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英雄の出自

――しんしんと降り続ける雪。


 男は目の前の巨大な生物に語り掛ける。


「よぉ。久しぶりだな」


 相手は何も答えないまま高濃度の魔力を噴出した。

 辺りの木々は騒めき色が変わり、魔力を浴びた近くの魔物達は急激な体の変化からか痛みを誤魔化す様に暴れまわる。

 だが、男は何も感じないのか淡々と話し続けた。


「聞こえちゃいねぇか。生憎俺には魔力のかけらもねぇし、お前の息吹も何も感じないんだ。約束を破っちまうけどさ……そろそろ妹だけでも返しちゃくれないか?」


 巨大な生物が煩わしそうに尻尾を振り回すと、辺りの木々や魔物は吹き飛ぶ。

 男はいつの間に避けたのか、生物の体に槍を突き刺していた。


 人間にすれば針が刺さった程度の痛みにしか感じないのだが、それ以上に感じたのが不快感だ。


「お前は嫌がるだろうけどさ、器のない俺の体に魔力を押し込んだらどっかに消えちまうんじゃねぇかって思ったんだよ」


 男はそう呟きながら石突がある筈の箇所から出ている穂先に自身の体を突き刺していた。

 不快感から暴れまわる巨大な生物だが、男は決して槍を抜かれまいと手に力を籠める。


「妹の覚悟も! お前の存在も理解は出来てる! 出来てるけどさ! お前等が居ないと何喰っても味気ないんだよ! それに俺の元々の目的は竜を喰う事だ! 形はどうあれ俺が手前の余計な魔力を喰ってやるよっ!」


 それは誰も知らない物語の終幕。

 人々を困らしていた竜が討伐された後の事を男が知ることはない――。


◇◇◇


「――ちゃん、お兄ちゃん!」


 心地良く揺れ動かされる体が力強い動きに変わると同時に、顔に被せていた本がずれて床に落ちる。


「もうっ! こんな所で寝ちゃ駄目でしょっ!」


 体には毛布がかかっており、男は毛布から手を出すと、覚醒しない頭のまま体を揺すっていた幼子の頭を優しく撫でる。


「んふふふふ~……じゃない、お兄ちゃん! 今日は晩御飯作る日でしょ!?」


「本を読んでたらうとうとしちまってな。シャオも起きろ~」


 起こされた男、桐原瑞希は一つ欠伸をしてから体の上に乗っているシャオに声を掛ける。

 丸まって寝ていた猫姿のシャオは大きく足を伸ばすと同時に両手で顔をぎゅっと抑え込んでから、大きく欠伸をする。


「もう~二人が欠伸をするとアリーまで眠くなっちゃうでしょ!」


 ぼふんと幼女姿になったシャオは、文句を言うアリベルを尻目に二度寝をし始めようとするが、瑞希が立ち上がって伸びをする事で共に起きる事に決めたようだ。


「シャオが魔法で部屋を暖かくしてくれるし、図書室のソファの座り心地が良くてついつい眠っちまうな~」


「くふふ。ミズキがわがままばかり言うから変な魔法の使い方が日常的になったのじゃ」


 同じように伸びをするシャオの姿に、似た者兄妹だとアリベルが納得する。


「アリーもその魔法覚えたぁいっ!」


「簡単じゃ。火と風を組み合わせてじゃな――「待て待て待て! こんな所で試すな! いつもみたいにアリベルが暴発させたら大火事になるだろ!」」


「簡単な魔法なら失敗しないのに~」


「それはシャオが簡単に見せてるだけで二つの魔法を一緒に使うのは難しいんだぞ? チサだって苦労してるしな。ミミカやテミルさんからだって勝手に魔法を使うなって言われてるだろ?」


「むぅ~」


 瑞希が頬を膨らませるアリベルを抱き上げ語り掛ける。


「アリベルの体でもマリルは上手く魔法を使えてたから、アリベルが魔力の調節を覚えたら暴発する事もなくなるさ。俺だってシャオがいなきゃ魔法は使えないしな」


 抱っこされる事に御満悦な様子のアリベルはここぞとばかりに抱き着く。


「んふふふ~! アリーもお兄ちゃんと手を繋いで魔法を使ったら出来る様になるかなぁ?」


「それならシャオの方が良いけど――「くふふ……。望み通りに枯渇するまでお主の魔力で魔法を使ってやるのじゃっ!」」


 アリベルが抱っこされた事で焼きもちを焼いたシャオがアリベルを引きずり降ろそうと飛び掛かるが、瑞希がひらりと躱す。


「お兄ちゃん! にっげろー!」


 瑞希も子供の遊びに付き合ってやろうと動き出すが、シャオから溢れ出す殺気にも似た気配はいつも瑞希が訓練の時に感じている気配だ。

 アリベルを差し出す訳にもいかないかと、瑞希は部屋を飛び出して訓練所の方へと走っていく。


「待つのじゃー!」


「ならその殺傷能力高そうな魔法を収めろって!」


「ならんのじゃ! こやつにはそろそろ一度痛い目に合わせるのじゃ!」


「きゃははははっ!」


 追いかけまわされる事を楽しむアリベルに、シャオの放った風魔法が迫る。

 しかし、その気配を感じていた瑞希が方向を変え、避けようとした先にはテミルが歩いていた。


「――城内の廊下はお静かに」


 一陣の風がテミルから発せられると、瑞希の背後に迫っていたシャオの風魔法が相殺される。

 瑞希が申し訳なさそうにアリベルを下ろすと、追って来たシャオが瑞希の背中に飛びついた。


「くふふふ。素直に下りれば良かったのじゃ」


「もっと追いかけっこしようよー!」


「テミルさんが来たって事はアリベルは今から魔法の練習だろ?」


「そうです」


 テミルは頷きつつ、アリベルの手を優しく繋ぐ。


「あっ! お兄ちゃんを探してて忘れてた! お兄ちゃん! また後で遊んでね!」


「おう。夕飯の仕込みが終わったらな。テミルさん、チサをどこかで見かけましたか?」


「チサ様でしたら先程まで訓練所に居られたのですが、ボング様を煙たがって厨房でミズキ様達をお待ちでしたよ」


「ありがとうございます。じゃあ俺達も厨房に向かいます……、あ、テミルさんに後で聞きたい事があるんですけど」


「はい? 私に答えられる事でしたら」


「じゃあまた後でっ!」


 瑞希はぺこりと頭を下げてから厨房へと歩いていく――。


◇◇◇


――本日の夕食に並ぶのは、新作のパスタであるマカロニが主役のグラタンだ。

 雪が降るこの季節、何か温かい物を作ろうと考えた瑞希は、竈で作成できる料理を考えた。


 ホワイトソースを使った簡単なグラタンは何度か作成しているが、手間のかかるマカロニは初披露である。


「もちもちしてて美味ひぃ~」


「パイ生地はこういう事にも使えるのですね」


 親子揃ってグラタンの感想を述べるアリベルとシャルルだが、グラタンの味は気に入った様だ。


「パイ自体は甘くしてませんからね。パイ包みにするとグラタンも冷めにくいですし、パイ生地もホワイトソースにも合いますから久しぶりに作ってみたんです」


「このモーム肉も美味しいです」


 薄く切られたモーム肉を食べた肉好きのミミカが、うっとりとした表情を見せる。


「竈でゆっくり火を通したからな。モーム肉自体が固い肉だから分厚くは切れないけど、こうして食べると美味いだろ?」


 瑞希はそう言ってミミカに笑顔を見せる。

 当のミミカは瑞希の笑顔を見て気恥ずかしさが出たのか、コクコクと頷きながら瑞希の言葉を確認する様にモーム肉を頬張っている。


「……にへへへ」


「チサお姉ちゃんはまたペムイと食べてるの~?」


「……当たり前。ペムイは何にでも合う」


「最近チサは丼物に嵌ってるから、ローストビーフ丼ならぬローストモーム丼を作ってみたんだよ。ミミカ達が食べてるローストモームのソースと違ってジャルとかの調味料を使ってるからテンも合うし、卵黄とも合うんだ」


「お姉ちゃん! 私にも一口ちょうだいっ!」


「……しゃあないなぁ。テンがかかってへん所な」


「えへへ~、美味ひぃ~」


 チサから一口大にペムイを巻かれたローストモームを口にしたアリベルは、顔を綻ばせながら咀嚼する。


「アリー、御行儀悪い事をしていいのはこうやって家族皆で食べてる時だけだからね?」


「はぁい」


 ミミカのお姉さんとしての躾にアリベルは素直に返事をする。


「ミズキ様、先ほど質問の件ですが、どの様な事でしたでしょうか? 宜しければ今のうちにお調べする事も出来ますが」


 食事を続けている瑞希にこそりと耳打ちをするのはテミルだ。


「あ、いえいえ、大した事じゃないんですが、竜を討伐した英雄って出自はどの辺りなのかなって思いまして」


「ミズキ君は最近その英雄に首ったけだな?」


 話を聞いていたバランがふっと微笑みながらそう話しかけた。


「こちらに連れてきたティーネの影響ですね。芝居自体も面白かったし、こちらの世界に居た色んな偉人を知るのも勉強になりますし」


「彼の英雄は確か王都よりも遥か東に位置する土地の生まれだ。確かテミルもそちらの土地の生まれだったか?」


「はい。幼い頃に王都近辺でアイカ様に拾って頂きましたのであまり記憶にはありませんが、あの辺りは昔から魔力場が多いせいか……」


 そう言ったテミルは少し言葉を詰まらせる。


「何か聞いちゃ不味かったですか?」


「あの辺りは魔物が大量発生する事も多く、英雄の村も魔物に滅ぼされたと書いてあっただろう? テミルもアイカに拾われるまでは苦労が絶えなかったと聞いている」


「ですがそのおかげでアイカ様にも出会えましたし、今はこうしてここで働かせて頂けてますので幸せです」


「そんなに苦労してたテミルをお父様は追い出したのね?」


 じとっと父親を睨みつけるミミカの視線を誤魔化す様に、バランは酒の入ったグラスに口をつける。


「私はこの城で教育をして頂けましたし、バラン様の心情を無視したのは事実ですから処罰に何の不満もありません。今となってはミミカ様も立派な魔法使いになられましたしね」


 にっこりと微笑むテミルの表情を見た事で場の雰囲気は和やかに戻る。


「テミルはお母様から魔法を習ったの?」


「はい。アイカ様に拾われてから少しして魔力を感じる事が出来ましたので――」


 そう言ったテミルは優しい口調で昔話を語り始めた――。

明けましておめでとうございます。

新章の書き始めだけ書いて、ずっと眠らせていた物で続きは少しだけ書いてますが、

披露するのはもう少し先です。

代わりに新作を10日間毎日更新しようと思いますので、

「貴族令嬢のお忍びグルメ」をお楽しみ下さい。

https://ncode.syosetu.com/n3160gu/

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