テオリス家のミミカ
瑞希達は再びドマルと別れ、モノクーン地方領主であるテオリス家の城へと再び戻ってきた。
道中シャオは瑞希の膝の上で自分で作ったクッキーをサクサクと食べながら寛いでいたが、瑞希は何を作ろうか悩んでいた。
ミミカが作れる物が良いのか、単純に美味しい物が良いのか……瑞希がそんな事を考えていると、シャオは瑞希の口にクッキーをねじ込み、瑞希はそのまま咀嚼してシャオに話しかけた。
「……なんだよ急に」
「ミズキの料理なら何を作っても大丈夫じゃ」
「どうせなら美味しい物を出したいじゃないか?」
「じゃから、ミズキの料理なら美味しいから大丈夫じゃよ」
「そんな事ないって。ましてや今回は二人の話題になる様な料理じゃないとならないしな……」
瑞希はアンナ達から聞いたミミカとバランの沈黙の晩餐という話を聞き、話題になる様な料理の方が良いかと考えていた。
「ミズキの料理なら何でも話題になるじゃろ。お主の料理は魔法以上に魔法みたいじゃからの」
「魔法ね……魔法……そうか、驚く様な料理だったら二人の話題になるか?」
「くふふふ。ミズキの料理が楽しみじゃの~!」
二人が会話を続ける中、馬車は城内へと到着し、二人は馬車から降り立つ。
そこには可愛らしい服を着たミミカが、瑞希を出迎えようと使用人達と共に背筋を伸ばし立っていた。
三日ぶりに会った瑞希の姿はミミカからは輝いて見えた。
「ミズキ様! お久しぶりです!」
「久しぶりって……まだ三日しか経ってないけどな」
瑞希が苦笑していると、シャオがとことことミミカに近づく。
「シャオちゃんは今日の髪形も可愛いですね」
「ふふん! ミミカ達にお土産があるのじゃ!」
「お土産ですか? 何でしょうか?」
シャオはクッキーの入った大き目な瓶を手渡すと、ミミカは瓶の中を覗き込むように確かめる。
「これは焼き菓子でしょうか?」
「わしがミズキに教えて貰って作ったのじゃ! 道中でも食べていたが美味いのじゃ!」
「シャオちゃんの手作りですか! それは楽しみですね! アンナとジーニャはもう食べましたか?」
「あやつらには別の小瓶であげたのじゃ! 美味いとも言っておったぞ?」
ミミカはにこやかに微笑みながらもシャオの言葉にピクリと反応する。
「……シャオちゃんはもうお昼ご飯は食べたんですか?」
「さっきミズキと一緒に作って食べたのじゃ! ぴざって言うちーずを使う料理なのじゃがな、皆で美味しく食べたのじゃ!」
「皆って言うのはアンナ達もでしょうか?」
「その通りじゃ!」
馬車を預けたアンナとジーニャは瑞希に合流すると、シャオと話しているミミカを見て後ずさりし始める。
ミミカは二人の姿を見つけると、先程の落ち着いた振舞いとは違い、年相応の子供っぽさを感じさせながら怒り始めた。
「二人ともずるいー! 勝手に食べちゃダメって約束したのにー!」
「すみませんミミカ様……」
「ならお嬢は目の前に出来立てのミズキさんの料理が出て来ても我慢出来るっすか?」
「……それは無理よね」
「しかもそれは私達の見た事ない料理で、目の前でドマル殿が大絶賛しているんです……」
「それは食べたくなるわよね!」
三人の会話を聞いていた瑞希は吹き出した。
「お父さんと話せないとは聞いてたけど、ミミカ自身は変わらず元気そうだな」
「ミズキ様の料理が気になるからですよ!」
「そう言って貰えてなによりだ。テミルさんは来たのか?」
「テミルは今日の夜に到着するそうです!」
「なら俺が作る料理は今日の晩餐で良いのか?」
「はい! ミズキ様の料理なら会話も弾むと思うんです!」
「そうなったら良いけどな……とりあえず何品かは決めてるから厨房を借りて準備をしていいか?」
「かしこまりました。あの……私もお手伝いしてよろしいですか?」
「もちろんだ! ……と言いたいけど、周りの方々の視線が痛いのだが……」
いくらミミカから瑞希の話を聞いていたとはいえ、テオリス家の一人娘と物怖じもせず、タメ口で話す瑞希に呆気に取られていた。
「やはりここは丁寧に話しましょうか? ミミカ様?」
「もうっ! 駄目ですっ! ミズキ様はそのままで良いのです!」
ミミカはぷんぷんとしながら瑞希の背を押し、厨房へと歩いて行くのであった――。
◇◇◇
厨房へとやってきた瑞希達は、馬車に乗せていた食材を運び込んでもらい、時間のかかる食材から調理を始めようとしている。
「アンナとジーニャも手伝ってくれるのか?」
「うちらはお嬢の付き人っすからね!」
「本当はお昼からミミカ様は勉学の時間なのですが……」
「良いの! 今日だけ特別! これも勉強の一つだもん!」
「ミミカは最近料理を作ったのか?」
「おむれつには挑戦してます! あと……ほいっぷくりーむは上手く作れる様になりました……」
消え入りそうな声を聞いて、勘付いた瑞希は、苦笑しながらミミカに突っ込んだ。
「前も言ったけど、甘い物はあんまり食べると太るぞ?」
「うぅ……あの味を知ってしまうと、どうしても食べたくなるのです……」
「今日の食後の甘味は多少ヘルシーな物になる予定だから丁度良かった。じゃあシャオは鶏ガラを洗って鍋でスープをとってくれるか? ミミカはパルマンとカマチの皮を剥いてくれ」
シャオとミミカの二人は二つ返事で頷き、スープ作りに取り掛かる。
「アンナとジーニャはグムグムの皮を剥いて、この甲羅で擦り下ろしてくれるか?」
瑞希はアンナとジーニャにニードルタートルの甲羅を手渡し、二人は瑞希に言われた通りに調理に取り掛かる。
当の本人は、ココナ村で買った塩漬けのモーム肉を水につけ塩抜きし、パルマンの皮を剥いて微塵切りにし始めた。
「ミズキ様はこの三日間はどんな事をしていたんですか?」
「ん〜? まずは依頼にあった料理で、カレーってのを依頼主のキアラって女の子に教えたな」
ミミカはキアラの名前を聞き女の子とわかると反応したが、瑞希は続ける。
「えらく気に入ってくれて、家でも作りたいって言うから、自宅に一晩泊めて貰える事になって、その時にプリンを作ったんだよ」
アンナは自宅に招かれた……という事に反応を示す。
「そんで次の日にウォルカの街がオーガに襲撃されそうになってたから、知り合いの冒険者と討伐しに行って、もう一泊してきたんだ」
ジーニャはオーガの討伐に反応を示した。
「凄い壮絶な三日間っすね……」
「やった事と言えば、料理と討伐ぐらいだよ」
パルマンを切り終えた瑞希は、生のモーム肉を切り分け始める。
シャオはやる事が無くなったのか、瑞希のそばで切られる肉を眺めていた。
「そう言えばシャオちゃんの髪の毛ってキアラちゃんって子とお揃いなんすよね?」
「そうなのじゃ! 今日の朝にミズキにやって貰ったのじゃ!」
アンナはまた自分だけ髪の毛をやって貰って無い事にガックリと肩を落とす。
「てことは、キアラちゃんってシャオちゃんぐらいの子っすか?」
瑞希とジーニャの会話を聞いている、アンナのグムグムを擦り下ろす手が止まる。
「十三歳だからシャオよりかはお姉さんだな」
ほっとしたのかアンナの手は再び動き出す。
「ではキアラちゃんの御実家に泊まられてたのですか?」
ミミカも野菜をスープの鍋に放り込んで瑞希の側に戻る。
瑞希は切り分けた肉を微塵切りにしたパルマンの中に埋めると、アンナからすり下ろしたグムグムを受け取り、布で包んで水を張ったボウルの中で揉みしごく。
「一泊目はそうだな。コール商会って言って香辛料を扱ってる大きい家だったよ」
「では二泊目は?」
「二泊目は祝勝会もあったから近くの宿で泊まったよ」
「キアラも一緒に泊まったのじゃ!」
シャオの言葉に三人はぴくりと反応を示す。
瑞希は先程揉みしごいたボウルの水の上澄みを捨てると、白く沈殿している下層部に綺麗な水を再度入れ、かき混ぜて放置する。
「シャオちゃん……キアラちゃんは別の部屋ですよね?」
「キアラはわしと一緒に寝たのじゃ!」
「じゃあ流石に別の布団だったんすね!」
「朝起きたらわしもキアラもミズキの布団で寝てて、寝起きのミズキに怒られたのじゃ」
「「「ミズキ殿(様)(さん)!?」」」
瑞希はボウルの上澄の水を再び捨てようとしていた所で、三人から名前を呼ばれて、びくりと体を跳ねさせた。
「いや、俺は悪くないだろ?」
「それはそうですが!」
「キアラちゃんがすごいっすね」
「私だけ髪の毛をやって貰ってないのか……」
三者三様の反応を示し、会話を続けながらも着々と晩餐に向けて調理は進んで行くのであった――。