バク団子と叫び酒
――本日の晩餐を締めくくるのは、シャオ待望のドーナツではなく、バクの実を表面にビッシリと張り付けられた団子状の揚げ菓子である。
「ミズキが生地を捏ねて揚げておる時はどーなつと思っておったのじゃ……」
「本当なら料理がこってりしてるから果物とか軽いデザートにしたかったんだぞ? シャオがドーナツを食べたがるから作ったのに」
「わしが食べたかったのは丸くて輪っかのどーなつなのじゃ!」
「チサが餡子を食べたがってたし、団子との相性も良いからここの料理番の人にも作り方を教えてあげたかったんだよ。それにキアラが仕入れてくれたバク油は全部の料理に使ってたし、バクの実もどうせなら食べて貰わないとな」
「……にへへ。餡子を使ったお菓子」
「バクの実を仕入れた甲斐があったんな! それにシャオの要望にもミズキはちゃんと答えてるんな~」
「そうそう。油で揚げたペムイ粉のドーナツは前にも食べただろ? 今回はその中に餡子を包んでバクの実を張り付けたんだ。むくれてないで一度食べてみろって」
瑞希はシャオの前にコロコロと転がるバク団子を何個か取り分ける。
シャオは少し不貞腐れながらバク団子を掴み、小さく噛り付く。
表面の揚げられたバクはパリパリとした香ばしさと食感が生み出されており、生地の感触はもちもちとしている。
「くふ」
シャオは少し笑みを溢すと、直ぐに二口目を齧る。
一口目の消極的な齧り方とは違い、大きく口を開けた二口目だ。
一口目はあまり口に入らなかった餡子が、二口目ではたっぷりと口の中に放り込まれる。
レンスでも食した餡子だが、揚げた生地との相性も良いと感じたのか、シャオの顔は自然と綻んでいく。
「くふふふふ!」
「なっ? ちゃんと美味いだろ?」
「……これを不味いって人はうちが水球をくらわす!」
「バクの実も凄いんなー! 料理にもお菓子にも使えるんな!」
「辛い物から甘い菓子までなんでもありだよなミズキの料理は」
「なんでミズキに子供が集まるかわかるね! こんなの食べさしてくれるなら付いて行きたくなるね~?」
くすくすとティーネが笑う理由は、目の前でバク団子の取り合いを始める三人の少女達の姿が可愛らしく映るからだろう。
「これだけ濃い料理ばっかり作ったのにまだそんなに食べれるのか……? 子供の胃袋って凄いな」
「甘い物は別腹なのじゃっ!」
「……美味しいんやから仕方ない!」
「ミズキの料理はたっぷり味わいたいんな!」
三人はそう言ってパクパクとバク団子を平らげていく。
「あはは、三人とも喉を詰まらせないようにね?」
「「「んー!」」」
少女達はドマルの心配に元気良く返事をするが、食べる手は止まらない。
「そんなけ食べてよぉ太らんな~?」
カエラは少し食べ過ぎたのを気にしてなのか、自身の腹をさすりながら軽く腹肉を摘まむ。
「領主様も細くて美人なんね?」
「いやいやうちはこれでも結構気にしてんねんで? ミズキはんに教えて貰った事を実践しとるし、ララスちゃんも痩せてめっちゃ可愛なったんやで?」
「ドマルやミズキから話は聞いてたけど、そんなに変わったんね?」
「そらもう凄いで! 王都で会った時のララスちゃんはな――」
カエラから聞いた王都での出来事を聞いたティーネは、興奮気味に目を輝かせ、弦楽器を取り出した。
軽く調律をした後に、柔らかく奏で始めた音に声を重ねていく。
本人は声の寿命でギルカール楽団を退団したのだが、少なくとも聞いている者達には今奏でられるその声から寿命を感じる事は出来ない。
美しく力強い声で歌われるのは王女を射止めた貴族の恋愛歌。
王都での出来事を直接知る瑞希達は、率直に感心と歌声への賛辞を胸に秘めるが、ティーネの表現で伝えられたトットは、只々胸をときめかせていた。
そして皆が歌に引き込まれる中、ドマルは服の胸ポケットに仕舞い込んだ腕輪をギュッと服の上から握りしめるのであった――。
◇◇◇
――翌日。
ドマルはミーテルの街から離れていく道を何故かカエラと二人で歩いていた。
「んふふふ。なんや二人で歩くのも楽しいなぁ」
「いやいやいや! 護衛とか付けなくても大丈夫なんですか!?」
ドマルが心配するのも無理はない。
領主であるカエラが、いくら自分が治める城下町と言えど、一般市民であるドマルと二人きりになっているのを心配する者もいるだろうからだ。
「大丈夫やて。ドマルはんはうちのもんにも知れ渡ってるし、此間の王都の出来事も知っとるしな。それより敬語! 今は二人きりなんやから普通に話してくれてええやろ?」
ドマルの言葉遣いを注意するカエラは少し寂しそうに見えた。
「……わかったよ。それより見せたい物ってなんなのさ?」
それを感じ取ったドマルは、少し間を置いてから口調を崩す。
「もうすぐ着くから内緒や。小っちゃい頃からよぉ来てる所やし、ドマルはんにも一度見せたかってん。ちょっと上り坂が続くけど、寒いから体が温まって丁度ええやろ?」
ドマルはカエラの言われるがままに道を歩いていく。
夏場なら木々が生い茂っていそうな道を暫く歩いて行くと、道が広くなり、視界が広がる。
ドマルはその景色に感激したようだ。
「んふふふ! ええ場所やろ? うちもお父ちゃんに連れられて良く来ててん。自分達が治める街を一望出来るし、街の事を考えるのにも丁度ええねん。ドマルはんこっち座ろ」
カエラが指差した場所には簡易の椅子が用意されていた。
腰を下ろしたドマルは眼下に広がる景色を見ながら言葉を漏らした。
「ミーテルの街って本当に綺麗な街だよね。海も山もあるし、水質も良いから作物も良いのが育つし」
「行商をしてるドマルはんにそう言われると嬉しいわ。レンスの街はどうやったん? ゆっくり聞かせてぇな」
カエラに質問されたドマルは、レンスで在った出来事を掻い摘んで説明していく。
瑞希の料理が売れる事でアウルベアを狩る者が増えた事。
ロイグ商会を巻き込んでダグート家の起こした事件の事や、歌姫の公演の事。
そして自分の家族の事を。
「――ミズキのおかげで家族とも仲直り出来たし、帰郷して良かったよ」
「でも何で急に帰ろうと思ったん? ミズキはんやキアラちゃんの為言うても、喧嘩別れした街には戻り辛かったやろ?」
「あぁ、それなんだけど……」
「ん?」
ドマルは言いかけた言葉を緊張からか飲み込んでしまい、上目遣いで疑問符を浮かべるカエラの視線から、街並みへの景色へと移してしまう。
「もう~、どしたんよ?」
「い、いや、綺麗な街並みの景色に目を奪われちゃってさ!」
「話の途中で?」
「ま、まぁね!」
「んふふふ。変なドマルはんやなぁ。まぁ街を褒められるのは領主として嬉しいけどな」
コロコロと笑うカエラの視線は、ドマルと同じ様にミーテルの街に移る。
「今でこそミーテルは水の都言われて、他の貴族から羨ましがられる土地になったんやけど、昔はそら不人気やったらしいわ。水害もあるし、山も多いから土地を均すのも一苦労やった。せやけど、裏を返せば綺麗な水は流れとるし、ペムイみたいな作物にはその豊かな水が必要やった。うちもお父ちゃんが早うに亡くなったから、そのまま仕事を引き継いどるけど、その仕事が上手く行ってるか不安になる事も多いねん。せやからこうやって街並みを見下ろして、皆が幸せそうにしとるか確認しにくんねん」
カエラはそう言って誇らしそうに微笑む。
「まぁそんな仕事ばっかで自分の事後回しにしててこんな歳になってまで一人者なんやけどな! それに婿に来られたかてこの地方の事を知らん奴に我が物顔されるん腹立つやん? 王都周辺のぶくぶく肥えた貴族も気っ色悪いしな!」
ドマルはその言葉を聞き、用意していた土産から手を遠ざけてしまう。
「うちのお父ちゃんもこの地方を良くする為に色んな人の話を聞いてたし、うちもそうしたいねん。せやからミズキはんやドマルはんみたいな人を友人に持てたんは、近年では嬉しい事やねん。お土産話も面白いしな!」
ドマルは土産を入れているポケットから手を遠ざけ、別のポケットに手を伸ばす。
そこにはテスラに持たされた小さな小瓶が入っており、ドマルがそれを取り出すと、カエラはその小瓶に気付いた。
「あっ、もしかしてうちに御土産買ってきてくれたん? 液体が入ってる言う事はお酒やろか? そんだけの量って事はめっちゃ高いお酒やったりして……」
「うん。すっごくきついお酒だね。でも安酒だし、カエラには別の御土産があるんだ。レンスではこういうお酒を煽ってくすぶっている思いの丈を目一杯言葉にするって風習があるんだ」
「へぇー! 面白い風習やね! てことはドマルはんも今から何か叫ぶん? うちは横で聞いててええの?」
「うん。カエラに聞いて欲しいかな」
ドマルはそう言って立ち上がり、小瓶に入った火酒を煽ると、大きく息を吸った。
「僕はカエラの事が好きだぁー!」
短く、ハッキリとその言葉を発したドマルの顔は、火酒のせいか、緊張のせいか、顔を真っ赤にしたまま近くに居るカエラの顔を見れないでいた。
ドマルは大きく息を吐き、カエラに視線を向けようと覚悟を決めると、視線を向ける前にカエラが言葉を発した。
「こっち見てもっかい言って?」
ドマルは体をカエラに向け、視線を合わせると、カエラは少し瞳を潤ませていた。
「えっと……、カエラの事が好きなんだ。僕は商人でカエラは大貴族の領主様だけど、気持ちは伝えときたくて……、その……」
どんどん言葉の音が小さくなるのは、ドマルの自信のなさから来るのだろう。
その言葉と共にドマルの視線は地に近づいていく。
「……お土産ってこの事やったん?」
視線の合わぬままに問いかけられたドマルは、ハッと胸ポケットから小さな木箱を取り出した。
ドマルはその木箱を少し見つめてから、ぐっと目に力を込めてカエラの瞳を見直した。
「カエラ、お土産に持ってきたのは僕が両親に頼んで作って貰った腕輪なんだ」
「このためにわざわざ実家に帰ってくれたん?」
ドマルはごくりと唾を飲み込み、言葉を返した。
「レンスの男性は危険な仕事をしてる人が多いから、腕輪に想いを込めて女性に贈るんだ。無事に戻って来れる様にってさ。これは魔石を加工して作って貰ったから、ミズキに魔力を込めて貰ったんだよ。ミズキに出会えなかったらカエラにも出会えなかったしね」
ドマルはそう告げながら木箱を開ける。
中からは花を模った細めの腕輪が現れた。
「ミズキがこの腕輪を見た時に、花ならって土魔法の魔力を込めてくれたんだ。根がしっかり張れる様にって」
「ド、ドマルはんは商人やし、うちも貴族で領主やし――」
カエラはそう言いかけた時に気付いた。
瑞希が何故土魔法を選んだのか、ドマルが何故喧嘩別れまでした実家にこの腕輪を作りに帰ったのか。
「うん。僕はカエラの仕事を尊重するし、僕も商会を作るならこっちで作ろうと思うんだ。勿論僕に手伝える仕事があるなら言って欲しいけどね」
ドマルは頬を搔きながら照れ笑いをする。
「お互い仕事や立場は違っても、気持ちはカエラの傍に居させてくれたら嬉しいなって――「ドマルはん。この腕輪ってどうやって着けるん? 良かったら着けてくれへん?」」
カエラは顔を俯かせながらドマルに尋ねる。
ドマルは恥ずかしがるカエラの手を取り、カエラの腕に腕輪を着ける。
すると腕輪が淡く光り輝き、少し緑がかった色に落ち着いた。
「んふふふ。どやろ? うちに似合う?」
「とっても似合ってるよ」
「んふふふふ! ドマルはん、手、繋いでくれる?」
カエラが差し出した手をドマルは優しく握る。
「あったかぁ~。もうちょっとこうしててええ?」
「うん」
二人は寄り添いながらミーテルの街を見下ろす。
「なぁ、うちら昨日のミズキはんの御料理みたいに皆に喜んでもらえるやろか?」
「きっと大丈夫だよ。ミズキが紡いでくれた縁だしね――」
ドマルはこの縁が紡げた事を、その縁を紡いでくれた友人にも心の中で感謝をする。
そして自分もまた誰かの幸せを紡げる商人に成れる様にと誓うのであった――。
これにて第六章は終了とさせて頂きます。
閑話や次の更新については後日活動報告にでも書こうかと思います。
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