カレーとカパ粉焼き
瑞希は厨房の香辛料の匂いを嗅ぎながら使用する物を選び、シャオが食べれる様チリペッパーの様なトッポの粉は別にして、調合していく。
ふと、目の端に止まった木の根の様な物を手に取り、匂いを嗅ぐが土の香りしかしない。
「キアラ、この根っこみたいなのも香辛料になるのか?」
「それはクルの根なんな。周りの硬い皮をすり潰したら香りが出てくるんな」
「ちょっと剥いてみても良いか?」
「好きにするんな」
瑞希がクルの根の皮を剥こうとしたが、包丁では剥けなさそうな硬さに悪戦苦闘していた時、キアラが瑞希の手からクルの根を取り、木槌で叩いた。
「これはこうやって木槌で叩いて切れ目を入れたらそこから手で剥けるんな」
「成る程、割るのか! 勉強になった……この香りはっ!」
瑞希は切れ目をペリペリと剥くと、剥けた皮はそっちのけで、残った中身の匂いを嗅ぐ。
「中見は匂いが強過ぎるから使わんのな。この皮は匂いが丁度良く残ってて使えるんな」
「いやいやいや、この中身の香りがいつか見つけたかったんだよ! 剥いて良かった!」
いつになく上機嫌な瑞希にシャオが服を引っ張る。
「それは良い匂いがするのじゃ?」
「俺はこのままの匂いでも好きだけど、シャオにはきついか?」
瑞希はシャオの鼻の前に、皮を剥いたクルの根を突き出す。
「くちゃいのじゃっ!」
シャオは慌てて鼻をつまむ。
「確かに香りは俺の知ってる物より強いけど、使う量を調整したら大丈夫だな。何より、皮と違って中身はそれなりに柔らかいし、包丁でも切れる」
「ミズキの故郷ではクルの根は何て呼んでたんな?」
「生姜だ! これを発見出来ただけでも依頼を受けた甲斐があるよ」
瑞希はキアラの手を握りぶんぶんと上下に振り回す。
「中身を喜ぶなんて、ミズキは変わってるんな〜?」
「これが有れば生姜焼きも、唐揚げも角煮も……ふふふふ……」
「本当にそれを使って美味いものになるんじゃろうな?」
「俺の中ではオオグの実と同列に位置する食材だな! もちろんこのままだったら食べ辛いからしっかり調理するんだけどな」
「オオグの実? ミズキは料理にあんな物を使うんな?」
「キアラは香辛料を扱ってるんだから、オオグの実の匂いもそこまで強烈には感じないだろ?」
「匂いの強さ自体はそこまでなんな。でもあれは食べたら臭いんな」
「確かに人と会う前には食べれないけど、使い様によっては凄く上手くなるんだよ。丁度今から作る料理にも、オオグの実と、クルの根を使うから一度食べてみてくれよ」
「オオグの実と、クルの根を料理に……もう私には想像がつかないんな。他には何か使うんな?」
「後は、ポムの実とパルマン、肉は何がある?」
「ポムの実とパルマンはあるけど、肉は今モーム肉しか無いんな」
「じゃあ俺がオークの肉を持ってるから、モーム肉と交換して貰って良いか? 丁度シャオに別の料理を作ってやりたかったんだよ!」
「はんばーぐなのじゃ!」
「はんばーぐ? 別に構わないんな」
「ほんじゃまぁ早速作って行くか! 今回はシンプルなカレーにするからキアラも一緒に作ってみるか? 俺はシャオの辛くない奴を作るから、キアラのはトッポ入りの少し辛い奴を作ってみれば良いよ」
「わかったんな。まずは何からするんな?」
「まずは食材の仕込みからだ」
瑞希は包丁を取り出すと、オーク肉を角切りに、パルマンを微塵切りに、オオグの実とクルの根をニードルタートルの甲羅で擦り下ろした。
「変わった仕込み方なんな? 何で甲羅で擦るんな?」
「こうした方がドロドロになって混ざりやすいし、香りも出るんだよ」
「くちゃいのじゃ……」
「次はシャオの出番だ! いつもの様にポムの実の皮を剥いてくれるか?」
「任せるのじゃっ!」
シャオも慣れたもので、素早くポムの実の皮を剥く。
「ちょっとカレーとは関係無いけど、ハンバーグの仕込みもしておこう」
瑞希はモーム肉とオーク肉を挽肉にする。
「ん? はんばーぐとはモーム肉で作るものではないのじゃ?」
「あの時はモーム肉しか無かったから脂身を混ぜて代用したけど、本来は脂感を足すにはオーク肉を使うんだよ。もちろんモーム肉だけで作ってもそれはそれで構わないけどな」
「これが何万種類あると言う所以なのじゃな!」
「変わった調理なんな? わざわざ細かくするんな? 焼いたらボロボロにならないんな?」
「それは大丈夫じゃ! この後の調理でしっかり固まるのじゃ!」
シャオがふふんと自慢げに説明をするのが可笑しくて、瑞希は笑ってしまう。
「そうそう、シャオも同じ反応してたもんな!」
「う、うるさいのじゃっ!」
「キアラ、パンと卵、それにモーム乳って置いてたりしないか?」
「三つとも店にあるんな。料理にモーム乳を使うんな?」
「それがハンバーグに使うんだよ。ならまずはハンバーグに使うついでにパルマンを炒めて行こうか。竈を使うけど、普段は薪とか炭で火を扱うのか?」
「ミズキは違うんな?」
「俺はシャオがいるから魔法で楽させて貰ってるな」
「魔法を料理に使う人なんて初めて聞いたんな……」
「じゃあまぁ今回はシャオ先生にお願いして楽させてもらおうか。キアラは火加減だけしっかり覚えといてくれ」
シャオは竈に火球を入れると瑞希の言われた火加減に調整し、瑞希がそこに鉄鍋を置き、油とパルマンを入れ炒める。
「こうやってパルマンが焦げない様にじっくり炒めると甘味が出るから、柔らかく飴色になるまで炒めるんだ」
瑞希はハンバーグで使う分だけ取り出して、鉄鍋に残った分に擦り下ろしたオオグの実とクルの根を入れ、再び炒める。
「この二つは加熱すると香りが出るから、生の時みたいに臭く感じなくなるはずだ」
「本当なのじゃ! 匂いはするが臭くはないのじゃ!」
「後はここにポムの身を潰して入れて、調合した香辛料と塩を入れるとカレーの素の完成だ」
「これで完成なんな? オークの肉は使わないんな?」
「まだこれは仕込みの段階だよ。キアラはこっちのトッポ入りので作ってみてくれ」
キアラは先程の瑞希の要領で、トッポ入りのカレーの素を作る。
「流石に料理してるだけあって手際が良いな! じゃあ次は同時に作って行こうか? シャオ、こっちの竈にも火を入れてくれるか?」
シャオは二つの竈に火球を入れ、瑞希は綺麗にした鉄鍋でオーク肉を焼いていき、キアラも同じ様に肉を焼く。
「肉の表面が焼けたら肉が浸るぐらい水を入れて、さっきのカレーの素を入れて煮込む。この時に蓋はしなくて良いから、煮込みながら濃度を上げて味を凝縮させて行くんだ」
「私が作ったトッポスープと違って良い香りなんな!」
「そうだろ? 後は弱火で煮込んで、最後に味の調整をするだけだ。肉を炒める時にグムグムとかカマチとか野菜を入れても良いぞ。もっととろみをつけたかったらカレーの素を作る段階でカパ粉を混ぜとけば良い」
「これは楽しみなんな!」
「ところで、キアラはカパ粉焼きって作れるか?」
「カパ粉を塩と水で練って焼くだけなんな。食べたいんな?」
「どうせならカレーと一緒に食べたいな!」
「なら作るんな」
「俺はハンバーグを作るから、シャオは火加減を任せても良いか?」
「大丈夫なのじゃ!」
瑞希はハンバーグの種にナツメグの香りがする物を少し加え、形成し、焼いていく。
「前のハンバーグとは少し香りが違うのじゃ?」
「今回は一つ香辛料を加えたからな!」
「辛いのは嫌なのじゃ!」
「辛くないから安心しろって、ハンバーグはこれで焼き上がりっと」
「カパ粉焼きも出来たんな〜!」
「じゃあカレーの仕上げだ、塩で味を整えて……」
瑞希は味見をすると、少し甘みが欲しいと思ったので砂糖を足そうとするが……。
「あれ? 砂糖って置いてないか?」
「砂糖は滅多に使わんから置いてないんな」
「砂糖が高いっての忘れてた……どうしようかな〜? このままでも美味いけど……そうだ! シャオ、鞄に干ウテナを入れて来てたよな? 一個貰っていいか?」
「構わんが、料理に使うのじゃ?」
「俺の故郷じゃカレーに果物を入れるのは普通だからな! 干ウテナの甘味でも大丈夫だろ!」
瑞希はウテナをすり下ろして混ぜ、再び味見をする。
「ウテナが甘いんな? ミズキの作る料理はよく分からないんな」
「食べて美味けりゃそれが正解だよ。よし! これでカレーの完成だ! 向こうのカウンターで実食と行こうか!」
瑞希達は厨房から店内のカウンターに料理を移し、シャオは瑞希に頼んで大きめに作って貰ったハンバーグを落とさない様に丁寧に運ぶのであった――。