キアラの家
キアラの親がやっている店兼自宅に着いた瑞希は、建物を眺めていた。
門構えがしっかりとした大きなお店の前には商談相手と思われる行商人が列をなしていた。
「キアラの実家の店は凄いな~」
「親父が凄いだけなんな。でもウォルカの街で一番の香辛料店なんな。他の地方からもこうやって行商人が買い付けに来たりもするんな」
「ドマルも知ってるのかな? 今度教えてやろ」
「行商人の友達がいるんな? ミズキの友達ならお安くしとくんな!」
「商売上手な奴……でもその時は宜しく頼む」
「任せるんな! 家の入口はこっちなんな!」
キアラは店の玄関とは別方向に歩いて行き、扉を開ける。
「ただいまなんな~! お客さんを連れて来たんな!」
「お帰りなさいませお嬢様。お客様ですか?」
自宅の玄関には使用人と思われる女性がキアラに頭を下げていた。
「お母さんは部屋にいるんな?」
「居られます」
「ならこの荷物を厨房に運んどいて欲しいんな! ミズキ、お母さんに会いに行くんな」
「畏まりました。お客様もお荷物をお預かり致します」
瑞希は使用人の女性に荷物を預けると、キアラに手を引かれ大きな扉の前に立たされる。
キアラはノックをして扉を開けた。
「ただいまなんな! 今日は私の店で依頼した冒険者のお客さんを連れて来たんな!」
扉を開けると、ソファーに腰を掛け、本を読んでいるキアラに良く似た御婦人がいた。
「お帰りなさい。お客様?」
「初めまして。ミズキ・キリハラと申します。こっちは妹のシャオ。キアラさんの冒険者依頼を受けてここに参りました」
「私のお母さんなんな! ミズキには一緒に看板メニューを考えて貰ってるんな!」
「あぁ少し前にキアラが出してた依頼ね。キアラの料理はもう食べましたか?」
「頂きました。もの凄く辛かったです……」
「でしょう? 香辛料は肉に付ける物だって言ってるんですが、この子は主人に似て頑固で……」
「そんな事ないんな! ミズキに教えて貰った料理ならきっと私の店も繁盛するんな!」
「じゃあ今日はお客さん来たの?」
「き、今日はたまたま来なかっただけなんな……」
「ほら見なさい。早く諦めてお店の手伝いに戻りなさい!」
「お母さんもかれーを食べたら驚くんな!」
「かれー? どんな料理なの?」
「ふっふっふ。それは今日の夜に作るから楽しみに待ってるんな! ミズキには今日、家に泊って貰うんな!」
「すみません。急に押しかけてしまって」
「それは全然構わないのですが、本当に美味しいのですか?」
「味覚は千差万別ですが、少なくとも僕の故郷では大人気でしたよ?」
「ミズキ! 厨房に行くんな! 早く作るんな!」
キアラは瑞希の手を引っ張るが、瑞希はキアラの母に頭を下げる。
「では今夜一晩、お世話になります……。キアラ、わかったから引っ張るなって!」
キアラは瑞希を引っ張り厨房へと案内する。
「ここが家の厨房なんな!」
「さすがに広いな~。早速もう一度作るのか?」
「今晩皆に食べさせたいから作りたいんな! 迷惑なんな?」
「別に迷惑とは思って無いよ。仕事だし、貰った給料分はしっかり働くさ! ただ、カレーに関してはシャオの魔法は無しな?」
「何故じゃ! わしだけのけもんはひどいのじゃ!」
「そういう訳じゃなくて、カレーをキアラの店で出すとしても、シャオの魔法で料理は出来ないんだ。本番になって手順が違うといけないだろ?」
「うぬぅ……ならわしは見ておくのじゃ……」
「じゃあ代わりにシャオには甘い物を作って貰おうかな」
「甘いのなのじゃ!? 作るのじゃ! わしは何をすれば良いのじゃ!?」
「順番、順番。まずはキアラのカレーから作ろうか」
瑞希達は早速手を洗い、カレーの下準備に取り掛かる。
「今回はまず鶏ガラスープを取ろうか。キアラがどういうカレーを出すかは分からないけど、鶏ガラスープの作り方を覚えてといて損は無いしな」
「本当に骨からスープが取れるんな?」
「大丈夫! 鶏ガラもたくさんあるし、俺が買って来た野菜を使って野菜スープも作ろうか。まずは鶏ガラを洗うぞ」
瑞希はキアラに鶏ガラの扱い方と、スープの取り方を教える。
キアラがスープを作っている間に、自身で購入した野菜を切ってみて、性質を確認する。
「シラムは真っ白な葉野菜で、形はほうれん草に見えなくもないけど、茎は分厚いな……」
瑞希は切ったシラムを一口食べてみる。
「白菜に近いな。ならこれはスープに入れよう。こっちのデエゴはピンクがかってるし変わった形をしてるけど……辛っっ!」
瑞希は鼻に抜けるつんとした刺激と、かすかな甘味を感じる。
「水分も多いし、食感は蕪とか大根だな。わさびとか辛子の代わりにも使えそうだな……キアラ、これって火を通したら辛みは抜けるのか?」
「デエゴが辛いのは生で食べた時だけなんな。辛かったんな?」
「大丈夫! キアラのスープよりかはましだよ」
瑞希はくすくす笑いながらキアラのスープを思い返し、キアラはそんなからかいを受けてむくれている。
「今日はちゃんと美味しいかれーを作るんなっ!」
「おうっ! 俺もしっかり味見してやるから頑張ろうな!」
キアラは機嫌を直し、瑞希は購入した最後の果実に手を伸ばす。
「後はアピーか……」
瑞希は黄色いリンゴの様なアピーを切り分けると、一つ試しに食べてみた。
「あぁ、これは見たまんまリンゴか。果汁は少な目で、甘味も少ないけど、そのままでも食べれるな……そうだ!」
瑞希は切り分けたアピーの皮を剥き、ウサギの形に剥いていく。
「出来た。シャオ、キアラ、これ食べるか?」
「なんじゃこれは!?」
「凄いんな〜? 皮を使ってハクトを作ったんな?」
「凄いのじゃ! ハクトに見えるのじゃ」
「ハクトって動物がいるのか? 味は変わらないけど、見た目が変わって面白いだろ? 目で見て楽しむのも料理の面白い所だな」
二人は嬉しそうにアピーを食べる。
鶏ガラスープを取り終わった三人は次の工程に進むのであった――。