清蒸魚とエクマのチリソース
――食卓の場に広がる香りに包まれつつ、現れたのは一匹の魚である。
魚の上には千切りにされたシャマンとクルの根が乗せられており、熱した油がかけられた事で二つの香味野菜の香りが立ち昇った様だ。
「清蒸魚という料理で、淡白な白身魚を下処理した後でゆっくりと蒸しました。以前食べてもらった酒蒸しとは違い、蒸した際に出てきた魚の旨味がたっぷりの出汁とジャルを使った甘目のタレをかけてます」
取り分けられた魚は、見るからに柔らかそうな見た目をしており、以前食べた酒蒸しを思い出したカエラはごくりと喉を鳴らす。
我先にと口に運ぶのは器用に箸を使いこなすシャオである。
「くふふ。柔らかでほろほろと崩れる淡泊な身じゃが、香ばしい油の香りが不思議と合うのじゃ!」
「……ペムイ! ペムイにかけて食べたいっ!」
清蒸魚の味を確かめたチサが目を輝かせながらペムイを強請る。
「わははは! 行儀悪いかもしれないけど、魚の身をほぐしてタレと一緒にペムイにかけると美味いんだよなぁ」
「ほほっ! 幼い子に我慢をさせるものではないでしょう。ミズキ様もその為にペムイを用意してらしたのでしょう?」
爺やはそう言って別の使用人に炊き立てのペムイを用意させる。
ペムイを欲しがるチサの前に、ペムイの茶碗が置かれると、チサはペムイと共に食していく。
「んふふふ。ペムイもええけど、お酒にも合うわぁ! チサちゃん美味しい?」
「……めっちゃ美味しい!」
「確かにっ……! こりゃあっ……! 手が止まらねぇやなっ!」
笑顔で頬張るチサと同様に、豪快にペムイを掻き込むトットは、喉を詰まらせたのかどんどんと胸を叩く。
トットはドマルから差し出された水を受け取ると、ごくごくと喉を流した。
「落ち着いて食べろって。それにまだまだペムイに合う料理はあるからな」
「わしはそっちのキアラが仕込んでいた肉が食べたいのじゃっ!」
「……砂糖をいっぱい使てた奴やろ? ペムイに合うんかな?」
ペムイ粒を頬につけたチサと、肉料理を欲するシャオは、次の料理を盛り付ける瑞希に注目する。
「こってりした料理ばかりになるからどうしようかと思ったんですが、偶には羽目を外しても良いでしょ? こちらはオーク肉を使った酢豚、改め酢オークです。下味と衣を付けて揚げたオーク肉をパルマンやモロンと共に甘酢を絡めた料理です」
「なんか名前だけ聞いたらえらい酸っぱそうな御料理やな。お肉にお酢て合うん?」
とろりとした餡が絡む酢オークが目の前に運ばれると、カエラはそう呟きながら皿の上の料理を凝視する。
「食べてみたらわかるんなっ!」
熱々の餡が絡んだオーク肉と野菜にフォークを突き刺したキアラは、その勢いのままに口へと運ぶ。
当然そんな食べ方をすればかなりの熱さが口内を襲うのだが、普段から辛い物好んで食べるキアラは平気そうに咀嚼しながら熱さを逃がしていく。
「あっは! 甘くて酸味もあるのにクルの根の香りが不思議と合って美味いんな! 野菜も一度揚げてるんな?」
「おっ、正解! しっかり油はきってるけど、揚げると野菜の存在感が違うだろ? こってりしたオーク肉にしっかりと甘酸っぱさを味付ける料理だけど、意外とペムイにも合うだろ?」
そう瑞希が質問する視線の先にいるチサは、コクコクと何度も頷きながらお代わりをした真っ白なペムイの山頂に箸をつける。
「わしにもペムイが欲しいのじゃ! 酒に合わすなど勿体ないのじゃ!」
「いやいや! この温めたペムイ酒にも良く合うね! 街でペムイ酒を飲んだ事もあるけど、これはまた別格ね!」
「おっ! 歌姫ちゃんもいける口やなぁ? これはチサちゃん所のペムイを使てるさかい濃厚な飲み口の割にスッキリした後味やろ? どんな御料理にでも合うで」
「……ペムイそのまま食べたらええのに」
「チサちゃんも早よ大きなってお酒飲む様になったらわかるて絶対! なぁミズキはん!?」
酢オークとペムイを交互に口にするシャオの隣で、料理をつまみながら軽くペムイ酒を煽る瑞希にカエラが話を振る。
「好みは人それぞれですけど、確かにペムイ農家のチサならカエラさんの良い飲み仲間になりそうですね」
「せやんなぁ! そん時はまた皆で飲みたいなぁ! ミミカちゃんも飲める様になっとるやろし」
「私はかれーに合うお酒を飲んでみたいんな~」
「……ペムイ酒も合うんちゃう?」
「カレーなら赤ワインみたいなルク酒とか、ドマルの所で飲んだ蒸留酒みたいなきつめの酒でも合うだろうな。ペムイに合う料理はペムイ酒にも勿論合うから、ペムイ酒でも美味いと思うぞ?」
瑞希はそんな風に話を続けながら、次の料理をお披露目する。
その色から内心上機嫌になるのはドマルであり、使われているメイン食材に目星を付けたカエラもまた嬉しそうにはしゃいだ。
「ちゅうか風言う料理にエクマも使てくれたん!?」
「カエラさんの好きなエクマをチリソースを使って仕上げました。カエラさんとドマルの好きな食材を合わせれば滅茶苦茶美味い料理になるんですよ」
「……てことはこれ、この色ってポムの実を使てんの?」
「ポムの実とは言っても煮崩して作ったケチャップを使ってるので、カエラさんの苦手な青臭さや、ぷちゅっと潰れる触感は全くないので安心して下さい。ポムの実は旨味が多いし、どんな系統の料理にでも合わせられる凄い食材なんです。まるでドマルみたいでしょ?」
カエラはちらりとドマルを見やる。
当のドマルは疑問符を浮かべるが、ドマルを知るカエラと瑞希はくすりと笑う。
「確かに生でも火を通しても食べれる食材やし、器用な所はドマルはんみたいやな」
「僕はそんなに器用ではありませんよ?」
ドマルは自分を卑下するかの様に返答する。
「……手先は器用やん?」
「誰とでも分け隔てなく話せるのも器用な人柄ね」
チサとティーネがドマルの事を考えながら発言する。
「あっは! ドマルは人を見た目で判断しないんな。親父はドマルのそういう所も気に入ったんな。けど、人によって意見を変えるんじゃなくて芯がある所も良い所なんな」
「そうそう。見た目や手先の器用さなんかはおっかさん譲りだけど、頑固な所なんかはおやっさんそっくりだよな」
商人としての評価を告げるのは商会生まれのキアラとトットだ。
「それはミズキに憧れてるだけだよ。ミズキに出会う前は自分の意見もまともに言えなかったから楽な方に逃げてばっかりだったよ」
謙遜するドマルの前に瑞希が取り分けたエクマのチリソースが置かれる。
同様に、目の前に置かれた料理のエクマを箸で掴んで我先に食べようとするのはシャオである。
「くふふ。ミズキに憧れる所だけは好感が持てるのじゃ。さしずめこの料理のようにミズキの手にかかればお主も一端の商人なれたという訳じゃな」
「上手い事言うなぁシャオちゃん! でもいくら料理上手なミズキはんでも元の食材が良くなかったらこんな美味しい料理は作れへんと思うで?」
カエラはそう言いながらエクマを口に運ぶ。
シャオもまた少し不貞腐れる様な感じでパクリとエクマを口に入れた所を考えると、シャオ自身もドマルを悪い者だとは思っていない様だ。
「――やっば!」
言葉を詰まらせながらそう発したのはカエラだ。
「くふふふ! ミズキの料理は何故にこうもペムイと合う料理が多いのじゃろうな?」
「……美味ぁ!」
ペムイをがつがつと掻き込むチサやシャオとは対照的に、キアラは感嘆の声を漏らしていた。
「はぁ~……。ミズキがトッポを使うとこんなにも豊かな味になるんな!?」
「トッポだけを使えばもう少し痩せた味になるかもしれないけど、今回はキアラにも分けた豆板醤を使ってるからな。それにさっきも言ったけど、ポムの実は旨味成分が多いんだよ。ケチャップには砂糖も入ってるから甘みもある。勿論元々のエクマの旨味があるから成せる料理だ。クルの根やオオグの実も使ってるからキアラも含めて皆が気に入ると思ったんだよ」
瑞希はシャオの頭に手を置き、軽く撫でると、使用人が用意したエールを魔法で冷やした。
「そんで、こういう辛くて美味い料理には冷えたエールが……、合うんだなぁー!」
瑞希は口の中のチリソースを洗い流す様に、エールを豪快に煽る。
ゴクリと唾を飲み込むカエラは瑞希から冷えたエールを受け取り、チリソースを口にしてからその味に再び舌鼓を打つと、勢い良くエールを流し込んだ。
その味や喉越しが生み出す感動を表す様に、カエラの空いている腕が何もない空間をパタパタと上下に動く。
エールが入ったグラスが口から離れると、その姿は気品ある一領主というより気の良いお姉さんが美味しそうに晩酌を楽しんでる姿に見え、ドマルはカエラの表情を眺めくすりと微笑むのであった――。