魅惑のプリン
食堂には瑞希達を入れて十五人程の人間がガヤガヤと賑わいを見せており、上座にはキアラの父と思わしき恰幅の良い男性と、キアラの母が並んで座っている。
瑞希とキアラはカレーとラッシー等を注いで行くと、使用人に手渡し食卓へと運んで貰い、全員の前にはカレー、カパ粉焼き、白身スープ、ラッシーが並んでおり、プリンは後ほど提供する予定である。
「皆の前に行き渡ったんな? これが私の店の看板メニューにする予定のかれーなんな! そこにいるミズキに教えて貰って作ったんな! 親父も覚悟するんな?」
キアラは自信満々な顔で親父と呼ばれる男性に話を振った。
「キアラの料理は楽しみだが、もうあんなただ辛いだけの料理じゃないな?」
「大丈夫なんな! これは私が美味いと思う料理なんな!」
「そう自信を持って言うなら信じよう。じゃあ皆、今日も良く働いてくれた! 食事を始めよう!」
キアラの親父の掛け声と共に皆が一斉に食事をし始める。瑞希とシャオも頂きますと小さく呟くと食事をし始める――。
◇◇◇
時は少し遡り、ラッシーを飲み終えた瑞希は、シャオのカレーを別の鍋に移し、アピーの皮を剥く。
「アピーを使うんな?」
「今更トッポを抜く事はできないからな、アピーを混ぜて甘くするんだ。キアラの方のカレーも甘味が足りないなら砂糖で甘味を付けても良いし、今回はアピーを試してみるか? こっちの方が砂糖に比べて原価も抑えられるしな」
「試して見るんな! これはどうやって使うんな?」
「皮を剥いて、擦り下ろしてからカレーに混ぜるんだ」
瑞希はアピーの皮と芯を取ると、ニードルタートルの甲羅で擦り下ろして行く。
「後はこれを加えながら味見をして、自分が美味しいと思った所で完成だな。シャオ、これぐらいの辛さならどうだ?」
シャオは瑞希から小皿を渡されると、ペロリと舐めてみる。
「うむぅ……うむ? ちょっと辛いけど我慢出来ない程じゃないのじゃ」
「そこでさっきのラッシーを飲んでみな」
シャオはゴクリとラッシーを飲んでみる。
「おぉ! 辛いのが無くなったのじゃ! これなら美味しく食べれるのじゃ!」
「良かったんな! こっちはこれぐらいの辛さにするんな!」
瑞希は一口啜ってみた。
「うん! 辛口だけど美味いぞ!」
「本当なんな!? 辛すぎないんな!?」
「大丈夫だから安心しろ。トッポスープだと甘味も無かったし、あれはトッポの入れすぎだったんだよ」
瑞希はキアラの頭を撫でると、キアラは瑞希に褒められ、自信を持てたのか笑顔で喜ぶ。
「なら後は余った鶏ガラスープと、余った卵の白身で口直しの野菜スープも作るか」
瑞希は自身で買って来た野菜である、シラムとデエゴを切り、温めたスープに入れ、加熱する。
煮込んでいる間に、キアラはカパ粉焼きを作り、瑞希は鍋に氷水を張り冷やしていたプリンのカラメルソース作りに取り掛かる。
「今のうちにプリンにかけるカラメルソースを作るから、シャオは小鍋に砂糖と水を少し加えて弱火で加熱してくれ」
「わかったのじゃ」
砂糖の入った小鍋を加熱すると直ぐにふつふつと沸いてくる。
「そうしたら匙で混ぜながら、色が着き始めたら火を消して完成だ」
「これで終わりなのじゃ?」
「焦がさない様に、でも焦げの風味が砂糖に付く様にするのがカラメルソースの大事な味だ。これを冷やしているプリンにかけたら完成な」
シャオは瑞希に言われた量をプリンにかけていくと、黒く艶のあるカラメルソースに目を奪われる。
「綺麗なのじゃ~」
「こっちのスープも出来たかな? ……デエゴは煮込むと甘味のある大根みたいで美味いな! あとはプリンで余った白身をこのスープに少しずつ入れたら完成だ!」
「人数分のカパ粉焼きも焼けたんな!」
「じゃあ食堂に運ぼうか!」
キアラは使用人を呼び、食堂まで鍋を運んで貰う。
◇◇◇
時は食堂に戻り、カレーを口にした者達がざわざわとし始める。
キアラの両親も一口食べた後に固まってしまう。
ある者はカレーに、ある者はラッシーに、中には鶏ガラスープに驚いている者もいる。
「どうなんな? どうなんな!?」
「これは……本当にキアラが作ったのか?」
「間違いなく私が作ったんな! もう作り方も覚えたんな!」
「ミズキさんと言ったか? 貴方はこの料理をキアラに教えて本当に良かったのか!? これは美味い! 何より香辛料のための料理というにふさわしい味だ!」
キアラの父親による賛美に、従業員達も頷いている。
「別に構わないですよ。私自身カレーは専門外ですし、手慰み程度にしか作れませんし」
「この味で手慰みだと!? ここからさらに美味くなる余地があるのか!?」
「全然ありますよ? 香辛料の配合、使う具材、火の入れ方等々、言い出したら切りがないですからね」
「なら何故その味を極めないんだ!?」
「ん~……私は色んな料理が作ってみたいんですよ。もちろん一つの料理を極めるのが悪いとは思いませんよ? 自分が食べて美味しかった物、レシピを知って気になった物とかを色々試したいんです。カレーを極めるっていうならキアラの方がよっぽど才能がありますよ」
瑞希に才能があると言われたキアラは照れながら顔を赤く染める。
瑞希の言葉を聞きキアラの母が質問をぶつける。
「キアラに才能と言いますが、どの辺りにそれを感じるんですか?」
「香辛料への愛ですかね? 食べて貰ってわかる様に、カレーと言う料理は香辛料が肝心です。キアラと一緒に料理を作る中、親父の香辛料が凄いって褒めるぐらいですし、幼い時から香辛料に触れているから違いも分かると思います。話を聞けば香辛料を広めるために料理店を出してるそうじゃないですか? キアラの年でそこまで考えられるなんて香辛料への愛が無ければできませんよ」
「ではミズキさんから見てキアラはかれーを極められると思いますか?」
「それはキアラ次第ですね」
「と、言いますと?」
「料理って完成はないんですよ。この子……シャオと言いますが、シャオが好きな私の料理でハンバーグという物があります。それって何種類あると思いますか?」
「料理名が付いているなら一種類なのでは?」
「ところが、ハンバーグという名前で存在するレシピは何万種類……それこそ人の数だけ存在すると思います」
「そんなにですか!?」
「ちょっとした違いを含めてですけどね。でもカレーにしろ、ハンバーグにしろ突き詰めようとすれば様々な物を食べ、試さなければなりません。もしもキアラが私のレシピで満足するようであれば……」
「満足しないんな! 香辛料の可能性、かれーの可能性を私は信じてるんな!」
瑞希はその言葉を聞いて嬉しそうに微笑む。
「キアラが今のカレーに満足すればそれまでです。けど彼女には香辛料への愛がある。その彼女がカレーを突き詰めるなら、このカレーよりも美味しいカレーが作れると私は思います」
瑞希の言葉に母親も嬉しそうに頷く。
しかし父親は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「付け加えるならば、香辛料を商売にして成功している親御さんから生まれてきたのも、生まれ持った才能じゃないでしょうか? その親を持ち、親に対しても、カレーに対しても愛があるキアラは少なくともこの世界で一番才能があると言っても良いんじゃないでしょうか?」
難しい顔をしていた父親はふっと笑う。
「その通りだっ! キアラは我が家の自慢の娘だからな! 皆の食事の手を止めて済まなかった! 娘の自慢の料理だ! 熱い内に頂こうっ!」
皆の手が食事に戻ると、美味い美味いと食べる声が上がるのが嬉しいのかキアラは笑顔でその風景を見ている。
キアラの両親も直接キアラに伝えているのだろう。
親子三人で楽し気に会話をしている姿が伺える。
瑞希もまたキアラのカレーを食べ、美味いと独り言ちていた。
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目の前の食事も終わり、かなりの量を作ったはずのカレーとスープの鍋は空になっていた。
瑞希は席を立ち、冷やしていたプリンを皆の前に一つずつ置いて行く。
「これは食後の甘い物です。私がレシピを教えましたが、妹のシャオが作った物ですので、宜しければお召し上がりください」
瑞希はキアラの両親の前に置く時にプリンの説明をする。
「さすがに腹が膨れたのだが、ミズキさんが教えたとあれば気になるな……頂こう」
キアラの父親はそう言い、匙をプリンに入れると、ふるふると震える感触に驚きつつも口に運ぶ。
「――っ!? ミズキさんっ! これはまだ残っているのか!?」
「まだ少しだけありますよ?」
「もう一つ! ……いや、あるだけ頂きたい!」
「駄目よっ!? 貴方ばかりずるいわっ! 私も頂きたいものっ!」
キアラの両親が言い合いをしていると、従業員達もお代わりが欲しいと声を出す。
収拾がつかなくなってきたので、瑞希が提案をする。
「プリンの残りは五個ですので、三人一組でじゃんけんをしましょう!」
「じゃんけんってなんな?」
「じゃんけんってのは三種類の手の形で勝敗を決めるんだ」
瑞希はじゃんけんの形を見せてみせ、試しにキアラとジャンケンをしてみる。
「グーなんな!」
「俺もグーだな」
「この場合はどうなるんな?」
「勝敗がつかないかったら、あいこでしょっで、また違う形をだす……あいこでしょっ!」
瑞希は再びグーを出し、キアラはチョキを出す。
「負けたんな……」
「とまぁこの様に勝敗をつける訳です。プリンは五個残ってますし、三人一組で勝負して勝った人が貰えば良いんじゃないでしょうか?」
「面白いっ! では家族で争うのもなんだし、我々は別れて一組を作ろうか!」
瑞希とシャオは別々の組で参加し、従業員に紛れてじゃんけんをする。
シャオは負けた様で、恨みがましい目でグループの勝者を睨んでいたが、じゃんけんに勝利した瑞希によりプリンを目の前に置かれて、美味しそうに食べている。
「一口っ! 一口だけ分けてくれ!」
「駄目です! これは私がじゃんけんで勝ったんですからっ!」
「じゃあキアラ! 一口だけ!」
「駄目なんな~。シャオが作ったプリンは私の物なんな」
勝利した従業員も周りの物から羨ましがられ、勝利した母娘に挟まれた父親はいつまでも家族にお願いするのであった――。