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灰汁と時間

 瑞希が下準備を終え、手持ちぶさたになったので、シャオの頬っぺたをむにむにと伸ばしたりして遊んでいると、扉が勢いよく開き、息を切らしたリーンが店の中に入ってきた。


「お待たせ……しましたぁ!」


「お帰り~」


「おはへりにゃのじゃ~」


 瑞希はシャオから手を離すと、リーンの買って来たモーム肉を確認する。


「これまた固そうな部位だな……」


「すみません……もうこれしかなかったんですぅ……もう絶対に無理ですよぉ!」


「問題ないって! じゃあ調理を再開するか!」


 瑞希はモーム肉を大きめに切り分け、全体的に塩、胡椒、カパ粉をまぶす。

 そして、厨房に転がっていたオオグの実(ニンニク)を包丁の腹で潰すと、鉄鍋に油と潰したオオグを入れて、加熱し始める。

 もちろん竃の火は、シャオが魔法を使っているのだが。


「あ、あの! 妹さんは魔法使いなんですかぁ?」


「あれ言ってなかったか? シャオは可愛いだけじゃなくて魔法も使えるんだよ」


 もはや瑞希の惚気が様式美すら感じるぐらい当たり前の様に可愛さを付け加える。


「くふふ。わし等はすごいのじゃ!」


 そしてシャオもまた瑞希を持ち上げるので、お互いが褒め合う変な兄妹に見える。


「小さいのに魔法……男性なのに料理……変な兄妹なんですねぇ?」


 リーンに悪気はない。

 悪気はないのだが、一言余計なのはリーンの性格によるものだ。

 瑞希はある意味の自己紹介を終え、鉄鍋から香りが出始めた所で、オオグの実を取り出し、肉を焼いて行く。


「どうして煮込み料理なのに焼くんですかぁ?」


「肉の旨味が抜けないよう焼き固めるんだよ。それに、先に焼き固めると煮崩れも防げるからな」


 瑞希は肉を焼き終えると、そこに少し油を足し、微塵切りのパルマンを入れ、弱火で炒め始める。

 色が変わって、見た目の量がぐっと減って来ても瑞希が次の工程に行かないのでシャオがしびれを切らす。


「焦げてるのじゃ! いつまで炒めてるのじゃ!」


「飴色って言って、こんな色になってくると甘みがぐっと増すんだよ……そろそろ良いかな」


 瑞希は炒めたパルマン(玉ねぎ)にカパ粉を加えて、だまにならぬ様に混ぜ、先程焼いた肉を加え、そこにルク酒と水、皮を剥いたポムの実を潰して加え、更にバターも入れる。


「今の白いのは何ですかぁ?」


「あぁ、バターって言ってモーム乳の塊だよ……まぁその内市場に出回ると思うし、俺のレシピだからお母さんは使って無いと思う。まぁ無くても美味しく出来るから大丈夫だよ」


「他の具材は入れないのじゃ?」


カマチ(人参)とかも入れても良いんだけど、カインさんは肉を強調してたから、今回は肉をメインにしようかと思ってな。付け合わせはさっき作ったマッシュグムグム(ジャガイモ)だけで良いんだよ」


「まっしゅグムグムというのは?」


 瑞希は先程潰して混ぜたグムグムをリーンに見せる。


「わざわざ潰すんですかぁ」


「滑らかにしておいた方が、付け合わせとしてメインの肉を邪魔しないからね」


「後は肉を柔らかくするのにどんな工程があるんですかぁ?」


「ん? これで終わりだよ? しいて言うなら灰汁をしっかり取るぐらいだな」


「そんなぁ! それじゃあ固いに決まってますよぉ!」


「と言ってもこっから夜まで弱火でじっくり煮込むから時間はかかるんだよ。さっきのオーク肉だってそんなに煮込んでないだろ?」


「うっ……肉に火が通ったから完成かと思って出しましたぁ……」


 瑞希はくすくすと笑いながら灰汁を掬っては捨てていた。

 シャオはわざわざスープを捨てるのを不思議に思い、瑞希の服を引っ張る。


「なんでちょこちょことスープを捨てておるのじゃ?」


 瑞希はシャオを抱っこして鍋を上から覗き込ませる。


「この表面に浮いてるふわふわした固まりがあるだろ? これは灰汁って言って、肉から出た血や、野菜からでた雑味が固まった物なんだよ。これを捨てないと味がバラバラになるんだ」


「根気のいる作業じゃの」


「うぅ……そうとは知らずそのまま煮込んでましたぁ……」


「まぁリーンの場合、灰汁とか時間より味付けの問題だな……」


「でもミズキさんも味付けはしてないですよね!?」


「だからルク酒(赤ワイン)とかポムの実(トマト)を入れたり、パルマンを炒めて甘みを出したりしてるんじゃないか? ルク酒は煮込んでアルコールが飛べば甘くなるし、ポムの実からは酸味も出る。後は塩で味を引き締めて、胡椒で香りをつけるぐらいで充分なんだよ」


 瑞希の反論にぐうの音も出ないリーンは涙目で押し黙った。


「この料理は単純だけど時間がかかる。多分お母さんが店で出してた時もそうなんじゃないか?」


「確かにこの料理を作る時は早めに仕込みをしていましたぁ!」


「じゃあやっぱりじっくり煮込んで肉を柔らかくしてたんだな。味付けは合ってるかわかんないけど、これはこれで美味いし、時間さえかければ簡単に作れるからしっかり覚えとけよ?」


「わかりましたぁ!」


 弱火でくつくつと煮込まれる鍋は良い匂いを漂わせ始めているのであった――。

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