見ると、恥ずかしそうに俯いている姿を見て、くすりと笑う。
「左様でございますか……では、本日の料理を楽しんだ後に話させて頂きます」
そんな話を交わしていると、アンナとジーニャが料理を持って来た。
一品目は白っぽい色のトロリとしたスープである。
表面にはパンを揚げたクルトンと、乾燥させた香草がパラりと乗っている。
バランは匙を突き刺し一口啜る――。
舌の上にトロリと広がり、濃厚で滑らかな口当たりに驚き、眉をぴくぴくと動かすが、娘の前での照れなのか、匙で掬う速さが徐々に早くなるが、表情だけは落ち着いている。
◇◇◇
夕刻前、瑞希は使用人への御裾分けコロッケを大量に揚げながら、ミミカにサラダを作らせていた。
本日のメニューでミミカが作れるのはそれぐらいしかなかった為だ。
しかし、ドレッシングが違う。
瑞希は作っておいたチーズに酢と油、塩、胡椒等をミミカに混ぜ合わさせ、ドレッシングを作る。
サラダの上には、外側の葉がレタスに似ているキャムや、玉ねぎに似たパルマンを薄切りにして辛みを抜くと、塩抜きをしたモーム肉を細かく切り、焼いてベーコン代わりに使うと、スープにも使うクルトンをこのサラダでも使い、最後にトロっと仕上げた温泉卵を乗せる。
「サラダにしては豪勢ですね」
「シーザーサラダって言ってな、チーズを使ったドレッシングが特徴なんだ」
「美味そうなのじゃ! わしも食べたいのじゃ!」
「今日は仕事で作ってるから俺達は後でな! このコロッケもミミカ達に出すのは後で揚げよう」
「ミズキ殿が今揚げているコロッケは使用人達で分けても良いのですか?」
「今日の晩餐のテーマは乳製品と魔法だ。今揚げてるのは普通のコロッケで、後で食べるのは少し仕掛けをする。もちろんこのコロッケも美味いけどな!」
次々に仕上がるコロッケを瑞希以外の面々がゴクリと唾を飲み込み、そわそわとしだす。
「このコロッケも食べてみたいのじゃ……」
「……まぁ、普通のコロッケの味も知っとかないと比較できないよな」
「そうっすよ! 味見は大事っすよ!」
「使用人の皆が食べれる分ぐらいは揚げてるし、一個ずつ味見をしようか。じゃあ熱いから気を付けて食べろよ?」
瑞希がそう言うや否や、四人が揚げたてのコロッケを熱そうに手に持ち、食べる。
サクッという音を立て、中からホクホクの中身が顔を覗かせる。
「ミズキ様の手にかかったらグムグムですら御馳走になるんですか!?」
「食感的には男爵イモみたいで美味いよな。あ、半分はこのウスターソースを垂らして食べてみてくれ」
全員が残っていたコロッケにソースを垂らし、再び口に運ぶ。
酸味と甘み、特有の風味を纏わせたコロッケは全員の胃を鷲摑みにして離さない。
「このうすたーそーすというのも美味いのじゃ!」
「もう二、三日置いておくと熟成されてもっとまろやかになるけど、これでも充分に美味いだろ?」
「これ……皆に分けなきゃだめっすか?」
「美味しい物は皆で食べてこそだろ? それに、俺達が食べる時はさっき言った様に仕掛けをしたのを食べられるから我慢我慢!」
「ミズキ殿が言う仕掛けとは?」
「ん~……もう形にはしてあるけど、そっちのコロッケだよ」
瑞希が指さすコロッケは、今揚げている物より一回り小さく、俵型をしている。
「こちらのコロッケとは形は違うのは何故なんですか?」
「このコロッケはあくまで添え物として作ってるからな。他にも料理はあるから、これでお腹いっぱいになっても勿体無いだろ?」
皆でわいわいとコロッケの試食をしていると、執事長が厨房に入ってきて、テミルが来た事を告げる。
「テミルが着いた様なので、私は迎えに行って参ります!」
「おう! じゃあ後の料理は楽しみながら晩餐で食べてくれ!」
瑞希がミミカにそう告げると、ミミカは走って厨房を後にする。
「じゃあ次はスープに取り掛かろう!」
瑞希は薄切りにしたパルマンをバターで炒めると、鶏ガラスープを加え、一口サイズに切ったグムグムを入れ煮込んでいく。
「スープにもグムグムを使うんすか?」
「さっきも言ったろ? テーマは乳製品と魔法だ。グムグムを主体のスープなんて食べた事無いんじゃないかと思ってな!」
「スープにグムグムが入ってるのは別段珍しく無いのではありませんか?」
「まぁまぁ、ここからがこのスープの面白い所だよ……」
瑞希はグムグムが柔らかくなると、シャオと手を繋ぎ、鍋の中身をハンドブレンダーの様な魔法でドロドロにしてしまう。
そこにモーム乳を加え、塩と胡椒で味を調える。
「液体だけになったのじゃ!」
「白いスープですか……確かに私達が以前食べさせて頂いたくりーむしちゅーとは見た目も違いますね」
「これを器に移して、乾燥した香草と、サラダにも使ったクルトンを入れたら、ポタージュスープの完成だ!」
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ミミカは食卓のテーブルに置かれたスープの作られた所を見ておらず、中身が何かは分からないが、その味に感動する。
「美味しい! テミルも早く食べてみてよ!」
「では御相伴に預からせて頂きます」
テミルも遅れて一口スープを啜る。
「これは……」
「美味しいわよね! 何が入っているのかしら!? お父様はわかる!?」
「いや、食べた事の無い味だが……これは美味いな」
「そうよね!? 滑らかなのにコクがあって、優しい味!」
三人がスープをたいらげると、アンナとジーニャにより、次はサラダが目の前に置かれる。
「あ、これは私がミズキ様に習って作ったのよ!」
「ミミカの料理か……頂くとしよう」
バランは卵にフォークを突き刺すと、トロリと半熟の黄身が垂れる。
ドレッシングを絡ませながら、主体である野菜と一緒に口に放り込む。
「むぐっ!……」
「美味しいわ……前に食べたサラダも美味しかったけど、これはちーずの味ね?」
「そうなのっ! このドレッシングにはチーズがたっぷり入ってるのよ!」
「ちーず? ちーずとはなんだ?」
「モーム乳から作れるのよ!」
「この豊かな味をモーム乳からか!? 一体どうやって作るんだ!?」
チーズの味を相当気に入ったのか、バランの声が徐々に大きくなり始める。
アンナとジーニャはバランとテミルのグラスに赤ワインに似た味わいのルク酒を注ぐ。
「ミズキ殿の御言葉を借りますと、ちーずにはルク酒が良く合うようですので、本日のお酒はルク酒を用意致しました」
バランはチーズの風味が残っている口に、ルク酒を流し込む。
鼻から抜けるチーズの香りと、ルク酒の酸味がお互いの味を際立たせる。
「とっても美味しいですね。初めてちーずを食べた時も驚きましたが、このドレッシングに使われているちーずは以前の物より美味しい様な……」
「テミル凄い! これはミズキ様が作ってたんだけど、私の知ってる作り方とは少し違ったの! だからかな~?」
「ミミカもちーずとやらを作れるのか!?」
「もちろん! ミズキ様に教えて貰ったもの! 美味しいでしょ?」
「美味い! まだ前菜だと言うのにこれ以上の料理が来るのか……」
ミズキを知るバラン以外の女子達は、初めてミズキの料理を食べた時の事を思い出し、にやにやとバランを見つめるのであった――。