新たなチーズとピザ
クッキーを全て焼き上げ、冷ましている途中だが、既に昼食の準備は終わり、瑞希達は席に着き食事をしようと手を合わせていた。
ドマルは自身の好物であるポムの実が瑞希の手によりたっぷりと使われているソースを食べるのを楽しみにしていたので、目の前のピザやホロホロ鶏のポムの実ソースがけを前に嬉しそうにしている。
ドマルが初めて見るピザに手を伸ばそうとしたその時、アンナとジーニャが宿に入って来る。
「ミズキ殿!」
「シャオちゃんも三日ぶりっす! 今日の髪形もかわいいっすね」
本日のシャオの髪形はキアラの希望でツインテールになっている。
なんでも二本というのがシャオとキアラを表しているらしい。
「そうじゃろ? キアラとお揃いなのじゃ!」
「友達っすか? お揃いとか仲良しさんっすね!」
「俺達は今から昼食なんだが、アンナ達も食べるか? 生地も余ってるし直ぐに焼けるぞ?」
「いや……私達はすでに昼食を済ませて来たので……」
「そうか? じゃあ俺達だけで食べようか。頂きます」
ドマルは熱々のピザに再度手を伸ばすと、引っ張った先からチーズがトロリと垂れる。
自身の皿に移すと皿毎持ち上げ、熱そうにピザに齧り付き、咀嚼する。
生地とチーズのもちもちとした感触と、ポムソースの酸味と甘みが混然となり、ドマルはごくりと飲み込んだ。
ドマルにもポムの実を始め、好物と言える物はそれなりにある。
しかし、今日、今、この場所で、ドマルの歴史における好物はこれが歴代のトップに変わった。
「ミズキ……」
「ん? 美味いだろ? 良かったらこれも……「美味し過ぎるよ! 人生で一番好きだと言えるよ!」」
「わはは! それは良かった! 良かったらこれを軽く付けて食べてみたらどうだ?」
瑞希が差し出した小さな器には真っ赤な粉末が混じった液体が入っていた。
匙が差してあったので、ドマルはピザに少し垂らし、再びピザを口に入れる。
二度目なので一度目の衝撃は受けないと思っていたドマルは、瑞希の料理を侮っていた。
ピリリとした辛味に加え、酸味が加わった事で、チーズの旨味やポムの実の味が倍増した様に錯覚を起こした。
「なんだよこれ!? ちょっと加えただけでこんなに美味しくなるの!?」
「それはタバスコって言って、酢と塩、後は辛味であるトッポの粉末を加えたんだよ。まぁタバスコとは言えないかもしれないけど、ポムの実には合うだろ?」
「無くても美味しいけど、僕は有った方が好きだな! こっちのホロホロ鶏も美味しい! ポムの実って本当に何にでも合うんだね!」
「ポムの実は本当に使えるんだよ。もっと小さめのなら、チキンカツみたいに衣を付けて揚げても美味いんだぞ」
「何それ!? 食べてみたいな〜! ピザをもう一枚貰うね……」
「おう! 何枚でも食べてくれ! 足りなかったらもう一枚焼くからさ」
ドマルがピザに手を伸ばそうとすると、涎を垂らしながらピザを見つめる二人がいた。
「あの……御二方も食べたら良いじゃないですか?」
「お嬢に釘を刺されてるんっすよ!」
「自分達だけ瑞希殿の料理を食べない様にと……」
「なんじゃそりゃ……ミミカには御土産もあるし、城でも作れるから食べれば良いじゃねぇか」
「それは……その……」
「じゃあ頂くっす!」
「おい! ジーニャ! お前には忠誠心というものがないのか!?」
「ミズキさんの料理には勝てないっすよ! シャオちゃん横に座って良いっすか?」
「構わんのじゃ! お主もミズキの料理が冷めぬ内に食べるのじゃ」
シャオは髪型を褒めてくれて気が良くなっているのか、ジーニャに料理を勧める。
ジーニャはピザを口にすると、頬に手を当て悶える。
「これは美味いっすね〜! 前のちーずよりも濃厚っす!」
「ちーず……」
「このたばすこを加えたらまた美味いっす! お腹は減って無かったんすけど、これなら何枚でも食べれるっす」
「だよね! ミズキって本当に凄いよね! 僕ももう一枚食べよ」
「わしも食べるのじゃ!」
「あ、あの……」
次々とピザは減って行き、アンナの忠誠心という名の我慢がぐらついてしまい、ついに食べる決心をしたのだが……。
「最後の一枚貰うのじゃ!」
「あう……」
泣きそうな顔でピザの行方を目で追うが、シャオはいつもの様に大きな口を開けてもぐもぐと咀嚼をしている。
「むふふ〜。美味いのじゃ〜!」
「本当に美味いっすね……あれ? ミズキさんはどこに行ったっすか?」
「食べたかった……」
「だから食べれば良いだろ?」
ミズキはアンナの前に焼立てのピザを乗せた皿を置く。
「ミズキ殿ー!」
「アンナはチーズが好きなんだから我慢すんなって」
「ミミカ様……すみません! ……おいし〜!」
瑞希がアンナの表情を見ながら嬉しそうにしていると、シャオはクッキーを気にしていた。
「ミズキ、これはまだ食べてはならんのじゃ?」
「食後に粉砂糖をかけるからそれまでは我慢しようか」
「気になるのじゃ……」
「シャオが作ったもんな。きっと美味しいから後で食べような!」
瑞希はシャオの頭を優しく撫でる。
アンナも幸せそうに食べていたが、満足したのか我に返り自身の決意の弱さに落ち込んでいる。
「アンナ、これは仕方ないっすよ」
「しかし……ミミカ様との約束を破ってしまった……」
「逆に考えるっす! お嬢が今この立場なら我慢できたと思うっすか?」
「……絶対に無理だ」
「なら私達も無理っすよ。しょうがないしょうがない!」
ジーニャは笑いながらアンナを丸め込んだ。
瑞希は食べ終わった皿を片付けると、粉砂糖が入った瓶を手に戻って来た。
「じゃあシャオ、広げたクッキーに粉砂糖をかけてくれるか?」
「まっかせるのじゃ〜!」
シャオは瑞希に手渡された粉砂糖が入ったザルを振るうと、網目が荒いので細かくはかけれないが、それなりに全体的にかかる。
「これで完成なのじゃ?」
「これで完成だ。食べてみろよ」
シャオはクッキーを口にすると、サクサクと小気味の良い音を立てて咀嚼する。
「どうだ?」
「美味いのじゃ! しゅーくりーむとかぷりんとはまた違うが、これはこれで美味いのじゃ」
「うん。上出来上出来! じゃあドマル、これを瓶に詰めておくからキアラの家まで持って行って貰えるか? こっちの小瓶の方はキアラに渡してやってくれ。 シャオの手作りだって言ってな」
「わかったよ! 届けるのは今からウォルカに着いても夜になるだろうから、明日になるけど大丈夫?」
「それなりに日持ちはするから大丈夫だよ」
「シャオちゃん、私にも一枚食べさせて欲しいっす」
「あ、ずるいぞジーニャ! シャオ殿私にも貰えないか?」
「構わんのじゃ! ほれ」
アンナとジーニャはクッキーを食べると、久々の甘味を噛み締める。
「美味いっすね! これシャオちゃんが作ったんすか?」
「分量などはミズキが決めたのじゃが、殆どわしが作ったのじゃ」
「シャオ殿はミズキ殿に似て、料理上手だな!」
「くふふ。ミミカにも食べさせるのじゃ」
「ならそろそろ準備をしないとな。ほら、こっちの小瓶は二人に一つずつあげるよ」
「良いんすか!?」
「良いのかミズキ殿!?」
「すぐ作れるから大丈夫だよ。なぁシャオ?」
「また作ってやるのじゃ!」
シャオが二人に向かって踏ん反り返りながら笑っていると、アンナとジーニャから抱き付かれて戸惑う。
しかし、自身で作ったクッキーを褒められたため、悪い気はしないのであった――。