クレープと干ウテナ
一同が座ると、瑞希がクレープ生地を手に取り、コロンジャムとホイップクリームを乗せてくるくると巻き、三角形のクレープを完成させ、皆に手渡した。
「ほい、これで完成! ちょっと手が汚れるけど、頭から齧り付いてくれ」
「頂きますなのじゃ!」
シャオは瑞希が食事の前に言う言葉を真似て放ち、我先にと齧り付く。
「――っ! あまぁ~いのじゃ! これは……これはいかんのじゃ!」
パクパクと食べ進めるシャオとは裏腹に三人の女子は一口食べると固まり、恍惚の表情を見せていた。
「こんなの王宮でも絶対食べれないっす……」
「ダメ……これは本当にダメ……」
「………………(美味し)」
最早言葉にならないのか、三人は黙々と食べ続けていた。
「ミズキはお菓子まで作れるの?」
「本格的な物までは難しいけど、これぐらいの物は作れるよ?」
瑞希の言葉を聞いた女子が騒ぎ出す。
「これぐらい!? こんなの王様でも食べた事ないっすよ!? ねぇお嬢!」
「そうですよミズキ様! 私の生涯で一番美味しいと言っても過言ではありません!」
「(もう無くなった……)」
この地方では砂糖が高い事を加味しても、瑞希が生み出したホイップクリームと、高価な砂糖を大量に使うジャム等、女子達からは考えられない様な逸品であったようだ。
「ドマルはどうだ?」
「そりゃ美味しいけど、僕はミズキが昨日作ったポムソースがかかったおむれつの方が好きだな」
ドマルの言葉に驚愕の表情を見せる三人だが、瑞希はうんうんと頷きながらシャオにもう一つクレープを巻いてやる。
シャオは瑞希に手渡されたクレープを再び嬉しそうに食べ始めた。
「それもまた好みだよな! 俺も肉か甘い物かだったら肉を選ぶよ!」
笑いながら言う瑞希の言葉を聞き三人は瑞希の方に一斉に目をやる。
「本気っすか!? これは天下を取れる味っすよ!?」
「私はこれが食べれるなら白金貨だって払います!」
「(シャオ殿……良いなぁ……)」
「わかったわかった。とりあえず三人とも二つ目を巻いたから食べろ。ドマルも食べるか?」
喜びを隠せない三人は夢中で二つ目を食べ始める。
「ん~……僕は一枚で大丈夫かな? それより昨日言ってたよーぐるとを食べてみたい!」
「俺も一枚で良いか……四人とももう半分ずつ食べるか?」
「「「「もちろんっ!」なのじゃ!」」」
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瑞希はヨーグルトにコロンジャムをかけた物を全員に手渡した。
「これがヨーグルトだ。ジャムはさっきもクレープで食べただろうけど、本来の目的はこっちのために作ったんだ。ヨーグルトとジャムは一緒に食べてくれ」
とろっと真っ白なヨーグルトに、赤紫色をしたコロンジャムの色が映え、まるで宝石の様な輝きを放っている。
「じゃあ早速頂くね……」
ドマルは匙でコロンの果実と共にヨーグルトを掬うと、そのまま口に運んだ。
「美味しい! 確かに少し酸っぱいけど、じゃむと一緒に食べると不思議とさっぱりした甘さになるんだね!」
「だろ~? ヨーグルトもこうやって甘みを付けると美味いんだよ。もちろんこの酸味が好きな人は甘みを足さなくてもそのまま食べるけどな」
「それってその人達は好きで食べてるの?」
「それもあるだろうけど、ヨーグルトはお腹に良いんだよ……(食べてる時に言うのもなんだけど、毎日食べるとお通じが良くなるから、便秘気味の人は毎日食べたりするんだ)」
瑞希は女子達に配慮して、ドマルにだけ聞こえるように耳に手を当てこそこそと小声で囁いた。
そんな三人は涙を流しながらヨーグルトを食べている。
「もうここで死んでも良いっす……」
「お父様に怒られる事になっても、この記憶があれば耐えられる……」
「美味しいよ~……」
クレープからのコロンジャムヨーグルトのコンボに三人が耐えられる筈もなかった。
シャオはと言うと……既にヨーグルトを食べ終え、口の周りをいつも通りにべたべたにしている。
瑞希がいつもの様にシャオの口を拭いていると、拭き終わったシャオから調理について疑問を問い詰められた。
「何でこの料理に魔法を使わなかったのじゃ?」
「気付いてたのか?」
「いつもじゃったらくりーむを混ぜる時も、生地を混ぜる時も魔法を使ってるじゃろ?」
「さすがに火を熾すのは魔法を使ったけどな。要は技術と知識さえあれば誰でもこの味が作れるって事を知ってもらいたかったんだよ」
ヨーグルトを食べ終わったミミカが、瑞希の話に気付いた。
「そうです! ボウルに食材を入れたのとか、くれーぷを焼いたのはミズキ様だけど、くりーむを作ったのは私とジーニャで、生地を作ったのはシャオちゃんです!」
「付け加えるなら、ジャムも知識さえあれば誰でも作れる」
「これが作れる様になったら毎日でも食べられるんすか!?」
「食べれる! でも砂糖が高価だから毎日食べたら破産だな」
砂糖の事を思い出し、ジーニャとアンナはがっくりと肩を落とす。
「ただ、ジャムは日持ちするし、ホイップクリームに使う砂糖の量もそこまで多くはないから週に一回とかに食べる分には大丈夫じゃないか?」
パァっと明るくなる二人に、ドマルがぐさりと刺さる指摘をする。
「でもこの料理が流行ったりすると砂糖の需要が増えて今より値段が高騰するかもしれないよ?」
瑞希が上げて、ドマルが落とす。
二人の感情は追い付かず、何も悪くないドマルを睨んでいる。
「そもそもキーリスにあるお菓子ってどんなのなんだ?」
「私が食べていた物は砂糖を大量に使った焼き菓子や、砂糖菓子でしたので、この様なお菓子を食べてしまいますと……」
「この地方の一般の人達はお菓子は食べないのか?」
「砂糖が高いから、甘い物を食べたい時は果実を食べるっすね!」
「なるほど……」
瑞希は二人の話を聞き、納得すると、シャオの顔を見た
「む? どうしたんじゃ?」
「お前が手伝ってくれたウテナがもし美味かったらこの地方で大流行するかもしれないと思ってな」
「もう食べれるのじゃ?」
「今は砂糖の甘さも口に残ってるしな……ドマル、キーリスにはどれぐらいに着くんだ?」
「今から向かったらお昼過ぎには着くんじゃないかな?」
「ならウテナは馬車の中でのおやつにしようか。てわけでさっさと片付けてキーリスに向かうとするか!」
朝食を終えた瑞希達は後片付けをすると、再びキーリスに向かい走り始めるのであった。
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ドマルが御者をする馬車の中では、朝食の時に話に出ていたウテナの実食が始まる。
「ミズキ殿……ウテナに白い粉が浮いているが、本当に食べれるのか?」
「大丈夫だよなシャオ?」
「見たところ甘いみたいじゃの」
「ちなみにこの白いのは糖分が結晶化した物だから全く問題無いはずだ。てわけで、お先に頂きます……」
瑞希はうんうんと頷きながら、ゴクリとウテナをのみこんだ。
「これは……」
「美味いんすか? どうなんすか!?」
「すごく甘い! 俺の知ってる果実より美味いぐらいだ!」
干し柿よりも甘く、それでいて表面は乾いているのに、何故か果汁まで出てくる事に、瑞希は異世界の不思議を目の当たりにした。
「ならワシも食べてみるのじゃ!」
「私も頂きますね!」
シャオとミミカが齧り付くと、美味いという言葉を連呼する。
その言葉を聞いてか、御者台からドマルが話しかけて来た。
「ミズキー! 僕にも一個くれない?」
「今そっちに持ってくよ! 二人は食べないのか?」
生のウテナを食べたことのある二人は渋さが頭に過ぎり、ウテナを口にする事を躊躇していた。
そんな二人を尻目に瑞希はドマルにウテナを渡しに行った……。
「もう! ほんとに美味しいってば! それにミズキ様が不味い物を食べさせると思う?」
「言われてみればそうですね……えぇい!」
アンナが意を決して干ウテナに齧り付く。
「えぇ!? 甘い……美味い!」
「ほんとっすか? 騙して無いっすよね?」
「本当に美味いぞ! 良いからジーニャも食べてみろ!」
ジーニャは恐る恐る、干ウテナに齧り付いた。
「……なんすかこれ! めっちゃ甘いっすよ!? 本当に干しただけなんすか!?」
「でしょ? ミズキ様が作った物は美味しいのよ!」
「確かに……宿の料理も、夜営の時の料理も、ましてや今日の朝食と来たら……」
アンナは思い出すだけでもよだれが出てくる。
「どれもこれもやばかったっすね! シャオちゃんはミズキさんの料理が毎日食べられて良いっすね!」
シャオはきょとんとした顔でジーニャを見る。
「ミズキの料理は好きじゃが、別に毎日じゃなくても良いのじゃ。それよりもミズキと一緒に御飯が食べれれば良いのじゃ!」
シャオにとっては瑞希と一緒に居れる事の方が重要の様だ。
ドマルにウテナを渡して、戻ってきた瑞希はシャオの言葉を聞き、シャオの頭を撫でながら腰を下ろす。
「嬉しい事言ってくれるな。でも誰と食べるかって言うのは大事な事だよな。だからこそミミカもお父さんと一緒に食事ができるように微力ながら手伝わせてもらうよ」
「……はい!」
「でもその前にしこたま怒られるっすよね……」
「うぅ……」
「ミミカ様! 辛い時はくれーぷの味を思い出して乗り切りましょう!」
「私……頑張れる気がする!」
「皆〜! キーリスが見えてきたよ〜!」
ドマルの声に皆が御者台の方から顔を覗かせ、キーリスを確認する。
そこには都市壁に囲まれた大きな街が見えたのだった――