プリンとラッシー?
キアラは瑞希の指導の元、香辛料の調合をしていく。
「色々使うんな~?」
「俺は単純な組み合わせしか知らないけど、香辛料の組み合わせは好みだな。大事なのは自分が美味いと思う物を客に出す事だよ」
キアラは最初に瑞希に食べさせたトッポスープを自分でも美味しいとは思っていなかったため、しょんぼりと落ち込んでしまう。
「トッポスープを美味しいとは思って無かったんな……」
「それが分かってるなら大丈夫だ。そもそもこんな立派な家があるのに何で一人で料理店をやってるんだ?」
「うちの香辛料をより多くの人に知って貰いたかったんな。だから最初はキーリスとか、別の街で香辛料を使った料理店をやるつもりだったけど、さすがにそれは止められたんな」
「ん? なら今の店は?」
「十五歳になったら別の街で店を出しても良いけど、それには条件があるんな。十五歳になるまでに親父を納得させる料理を作る事と、ウォルカの街で人気店になる事が条件なんな。それまでは今のお店を親父から借りて、条件を達成出来たら別の街で、自分の力で店をやるんな!」
「香辛料を使うっていうなら、肉料理でも良いんじゃないか?」
「肉料理は皆やってるんな。でもそれは香辛料を使った肉料理であって、香辛料がなくても料理になるんな。香辛料が無ければ食べれない料理……そんな料理を作りたかったんな……ミズキのかれーを食べて思ったんな! これは香辛料が無ければ作れないんな!」
キアラはカレーとの出会いが余程嬉しい出来事だったのか、キラキラした目で説明をする。
「その歳で自分のやりたい事に挑戦したいって思えるキアラはすごいな……」
瑞希は思わずキアラの頭を撫でてしまう。
キアラは嬉しかったのか、瑞希の手に身を任せているが、シャオは気に食わなかったのか、瑞希の背中に自分の頭も撫でろと言わんばかりに頭を擦り付けて来たので、もう片方の手でシャオの頭を撫でてやると、途端に機嫌を直した。
傍目から見たら妹二人を褒めている兄に見えなくもない。
「じゃあキアラの挑戦のためにもまずは親父さんに美味いカレーを食べて貰おうか!」
「かれーなら絶対行けるんな! スープも取れたし野菜の下拵えをするんな!」
「俺も手伝おう。ポムの実の皮の剥き方はな……」
瑞希は説明しながらも手際よく、パルマンの微塵切りを量産していく。
やはりキアラも瑞希の手際の良さに感心し、ホロホロ鶏を一口大に切っていく。
「出来たんな! 後は教えて貰った通りに作っていくんな!」
「暇なのじゃ~……」
「俺も後は口を出すだけだから、シャオはプリンを一緒に作って行こうか!」
「作るのじゃ! まずは何をするのじゃ!?」
「卵を割って、卵黄の部分だけ集めるんだけど…… キアラ、今日って従業員の人も一緒に食べるか?」
「夕食はいつも皆一緒にたべるんな!」
「なら、デザート代わりにしようか……余ってもシャオとか、キアラが食べれば良いしな」
「ミズキが作る物は絶対美味いのじゃ! わしはたくさん食べたいのじゃ!」
「砂糖は高いのに……」
「ここには砂糖も置いてるから気にせず使えば良いんな! さっき市場で買った砂糖は店で使うんな」
「ちゃっかりしてるな! でもそう言って貰えるなら安心して使わせて貰おうかな」
「ならまずは卵をこうやって割って、黄身と白身に分けてくれ」
瑞希は卵を割り、黄身を左右に分かれた殻の中で行き来させる白身の取り方を実践して、シャオに見せる。
「ほぉー! 綺麗に分かれるんじゃな!」
「やってる途中で黄身が割れても、どうせ後で潰すから気にするなよ」
「分かったのじゃ!」
シャオはやっと自分の出番が来たのが楽しいのか、次々に卵を割って行く。
「キアラ、甘い香りのする香辛料ってあるか?」
「あるんな! でも香りだけで舐めても甘くないんな?」
「ちょっとその粉末を貰えないか?」
「取って来るんな」
キアラは香辛料が置いてある棚に取りに行く。
「これなんな」
瑞希は匂いを嗅ぎ、バニラの様な甘い香りを感じるとにやりと笑う。
「やっぱりあると思ったんだよ。じゃあこれを少しだけ使わせてもらうな? 後はモーム乳はあるか?」
「そこの樽に入ってるんな」
瑞希はプリンに使うモーム乳をボウルに入れ運んでくる。
「終わったのじゃ!」
「ちょうど良かった! ならこのモーム乳を鍋に入れて、バニラの粉末と砂糖を入れて少しだけ加熱しようか」
瑞希が鍋に入れたモーム乳を竃に置くと、シャオが火球を出し、温める。
「その間に黄身を潰して混ぜておいて、軽く温めた甘いモーム乳をこの黄身が入ったボウルに少しずつ入れながら……シャオ、匙で混ぜてくれるか?」
「これで良いのじゃ?」
黄身にモーム乳が混ざり、薄く黄色がかった液体が出来上がる。
「甘い物っていうのは飲み物なんな?」
「まだ完成じゃないよ。一度ザルで別のボウルに移してやる……」
瑞希はザルを噛ました別のボウルに卵液を移す。
「液体をザルに移しても意味ないじゃろ?」
「ところがどっこい、ほら、黄身の周り付いてた白いカラザとか、黄身の皮とかがザルに残ってるだろ? これをやらないと舌ざわりが悪くなるんだ」
「細かい仕事じゃの」
「キアラ、小さ目のグラスと、底が平面の鍋はあるか?」
「そっちの棚にグラスはあるんな。鍋はこれで良いんな?」
「ばっちりだ! ならこのグラスに卵液を注いで、小さな泡はこうやって匙で掬ってボウルに戻してくれ」
シャオが卵液を二十個程の小さ目のグラスに移すと、瑞希は気泡の取り方を実践する。
「この泡を取るのは何故なんじゃ?」
「この後加熱するんだけど、この気泡があるとぶつぶつの見た目になるからな、気持ち悪いだろ?」
「そこまで気にするんな?」
「人に食べてもらう物だからな、キアラはカレーの素が出来たなら、鶏肉と……今回はグムグムとカマチも一緒に炒めて行くんだぞ?」
「了解なんな!」
キアラは自分の料理に取り掛かると、瑞希は卵液の入ったグラスが浸かる程度の水を鍋に張り、グラスに蓋がわりの平べったい皿を置き、鍋の水がポコポコと沸いて来たら弱火にして、鍋の蓋をする。
「後はしばらくこのまま弱火で置いといて、卵液が固まってから冷やしたらほぼ完成だな」
「ほぼなのじゃ?」
「後はカラメルソースをかけるんだけど、それは冷えてからでも良いからな。キアラは炒め終わったら、さっき取ったスープを加えてしばらく煮込もうか」
キアラは言われた通りにスープを加えて煮込んでいく。
「今回はカマチとグムグムも入れてるから灰汁を取って行こうな」
「灰汁ってなんなんな?」
「このふわふわ浮いてるのが灰汁だ。これをしっかり取ると美味しいのが出来るから大事だぞ」
「わかったんな!」
キアラは炭の数を調整しながら弱火に保ち、灰汁を取っていく。
「あっ!」
瑞希が何かに気づいたのか思わず声を出してしまう。
「私何か間違えたんな!?」
「いや……さっき香辛料の調合でトッポも入れたよな?」
「しっかり入れたんな!」
「……辛いのが苦手な人とかいないか?」
「うちの人間は香辛料が好きな人間しかいないんな」
「辛いのは嫌なのじゃ……」
シャオが瑞希の服を引っ張りながら消え入りそうな声で呟く。
余程キーリスで食べたトッポ焼きがトラウマになったのだろう。
「シャオの事を考えて無かったんな……どうしよう……」
「今から作り直すのもな……なら、シャオのは少し甘味を足して、辛みを和らげる飲み物を用意しようか」
「そんな事出来るんな?」
「大丈夫大丈夫! シャオも少し辛いぐらいなら大丈夫だろ? トッポ焼きみたいな事にはならないさ」
「ミズキがそう言うなら信じるのじゃ!」
瑞希はシャオの頭をグリグリと撫でると、モーム乳に砂糖と食材の中からシャクルを見つけると、シャクルの果汁を少し加える。
「それはなんな?」
「ラッシーっていうカレーによく合う飲み物があるんだけど、本来はヨーグルトで作るんだよ。今はヨーグルトが手元にないから代わりにモーム乳とシャクルの酸味で作ってみたんだよ」
「よーぐるとってなんな?」
「ん〜……まぁその内ウォルカでも出回るだろうから、その時までのお楽しみだな! とりあえずはカレーもプリンも放置しておくだけだから、これを飲みながら休憩しようか」
「飲むのじゃ!」
「楽しみなんな!」
瑞希はシャオに氷を出してもらい、グラスに氷を入れるとラッシーもどきをグラスに注ぎ匙で混ぜてから二人に手渡す。
シャオとキアラは渡されたグラスに口をつけてゴクゴクと飲むと、キンと冷えたさっぱりした飲み口に驚くのであった――。