好みの味とコロンのジャム
日も暮れ、焚火を起こし、囲むように皆が座ると、焚火の明かりが皆の顔を照らしている。
「では! 頂きます!」
シャオは焼き餃子から行く様だ。
瑞希の用意したタレに餃子をちょんちょんとつけ、いつもの様に大きく口を開け、一口でパクっと口に入れもぐもぐと咀嚼する。
中からミンチにされたオーク肉の肉汁があふれて来たようで、ハフハフと口を忙しなく動かしている。
「そんな一口で食うからだよ。味はどうだ?」
「聞かんでもわかるじゃろ? もちろん美味いのじゃ!」
同じ様にスープ餃子を熱そうに口にしているドマルも咀嚼し、飲み込む。
「美味しい! つるんとしているのに噛めばもちもちしてる食感が面白いね!」
「焼き餃子も外側はパリッとしてるのに、噛めば肉汁ともちもちの食感がたまんないっす!」
「確かにこれなら主食とスープが一緒に食べれますね!」
各々が初めて食べた餃子に感動していると、アンナはモロンの肉詰めを前にして固まっている。
「アンナ? 苦手なら無理しなくても良いぞ?」
「いや……せっかくミズキ殿が食べやすい様に作ってくれたのなら……ええい!」
アンナはガブっと肉詰めに齧り付いたが、咀嚼しながら険しく目を瞑り眉間に皺を寄せた顔が徐々に緩んでくると、アンナは目を開き首を傾げながら残った肉詰めをポイっと口に放り込み、再び咀嚼する。
「あれ? 食べれる……というか……美味しい!」
「良かった。アンナはチーズが好きみたいだからな。ポムの甘みと生クリームを加えたチーズソースのコクで苦みが軽減されたんだと思うよ」
「何で私の好みを知ってるんだ!?」
「へ? だって馬車の中で言ってたじゃないか? 野菜とチーズのサンドイッチが好きって」
「聞いてたのか!?」
食材の事だと耳聡い瑞希は、誰が何を好んでいたかを実は把握していたのだ。
「じゃあじゃあうちはどれっすか?」
「ジーニャは卵だろ?」
「正解っす! あれまた作って欲しいっす!」
ジーニャは両手で大きく丸を作っておねだりをする。
「ミミカにもレシピって程の物じゃないけど、作り方は教えてるから、料理番の人に作って貰える様になるんじゃないか?」
「はい! しっかりと伝えておきます!」
「やったっす! あの濃厚なソースも食べれる様になるんすね!」
「こうやってマヨラーが生まれるんだろうな……マヨネーズが好きでも良いけど何にでもかけて食べたら太るから気を付けろよ?」
「げげっ! それは嫌っす! じゃあお嬢の気に入ったさんどいっちはどれかわかるっすか?」
瑞希はもぐもぐと口を動かし、ごくんと飲み込むとジーニャの問いに答える。
「三種類の中ならチキンカツじゃないか? ていうか、シャオもドマルもチキンカツだと思うぞ?」
ドマルはモロンの肉詰めを食べようとしていた手をピタッと止める。
「シャオちゃんはともかく、僕やミミカ様の好みが何でわかったの?」
「シャオは言わずもがなだけど、ドマルはチキンカツというより、ポムの実が好きなんだろ? ミネストローネやポムソースの時に興奮してたしな」
「良く分かったね! このモロンの肉詰めもポムソースが絡んで美味しいんだよ!」
「ミミカは多分、肉が好きなんだろうな!」
「その通りですっ! ……恥ずかしい!」
ミミカはカーッと熱くなる顔を何とか誤魔化そうとしているのだが、隣のアンナも同様に赤くなっていたので、お互いの目が合うとおかしくて笑ってしまった。
「恥ずかしがる事はないだろ? 各々好きな物、嫌いな物があるのは大いに結構! 好みがあるから、同じ食材でも好きな料理ってのも出来て来るんだよ」
「同じ食材でも好き嫌いが分かれるのじゃ?」
話を聞いていたシャオが首を傾げながら瑞希に尋ねた。
「仮にミミカが辛い料理を嫌いだとしたら、辛い肉料理を作っても食べれないだろ? アンナもチーズが好きだからモロンが食べれてるけど、モロンをそのまま焼いただけじゃ食べれないと思うよ」
「料理は難しいのじゃ……」
「料理は奥深い物なんだよ」
瑞希はシャオの頭に手を乗せぐりぐりと撫でてやる。
「あ、でもアンナがチーズ好きならナチュラルチーズだともっと好きになるだろうな!」
「これ以上に美味いチーズがあるのか!?」
アンナは身を乗り出し瑞希に迫る。
「むしろカッテージチーズが一番簡単に作れる分、淡白な味わいなんだよ」
「ではなちゅらるちーずとやらはどうやって作るのだ!?」
「そこで登場するのが、今日手に入れたヨーグルトだ!」
「えっ!? もう手に入ってたの!?」
ドマルは今朝の話を聞いてる限り早々には手に入らないと思っていた物が既にある事に驚いた。
「そうなんだよ! モーム牧場に買い物に行ったらたまたま手に入ってさ! 後で食べてみるか?」
「でもそれって美味しく無いんでしょ?」
「まぁそのまま食べたら酸っぱくて美味しいとは感じないだろうな。美味しく食べる方法ならあるんだけど……」
瑞希はスープを啜っているシャオをチラリと見る。
「砂糖を使うのは無しじゃぞ?」
「どっちにしろドーナツはキーリスについてからじゃないと作れないだろ? それにヨーグルトを食べるついでにシャオの好きそうな物が作れるんだよな~。でも砂糖がないとそれも作れないんだけどな~……」
瑞希はチラチラとシャオを見ると、啜っているスープの手を止め瑞希の目を見る。
「それはどんな料理じゃ?」
「砂糖を大量に使うけど、甘酸っぱくてな、それがあれば明日の朝食に甘い物が出せるんだけどな~」
「失敗はせんのじゃ?」
「それを聞くのはお前に魔法が失敗するのかと問う様なもんだぞ?」
「うぬぬ……絶対に明日の朝食で食べれるのじゃろうな!? それにちゃんとどーなつも作るのじゃな!?」
「約束する! なんなら指切りもするか?」
「指切りとはなんじゃ?」
「俺の故郷に伝わる約束事のおまじないだよ。こうやってお互いの小指を絡ませて……指切~りげ~んま~ん嘘ついたら針千本の~ます!」
シャオも含め、瑞希の話を聞いていた全員が「え?」という感情に襲われた。
「ゆ~びきった~! って感じだな。ん? どうした?」
「たかが約束事にどんだけ重い罰を科すんじゃ……」
「ミズキ殿の故郷では死ぬ覚悟で約束事を守らねばならぬのか?」
「というか多分針一本でも飲んだら死ぬっすよ?」
全員がドン引きする中瑞希が焦りながら誤解を解く。
「ちょっと待って! 実際に飲むわけじゃないから! でもそれぐらいの気持ちで約束をしなさいって子供に教える物なんだよ!」
「じゃが、嘘をつくのは確かに良くないのじゃ! 針千本は飲まんでも、空の旅には案内するのじゃ!」
瑞希は絶対に失敗をしない様に心に誓うのであった――。
◇◇◇
夜中になり、アンナ、ドマル、瑞希とシャオは交代で焚火の番という名の見張りを行っている。
アンナとドマルは既に自分の順番を終え、瑞希は白み始めた空の中、馬車の中からコロンの実と砂糖、それと蓋付きの瓶を何個か取り出して来た。
「こんな時間から何を作るのじゃ?」
「昨日シャオと約束した物だよ。まずはこの瓶に熱湯を入れてから乾かしてくれるか?」
「何か意味があるのじゃ?」
「殺菌だよ。乳酸菌の様な食べれる菌も居れば、腹を壊す悪い菌も居るからな。念のためだよ」
シャオは魔法で瓶を洗うと素早く乾かし、瑞希に手渡した。
「あとはコロンの実をここに入れて、水を入れたら一つ目は完成」
「これは何を作っておるのじゃ?」
「ドーナツに使うための天然酵母作りだよ。まずはこれが無いとな。一週間もしたら出来るよ」
「ウテナみたいに魔法でどうにかならんのじゃ?」
「乾かす訳じゃないからな。のんびり待とう。次は残りの実を使ってジャム作りだ!」
瑞希は鍋に残った大量のコロンの実を入れると、シャオに頼み火を点けてもらう。
「コロンの実から水分が出てきたら、実に対して半分ぐらいの量の砂糖を入れてシャクルの果汁を入れて煮詰めてると灰汁が出て来るからそれを捨てながらさらに煮詰めると……完成だ!」
瑞希が煮詰めてる間の時間を使い、シャオはウテナをくるくると乾かしていた。
「随分簡単な割に、すごい量の砂糖を使うのじゃな?」
「甘い物はな……砂糖をけちると美味くならない物なんだよ」
「それはもう食べれるのじゃ?」
「このまま粗熱を取ったら瓶に移して冷ましてからだな。約束通り朝食には甘い物を出してやるからな! ……と、その前に今日の髪形はどうする?」
「別に何でも良いのじゃ! じゃがブラシはして欲しいのじゃ!」
「わかったよ」
瑞希はコロンのジャムを瓶に移し、鞄の中からシャオ用のブラシを取り出しささっと整えてやると、シャオは目を瞑り、心地よく髪の毛を引っ張られている。
「ブラシも気持ち良いのじゃ~」
瑞希は櫛に持ち替え、シャオの前髪を非対称に分けると、割合の多い前髪を三つ編みにして耳の後ろ辺りで、ミミカに貰ったピンで留め、リボンはカチューシャの様に巻いてやる。
「ほいっと。こんな感じでどうだ?」
瑞希はシャオに手鏡を渡して確認させる。
「くふふふふ!」
シャオは手鏡をみて確認すると、昨日のミミカの様に少し手の込んだ髪形に思わず笑みがこぼれた。
どうやら今日の髪形もお気に召したようである――。