御褒美のシュークリーム
キアラが家に戻り、仕事を終えた両親に事情説明をした所、今朝別れを告げた瑞希達にウォルカを救ってくれたと大喜びし、再び歓迎するのであった。
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「これはシャオに似合うんな!」
「どうじゃミズキ!」
「シャオは何を履いても似合ってるよ」
いつもの様にシャオの頭を撫でていると、キアラの父親が期待の眼差しで瑞希を話しかける。
「ミズキさん……今日は何か作らないのか?」
「今日はもう料理番の方々が料理も作っていますし、祝勝会に持って行く物を作るぐらいですかね」
「そ、それは私達のもあるのか?」
「簡単な甘い物ですけど……食べ「喜んで! 材料は家の物を使って貰っても良いぞ! 砂糖も使うだろう!?」」
キアラの父親はどうやら瑞希が作る甘い物の虜になった様だ。
「ミズキは今日どこに泊るんな?」
「今日はあいつ等と祝勝会だからそのままロイズ亭に泊るな」
「うちに泊まらんのか?」
「お邪魔したいのは山々ですけど、いつまで飲むかも予想出来ないですからね。料理を作ったらお暇します」
「じゃあ私もロイズ亭に泊るんな!」
「いや駄目だろ? 家が近くにあるんだから泊る必要ないだろ?」
「嫌なんな! シャオと一緒に寝るんな!」
「えぇ~……(親父さん止めて下さい)」
瑞希は父親に視線を送ると、瑞希の意図を組んだのかウィンクを返す。
「キアラ……」
「親父! 良いんな!? 今日だけなんな!」
「……夜更かしするんじゃないぞ?」
傍から見れば娘のお願いに弱い父親は即座に陥落してしまった様に見えるのだが……。
瑞希はキアラを酒の場に連れて行きたくなかったのだが、シャオがいるのにそれもおかしな話だと諦めた。
「はぁ……ならキアラは絶対に酒は飲むなよ? 後、夜遅くなる前にシャオと一緒に布団に入れよ?」
「ミズキは一緒の布団に寝んのじゃ?」
「ミズキも一緒の布団に寝るんな!」
「あほ。よそ様の娘さんと一緒に寝れるか」
「ミズキさんキアラと一緒に寝んのか?」
キアラの父親は瑞希なら娘を……と考えているのでにやにやしながら悪乗りをしてしまう。
「この親父は……では親父さん以外の方の為に甘い物を作らなくちゃな!」
「そんな! 私のも頼む!」
「悪乗りしちゃう人に甘い物を作る気はしませんな~」
「すまなかった! しかしキアラは折角だから連れてってやってくれ!」
瑞希は深くため息をつくと、キアラのカレーを他人にお披露目する良い機会なので、父親の言葉を了承した。
一緒の宿に泊まる所までだが……。
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厨房にやって来た瑞希達は早速調理に取り掛かるのだが、既に仕事を終えた筈の料理番の三人も興味津々に瑞希に注目していた。
「ならシャオ御希望の甘い物でも作ろうか。その前に、キアラは今日カレーを作ったか?」
「作ろうとしたんな! ただ途中で瑞希達が気になって完成してないんな……」
「ちょうど良かった。なら俺の連れ達にも食べさせたいから数人分……いや、どうせお代わりするだろうから十人分ぐらい作ってくれないか?」
「わかったんな! すぐ作るんな!」
キアラはそう言うと、早速カレー作りに取り掛かる。
「あ、辛さは昨日より少し抑え目で頼む!」
「辛いのが苦手な人がいるんな?」
「それが分からないから、どうせなら辛いって印象より、美味いって印象を付けて貰いたいだろ? 上手く行けば宣伝にもなるしな」
「わかったんな!」
「わしの甘い物はどんなのじゃ?」
シャオはカレーより御褒美の甘い物が気になる様だ。
「今回は石窯を使ってシュークリームにしようか! まだ酵母液も出来てないし、シュークリームなら生地に酵母も使わないからちょうどいい」
「くりーむ!? ほいっぷくりーむは大好きなのじゃ!」
「まぁホイップクリームの奴もあるけど、今日はカスタードクリームを作る! という訳でまずは……タバスさんの所でも石窯を見たけど、まずは石窯に火を熾そうか。すみません石窯に薪を入れて貰っても良いでしょうか?」
使用人の一人がコクコクと頷き作業に取り掛かる。
「シャオはモーム乳でバターを作ってくれ! えっと貴女は小麦粉……じゃなかったカパ粉を持って来て貰えますか? もう一人の方は卵を割って下さい」
瑞希は各々に指示を出し、自分はモーム乳を取りに行く。
「できたのじゃ!」
「さすがにバターを作るのも慣れて来たな!」
瑞希とシャオはバターを見慣れているが、キアラを含め料理番の面々は液体から固体が生まれた事に驚く。
「なんなんな!? それはシャオの魔法なんな!?」
「これはバターって言って、モーム乳の脂肪分の固まりだな。モーム乳の上澄みを瓶に入れて振ると出来るんだよ」
「美味いんな!?」
「美味いぞ? キアラもカレーに使うか? まろやかな味になるぞ?」
「使ってみるんな! 最後に加えたら良いんな?」
「もう煮込みの段階まで来てるならそれで大丈夫だ」
キアラは瑞希が使わない分のバターを手に入れると、早速カレーに少しずつ足している。
「さて、バター、卵、砂糖、モーム乳、カパ粉が揃ったので、これから生地を作っていく」
「材料はプリンに似てるのじゃ」
料理番の三人もシャオの言葉に頷く。
「近いぞ? カスタードクリームなんか、カパ粉を加えたプリンみたいな物だしな。じゃあまずはカパ粉をザルに入れてそっちのボウルに振ってくれますか?」
料理番の一人がカパ粉を振るう。
「こっちの竃では鍋に少量の水、砂糖、モーム乳を入れて火をかけて少し温めます」
シャオが竃に魔法で火を熾すと、瑞希は鍋を温める。
「少し温まって来たら、ここにバターを加えて溶かします。バターが溶けたら振るって貰ったカパ粉を入れて木べらで練ると……こんな感じで生地になります」
瑞希は鍋の中が全員に見える様に傾け、キアラも味の調整が終わったのか瑞希の料理に加わる。
「これを石窯で焼くんな?」
「まだ完成じゃないよ。この生地をボウルに移して、溶き卵を少しずつ加えて練っていく……これぐらいの固さになったら生地の完成です」
「液体とも言えず、固体とも言えない固さなのじゃ」
「石窯が温まったら薪を出しておいて貰って良いですか? あと、何か清潔な布を何枚か貰えますでしょうか?」
料理番の者達は瑞希の指示に従い用意する。
「そしたら石窯に入れる天板にバターを塗って、布にこの生地を入れて……シャオ、この先っちょを小さ目に切ってくれ」
シャオは魔法を使い布を切る。
「そしたらこれはシャオに任せようかな? こうやって布を絞ると生地が出て来るから、これぐらいの間隔をあけてこの大きさで生地を出してくれ」
「くふふ! 任せるのじゃ!」
シャオは瑞希を習い、天板に生地を落として行く。
「上手い上手い。もう一枚の天板にはキアラにやって貰おうかな」
「任せるんな!」
キアラも器用に生地を落として行く。
隣で同じ作業を行うシャオと目が合うと、楽しいのか二人とも笑いあう。
「姉妹にしか見えんな……さて、じゃあ生地は二人に任せて、俺達はカスタードクリームを作りましょう! この料理もキアラの御両親は絶対好きなので覚えといてくださいね?」
瑞希はそう言うと、次の作業に取り掛かる。
「ボウルに卵黄と砂糖、小麦粉、あとは甘い香りのする香辛料も少し入れてしっかりと混ぜます。竃ではモーム乳を鍋で少し温めて……シャオ、生地が終わったら竃に弱火を頼む」
「終わったのじゃ! 火はこれぐらいで良いのじゃ?」
「大丈夫だ! じゃあ温めてるうちに、シャオとキアラが用意した生地を石窯で焼きましょう。生地の表面を水で少し濡らします」
瑞希はシャオの手を取り、霧吹きの要領で魔法を使う。
「今は魔法を使いましたが、表面が軽く湿れば大丈夫……かな? もし霧吹きみたいにやるならブラシや捌けみたいな物に水を含ませて毛の部分を弾けば良いんじゃないでしょうか?」
「魔法って便利なんな!」
「魔法って便利なんだよ……後は少し冷めた石窯に入れて三十分弱焼けば生地の完成だ! シャオはモーム乳の火を一旦止めてくれ」
瑞希は石窯に天板を入れるとそのまま扉を閉める。
「さて温まったモーム乳をこの卵液に加えながら混ぜて……これをまた鍋に戻して加熱します」
再びシャオに火を起こしてもらい混ぜて行くと、クリームは徐々に堅くなって来る。
「こうやって加熱すると卵黄の凝固作用でクリーム自体が固まって来るので、焦げない内にボウルに移して冷ましましょう」
「石窯の方は焦げて無いんな〜?」
「あ、駄目だ!」
瑞希は慌ててキアラの腕を掴み、石窯に伸ばした手を止める。
「ご、ごめんなんな……」
「いや説明してなかった俺が悪いよ。この生地は焼き上がる前に石窯の熱が下がると萎むんだよ。もう少ししたら焼き上がるから、カレーの味見でもしようか?」
「味見して欲しいんな!」
瑞希はキアラが作ったカレーを味見する。
「ん? 少し香辛料の配合を変えたか?」
「ちょっと苦味を足したんな! 不味いんな?」
「いやこれはこれで美味いよ! 昨日の今日で色々試してるんだな」
キアラは何かを期待してチラチラと瑞希を見ると、瑞希は察したのかキアラの頭を撫でる。
「これに止まらずにこれより美味しいカレーを作る様にね」
「わかったんな!」
「ミズキ、石窯の生地は良いのじゃ?」
「そろそろ焼けたかな」
瑞希はキアラから離れると、キアラはシャオに嬉しそうに自慢する。
「私のカレー褒められたんな! シャオも食べて欲しいんな!」
「昨日からカレーばかりじゃから飽きたのじゃが……折角なら頂くのじゃ」
シャオとキアラが楽しそうにカレー談義をしていると、瑞希が二人を手招きする。
「おぉ! 膨らんでるのじゃ!」
「焼く前とは全然違うんな!」
「これも冷めてからだな……シャオ、魔法で風を起こして冷ましてくれるか?」
「わかったのじゃ!」
「後は粉砂糖なんかあれば良いんだけど……砂糖を擦り潰すか。キアラ、砂糖を擦り潰して粉にしてくれるか?」
「すぐに作るんな!」
「じゃあ俺は洗い物でも終わらしとくか……」
瑞希が料理番の三人の質問に答えながら洗い物をしていると、粉砂糖を用意したキアラと、シューを冷ましているシャオはカスタードクリームを前に無言で佇んでいる。
二人は一つ頷くと、瑞希にバレない様に指先にクリームを付け一口舐めてみた。
「「美味いのじゃ(んな)!」」
瑞希はその声に気付くと、もう一口舐めようとしている二人の頭をコツンと叩く。
「こら! つまみ食いは駄目だろ?」
「直ぐに食べたいのじゃ! これは濃厚で美味いのじゃ!」
「これは親父に知られたらまた煩くなるんな!」
「もう完成するからちょっと待て。シューが冷めたら、こうやってナイフで切って、カスタードクリームを挟むだろ? 後はキアラの粉砂糖を振り掛けたら完成だ!」
「試しに一個食べるのじゃ!」
「全部詰め終わってからだ!」
「詰め終わったら一個だけ先に食べるのじゃ! わしの御褒美なのじゃろ!?」
「わかったわかった。じゃあさっさと詰めて行こうな」
調理場に居る六人は次々とシューにクリームを詰めて行き完成させる。
「こんな大量に作ったのは初めてだな……じゃあ調理した者の特権で味見をしましょうか?」
瑞希以外の五人が待ってましたと言わんばかりにシュークリームを掴むと各々口に運び、カスタードクリームの甘さを体感するのであった――。