閑話 弱者のプライド 前編
――テオリス城の食堂で、うちの横に座るボングが、訳の分からない事を述べる。
「――聞いてるのか? 僕に冒険者の仕事を見せてくれって言ってるんだ!」
「……嫌」
「この僕が直々に頼んでるんだぞ!?」
「……食事中」
うちはそう言って話を切り上げ、目の前の茶碗を手に取りペムイの山に箸を付ける。
「……にへへ。美味しっ」
おとんが作った慣れ親しんだペムイの味に思わず頬が緩む。
今日の卵はシャオとのじゃんけんに勝利して、出汁巻き卵にしてもらったのだが、自分で作る物よりもミズキの作った出汁巻き卵の方がやはり美味しい。
私は箸で切り分けた一口大の出汁巻き卵を優しく掴み、口に運ぼうとした時にボングが私の体を掴んだ。
「……あっ!」
その衝撃で箸から逃れた出汁巻き卵が、ゆっくりと床へ落ちそうになるが、足元に居たイナホがぱくりと床に着く前に口で受け止める。
「あふっ!」
もっと欲しいと椅子に前足を乗せ、強請るイナホの頭を優しく撫でながら諭すと、うちは怒りを視線に込め口を開いた。
「……うちの出汁巻きっ!」
「た、卵ぐらい僕のをやるっ!」
ボングは自分のオムレツが乗った皿を私に近づけるが、綺麗に焼けていても私が口にしたかった料理とは別物だ。
ましてや作った料理人もだ。
「ボングがわざわざここに来てチサに頼み事してるんだから、何かあるんだろ?」
そう言ってミズキがうちの皿に出汁巻き卵を乗せてくれた。
「……御飯の後にして」
「わかった……」
黙々と食事をするボングを尻目に、うちは分けて貰った出汁巻き卵の味に集中する。
イナホはうちから貰えない事が分かったのか、次はミズキに強請ろうとするが、お茶を啜るシャオがちらりと視線を送った様だ。
「あふ~……」
しょんぼりとうちの元に戻ってきたイナホが、もぞもぞとうちの膝の上に座り、隣に座るボングをじっと眺めている。
「お前にはやらないぞ!」
そう言って皿を遠ざけるボングだが、イナホが悲しそうに鳴くと、肉の切れ端をイナホの前に差し出した。
「……こら。もう自分の御飯は食べたやろ?」
ボングの差し出した物を食べようとするイナホを制止すると、イナホはいつもの様に少し悲しそうな表情でうちの言葉を飲み込んだ。
「欲しがってるんだから食べさせれば良いだろ?」
「……イナホには自分で狩ったなら食べて良いって教えてんの。さっきみたいのは事故や」
「あふっ!」
イナホはうちの言葉を聞いて元気良く返事をくれる。
ほんまに良い子や。
ボングが納得していない様な表情を浮かべていると、ミズキが口を開いた。
「イナホはヴォグやルフに任された子だろ? チサは愛玩動物としてイナホを育ててるんじゃなくて、ヴォグやルフみたいな立派なブルガーにしてやりたいんだよ。それでも時々甘やかしてるけどな」
ミズキが笑いながらボングに説明すると、ボングがどこか神妙な表情を浮かべた。
「前の僕みたいになるのは駄目だよな」
「あふ?」
あまり意味がわかっていないイナホだけど、ボングの手は素直に受け入れ頭を撫でさせた。
「……珍しいやん」
「何がだよ?」
「……あんたやなくてイナホ。この子慣れてない人にはあんまり撫でさせへんし」
うちはそう言って味噌汁を啜る。
中の具のミースの実が汁を吸っていて柔らかく美味しい。
「……御馳走様でした」
うちはそう言って手を合わせた。
「お粗末様でした。シャオも美味しかったか?」
「くふふふ。言わずもがなじゃ。御馳走様なのじゃ」
「……ミズキは今日何するん?」
「今日はアリベルと遊ぶって約束した日だからアリベルの勉強が終わるまで読書かな?」
「……むぅ。最近いっつも本読んでるやん。シャオはええの?」
「くふふ。ミズキの膝の上でうたた寝をするのもまた一興なのじゃ。夜にはしっかりと鍛えてやるのじゃ」
「じゃあそれまでは暇なんだな!?」
食事を終えたボングが話を聞いていたのか、身を乗り出してうちに問いかける。
「……あんたも訓練があるやろ。グランが怒るで」
「師匠にはもう言ってある! 僕だって魔物の一匹や二匹倒してみたいんだ!」
「グランが本当に許したのか?」
「そ、それは……」
ボングはミズキの問いかけに言い淀む。
「あのなぁ。仮にも王家の人間を魔物狩りに行かせられる訳ないだろ? 何かあったらどうする? グランにだって迷惑が掛かるだろ?」
「だが師匠だって貴族なのに僕と同い年の頃には魔物を狩ったと言っていたぞ!? それに周りの訓練兵だって小遣いかせぎに魔物を狩ってたと言っていた! チサだって僕と同じ年じゃないか!」
「あほう。チサはわしが鍛えておるのじゃから当たり前じゃ」
「そ、それなら僕だって師匠に鍛えてもらっている! 最近じゃそれなりに剣も触れる様になってきたんだ! 姉様にも成長した証を示したいんだ!」
ミズキはボングの言い分に、どこか引っかかったのか腕を組み考え始める。
「そういうのって護衛を付けちゃ意味ないよな~……」
「――だから同い年で冒険者であるチサに頼んだんだろうな」
そう言いながらミズキの隣の席にグランが座る。
「し、師匠っ!?」
「お、グランも遅めの朝食だな?」
「貴様が作ると知っていたならば俺の分も頼んだんだが……」
悪態を吐くグランの言葉に、ミズキは笑って返事をする。
「わははは! 今日は和食の気分だったんだよ。グラン達がいつ食事をするかまで把握してないからな」
「――今日のお前等のスープは何だったんだ?」
「ん? ミースの実を使った味噌汁だな」
ミズキの言葉を聞いたグランが悔しそうな表情で、朝食のスープを啜る。
ミズキの料理を食べれるなら食べたいもんな。
わかるでその気持ち。
「ミソや出汁を使った鍋とかないのか?」
「そりゃあるけど食糧庫にあるモーム肉は鍋には向かないんだよ。じっくり煮て柔らかくする様な煮込み料理なら良いけど、鍋料理だと肉が固いしな」
うんうん。
オーク肉はそのまま焼くだけでも美味しいけど、モーム肉は固いもんな。
「ハクトはどうだ? 雪が降るこの季節だと餌を探して街の麓まで降りてくるだろ?」
「ハクトってどんな奴だっけ?」
「前にミズキがアピーで飾り切りにした耳が長い魔物なのじゃ。肉はそれなりに柔らかくて少し癖はあるが美味いのじゃ」
「へぇ~! じゃあいっちょ狩りに行って――「おにいちゃぁん! 今日はアリーと遊ぶ日だからねー! どっかに行っちゃ駄目だからねー!」」
食堂の入り口から大きな声で響き渡らせるアリベルの口を、ミミカが塞ぐ。
城主の娘が現れた事で、食堂で食事をする兵士や使用人達が一斉に立ち上がる。
「もうっ! こっそり会いに来る約束でしょっ!」
「だってちゃんと言っとかないとお兄ちゃんはすぐどこかに行っちゃうもんっ!」
食堂の入り口で姉妹が言い合いをしながらこちらへと歩いてくる。
道中ではアンナとジーニャが立ち尽くす人達に声を掛け座らせていた。
「お仕事から帰ってきたら一緒に遊ぶって約束したもんね?」
ミズキの傍まで歩いてきたアリベルは、小指を立てながら満面の笑みでミズキに迫り、ミズキは苦笑しながらアリベルの小指を、自身の小指で絡めた。
「勿論忘れてないって。シャオにもチサにもちゃんと伝えてあるし、今日はキアラやドマル達も街に用事があるって言ってたしな」
「えへへへ~! じゃあ今日は何する~? 追いかけっこでも、魔法の練習でも良いよっ! アリーねぇ、おやつは甘いのが良いなっ!」
「おやつはシャルル様と私でぷりんを作る予定よ。偶にはミズキ様に味を確認してもらわないと……」
ミミカは少し恥ずかしそうに指を遊ばせている。
「お姉ちゃんのお菓子も美味しいもんねー! ところで何でボング君がここにいるの? いつもはアリー達と一緒に御飯を食べてるのに」
「……この雪の中やのに魔物を狩りに行きたいんやて」
「し、仕方がないだろ!? お前達がいる時にしか頼めないんだからっ! 大体テオリス家の兵士達だって仕事で害獣駆除をする時もあるだろう!?」
声量を上げるボングの言葉にうちは耳を遠ざけながら、返答しようとすると、食事を終えたグランが声を挙げる。
「ミミカ様、今年は例年になくハクトが発生しており、冒険者ギルドでは東の森の調査に人手を取っております」
「そうなの? それで?」
「街道や街周辺に現れたハクトは下級冒険者や、うちの若手兵士に狩らせていますが、人手があるに越した事はありません。ボング様でも鋼鉄級以上の冒険者が付いてくれるのであれば問題はない程に鍛えてはいるつもりです」
「師匠っ!」
ボングは歓喜の表情でグランに視線を送るが、それと同時にうちの師匠もニヤニヤと笑みを浮かべる。
「くふふふ。ならばチサも行ってくるのじゃ。今日の夕飯を楽しみにしておるのじゃ」
「……えぇ~」
「まぁチサちゃんが付いてくれるなら大丈夫かしら?」
グランの言葉に納得するミミカやけど、うちはあんまりやる気ないねんな。
「……ハクトでどんな料理作れるん?」
やる気を出すためにそんな質問をミズキにしてみると、ミズキは少し考えてから口を開いた。
「そうだな……、どうせ鍋にするならチサが大好きなペムイを使った鍋にしようか!」
ずるい。
聞いといて何やけど、ペムイと聞いたらやる気が出てまう。
「……それ美味しいん!? おかゆとか雑炊とはちゃうの?」
「全然違うぞ? 寒い季節になったらチサに作ってやろうと思ってたから丁度良かった。それにアリベルとの遊びも思いついたしな」
「えぇ~! 何々!? 何して遊ぶの!?」
ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねるアリベルと、ペムイ料理に興味を惹かれたうちは、今日もまた楽しくなりそうな一日だと確信する――。
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