閑話 弱者のプライド 後編
――ぐつぐつと煮込まれる鍋の前でうちとイナホが鼻を鳴らす。
「……お腹減ったぁ」
煮込まれる鍋の味噌の香りに、回復魔法をかけられたうちの体が栄養を寄越せと訴えかける。
「もうすぐ出来るからな。それよりお前等好い加減離れろって。火の前なんだし危ないだろ」
胡坐をかくミズキの膝の上にはシャオが座り、背中側から首元に両腕を回しているのはアリベルだ。
かくいううちもお腹が空きすぎて体を起こす気にはなれず、敷物の上でゴロゴロと転がっている。
もちろん枕はミズキの膝だ。
「……無理。魔力が少ないのと、お腹空きすぎて力入らへん」
「シャオお姉ちゃん代わってよ~! アリーが座ってたんだよー!」
「やかましいのじゃっ! わしがおらん隙にわしの場所を使いおってからに!」
「だぁー! 邪魔すんな! ミミカ、焼けたきりたんぽを鍋の中に入れてくれるか?」
ミズキが言うキリタンポとは、潰したペムイを棒に刺して焼いた物だ。
粘りが出ているため、棒にさしても崩れる事はなく、ミミカの魔法で焼いたキリタンポからは香ばしい匂いが広がっている。
「……それにしても中庭にこんなん作って大丈夫なん?」
「後で溶かすから大丈夫だよ。俺の知ってるかまくらより数倍でかいけどな」
「アリーもいっぱい雪を集めたんだよ~! 雪山の上から滑ったりして遊んだの!」
「……何それ。楽しそうやな」
「えへへへ! お姉ちゃんも滑ったんだけど――「アリー~? 余計な事は言わなくて良いのよ~?」」
アリベルの言葉でくすくすと笑うのはアンナとジーニャだ。
「怖がりすぎなんすよお嬢は」
「だって実際に乗ったらあんなに速いと思わないでしょっ!」
「止めようと無理に縄を引っ張るから変な転び方をするんですよ」
「もうもうもう! 皆して言わないでよ!」
ミミカが恥ずかしそうにバタバタと腕を動かす。
「……むぅぅ。うちもやりたかった」
不貞腐れるうちの頭に、ぽんと手が置かれる。
心地よいその感触を生み出す人物の瞳に視線を向ける。
「暫く雪が降るみたいだからいつでも出来るさ」
「……ボングが魔物を狩りたいとか言うから」
「――悪かったな」
うちが一緒に遊べなかった理由を口にすると、かまくらの入り口からボング達が顔を出した。
「あぁー! ママぁ! 寒くなぁい? 早くこっちに来て!」
「あらあら。雪の中なのにとても暖かいのね」
「そうなの! 雪なのに暖かいし、火を使ってるのに溶けないし、お兄ちゃんの魔法って凄いの!」
雪の中なのに暖かい理由をミズキが説明したらしいのだが、幼いアリベルはどうやら魔法という事で片付けた様だ。
正直うちにも分からない。
「ふん。何もこんな雪の中で食事をしなくても良いじゃないか?」
「アリベルとの雪遊びで折角作ったからな。雪の日にかまくらなんて風情があるだろ? 寒いなら鍋ごと室内に持って行こうか?」
「えぇー! ここで食べようよぉ!」
「……今食べなもう動けへん」
「私もここで構いません」
ボングへの提案にうちも含めた面々がここで食べると豪語する。
「王家の人間でも遠征の時は鍋を囲んで皆と食事をする時もあるんだ。こういった場での食事にも慣れておけ」
「べ、別に嫌だとは言ってないです!」
ボングを諭したのは師匠であるグランだ。
グランの周りにはうちと同い年ぐらいの少年兵達も居る。
「ミズキから話は聞いていたが本当に広いな。雪の中で食事をすると聞いた時はどうなるかと思ったがまるで家だな……」
「わははは! 俺も作った事あるのは人が一人入れるぐらいの小さな物だったんだけどな。うちの妹を頼ればこんなもんだ!」
「何故に貴様が偉そうにするんだ」
「どうでも良いから早く食べたいのじゃっ!」
催促するシャオより先に、うちとボングの前に器が置かれ、イナホの前には焼いた肉が置かれた。
「最初に食べるのは狩ってきてくれた人からな。俺達はチサ達の御相伴に預かる訳だし」
「うぬぬ。チサ、早く口をつけるのじゃ!」
「……頂きます」
身体を起こしたうちは、両手で器を持ち上げ先ずは汁から啜る。
鶏がらとは違った少し癖のある出汁の味に味噌が加わり、力強い味となっている。
うちはその味を口に残したまま、筒状になっているペムイに箸をつける。
ざくりと香ばしい表面と、ペムイのもちもちとした触感に、飢えていたうちの体がもっと寄越せと騒ぎ始める。
無言で食事を続けるうちに対し、ヤキモキしたシャオが声を上げる。
「チサを待ってたら折角の熱々が冷めるのじゃ! わしにも早く寄こすのじゃ!」
喚くシャオの元にも器が渡される。
シャオは手を合わせてから熱そうに料理を口に運んでいく。
シャオの好物に仕立て上げられた肉団子にはホルの葉が混ぜ込まれており、少し癖のある肉をその香りで打ち消している。
「くふ、くふふ。ハクトの肉で作った肉団子も中々に旨いのじゃ」
「ホルの葉みたいな香りの強い野菜は、こういった肉に合うからな。ボングも遠慮せず――「「おかわりっ!」」」
ミズキが言い終わる前にうちとボングの声が重なる。
どうやらイナホも既に一つ目の皿を食べ終わったのか、ぴしっと座ってミズキに視線を送っている。
「わははは! お前達が狩って来たんだからいっぱい食べろ。ハクトの肉がなくなってもホワイトグリズリーの肉もあるからな」
「チサお姉ちゃん達凄いねぇ! あんなに大きな魔物を取ってきたの?」
「……ボングが暴走したから」
「悪かったって言ってるだろ! これからはチサみたいにちゃんと考えて動く……」
「あふっ?」
喧嘩してるの?
と心配そうにこすりつけるイナホの鼻が少しくすぐったい。
「……お肉美味しい?」
「あふっ!」
「……そう。また今度捕まえてこよな」
「あふっ! あふっ!」
「おいっ! その時は僕も行くぞ! 次はホワイトグリズリーじゃなくてハクトだけを狙うからな!」
面倒臭いと考えていると少年兵達がひそひそと話している事に気付く。
「……なぁ。自分等がハクトとか狩りに行く時ボングも連れてったったら?」
びくりと肩を跳ね上げたのは他でもないボングだ。
「……こっちには知り合いも少ないし、友達は居た方がええやろ? 同じ御飯を囲んでるんやからもう友達みたいなもんやろ?」
少年兵達はぶんぶんと首を振り、恐れ多いやら、何やらと言い訳しているが、当のボングはそわそわと聞き耳を立てていた。
「……あんたは痩せても見栄ばっかり張ってるんやな。あんたのお姉さん達は色んな人等と食事やら会話やら楽しんでたで? なぁ?」
「あふっ!」
うちの問いかけにイナホが元気に返事をする。
「――子供の時にかいた恥など、大人になれば笑い話だ。ところでこんな楽しそうな事に誘ってくれないとはな……」
少し寂しそうに呟くミミカの父に対し、ミズキが盃を持って迎え入れる。
「わははは! ちゃんとバランさんと飲む様にペムイ酒も用意してますよ。グランも飲むだろ?」
余程ハクトの鍋が美味しかったのか、既に涙目になっているグランにミズキが話を振る。
「馬鹿言うな。仕える主君が居るのに酒に酔える訳ないだろ」
「良いではないか偶には付き合えグラン。お前達と酒を酌み交わす機会なんてそうないからな」
「もう! お父様はミズキ様が戻ってきてからいっつも晩酌してるじゃない!」
「それはミズキ君が酒に合うつまみをだな――」
大人達が酒を交えて食事を続けると、子供達はボングを中心に今回のハクト狩りの話で盛り上がっている。
ふいに視線を感じると、ボングがこちらへ手招きをする。
腹具合が人心地ついたうちは、イナホを連れて子供達の輪に加わる。
「――だから何度も言うように、チサの魔法で瀕死状態だった所で偶々僕の剣が突き刺さっただけだ。本当に凄いのはチサだ。なぁ?」
「……しらん。うちだけやったら最後の一撃はくらってたし。止め刺した方が凄いんちゃう?」
「そんな事はない! そもそも僕だけだったら傷も負わせてない! チサが凄いから助かったんだ!」
「……それやったらこの子も褒めて。イナホも頑張った」
「あふっ!」
「勿論だ! お前も凄かったぞイナホ!」
「あふっ! あふっ!」
対等に話し合ううち等を見た少年兵達が、プッと吹き出し笑う。
「何を笑ってるんだ!?」
ボングの疑問に少年兵達は思い思いに告げる。
どうやらボングの事を傲慢で下民と交わらない貴族らしい貴族と思い込んでいたとの事だ。
間違いではないと思うけど、少しずつボングも変わって来ているのかと一人納得をする。
「……普段から偉そうにしてるからそんな風に思われんねん」
「僕は元から偉いんだっ! チサ達が僕を敬わないのがおかしいんだ!」
「……だって友達に敬語て変やん?」
「あ、う……」
首を傾げながら思った事を口にすると、ボングが言葉を詰まらせる。
「ぼ、僕にそんな態度を取っていいのはミズキやお前達だけだからなっ! 勘違いするなよ!?」
「……そうなんや。うちはお代わりついでにあっちに戻るな。行こイナホ」
「あふっ!」
「あっ――」
ミズキの横の席に戻り、うちがお代わりを要求する前にミズキが器を渡せと手を伸ばす。
うちは器を受け取るついでに頭とイナホを差し出す。
「……今日うち頑張ったんやで」
「知ってるよ。シャオから全部聞いた。イナホも頑張ったな」
「あふっ!」
うちとイナホの頭に温かい手の感触が伝わる。
「……にへへへ!」
「あふ~」
ほんまにミズキの手はあったかくて気持ち良いな。
新しいペムイ料理も食べれたし、そこだけはボングにも感謝やな――。
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