キアラの機嫌
カレーの実食が終わった瑞希はいつもの様にシャオと手を繋いで歩いているのだが、もう片方の手はキアラにより引っ張られながら市場迄やって来ていた。
「ここがウォルカの市場なんな!」
もう昼過ぎではあるが、がやがやと賑やかに人が集まっている。
「おぉ~! さすがに賑やだな! シャオは肩車してやろうか?」
瑞希がそう言うや否や、少しかがんだ瑞希の方に手を置き、ぴょんと跳ねると瑞希の肩に乗る。
キアラが見上げてシャオを見ると、ふふんと勝ち誇った顔をしている。
「二人は仲良しなんなぁ?」
「わしと瑞希は切っても切れない関係なのじゃよ」
「そうなのか? まぁシャオと離れる気は俺もないけどな」
「くふふふ。それより何を買うのじゃ?」
昼にハンバーグを食べ、瑞希から離れる気がないという言葉を聞けたので上機嫌なシャオは、きょろきょろと辺りの店を見回す。
「カレーに使える食材は何があるんな?」
「ん~、さっきの基本的なカレーの作り方なら、ホロホロ鶏とかグムグム、カマチが一般的かな?」
「砂糖はあった方が良いんな?」
「ポムの実の甘み次第かな? さっき使った奴は甘味が少なかったから足したけどな。少量でもあれば便利だぞ?」
「じゃあ砂糖を少し買うんな」
「後、今日は水で作ったろ? あれをスープにするとさらに美味くなるぞ?」
「あれ以上なんな!? それはどうやって作るんな!?」
「ならホロホロ鶏の骨も貰いに行こうか」
「骨!? 骨で取るんな!?」
「骨はそのままじゃ食べれないけど、煮込むと旨味が出るんだよ。下手に取ると生臭くなるけど、きちんとスープを取れば美味いんだ」
「シャオはそのスープを飲んだ事あるんな?」
「くふふふ。あるのじゃ! スープも美味かったが中に入っていたぎょうざも美味かったのじゃ!」
「聞いた事もない料理なんな! シャオはミズキの料理が色々食べれて良いんなぁ!」
すっかり好物になったカレーがさらに美味くなると聞いたキアラのテンションは先程とは違い上昇を続けていた。
「キアラも落ち着け。とりあえずは砂糖を買いに行くか?」
「そうするんな! ほら、こっちなんな!」
「わかったわかった!」
キアラは瑞希の手を引き早足で砂糖を買いに行く。
「ここに売ってるんな。おっちゃん! 砂糖が欲しいんな!」
「キアラちゃんが砂糖を買いに来るのは珍しいな! どれぐらいいる?」
「ちょっとで良いんな」
二人が会話をしている横で、瑞希は砂糖の確認をしている。
ココナ村で購入したのは白砂糖だったが、この店には黒砂糖も置いてある。
「黒砂糖もあるのか……ミミカの食事で黒砂糖を使うか……何作ろうかな……」
「ぶつぶつ言ってどうしたんな? 砂糖はもう買ったんな」
「いや、次の仕事で料理を作るんだけど、何を作ろうかと思ってな。俺も一応黒砂糖を買っとこうかな」
瑞希は男に金を渡すと、袋に入った砂糖を受け取り、鞄に仕舞う。
「こっちの方が多少安いな……それでも高いけど」
「ミズキは明日に帰るんな?」
「そうだな~。早めに帰って何を作るかも考えなくちゃならないしな」
「何を作るか考えるだけなら、うちでもできるんな?」
「いや~好みとかも聞いてないから確かめないといけないし、あんまりキアラの世話になるのも迷惑だろ」
「別に迷惑じゃないんな! もっとカレーを教えて欲しいんな!」
「あんまりわがまま言うでないのじゃ!」
頭の上からシャオが一喝する。
「そんなに怒る事ないだろ?」
「ミズキは子供に好かれ過ぎなんじゃ!」
「子供って……お前いくらキアラが幼く見えても、子供ではないだろ?」
「何をいっておるのじゃ? こやつは子供じゃ」
「だって、店をやってるんだぞ? 若く見積もっても十五、六歳だろ?」
「私は今年十三歳なんな。店は親父から空いてる物件を借りてやってるだけなんな」
「十三!? そんな年で店をやってるのか!? すごいな!」
「別に私がすごい訳じゃないんな。店も流行ってないんな」
「なら尚更、さっきの報酬は高すぎるだろ!?」
「昔っから親の手伝いで貯めてたから良いんな。それにかれーを出せば絶対流行るんな!」
「そうは言っても……」
「良いから次は肉を買いに行くんな!」
キアラはまた瑞希の手を引っ張り、次の店に歩いて行く。
瑞希は釈然としないまま、自分の手を引っ張る小さな女店主を見ていた。
一行はホロホロ鶏が吊るされている屋台の前で歩を止める。
「ここで肉を買うんな! おばちゃん、鶏肉が欲しいんな!」
「キアラちゃんかい? この前来た時よりおっきくなったんじゃないかい?」
「日々成長してるんな! そのうちおばちゃんの身長も抜かすんな!」
「ならうちの肉をたんと買って、たんと食べな!」
婦人は朗らかに笑うと、キアラは肉をさばいて貰い、購入する。
「あっ! 骨も欲しいんな! 捌いた残りの骨も分けて欲しいんな!」
「骨を? 何に使うんだい?」
「ミズキと一緒に、店の看板メニューの試作をしてるんな! さっき食べたけどめっちゃくちゃ美味かったんな!」
「このお兄ちゃんとかい? 兄ちゃんキアラちゃんに良くしてやんなよ?」
「わかりました。お姉さんもキアラとすごく仲良しですね?」
シャオは瑞希の頭の上でくすくすと笑っている。
「昔から見てるからね! 我が子も同然だよ!」
「おばちゃんの所で昔っから肉を買ってるんな! おばちゃんの鶏肉は美味いんな!」
「じゃあきっとキアラのカレーも絶対美味くなるな!」
瑞希はキアラの頭に手を置き撫でてやると、鼻息を荒くしながら嬉しそうな顔をしている。
瑞希には見えないが、御婦人にはその顔を見て、商品を渡す時にこそこそと耳打ちをした。
「(お婿さん候補かい?)」
「別にそんなんじゃないんな! おばちゃんは変な事言うんな!」
キアラはチラリと瑞希の顔を見上げるが、シャオにより耳を塞がれていた。
「シャオ? 何で耳を塞ぐんだよ?」
「余計な事は聞かなくて良いのじゃ」
「早く次の野菜を買いに行くんな!」
「荷物は持ってやるからこっちに貸しな」
キアラは瑞希に今買った物を渡すと、空いている手を引っ張りすぐ近くにある野菜の店へ歩いて行く。
「おっちゃん! 野菜が欲しいんな!」
「おっ! キアラか! 今日は何が欲しいんだ?」
「ポムの実と、カマチ、グムグムが欲しいんな! オオグの実もいっぱい入れといて欲しいんな!」
「この野菜は見た事ないな……こっちの葉っぱは……果物はこっちか……」
「こっちの兄ちゃんはキアラの旦那か?」
瑞希は食材を前にまた独り言を言いながら集中している。
八百屋の男は昔から見知ったキアラをからかい、笑いながら野菜を袋に詰めていく。
「違うんなっ! ミズキは私が雇った冒険者なんな! 私の店で出す料理を一緒に試作してるんな!」
「へぇ~? 美味いのかい?」
「美味いんな! 完成したら店に食べに来て欲しいんなっ!」
「楽しみにしてるから出来たらまた教えてくれよ! ほらっ持てるか?」
「もう子供扱いしなくて良いんな!」
「そっちの兄ちゃんは何か買うかい?」
「え? あぁ、じゃあこの真っ白い葉野菜と、根菜……あとこの果物を貰えますか?」
「あいよ、シラム、デエゴ、アピーね……ほらよ、キアラに美味いもん作ってもらいな!」
「私よりミズキの方が料理は上手いんな」
「男なのに料理が上手いってのか? 変な奴だな?」
「最近良く言われます」
男は瑞希から金を受け取ると、キアラに聞こえぬ様に瑞希に顔を近づける。
「キアラを泣かしたら承知しねえからな?」
「あははは……」
瑞希は荷物で手が塞がっているのを見かねたシャオは肩から降りると、瑞希から野菜の袋を受け取り、空いている手で瑞希の空いた手を繋ぐ。
「後はキアラの家で香辛料を買って終わりかな。ここから近いのか?」
「店から市場と逆方向に行けばすぐなんな」
「ならまずは店に戻るのじゃ」
「そうなんな……」
瑞希とシャオは元来た道を歩いて行く。
後ろでは瑞希と手が繋げなくなり、少し寂しくなったキアラが二人の後ろを付いて行くのであった――。